いや、バイトは休みで植木屋が出番・・・それ、休みじゃ無ぇじゃん、なんちゃって。
あれです、私ゃどー言うわけか働くと金が貯まってしまう運命でして、夏から初冬にかけてかなり頑張った成果として引き出しには諭吉がひしめいているわけです。
まっ、大きな声で言うとナニなんで小声で言いますと、クリスマスにはチキンを買って、団地のケーキ屋さんのイチゴのホールケーキを買います!!!
そして、年越しの蕎麦にはエビ天を添えられますし、紅白を見ながらの一杯ではスーパーの冷凍ものですがカニを少し食べてみようか、なんて事も可能であります。
で、お正月にはお餅の食い放題をし、おせち料理は興味が無いので新年早々オーストラリア・プレミアムビーフで焼肉なんかやってみようかな、って程度の資金があるわけです。
どーですか、豊かな雰囲気に満ちていると思いませんか?
へっ? 逆に普段の貧しさが伺い知れて哀れを感じるですとな? まっ、大きなお世話です。
いや、私は引き出しに諭吉が列をなしているので年越しに笠地蔵の助けは借りませんが、世界には目を背けたくなる貧乏国と貧乏人がひしめいているわけで、マジで心の痛む記事であります。
日本は賃金が上がらない・・・データー上は確かにそーなんですが、誰がどーやってそーなっていたのか知りませんが円の相場は安定し、物価も、世界的に見たら驚異の低空安定だったわけでありまして、世界的に見たら不幸な方でも無いと思うんですが如何でありましょうか?
で、優柔不断を絵に描いたような岸田総理が所得倍増なんて聞いた風な事を宣っていましたが、私の勘では、世界的な物価上昇の流れは止めようが無いので打てる手としては所得を上げて相殺できたらって事かと思うんですが、間違っていたらごめんなさい、なんちゃって。
で、ついでに言うと、この手の話が出ると「食料増産」「自給率向上」ってなるわけであります。
が、石油と化学肥料の原料が輸入依存の日本が食料増産しても無駄って意見が必ず出るわけであります。
しかし、私は言いたい!!!
化学肥料なんて糞食らえ、であります。
いやいや、糞食らえはちと違う・・・それを畑に撒くんでありますよ!!!
まっ、昭和の人でも都会人は知らないかもですが、自分が子供の頃は畑に運子を撒いていたんですぜ。
私ゃ幼い時、何故に畑に新聞紙の欠片が散らばっているのか不思議でならなかったわけです。
が、ある年の春、野道を歩いていた時に漂ったそこはかと無い香りにはっとして畑を見やれば、そこでは百姓が肥桶から大きな木の柄杓で山吹色のナニを撒いていたではありませんか。
私ゃ頭に乗っていた帽子で鼻を覆い畑に近付き凝視しすると撒き散らされた液体に新聞紙が混じっているのを見て全てを納得したわけであります。
余談ですが、状況が分からない人のために解説しますと、昭和30年代の田舎のトイレはポットン便所でして、後始末の紙には多くの家で新聞紙が使われていたのであります。
と、言うことで、どーせ貧乏になるのであれば輸入貧乏になるよりは労働としては大変だけれども食料の自給を目指した方が良いと私ゃ思うんですが・・・まっ、そのやり方で生産した野菜を食えるかと言うと自分もアレなんですが、まっ、いいでしょう。
追い討ち的に続きを語れば、これは割とマジな考えなんですが、昔の養豚は家庭の残飯を集めて餌としていたわけであります。
で、豚舎から出た豚の糞は畑に行くなどして循環していたわけであります。
食物を人間が食い、そして出たものが畑に撒かれてまた野菜を育て、どーしても出る残飯は豚が食い、そして出たものがまた畑に撒かれて野菜を育てるって循環はとても自然だと思うんですが現代ではもう不可能なのでありましょうか?
まっ、百姓や養豚の実情を知らずに適当に語った戯言でありますが、気に障ったらごめんなさいね。
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