ASUKのババは日々元気に暮らしたい。

ハンドメイド 作りたいものだけ作る毎日
日々の出来事に愚痴も出てきます。

尼になった姉

2016-07-25 07:52:28 | 日記

小説ではありません 実話です。

10年以上も前に ある日突然呼び出され 久々の再会に出た話が「私 仏門に入るから」の一言 

まーあ驚きもしませんでしたけどね。。

インドへ何カ月も行っていたり 京都のお寺に修行に行ったのは

風の便りで聞いていましたから。。

子供の頃から普通の女の子ではなかった姉ですから 今度は何をするやらね、、って感じでした。

姉はまーあ頭が良かったのは認めます。

でも 女の子らしい服装は大嫌い 制服だけは仕方なく着ていましたが

遊びも 木に登ったり チャンバラしたり 男らしいものでした。(笑)

小学校 中学校からずーと上位の成績で

学級委員は当たり前 生徒会長もしたんではないの 絵を描けば入賞 弁論大会では優勝 

中学校の時は 姉を担任した先生に言われた言葉が「お姉さんは優秀なのにね、、」

それから その先生大嫌いになったぐらい 比較されましたけどね、、

私は姉のカスをもらったような 勉強もそこそこで ままごと遊び好きな内気な女の子です。

その後 姉は高校お受験 大学お受験の時は 近くのお寺の離れを借りてまで勉強してたものです。

お寺で受験勉強? 田舎ですよ おかしくない?それは姉の希望ですが

父もすんなりOKしたんでしょうね。

父たちの期待を一身に受けた姉は当然 有名校(地元の)にすんなり合格しましたよ。

只、そこから父たちの期待を裏切って行きましたけどね。

高校時代はそれなりの活動したり 活躍したのでしょうが

大学時代は 「えいえいやー」の方向へ進んでしまいました。

なにかって? 学生運動です。頭に鉢巻巻いて 仲良く腕組んで

ダンスではなく 大学構内を徘徊するんでしょうね

当時は盛んでしたから。

新聞にも小さく顔写真が載ったりしたけど 警察だけには捕まっていなかったみたいです。

当時から 姉の考えは「女は男と同等である 男も家事をすべきで子育てするべきだ」と

今はイクメンや家事をする男性はいますけど その当時は男尊女卑の名残がまだまだ残ってましたからね

いまだに姉は 会うとはっきりと わが夫に言いますけど 夫は反抗的です(笑)

色々思想があって文句を言いたかったんでしょうが 父の苦労は増しました。 

勝手に授業料はその方面の資金に回したりで 度々の滞納の連絡が((-_-;))

そのたびに父は電車に乗って支払いに行ってましたけど あまり文句は言わなかったですね。

父も小説家という夢が実現しなかったけど 子供たちには好きな道を、、と思っていたはずです。

でも 許せなかったのは私です。

久々の姉の帰省に 説教してたのは私です 時には髪を引っ張って喧嘩したこともあります。

度々の授業料を工面する両親も大変だったはずです。それを思いやっての行動です。

結局 姉は大学で専攻した学科と関係ない道へと進みました。

その後 私たち姉妹は 全く違う人生を歩んだのかもしれないと思ったけど

一つだけ共通点があったかもしれません。。     続く