うさぎくん

小鳥の話、読書、カメラ、音楽、まち歩きなどが中心のブログです。

冬の海

2016年12月08日 | 鉄道、車、のりもの

正直すこし行き詰っている。今に始まったことではないが。

そんなときは少し、海に帰りたくなる。

「年を重ねるごとに美しく」?そりゃあ、一体。。

 

 

猫は昔より見かけなくなった気がする。

暖かかった。

波も穏やかで、サーファーも見かけなかった。

「前歯が凍る」という感じではない。

まあ、こんな穏やかさも悪くはないが。

夜はイルミネーションが点灯するらしいが、こちらのほうが素敵だと思うので。。

平日だが、外国の方を含め多くの人が訪れていた。

穏やかさは人を呼び寄せる。

季節が本当に厳しく思えるようになるのは、これから、年が明けてからだろう。

まあ、それもひとつき、ふたつきのことではあるが。

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大衆の力

2016年12月07日 | 社会・経済

先年亡くなった岡崎久彦大使は著書の中で、日本が太平洋戦争で大敗を喫するに至った要因として二つの「誤った決断」を掲げている。

大正12年の日英同盟の失効(四か国条約への発展解消)と、昭和16年の真珠湾奇襲攻撃である。

特に後者については、当時諸情勢により開戦やむなしという状況に追い込まれたとしても、本来描くべき戦略および戦術を欠いていたとし、もし戦うならば、せめて(48時間の回答期限をつけるなどして)最後通牒を突きつけるような形にすれば、その後の展開が大きく変わっていただろうと述べている。

アメリカという国は、複雑な内政事情が時に外交に影響を与えるという、欧州はじめほかの国では見られない特異な政治形態を持つ国だ。ともすれば外交の専門家たちも見通しを誤る。太平洋戦争も、日米の対立を仲介する国など存在しないと思われていたが、本当は強力な仲介者が目の前にいた。それは米国民世論であった、と。

開戦前はほとんどの米国民が戦争には反対していたのが、12月7日を境に世論が全く変わってしまったことはよく知られている。

岡崎氏は続ける。

後年、ベトナム戦争時に外務大臣(だったかな)であった方と話す機会があったが、そのとき言われたことは「米政府は我々と戦うと同時に、米国民とも戦わなければならなかった。我々はただ目の前のアメリカ兵士を一人ひとり殺していけばよかった」といわれたという。岡崎氏が硫黄島では2万人の兵士が亡くなった、というと、大臣は絶句し、なぜそこまでしても勝てなかったのか、信じられない面持ちでいた。

緒戦の戦略の誤りは、その後どのようにしても修正しきれなかったのだ、と。

外交の権威である岡崎氏の意見なので十分に傾聴されなければいけないと思うが、親米派である氏の意見の他にも、様々な見解をお持ちの方も多いと思う。

米政府が日本の奇襲を事前に察知しておきながら、それを秘匿してわざと被害を出させ、世論を操作しようとした、という謀略説も、昔から多くの人が支持している。

そこまで言わなくても、日本国政府が平和的解決を断念せざるを得なくなるような外交交渉を展開した米政府に、まったく落ち度はなかったとは思えない、とは(素人ながら)僕も思う。

昭和初期には、アメリカやアメリカ文化に親しみを感じていた日本国民が多かったことも、よく知られるところだ。アメリカの映画や音楽も、愛好する人は多かった。

アメリカ大衆が日本にどれほど関心があったかは知らないが、彼らは旧世界とはいちどは決別し、自分たちの生活を大切にしようとしていたはず。余程のことがなければ、他国に銃を向けるようなことはしたくなかったはずだ。

もっとも、去年読んだ徳川無声の日記は開戦の日から始まっていた。日本中が高揚し、徳川氏も自分に何ができるか、あれこれ思いを巡らせた、と書かれていた。

日本の大衆も、報道その他から米国の圧力に憤りを感じていたのだろう。

岡崎氏の言われるように、アメリカは中央政府と大衆との関係がちょっと特殊な面があるが、大衆がそれなりの力を持ち、戦争を後押しするという点は、民主主義をとる国どこでも共通しているように思える。現場がその気にならなければ、戦争は続けられない。ドイツの兵士だって、最後はカイザーに嫌気がさして銃を捨てたのだ。

アメリカはベトナム戦争で自国の国民に背かれ、苦労した。

だが、湾岸戦争はその教訓を生かし、情報操作のようなこともあったらしい。イラク戦争とそのきっかけとなった同時多発テロ、これにも謀略説がささやかれている。

今年はいわゆるポピュリズムという言葉が紙面をにぎわすことが多かった。英国民投票とか、米国大統領選挙とかね。

大衆は力がある。たぶんずっと昔から、最終的には大衆が世の中を動かしている。

それをうまく使うと、梃子のように世界をうごかすことができるし、場合によってはその力を封殺することもできる。

動き始めたら、もう止められない。最初に間違ったら修正がきかないのだ。

だから、大衆一人一人は、よほど自覚して行動しないと。

う~ん、なんだか当たり前の結論になっちゃったな。。

 

 

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この世界の片隅に

2016年12月05日 | 映画

片淵須直監督 2016年

ネットなどで話題になっていたので、見たいと思いながらなかなか見られなかったが、ようやく観ることができた。上映館が比較的少ない。会社の子によると、知り合いがこの映画を好きで、やはり上映館が少ないので苦労したとのこと。どちらかというと、郊外のイオンモールみたいなところでよくやってるようだ。

予備知識はなくて、ただ終戦間際の広島、呉の日常を描いた、ということだけ聞いていた。白状するまでもなく、このブログを追ってもらうとわかるように、僕は先の戦争のことを描いた映画となると目がないのだ。どちらかというと、勇ましい戦いよりも、翻弄される運命とか、人々の苦悩を描いたものが好きなのだけど。。昔はステレオタイプに暗黒の時代という描写一色というのが多かったが、そこは人間、実際にはたぶん、のんきな生活場面もあったり、人の温もりが伝わる場面や、他方他人の運命の厳しさに涙する場面、いろいろあったのだろうな。

この映画のすずさんと、それを取り巻く人たちみたいに。

正直、期待以上に良かった。ほのぼのした絵柄と、のん(能年玲奈改め。なんだかぞっとしない芸能界の裏話は、ネットで何度か目にしたけど。。)さんのふわっとした感じの語り口がよく似合っていて、子供時代のエピソードなど、昔の絵本のようなのどかさだ。

最初のエピソードは昭和8年。wiki年表を見ていると、ヒトラーの首相指名から国会放火事件、全権委任法の成立と、ファシズムが急速に台頭、一方アメリカではフランクリン・ルーズベルトが大統領に就任。国内では小林多喜二逮捕虐殺、滝川事件、ゴーストップ事件と、そろそろ思想統制が本格化してくる。そんな社会背景を通奏低音に、一方ではまだまだ庶民生活はささやかな楽しみに満ちていたようだ。商店街のきらびやかなモール、キャラメル、お菓子、ショーウィンドウの人形(だったかな?)などが映し出される。当時の日本もサンタさんの衣装があったらしい。すずさんの、子供の視点からの街の描写が楽しい。

物語はすずさんが大人になり(といっても満18)、呉にお嫁にもらわれるあたりから本格的に展開していく。昭和18年、まだ本土に空襲は来ていないが、食料は配給になって生活は日に日に厳しいものになりつつあった。すずさんも慣れない暮らしに必死になじもうとするが、朝暗いうちから食事の支度、姑、義理のお姉さんのもと、つらかったろうな。まだ二十歳前の子供なんだし。。

コツコツとぶつかりながらも次第に北條家になじんでいくが、一方でこんどは戦争の影が一段と濃くなっていく。食糧難、はじめての空襲。そして。。

すずさんは自分から何かを志そうとはしない。そう教えられてきたのだろう。本当ならというか、時代が許せば好きな絵の学校でも行って、何かを残すこともできたかもしれない。けれど、それはしなかった。だが、もらわれていった北條家の人たち、周作さんもご両親も、ちょっときついお姉さんも、すずさんを受け入れ好意を持っているし、すずさんにもそれは伝わっている。

ただ、幼馴染の水原君と再会したときは、ちょっとだけ本当のすずさんが見えてくる。水原君は不思議なことを言う(台詞はうろ覚えだが)。すずさんは本当に普通でええのう、笑いかたも、家族とのつきあいかたもふつうじゃ、と。そして、俺はどこから普通じゃなくなったんだろう、と。

水原君は子供の頃お兄さんを亡くし、そのあと自分も海軍に入って「青葉」に乗り組む。少年時代には少し影があるこどもだったようだが、水兵となった彼は快活に笑い、そんなに道を大きく外れているようにも思えないのだが。彼も色々運命に翻弄され、嫌いだった海を職場とし、好きだったすずさんと結ばれなかったことで、「普通じゃない」と思っているのかな。。

物語は戦争が終わり、周作さんと戦後の新生活を語るところまで続く。その先、すずさんと周作さんはどのような戦後を過ごしていったのかな。願わくば、楽しい日々を過ごしてほしい気がするけど。

適当に書き散らしてまとまりがなくなってしまった。とりあえずこの映画、数年に一度の傑作と言っていいと思う。

そういう比較は失礼だけど、「風立ちぬ」よりもずっと良い。ストーリーのまとまり、絵のきれいさ、声、そして随所にみられる微細にこだわりを見せた、事物の描写など。

映画館では、泣いたらあとで格好悪いな、と心配しながら見ていた。彼らを襲った過酷な運命は、本当に厳しく辛いものだと思うが、それでも僕はあの頃の日本人、日本の庶民たちのふれあい、家族の生活ぶりなどがうらやましく思える。本当の自分がいるべきなのは、あそこなのではないかと思ったりする。

いや、本当を言うと今だって、彼らのことを想い胸がぐっとなりながら書いているんだよ。。

*原作コミックもKindleでダウンロードしてみました。時間の取れるときに、コーヒーか何か飲みながら読むのが楽しみ。

終わって外に出たら雨。結構強く降っていた。

さて、個人的にもいろいろあったが、仕切り直しっと。

 

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週末

2016年12月04日 | 日記・エッセイ・コラム

長い一週間が終わった。

思ったよりは簡単に終わったこともあれば、安心していたら、裏切られるような気持にさせられたこともある。

もっとも、終わってしまえば普通の日常だ。のど元過ぎれば、だ。

ただし、その日の終わりにはいい加減うんざりして、とてもまっつぐに家になんか帰れねえ、と思ったことも。

気持ちが、悪いほうへと傾いていく。

それでも、今は世間といつでも、どこかしらつながっているのであって、自然と、自動的に軌道修正されていく。

SNSで友人から一言もらうと、すっと我にかえる。

また来週から、いつもの毎日。

時間がたてば、いろいろあっても、細かいところは忘れてしまう。

ぜんたいとしては、癒えない傷は癒えないまま、たぶん墓場まで持っていくのかもしれないですね。。

さてっと、映画でも見に行くか。

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The Boxer

2016年12月01日 | 音楽

この曲について昔書いたかなあ、と思って自分のブログを検索してみたが、見つからない。頭の中で書いていただけだったのかな?

さいきんはちょっと前に書いたこともすっかり忘れてしまい、同じことを何度も書いたりする。。

 

この曲に最初に出会ったのは、中学生のときの今頃の季節だった。

だから個人的にこの曲を聴くと、金色に輝く遅い午後の陽ざしとか、そういう風景が心に浮かんでくる。

本当はニューヨークの、寒い街角の風景が舞台の歌なのだが、僕の頭の中ではどこかの築堤、ススキか何かが風に揺らぎ、わずかに温かみを感じる太陽と雲一つない空、色だけは暖かそうな枯草色と苅田の茶色。そんなものが浮かんでくる・・。

あるいは、逆光の中、半分シルエットのような姿で疾走する、古い電車。かつての名優、颯爽とした姿が人々を魅了したのも今は昔、今は地方線で最後の活躍をする、旧式の電車。

各所を改造された跡も痛々しい姿。電車は、線路脇の枯草の上に、長い影を落としながら走る。

 

もう、イメージがぶっ飛びすぎていますね。

そもそも、'The  Boxer'という、勇ましいタイトルと、軽快なリズム、S&Gのやさしい歌い方とのギャップがなんとも。。

映画の一シーンのように、現実には激しい、喧騒のなかのシーンが、静かなスローモーションとして映し出されているような印象を受ける。

 

僕の英語力では、何気なく歌詞を聞いていても、部分的にしか理解できない。昔は特にそうだった。

向こうの歌詞に多い、ストーリーテラー的な内容らしいことはわかる。

以前書いたかどうか、繰り返しになるかもしれないが、僕は以前この曲を、部分的に自分で適当にストーリーを補完しながら聴いていたのだ。

(想像した)お話は次のような感じ(カッコは突っ込み)

僕はそのころ、やせでちっぽけな少年だった・、夢でポケットを膨らませながら家を離れ、街に出る( 本当はポケットいっぱいの夢ではなく 'a pokectful of mumbles 'と言っている。このさきもよくわからないが、とにかく少年が不安と期待に胸をふくらませながら、駅から街にむかったのだろう、と。)

わずかでも稼ごうと仕事を探すが、話は来ない。 いつかは夢を実現してやるんだ、と心に誓う('Asking..wages but I get no offers'はよく聞こえるのだ。 そのあとは勝手な想像。 ' I do declare..'からあとが、ちょっときいてもわからないのだ。「時には娼婦に安らぎを得ることもあったんだ」、と言っていたなんて。。)

この先の歌詞もよくわからないが、とにかく少年は「ロッキー」のように努力して、ようやくリングに立つようになった、んだろうと・・。トランペットの間奏が年月の流れを感じさせる。

ニューヨーク冬のは厳しい。僕はふと、もう家に帰りたい、と想ったりする・・(構文はよくわからなくても、 'New York City winters .. bleeding me, Leading me going home'は聞こえてくる。まあ、大意はまちがっていない)。

最後はリングに立つボクサーのシーン。激しい戦いが繰り広げられる。 

彼は倒れ、怒りと恥辱の中、「もういやだ、もういい、家に帰るんだ。」と心で叫びながら、それでもまた立ち上がり、戦い続けている。。(ところどころで、 'stands a boxer' ' a fighter' 'and cut him'(ここだけS&Gは、強くアクセントを付けて歌っている).'という言葉がわかる。さらに、'anger ' 'shame' ' I  am leaving..' 'the fighter still remains'と続くので、ああ、もうやだ、と思いながらたたかいつづけてるのかな、と。)

さいごは'Lie-a Lie..が繰り返されながら、ストリングスを中心とした伴奏がどんどん盛り上がっていき、やがてふっと静かになってギターだけになって、静かに終わる。

S&Gの歌い方は最後までジェントルで、やさしい。歌詞を追っていくと、なんだかサリンジャーか誰かの短編小説みたいでもある。

この曲が心にうかんだのは、自分なりの季節感もあるが、もうひとつ、今日は自分もいろいろあって、歌詞のボクサーのように、'Laid me down and CUT me'となってしまったので。。

それでも、泣きながら'I am leaving'などといいながらも、また起き上がってファイティング・ポーズをとることになるんでしょうね。。

 

 

 

 

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