木蝋の生産量は、日本が経済成長を始める昭和30年度をピーク(1105トン)に減少の一途を辿り、平成15年度の生産量は73トンにまで落ちこみます。
福岡県の森林、林業の現状と言う資料で調べてますと、木蝋生産量は、全国で54トン(平成19年度)、福岡県23トン(平成20年度)と更に落ちこんでいます。
その後の木蝋の生産量は、平成19年(54トン)平成20年度(25トン)平成21年度(22トン)と急激に落ち込んでおります。この数字は事実かなぁ~と、心配する程の減少でありますが、この生産量の数値は、今年初めの特用林産振興会会合で配布された資料であり、信頼できるものと思っております。
櫨の木も川や土手などに枝葉を伸ばし秋には紅く染まり、たわわに実をつけて人々の生活を支えていたのでしょうが、平成30年を境に、伐採が始まり、ひっそりと姿を消していきます。(今年は明治元年から144年、大正から100年を迎えます)
木蝋製造業者も時代の流れと共に姿を消して行きますが、福岡県には、昭和62年度、6業者になっています。(先日のキャンドルナイトで長野実行委員長は、この地に50軒あったと話していました)
亨保2年(1717)に創業の瀬高町下庄の武田蝋屋(昭和11年に海上輸送から鉄道輸送に切り替えるため瀬高駅近くに移転し、日本木蝋に名称変更しています)は、昭和50年(1975)頃に廃業され、258年の歴史を閉じられています。
明治34年(1901)創業の瀬高町吉井の亀崎製蝋所さんは、平成14年3月(2002)に廃業され、木蝋生産101年の歴史でした。
これまでもご案内のとおり、みやま市高田町江浦町にある荒木製蝋合資会社の木蝋生産の歴史は、嘉永3年(1850)創業からなんと161年、木蝋生産の歴史を重ねてこられました。
先に行われた「木ろうの里みやまキャンドルナイト」で灯された「和ろうそく」は、荒木製蝋合資会社の伝統の技でつくられた木蝋を使った市民らの手作りです。
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典拠 木蝋に関する調査報告書 日本特用林産協会