千葉敦子 彩古出版1986年
千葉さんは1940年の生まれで、新聞の経済部記者を皮切りにジャーナリストとして活躍した。この本の刊行から1年を待たずして亡くなっている。
本書の執筆時はニューヨークに居を構え、仕事や趣味など、多忙な生活を送っていたようだ。
この本が本屋の店頭に並んでいたころ、僕はこれを手に取って、そのままレジに向かった。当時は千葉敦子さんの名前は知らなかったのだが・。まだ家に置いてあると思うが、今回急に思い出して、amazonで中古を入手してみた。
内容自体は、今読み返すとなんということもない。コンピューター・ネットワークが始まった本当に最初のころで、千葉さんはそれにかなり関心を持って書いている。日本語ワードプロセッサーも、ようやく普及し始めたころだが、千葉さんはこれからはワープロは一家の必需品となるはず、と書かれている。新聞の切り抜きの仕方、予定を31に仕切られた蛇腹フォルダに入れて管理する方法(これは実際にやってみた)など。
要するに、情報としてはとっくに賞味期限を過ぎた、古いものばかりだ。今の若い人が見たら、むしろ新鮮に感じるとは思うが、自分の生活に取り入れられると思う情報はほとんどないと思う。
ネットで千葉敦子さんを検索すると、2chなどでも昔、評伝を再評価するようなスレが残っていたりする。まだ男性社会が色濃かった時代に活躍した女性で、女性らしさ、のようなものを嫌ったが、それ故むしろ女性的、とか、今ならこれほど頑張るようなことはしないだろう、とか。アメリカや西欧文化を無批判に称賛している、という言い方もあった。けっこう鋭いところをついているなあ、という気もする。
確かに、古いのだ。すべてが。外国で仕事といえば、イコールアメリカのことを意味していた時代。アジアの近隣の国のことは全く目に入らず、ひたすら北米と西ヨーロッパだけを見ていた時代。日本は日本であって、東洋の一地域だという認識がほとんどなかった時代(これは今もちょっとそうかな)・・。
そういった、千葉さんが最後の活躍をしていた時代は、同時に僕が社会で活動を始めた最初の時期でもある。だから、千葉さんの世界観は、僕の世界観の原点でもあるのだ。
千葉さんほどではなかったかもしれないが、そういう雰囲気を漂わせている女性たちは、確かに僕の身の回りにいた。男性も、単にウェスタナイズされているというわけではなく、それなりの合理性と日本人としての知性と、そしてほんの少し、日本社会に対する違和感を持ち合わせている人たちは確かにいた。
そして今は、いない。自分も変わったし世の中も変わって、日本も変わったしアメリカも変わり、ほかの国も変わった。
そういえば、美しき日本の残像、という本があったが、何も失われているのは日本の伝統だけではない。むしろ、京の伝統的な風物とか、「昭和」な街並みのほうが、記憶している人の数が多い分、残されやすいかもしれない。
でも、僕が見ていた世界や世界観や、なにやらは誰かから懐かしいと思われることもほとんどなしに、ただ消えていくのだと思う。
もう一つそういえば、と言ってしまうが、電車のモニターテレビで見た昔のだれやらの名言集。「どれだけ人生が長くても、最初の20年こそが、最も大事な半生だ」。100まで生きたとしても、最初の20年は残りの80年に匹敵するということ。なるほどねえ。
いつの日か、あの頃を語り合える人たちとまた出会える機会はあるのだろうか。
私はというと、何もかも便利な物を所有してるけど、なんとなくこれからが
不安な、微妙な、、でも生まれてから最初の20年はとても恵まれていた世代だったのかも、。
生まれてから最初の20年、他のどの年月と比較出来ないほどに、知らずに今に繋がる大切な年月でした。でなければ、こうしてコメントも絶対にしていないはずですね!
安井かずみさんで検索したら、懐かしい歌謡曲の作詞をたくさんされていた方でしたね。ちゃちゃママさんも触れられているように、日本がとても元気だった時代に青春時代を過ごされた世代のようですね・・。ちゃちゃママさんのお母様がとてもお元気で前向きなのも、その頃培われたのでしょう。
私達の世代は、恵まれては来たけれど前向きさがすこし足りないのかも知れません(自分を基準にして他の人を一緒にしてはいけないけど・・)。千葉さんの本を読んだときの、本からあふれ出てくる元気さ(と、つい先日だったように思えてくる、自分の駆け出しの頃)を、今回思い出しました・・。