翡翠さん、宮ちゃんさん「コメント」どうもありがとう。light77,akagera,daininomichi,goohanasakuさん「ファイト」Thanks.で旅行記の続き投稿します。
12月29日はサンフランシスコからロサンゼルスへ移動。お天気が良かったせいか第一印象は「これぞアメリカ」。着いてすぐに見知らぬおばちゃんに「Have a HAPPY New Year」と声を掛けられドギマギ。返しの言葉や「Thank you」の一言が咄嗟に出ませんでした。アメリカではクリスマスでも新年でもだいぶ前からお祝いの言葉やカード、贈り物がされるって風習を知らなかったから日本流に当日との思い込みがあった。
昼食を取るためセンチュリーショッピングセンターへ行きその洗練された内装に「やっぱりアメリカ」。セルフサービスを初体験。ハリウッド大通り、ビバリーヒルズ、サンセット大通り、ハリウッドボール等映画などでお馴染みのところをざっと車窓観光。只々お上りさんでした。グローマンズチャイニーズ劇場ではスターの名鑑や手形を見て「アア ハリウッド」。続いて12車線のフリーウェーを走って「車社会アメリカ」を実感。日本人町はチラ見でした。
宿泊は超近代的(当時)な「ハイアットリージェンシー」でその時はただ嬉しくて感嘆。クリスマスのディスプレーが残っていたのが不思議でした。丁度オレンジボールの時期で超満員。洒落たカフェテリア風のポーチで取った朝食もグー。
その前に事前に得た情報で「スキッド・ロウ」と言う日本の山谷の様な所があると聞き、怖いもの見たさにそのために用意した作業服を着て恐る恐る遠目に見えるとこまで行きました。ドラム缶で火を焚いてホームレス風の男達が大勢たむろしている風景と超近代的なビル群との落差が印象的でした。後年訪れたLAで身ぐるみはがれたジジでした。
30日は治安が悪いと当時から言われていたダウンタウンや、ブロードウエー、フィゲロア通り等車窓で見てラテン系の人が多いという「オルベラ街」へ。中南米の人や風物を見たのは生まれて初めてでラテン音楽好きのジジにはとてもエキゾチックな感じがしました。夜に訪れたい所でした。
その後が「ディズニーランド」。今の東京ディズニー等と違い、素朴で大型の遊園地みたいな雰囲気でした。ジジはあまり関心がなかったが殆どのツアーの方はこれを楽しみにされていたようでしたが15時頃から2時間ほどの訪問で並んでいた人気のアトラクションは観るのは無理で余り流行っていない所をみて満足でした。帰りがけ余ったクーポン券を子供連れにあげたら、先方も帰りかけておられたのか親御さんは露骨に嫌な顔をされました。でも子供はワッと喜んで仕方なく親御さんも戻られ、悪いことをしたなと反省。
この後ラスベガスへ行き、ハワイへ移動する前に時間があり、ロサンゼルスの港に停泊していた「クイーン・メアリー号」の見学もありました。今行ったら何処も随分きれいになってるでしょうね。当時アメリカは何処も治安が悪くて汚れていました。
ハリウッド スターの手形や名鑑
何だかレトロな日本人町
クリスマスのディスプレーが残るホテル
朝のダウンタウン
ブロードウエイ大通り
当時の車を見れば時代が解ります
中南米系が多いオルベラ街 夜ならもっと楽しそう
小さな店がギッシリとありました。
カラフルな果物屋さん
クリスマスの飾りつけ 郷土色が出てます
一歩入った裏通りでは…
素朴な面影のディズニーランド入場口
フロンティア―ランド
今のと基本は同じ風景も
カリブの海賊?その時は一番人気で長い行列でした。
パレードもゆっくりとのどか それでも大勢の観客は楽しそうでした。
ハワイへ渡る前の日 ロス港に停留した「クイーンメアリー」号を見学。
何故だか閑散としたロス港の夕刻