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仲裁役

2017-12-01 09:10:24 | 日記
「ヤボよー、NとHがよー、帰りにドッコイでやるって言ってるんだけどよー、止めてやってくんねぇか」とPが言いに来た。中学の2年生だったから3年生だったかの頃である。ヤボとは、私の呼び名である。Hは私の近所に住む友人で韓国人。Nとは同じ学校になったことはないが、野球部員。ドッコイとは1対1の意味だ。HとNは普段から不仲であるらしかったが、ケンカの直接の理由はわからなかった。Pが私に仲裁を頼みに来たのは、私とHが親しいということからだったろう。Pはどちらかと言えばNと親しい仲であるようだった。もちろん私はPに「なんでおまえが止めないんだ?」と訊いたが、Pはすぐに「なぁ、頼むよ」と返された。

私は小学校の低学年あたりまではケンカをしたことがある。訳の分からない殴り合いのようなものだった。以後はケンカの経験がない。ケンカの技術がない。つまり、腕力で他人の格闘を止める力なんかあろうはずもない。「うるせぇな、おまえなんかの出る幕じゃねぇよ」と言われれば、それまでである。それでも私はPの依頼に従った。Hのところへ行き、Nのところへも行って話をした結果、HとNの格闘は中止になった。

中学時代に限らず、私はケンカの仲裁を、社会人になってからも経験した。そして、それらは不思議に成功した。思い出すのが、「仲裁は時の氏神」という言葉である。やはり、殴り合いはやりたくないが、いきがかり上やるしかないのが多いのだろう。中には、「俺も男だ」などと張り切ってしまうのもいる。酒の勢いを借りるのもいる。しかし、たいていは誰か止めてくれないかなという気持ちが心の底にあるような気がする。ちょっと頭を冷やせば、やっぱりやめておこうとなるのに、ついつい、時の勢いで何かが見えなくなってしまう人がいるのだろうと思う。

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