5月専門部会は、 高田町郷土史部歴史講座を受講しました

2013-05-24 14:02:43 | インポート
 同講座の講師、久保田毅氏は、みやまいいまち会の会員でもあることから、今月の専門部会は学級活動の一環として、同講座に参加し、みやま市高田町渡瀬地区の歴史学習をしました。

 高田町郷土史部歴史講座が22日、みやま市まいピア高田で開かれた。市民ら約40人が参加。同市高田町の渡瀬地区の由来や明治時代の同地区の様子などを聞き、歴史への興味を深めた。
 同講座は高田町郷土史部の主催行事として実施。同部部長を務める久保田毅氏が講師を務めた。久保田さんは「ブログ千寿の楽しい歴史」を通して郷土史やまちの魅力を発信している。この日は「明治38年の止宿人名簿から時代を眺める」の演題で、明治時代を中心にした渡瀬地区の歴史について有明新報「ふるさとまち歩き」に掲載された事柄などを話した。この中で、明治40年ごろの渡瀬の街並みを表した図を示し、村役場をはじめ公共施設や寺社、宿屋、運送業、製造業、商店などが立ち並んでいたこと、当時の渡瀬祇園の様子、小学校の変遷、当時あった旅館の「止宿人名簿」から分かることなどを述べた。
 参加者は現在の地図との比較など質問しながら話しを聞き、歴史への理解を深めた。(有明新報柳川大川みやま版5月24日付引用)

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■■リンク集
 
▲明るい選挙推進協会(ここクリック
 ▲日本特用林産振興会(
ここクリック 「和ろうそく企画展」案内
 ▲大牟田市(
ここクリック
 ▲柳川市(
ここクリック
 ▲大川市(
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 ▲みやま市(
ここクリック) 
 ▲有明新報社(
ここクリック
 ☆みやま市観光協会(
ここクリック
   同上 みやま日和(
ここクリック) 残念ですが無期限中止
 ☆千寿の楽しい歴史(
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 ☆県議会議員 板橋さとし(
ここクリック) 
 ☆衆議院議員 藤丸さとし(
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 ☆blueheartkei-Youtube(
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 ☆道の駅みやま(ここクリック
 ☆うーの家(
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 ☆我楽堂(ここクリック

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2013-03-09 06:55:00

2013-03-09 06:55:00 | インポート
春が来た 春が来た どこに来た
山に来た 里に来た 野にも来た

花がさく 花がさく どこにさく
山にさく 里にさく 野にもさく

鳥がなく 鳥がなく どこでなく
山でなく 里でなく 野でもなく

■ 昨日は、春の日差しを感じながら、ジャガイモを植える準備をしました。

■ 種から育てていた「ハゼの木}の接ぎ木に挑戦しました。

(板橋さとし県会議員は3月11日、みやまの特産品、ハゼ蝋・樟脳等について、一般質問をする予定です。皆様、インターネット中継をみましょう)

■ みやまの今週の出来事など、有明新報柳川大川みやま版を引用

309

・3月の定例市議会を行われています。(一般質問の録画はここをクリック

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  リンク集
 ▲大牟田市(
ここクリック
 
▲柳川市(ここクリック
 
▲大川市(ここクリック
 
▲みやま市(ここクリック
 ▲有明新報社(ここクリック

 ☆みやま市観光協会(ここクリック
   同上 みやま日和(ここクリック) 筑後7国イベント案内

 ☆千寿の楽しい歴史(ここクリック
 ☆県議会議員 板橋さとし(ここクリック) (3月11日一般質問します・・・荒木製蝋含め

 ☆衆議院議員 藤丸さとし(ここクリック
 ☆blueheartkei-Youtube(ここクリック (春はくるから~大牟田市普光寺の臥龍梅2013)

  ☆道の駅みやま(ここクリック
 
うーの家ここクリッ

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観光まちづくり試論

2012-07-06 06:57:11 | インポート

 ”堤論明日へ” N新聞のトップ(7月1日)、 好きなコラムの一つですが、みやま市の観光まちづくりを考えた時に、参考になると思いました。(読まれた人も多いかとは思いましたが、保存をかねて・・・・。)以下、記事を引用し、ご案内します。
 私のヨーロッパ体験は決して豊富ではない。それでもヨーロッパは、私に強い印象を残している。それはロンドン、パリ、といった大都市もさることながら、むしろ農村からくるものだった。ヨーロッパの農村は、静かであり、豊かであり、文化があり、輝いているのである。
私が比較的よく知っているイギリスを例にとれば、イギリスの農村は、よく保護された美しい自然の中に広々とした圃場が広がり、整備された道路が走っている。農家は豪華ではないが清潔で、前庭の花壇は手入れが行き届き美しい。しかも行く先々で街の雰囲気は違うのだ。異なる地元の材料を使い、異なる伝統文化を反映した家の造りや街並みが、そう感じさせるのだ。
どの村も誇れるものを持っている。美しい自然であったり、領主の居城であったり、村の生んだ文化人の生家だったりする。それを村の人がボランティアで管理している。自分の村に誇りをもち守り続けているのだ。
私は、これまでこの欄で日本再生、市民社会の役割、ソフト・パワーの強化ということを語ってきた。それは自分の住むところを「自分流」に良くしていくことにより実現できると考えている。
私の本籍は、長い間、「福岡県筑紫郡太宰府町連花屋」であった。しかしどうして「連花屋」なのか最近まで知らなかった。資料を読むと、「連花」と呼ばれる日本の詩歌は「神楽」と並んで、神への「祈祷」の一つの方法であり、太宰府天満宮は「連歌」を神事として行っていたことを知った。実は、そのために集まる場所、つまり会所が「連花屋」だったのだ。
日本を元気にする一つの方法が観光振興にあると言われて久しい。人が観光に出かけるのは、そこに行きたい、もう一度来たい、と思わせるものがあるからだ。観光振興のカギは、それぞれの地方が、他所にない、人々の関心を満足させ、快適だと感じさせてくれる魅力をつくり出すことにある。
私は、この課題にこたえる大きな経糸(たていと)は「歴史」にあると思っている。自分たちの歴史をもっと知ることで他所との違いが分かってくるものだ。どの時代をとるかで、また違いが出てくる。そして歴史は「文化」を残してくれる。
子どものころ、都府楼跡の柱石に腰を下ろし、いつの日か太宰府政庁が再建されたらいいな、と思ってことがる。観世音寺は天智天皇の発願で造られた古刹だし、菅原道真、つまり菅公に関係する故事も多い。7世紀に外的を意識を意識して造られた「水城」は、元寇のころ補強されているし、太宰府は戦国時代の物語のもこと欠かない。江戸末期、三条実美など尊公派公家は、太宰府に3年滞在し、坂本竜馬など多くの志士が集まった。
そして私にとっては「連花屋」の発見である。このような歴史がつづる物語を、今も残る自然の中で再現できないものだろうか。太宰府政庁とは言わないまでも、亡失したものは少しずつ復興し、現世を生きる人々に過去を知り、そして今の自分たちがあることを体験してもらう空間をつくれないものだろうか。さらに今日のデジタル技術を使えば、展示も充実し、さらに臨場感を高めることもできる。
太宰府歴史圏は、別に太宰府市だけのものではない。近隣の市とも協同して大きな歴史文化の空間をつくるべきである。現在の行政区域を越えた構想にするべきだ。この歴史文化空間は、自然を大事にし、環境を大事にするものでなければならない。徒歩で、あるいは自転車で散策できる場にしなければならない。歩道や自転車道の整備である。そして家々は、自分の庭の手入れに励む。美しい自然の中で、ゆっくりと歴史と文化を体験できる空間が、このようにしてでき上がる。
そうすると一日で見終わることなどできない。広域の滞在型の観光となる。万葉の昔から有名な二日市温泉の再登場である。これらの広い空間をそうゆう場所にするのである。それができ上がったとき、われわれはヨーロッパに追い付いたと言うことができるであろう。
★ みやまの観光まちづくりについて、今の取り組みレベルを考えて見ると、行政・議会・観光協会・市民らが、理念(夢や希望、行動のもととなる)を共有し、市民一体で、将来を見据えた観光まちづくりを前向きに進めて行こうと言う姿勢がもう一つ見えないような気がする。今の観光協会などの取り組みを見ても、お客を集めるのが目標で、イベントが柱になっている感がする。
みやま市観光振興計画ここクリック
★ 庭の鉢植えトマトが色つきはじめました。(苗は5月始めに植えました)
 
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■みやま市観光協会ホームページ (ここクリック
 
■     同上    ブログ (ここクリック
 
■千寿の楽しい歴史(ここクリック
 
■福岡県議会議員板橋さとし氏ブログ(ここクリック
 
■you Tube blueheartkei(ここクリック
 
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直近のコラム読む

2012-06-20 11:16:48 | インポート
 
 
 台風4号が太平洋沿岸地域を足早にを去った。被害に遭われた方々は、後片付けなどで大変だろうと察します。お亡くなりになられた方や、ケガをされた方々に、心からお見舞いを申しあげます。
 
 今朝のいつもの散歩、東空の雨雲の端から光りが差し、台風一過にはほど遠い東空ではありましたが、晴れ間もみえて、とてもいい表情のひと朝、大自然の営みに感謝です。
▲有明新報 コラム(タイトル、こだま)から、みやまに関する直近記事をご案内します。
”共に歩む”
  
 福島第1原子力発電所の渦中にある福島県の浪江高校野球部と、みやま市の山門高校交流試合を行った。選手たちの気迫あふれるプレーと、敵味方問わず、一生懸命の応援する生徒たちの姿に、元気をもらった。
  
 浪江高校は、同原発の警戒区域にあり、生徒も事故のため避難生活を余技なくされた。多くの部員が母校を去り、残ったのは選手9人とマネジャー1人。事故当時、1年生だった部員たちだ。
  
 それでも仲間と野球を続けた理由について、主将は「震災に負けたくなかった。みんなと思い出をつくりたいから」と話した。山門高校の生徒たちも真剣なまなざしで、その思いに耳を傾けていた。
  
 交流試合後、ある山門高校の女子生徒が選手たちに向けて言った言葉に、胸が熱くなった。「福島と福岡。私たちは、遠く離れていても心は共にある。同じ時代を生きる仲間として共に歩もう」。生徒たちの実が輝いていた。(牛)
  
”サクラの花咲く時”
 みやま市の秘境にある平家五大山桜の一つが目印だった。木蝋の里(もくろう)といわれる同市。サクラのそばの民家で木蝋を使った和ろうそく作りがあるという。近場の公民館に車を置いて、歩くことにしていた。
 公民館に着き、講師を務める市民グレープの人へ電話すると、歩くと相当な時間がかかると教えてくださった。車で山道を先へ向かうと、分かれ道を間違ったようで、迷ってしまった。
 再度連絡したが、電波が途切れた。目印のサクラは花の季節は終わり、遠方から見えにくく、民家や車もない。昼間だったのは幸いだが心細い。困っていると一台の車が止まった。民家の方から、わざわざ探しにきてくださったのだ。
 家では結婚を控えた2人や家族らが和ろうそくを作り。火をともし、まちの特産物を使い披露宴の招待客をもてなすとはりきる姿を見ながら、感謝と祝福の気持ちでいっぱい。今度、花が咲いている時に訪ねたい。(裕)
 ”ホタルの光”
 
 先日、仕事の帰りにふと思い立ち、みやま市山川町川原内の蒲池山ため池に立ち寄り、ホタルを見てきた。暗闇を数え切れないほどの緑の光が舞い、幻想的な雰囲気に思わず息をのんだ。
 この日はホタルの鑑賞に訪れた家族連れも多く、目の前に広がる神秘的な光景に、子どもたちは「こんなの初めて見た」「すごい」と大喜び。ホタルの光を指さして飛び跳ねたり、走り回ったりして前進で喜びを表現していた。この場所を案内してお父さんの株も、さぞ上昇したことだろう。
 このため池は、江戸時代に柳川藩の水利事業で築かれたもので、現代も農業の水源として活用され、豊かな自然と多様な生態系を保っている。
 隣の大牟田市に住む身ではあるが、みやま市のこの素晴らしい自然を誇りに思う。多の地域の人に胸を張って自慢できる場所だ。十年先も、飛び交う美しい自然であってほしい。子どもたちの笑顔を見ながら思った。(牛)
▲有明新報 コラムから、みやまに関係する直近の記事3点、ご案内しました。
▲ 県道433号 柳瀬大橋を左に、今朝の矢部川堤防上空の東空
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▲同堤防に咲く小さな4つの草花
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▲板橋さとし県議ブログ(ここをクリック Dsc06235
 
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