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教育改革に立ち上がったアメリカの青年たち(前編)

2022年11月05日 | 外国
大学新卒者が学力の低い地域で2年間、子供たちを教える-そんなアイデアが多くのアメリカ青年を立ち上がらせた。

(「理想の就職先」トップ10に入った教育団体)
2007(平成19)年、教育改革を目指す非営利組織がアメリカの一流大学の新卒者が希望する「理想の就職先」のトップ10に入った。この組織"Teach For America"(“アメリカのための教育を”、以下TFAと略す)は、大学を卒業した若者が学力の低い地域で2年間、教師として働くというプログラムを運営している。

2008年時点では、2万5千人の大学新卒者の応募があり、その中から厳選された3600人が短期の研修の後にTFA教師として全米各地に送り込まれていった。超有名校ハーバード大学では卒業生の9%が応募したという。

2年間、普通の公立校の教師として働いた後、66%の青年たちがその後も教師の道を歩み続けたり、自ら学校を興したり、政治や行政に進んで教育改革を進めているという。

全米の一流校を卒業したら、一流企業などに就職して高給を貰って優雅に暮らす道が開かれているのに、これらの若者が平凡な給料に甘んじて、教育改革を志すのは何故なのだろう? 

(“全身全霊を捧げる一教師の存在”が教育を変える)
1992年にコーネル大学を失業したミシェル・リーは、法科大学院の入学試験に合格したが、同時にTFAの選考試験も通過し、学校教師だった祖母の勧めでTFAを選んだ。

短期間の研修の後、ワシントン市に隣接した極貧地域であるバルチモアの小学校にTFA教師として配置された。当初、生徒は授業どころか、教師の言うことなどまるで聞かないという状況だった。

リーは落胆したが、他のTFA教師たちが全身全霊で教育に打ち込んでいる様子を見て、「私にだってできる!」と一念発起。夏休みの間に教授法のクラスを受けて、教師免許を取得した。

秋学期が始まると「成績を上げるために従来のやり方をすべて変える」とクラスの子供や親に告げた。早朝、授業前の空き時間、放課後、週末の時間に補習を行い、子供と親の一人ひとりと密接なコンタクトをとった。その結果、生徒たちの成績が一気にあがった。リーは新聞のインタビューにこう答えている。

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この経験が私に教えてくれたのは、“全身全霊を捧げる一教師の存在”が、教育全体を変えることができるということ。子供たちの学力を上げる“秘訣”や“近道”などはありません。ただ、こつこつと、文字通り人一倍勉強に励ませるだけです。
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リーは2年間のTFA教師としての仕事を終えた後、「教師の能力と献身的な姿勢がすべて」という信念に基づいて、全国的な教師育成プログラム「ニュー・ティーチャーズ・プロジェクト」を立ち上げた。その後、若さにも関わらず、学力の低さが問題とされるワシントン市の教育監に任命された。

ある地域の教育区長は、TFA教師を受け入れた経験をこう語っている。

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TFA教師は、今までよどんでいた溜まり水を動かし、清め、息吹を吹き込んでいるような新鮮な存在です。従来の先生には、教師という仕事が「生計を得るためのジョブ」となっている人たちが多い。

それに対して、TFA教師たちを突き動かしているのは、「使命感」なんです。その姿勢が、さざ波のように学校全体に伝わってくる。彼らのあふれるような若いエネルギーや絶対に諦めないコミットメントの深さには、感嘆しますよ。もちろん、厳しい試験をくぐって選ばれた特別に優秀な人たちだからでしょうけれど、、、
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(「どこで生まれたかで、受けられる教育の中身が変わってしまうのは、まったく不公平だ」)
TFAは1989年にプリンストン大学を卒業したばかりの女性、ウェンディ・コップが構想し、具現化したものだ。ウェンディはテキサス州の上層中流階級に生まれ、しっかりした教育を受けてプリンストン大学に入った。

そこでスラム街の出身者と知り合った。アメリカの大学は人種や経済レベル別の入学者枠があり、成績が悪くとも入学できる。しかし彼らが高校まで貧弱な教育しか受けていないので、大学で苦労しているのを見て「どこで生まれたかで、受けられる教育の中身が変わってしまうのは、まったく不公平だ」と実感したという。

アメリカの教育の不公平さについては、
*訳者・東方雅美さんが自身の経験をこう書いている。東方さんが住んでいるマンハッタン地域には全米トップレベルで大学進学率ほぼ100%の高校もあれば、電車で10分ほどの距離なのに、最低レベルの高校もある。そこの生徒は主に黒人やメキシカンの貧困層の子供たちだ。

東方さんの娘が大学進学に必要な試験を申請したが、最寄りの会場は満員になっていたため、二番目に近い会場で受けることになった。試験を終えて帰ってきた娘さんは興奮気味にこう語った。
 
(*:ウェンディ・コップ『いつか、すべての子供たちに――「ティーチ・フォー・アメリカ」とそこで私が学んだこと』(英治出版))

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ママ、首にチャラチャラ鎖を巻いていたり、入れ墨を入れたりしている、見たこともない男の子たちが試験場に現れたわ。警察官がたくさんいて会場に入る前に持ち物検査があってね、その子たちのポケットからナイフとかマリファナが出てきたの! 朝の6時半なのにビールを飲んでいる子もいたのよ!
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電車で10分ほどの距離なのに、どちらの地域で生まれたかで、大学進学率ほぼ100%の高校に行くか、生徒がナイフやマリファナを携行する高校に行くか、という違いとなってしまう。

 「国民が誰でも公平な機会を持てる国」というのが、アメリカの国としての大義である。それがまったくなおざりにされているのだ。そのためには、まず「教育の平等」を提供しなければならない、とウェンディは考えた。

---owari---
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