うさぎくん

小鳥の話、読書、カメラ、音楽、まち歩きなどが中心のブログです。

中村紘子さん

2016年07月29日 | 音楽

このあいだ復帰されたというニュースを聞いた気がしていたのですが。。

You tubeのコメントを見ていると「カレーの似合うピアニストさん」みたいなコメントがあって、ちょっと微苦笑ですが。しかし、ある意味的を射ている言い方かなという気がします。なんとなく、ご自身がとても専門的な世界、セレブの世界にいて、だけどわたしはみなさま庶民の方々とともにあるんですよ、みたいなアピールをされている感じがあって。。

けっしてネガティブな言い方をしたいわけではありません。日本のマニア系音楽ファンの方は、もうちょっと朝比奈隆さんとか、ちょっと求道的な感じの方(ファンから見てということですが)が好きなので、中村さんはその点ちょっと損をしていたのかもしれない。ただ、このまま年輪を重ねていけば、またちがう評価になっていったかもしれないという気もします。

エッセイなどの著作も面白くて、良く読んだものです(そういえば、かくいう僕も、CDは手元に持ってないな)。岩城宏之さん同様、そういう面でも日本の文化に貢献した方といえそうです。

ご冥福をお祈りいたします。

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つゆあけ

2016年07月28日 | まち歩き

当地では平年より7日遅れて、今日梅雨明けした。

多少日差しは出ているが、昨日と同様空には雲が多め。ただ、空気はだいぶ湿っていてかつ暑い。

例年だとこの時期は容赦なく暑いが、それほどギラギラとした暑さは、とりあえず今日のところはなさそうだ。

きれいな夕焼けにはいまひとつ。

この時間に外を歩くのも久しぶり。

上着を着て出かけているが、すでにだいぶ前から、地下鉄や通りで見かける男性のほとんどは上着を着ていない。

普段の通勤だと別に暑くて困ることはないが、さすがにこうして歩くとちょっと持て余す。

LINEで昔の上司から聞いて、この街を訪れてみた。昔職場のあったオフィスビルが、いま解体中だという。

この先に農協系の施設があったのだが、解体されて再開発する、手はずだったのが、工事中止となりしばらく放置されていた。

そのうち手前にあったビルも解体が決まり、たぶん併せて再開発、と方針が変わったのではないか。。

中に入るとわかるのだけど、このオフィスビルは非常に変則的な敷地で、しかも奥のほうが斜面になっている、妙な土地に建っていた。ビル自体、いろいろなものを避けながら床面積を無理やり広げたようなつくりだった。通りから見るとほっそりと小さいのだが、実は奥が広くて、Lの字を逆さにしたような投影図となっている。ので、使いにくいのかテナントもなかなかつかなかったのだろう。築年数は30年ちょっとくらいだろうか。

驚いたのは、上の写真の真ん中あたりにあったはずの小高い丘と、その上にあった神社がそっくりなくなっていたことだ。ここも不思議な地形で、なぜかここだけビル3階分ぐらいの急な岡があったのだ。開発のために岡ごと撤去してしまったらしい・・。いいのか、そんなことして。

画面中央にあるマンションも建て替えのため解体中。

この界隈は20年ほど前から約10年ほど(途中抜けている時期もあるが)、通っていた。なじみの風景はいままさに変わりつつあるようだ。

とはいえ、この20年間、ほかのところが全く同じだったわけではない。画面より左のほうにある高層ビルは、以前は平屋のスーパー、もっと前は駐車場だった。地下鉄の駅付近には銀行の支店が3つあったが、1行は撤退、残り2行は合併して同じ銀行となり、片側が閉鎖となった。

他方、変わらないものは変わらない。画面にあるコンビニ、花屋、コーヒーチェーン、喫茶店、中華屋などは昔からずっと同じところでやっていた。コンビニといえば、昔はam.pmが幅を利かせていたのだが。

この街でかかわりのあったいくつかの事業所のうち、ほとんどはこの地を去り、今まだ残っているところももう間もなく移転する。

もとより、あのころいた仲間たちも四散してしまい、いまはどこにいるやら。街のたたずまいはまだ昔の面影があるので、誰かいそうな気もしてくるが。

まあ、こっちも変わっちゃったからねえ。。

さすがに暑くてくたびれたので、スタバで休憩。昼休みの時のレシートを見せたら(おかわり100円でのめる)、レシートの店舗名(オフィス近く)を見た店員が、僕春までここで働いていたんですよ、改装で1か月休業になったとき、こっちに移ってきたんです、と懐かしそうに話しかけてきた。毎日のように行っているので、向こうで会ったことがあるのかもしれない。

昔の同僚には会えなかったが、思わぬところで再会となったしだい。。

 

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やすみ

2016年07月27日 | 日記・エッセイ・コラム

きょうはやすみです。

アル君は今、とやでちょっとお顔まわりがもわっとしている。。

ココちゃんはだいぶすっきりしてきたかな。

また蝋膜が白くなりかけている。

本当は忙しい時期が終わったら、先週あたりゆっくりしようとしていたのですが、もたついているうちに少し体調を崩し、午前中休んだりした。

そうしたら健康管理が云々と、いう話が出てしまったので。。どうも割が合わない気持ちがするが、まあこうして休めるのだから文句ばかりを言っても仕方がない。

昨年はだいぶ体重管理を頑張ったが、今月は見事にリバウンドしている。。経験的に、いちどうまくいって、それが維持できなくなると、戻すのは難易度が高そうだな。。

 

とくに出かけることもなく、だいたい家ですごした。昨年の写真ログを見ていると、けっこう積極的に出かけているが、多少事情もあり、さいきんはあまり出歩くことがなくなっている。気持ちの問題もあるが。。

ところで、夜遅くにまた地震がありましたね。

さいきん、また増えている気がするね。

関係があるかどうかはわからないけど、今日コーヒー豆を買いに、隣町の喫茶店に行ったら、入り口のレンガのたたきのところが、大きくひびが入っているのが目についた。店の前、建物が道路に面したところに、60cmくらいのスペースがあって、そこがレンガ仕上げになっているのだが、目地のところにヒビが入り、わずかに道路側が沈むような形になっている。

オフィスのちかくでも、石畳の一部でわずかに石同士がぶつかってせりあがったようになっているところがあり、石が膨張するはずないし、地面がすこし動いたのかな、と思ったことがあった。。なんだか「日本沈没」の冒頭部分みたいな話だが。

とはいえ、それは単にふと気がついただけであって、流言蜚語的なレベルの話ですが。。

体重が増えたことを確認した後なのに、夜出かけて安ワインを飲んだら、思いのほか酔ってしまい。。やはり健康管理は大事。

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I Go To Pieces

2016年07月26日 | 音楽

ピーターとゴードン。

・・そんなこんなで、彼女の白い肌は私に昔のことを思い出させた。ジミ・ヘンドリックスやクリームやビートルズやオーティス・レディングや、そんな時代の頃のことだ。私は口笛でピーター・アンド・ゴードンの『アイ・ゴー・トゥー・ピーセズ』のはじめの何小節かを吹いてみた。良い唄だ。甘くて切ない。デュラン・デュランなんかよりずっと良い。でも私がそう感じるのは私が年を取ってしまったせいなのかもしれない。何しろそれが流行ったのはもう二十年も前の話なのだ。二十年前にいったい誰がパンティー・ストッキングの出現を予測できただろう? (「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」より)

このシーンの前で、「私」は深夜、自宅から車で出かける。大きな通りで信号待ちしているとき、若い男女の乗るスポーツタイプの白いスカイラインが横に並んだ。その車のカー・ステレオから流れていたのが、デュラン・デュランだったのだ。「私」はなぜか、デュラン・デュランの音楽と、スカイラインに乗っていた女が左手首にはめていた銀のブレスレッドが後々まで気になって、何度も思い出すことになる。

考えてみるとこの小説の設定は、近未来風を装いながらも、結構ピンポイントで時代を特定できるような描写が出てくる。ピーターとゴードンのこの曲は1965年のヒット曲だ。それから20年を経るということは、やはり80年代の前半ということになる。あの頃はたしかにデュラン・デュラン、世間でよくかかっていた。スカイラインも当時の若者たちが結構乗っていた車だ。

僕自身は当時、デュラン・デュランはあまり聞いていなかったが、このI Go To Piecesはちょうどその頃に、ラジオのオールディズ特集で聞いて初めて知った。いろいろと、ちょっと参っていた時期だったが、この曲はそんな疲れた心を癒やしてくれるような気がした。

なんとなくしっとりした雨を連想する。ちょうど小説で「私」が最後に地上に出て自宅に戻った数時間の間、降り続いていた細かい雨のように、優しく、ひんやりと心を包んでくれるような気がする。

歌詞はあまり聞き取れないところもおおいが、ふられた彼女に道で会って、心乱れて体がばらばらになっちゃいそう、みたいな話らしい。たしかに、自分もそんな思いを味わった思い出はあるが、記憶には残っていても、痛みの感覚はもう忘れてしまって久しい。だんだんと、ひとはそうなっていくんですね。。

今年の梅雨は出始めはからっとしていて、明ける間際になって、急に思い出したようにぐずつくような降りかたをしている・。当地では先週来雨の日が多く、わりと涼しい日が続く。涼しい夏、というのも近頃はあまり経験することがないな。思い出すのは、たしか7年前も、いちど梅雨明けを宣言されたのに、その後もしばらく雨が続いたことがあったな。。たまには涼しい夏も良い気がするけど、まあこれから暑くなるのかな。

 

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歩きながら

2016年07月25日 | 日記・エッセイ・コラム

個人的には歩きスマホはマナーとして、やめてほしいと思っています。

立ち止まってスマホを見るのはもちろんOKだし、電車待ち、信号待ち、やエスカレーター(下りるとき注意)等々、街中でも立ち止まることは多いと思う。そういうときは見ていて、例えば電車が来たら、いったんスマホを閉じるなり目を離すなりして、電車に乗ったらまた見ればいい。

しかし現実問題、毎日通っている地下道で、5分も歩けばスマホ歩きしている人を10人は確実に見かける。通路の隅を歩いているのはいいほうで、中には点字ブロックを白い杖をつきながら歩いている人と正面衝突してしまうような輩もいる。

何が嫌なのかと考えると、一緒に歩いているほかの人に、全く配慮しようとしない独善性を感じるからでしょうね。。

ただ、もう世間の流れとしてどうにもならん。

 

それで、話は例のポケGoのことですが、案の定自転車乗りながら赤信号突っ込んだとか、さらに自動車で三重衝突やったとか、心配したとおりのニュースが流れています。電車に乗ると、ゲームアプリを使いながら歩くのは危険ですからおやめください、と車掌が何度もアナウンスしている。鉄道関係者、公安関係の人たちは苦虫噛み潰しているんじゃないですか・、あんなもん作りやがってみたいな。。

じっさい、道歩くのがちょっと怖い気がしますからね。向こうから自転車が来ると、ちょっと身構えたりします。そういえば昨日、これはスマホではないのですが、夜道を歩いていたら、道いっぱいに広がって走ってきた中高生ぐらいの男の子の一人が、僕の前に突っ込んできて、かばんと接触した。話に夢中になっていたらしい。何も言わずに行ってしまった・・。こういうの、経験的にはなぜか連鎖する傾向(道で人にぶつかる)があって、今朝も地下鉄で無理に押されたようなので押し返したら、その人ひどく怒りだして、床に座り込んだりしていた。これは危ないことになるかとひやひやしたが、すぐに車内が空いてきて(いつもそうなる)、恰好がつかなくなったと見え、どこかに行ってしまった。

(それはともかく)ただ、内心ちょっと期待していることがあります。これを機会に人々が歩きスマホは非常によくないことだ、という認識を新たにして、議論を深めていってくれるのではないか、と。対比させるのはちょっと不謹慎かもしれないからあれですが、飲酒運転が痛ましい事故をきっかけに厳罰に処されるようになりましたよね。大きな事故は起きてほしくないけど、みんなで危機意識を持ってもらって、マナーを向上させる原動力になってくれるといいな、と思ったりする。

東武鉄道さん、画像借りていいかしら。。

 

 

 

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