Cosmos Factory

伊那谷の境界域から見えること、思ったことを遺します

高速道路の受益者とは

2009-08-15 22:52:30 | ひとから学ぶ
 ETCで格安化された高速道路も、この先その機器すら無用になる時期が来るのかと思うと、無駄なことを輪廻のごとく繰り返す社会の到来で、ますます先は見えなくなっている。もちろんこのまま自民党が申すようなあまり変化のない構想でも、きっと国民の顔色に左右されて右往左往してしまうから、何がベストなのか見えはしないのである。高速道路に対して「受益者負担」を唱えることに異を唱える考えに次のようなものがある。「高速道路からの受益は車の有無、利用するしないにかかわらず全ての国民が受益しているのではないでしょうか?一番わかりやすい例が、この一年間で宅配便や郵便小包を全く受け取らなかった国民はどのくらいいるのでしょうか?生鮮食料品はどうでしょうか? 速さを求めて物流は高速道路の上を流れています。 これってりっぱな高速道路からの国民受益ではないでしょうか? 無料化すれば物流コストが下がりもっと受益できるはず」というものである。高速道路無料化が強いてはCO2排出量を増加するという考えに対して、そもそも構造の変化を求めなくては、「受益者負担」を隠れ蓑にして利権政治はなくならないというものだ。とても必要とは思えないようなモノを造ることに対してその必要性を問うことは当然であるが、こうしたトータル的な思想は方向としては間違っていないが、実際にそこに現れる現象までは想定できないはず。遠くを見通すことは必要だが、そのためにまず「高速道路無料化」といって気を引くやり方は、危ういという印象はぬぐえない。前述の意見を解いてみたとき、確かに高速道路を直接利用しなくても、間接的に受益していることは確かである。しかし、いっぽう物流コストが下がることでますます地産地消的発想が消されることになる。ようは経済市場主義はますます加速することになる。確かにそれを受益する可能性があるが、生活道路ではなく、物流のための道路維持や建設に税金をより投入してしまうことは、ようは地域格差を増すことになりかねないということだ。

 せっかく分割民営化した会社から国が実権を奪って国有化なんていうのも逆行しているように見えるわけだから、本当にそれで良いの?と思わないだろうか。維持管理だけを民営にさせて、道路そのものの構想は国が行う。ちょっとJRとは違った手足をもぎ取られたような高速の将来は、果たして本当の意味で国民のものになりうるだろうか。国道並みに張り巡らされていればともかくとして、今の状況では受益格差は歴然としている。そうでないところまで整備を続けるというのなら、果たして国道と高速国道の役割はどうなるのだろう。結局無料化された分どこかで金が必要で効果もあればマイナス効果もあって、同じこと、輪廻そのものではないだろうか。
コメント (4)


**************************** お読みいただきありがとうございました。 *****