蟹のふんどし
むかあし、むかしのこと。
佐治のあるところに若い衆がいました。若い衆は縁あって、遠い所の浜の方から嫁をもらいました。おとなしく、よく気のつく嫁で下。二人は若い衆の父親、母親と一緒に仲良く暮らしていました。
ある冬の日のことでした。嫁の実家(さと)から便りがきました。
「一度、浜の方へ来てください。娘と一緒に婿殿も来てください。ご馳走をたくさん作って、みんなで待っております。」
さあ、若い衆ははじめて、嫁の実家の遠い浜の方へ行くことになりました。若い衆は、この佐治の村から、よそへ行くのははじめてだったので、父親も母親もおおあわてでした。
「ふだん、よそへ行ったこともないのに、よその礼儀作法というのは、どうすりゃあ、ええかなあ」
若い衆も心配になりました。下手なことをして、行儀が悪いと笑われては困る。うまいことやらないと、困る、と思い、親たちは、嫁がちょいとごはんを炊いている間、ないしょでにわか仕込みの礼儀作法を若い衆に教えました。
「嫁の家に行きゃあな、この頃のことだけえ蟹ちゅうむんがご馳走に出るだらあ、と思うだがないや、蟹を食う時には先にふんどしをはずして、それからよばれるむんだぜ」
「なにー蟹をよばれる時にゃあ、先に、ふんどしをはずしてよばれるむんだか?」
若い衆はびっくりしました。そして、
「それは、ちぃと、はずかしいなあ」
といいました。しかし、親は、
「それが礼儀作法というむんだがないや。ちゃあんと、はずせえょ」と叱りました。そして、母親がいいました。
「そいから、お茶が出た時にゃあ、なんぼう湯が熱うても、フウフウいわせて口で吹くむんじゃねえだぜ。みっともねえけえなあいや。その時にゃあ、漬物こうこうをちいと、箸ではさみ込んでなあいや、ぼっちりと、まぜくりょうりゃ、さめるけえ、そげえするがいいだぜ」
若い衆はいいました。
「わかった、わかった」
そうして、その日の朝、早く、若い衆と嫁は出かけ、日暮れに嫁の実家に着きました。嫁の母親は大喜びで、婿殿にいいました。
「さあさあ、長旅う、歩いてくたびれとるだけえ、まあ、なんだらあと、先に湯に入ってごっされよう」
若い衆は風呂に入ろうとしましたが、
「おうっ!あっつっつっ………」
風呂の湯は熱くて、とても入れたものではありません。若い衆は風呂場から飛び出すと、台所の漬物樽から大根の漬物を二、三本、取り出して、風呂場に戻りました。
「湯が熱けりゃあ、漬物こうこうを入れてまぜくれえちゅうだけぇ」
といいながら、漬物大根を、湯の中にぶち込んで、ぐるぐる、かき回しました。そして、どうにか入れるように湯がぬるくなり、若い衆は、
「いい、あんべえ」
と湯につかりました。そこへ、嫁が来て、湯の中の漬物大根を見て、びっくり。それから急いで、若い衆を風呂から上がらせて、漬物のぬかを湯で洗いました。
「やれやれ、いい湯だったわいや」
若い衆はけろっとしていいました。
さあ、いよいよ、晩ごはんです。座敷には嫁の父親、母親、親戚が並び、立派なお膳が出ています。若い衆がよくよく見ると、やっぱり大きな蟹がのっていました。
「これだ、これだ、いわれたやあにせにゃあいけんがよう」
とひとりごとをいいながら、立ち上がり、自分のふんどしをはずし、ていねいにたたんで、お膳の横に置きました。そして、にこにこと蟹に箸をつけました。
(民話:“佐治谷はなし”より)
どこの地の民話でも、なかなか“味”があるものです。読めば、楽しく、心が豊かになります。