levinassien(内田樹)
@電話取材お題は「法治から人治へ」。法治というのは私人が私権・私利の一部を「公共」に供託し、権限を付託された「公人」が私人間の利害を調整し、資源を分配するという仕組みのことです。ですから、「公人」は「私人としては競争者・敵対者である他の私人」の利害も配慮しなければならない。
@levinassien(内田樹)
公人としてふるまうときには私人としての判断基準や行動規範を「かっこに入れる」というのが「法治」の基本原理です。でも、前世紀末から「公的場面で私人としての価値観や物言いを剥き出しにする」ことが「裏表のない、正直な、人間として好ましい」ふるまいだという見方が支配的になってきました。
@levinassien(内田樹)
そういう人が「公人」になると、供託された権限や資源を「オレの身内」には手厚く配分し、「オレのキライなやつ」には何も与えないということになる。それが「人治」です。いわば近代市民社会の原理を否定して、前近代に退行したわけですけれど、この「中世化」は世界的規模で起きているようです。
@levinassien(内田樹)
という話をしました。どうして「中世化」が起きたのか、理由は複雑です。理由の一つは経済活動のグローバル化・企業の無国籍化によって「公共」という概念が空洞化したことです。経済活動のもたらす利益はできるだけ税金として公共に供託されることなく個人資産として排他的に蓄積されるようになった。
@levinassien(内田樹)
もう一つは公的立場にあって権限が付託されているときには私見を抑制し、私権を行使しないという自己抑制の技術が失われたことです。むしろ弱い立場にあるときは言いたいことを我慢し、権限が与えられると嵩にかかって言いたいことを言い、私利私欲を追求するようになった。反対なんですけどね。
☆↑是も、先進国化都会化世俗化個人主義化の度が過ぎて利己主義と為り、【倫理道徳・義侠心・共生相互扶助】が浅く薄く為り、好きな仲良しな人や物や事だけへの【倫理道徳・義侠心・共生相互扶助】と為ったと。
@電話取材お題は「法治から人治へ」。法治というのは私人が私権・私利の一部を「公共」に供託し、権限を付託された「公人」が私人間の利害を調整し、資源を分配するという仕組みのことです。ですから、「公人」は「私人としては競争者・敵対者である他の私人」の利害も配慮しなければならない。
@levinassien(内田樹)
公人としてふるまうときには私人としての判断基準や行動規範を「かっこに入れる」というのが「法治」の基本原理です。でも、前世紀末から「公的場面で私人としての価値観や物言いを剥き出しにする」ことが「裏表のない、正直な、人間として好ましい」ふるまいだという見方が支配的になってきました。
@levinassien(内田樹)
そういう人が「公人」になると、供託された権限や資源を「オレの身内」には手厚く配分し、「オレのキライなやつ」には何も与えないということになる。それが「人治」です。いわば近代市民社会の原理を否定して、前近代に退行したわけですけれど、この「中世化」は世界的規模で起きているようです。
@levinassien(内田樹)
という話をしました。どうして「中世化」が起きたのか、理由は複雑です。理由の一つは経済活動のグローバル化・企業の無国籍化によって「公共」という概念が空洞化したことです。経済活動のもたらす利益はできるだけ税金として公共に供託されることなく個人資産として排他的に蓄積されるようになった。
@levinassien(内田樹)
もう一つは公的立場にあって権限が付託されているときには私見を抑制し、私権を行使しないという自己抑制の技術が失われたことです。むしろ弱い立場にあるときは言いたいことを我慢し、権限が与えられると嵩にかかって言いたいことを言い、私利私欲を追求するようになった。反対なんですけどね。
☆↑是も、先進国化都会化世俗化個人主義化の度が過ぎて利己主義と為り、【倫理道徳・義侠心・共生相互扶助】が浅く薄く為り、好きな仲良しな人や物や事だけへの【倫理道徳・義侠心・共生相互扶助】と為ったと。