てつりう美術随想録

美術に寄せる思いを随想で綴ります。「てつりう」は「テツ流」、ぼく自身の感受性に忠実に。

住吉っさんめぐり(3)

2008年01月21日 | 写真記
 「住吉万葉歌碑」で、ちょっと寄り道をしすぎてしまった。住吉大社は広いので、いちいちこんなことをしていたら昇ったばかりの日も傾いてしまう。ぼくはいまだに、境内全域をめぐったことはないのである。

 反橋を渡ると、左手に手水舎(てみずしゃ)がある。小さな神社にもよくある、手や口をすすぐためのものだが、ここのはいっぷう変わっていた。何だか丸っこい、奇妙な生き物の口から水がこんこんと流れ出している。よく見ると、耳を背中に倒して丸くなった兎だった。なぜ兎かというと、ここに神功(じんぐう)皇后が神として祀られたのが卯の日だったから、ということらしい。


〔兎の口から清水が流れる〕


〔掛け渡された柄杓が参拝者の訪れを待つ〕

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 『好色一代男』などで知られる井原西鶴は、なにわの人だ。大阪には文学碑がいくつかあるし、上本町の誓願寺というところには墓所もある(ついでながら近松門左衛門の墓もその近くにあるし、織田作之助や梶井基次郎の墓にも歩いてゆける)。

 西鶴はまた、すぐれた俳人でもあった。42歳のころ、一昼夜で23500もの句を連続で詠むという大記録を打ち立てる(数えるだけでも大変だ)。その舞台となったのがこの住吉大社であったそうで、偉業を記念する句碑があったが、ぼくにはまったく読めないのが残念である。


〔句碑の文字は西鶴自身の筆跡という〕

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 住吉大社にはまた、石燈籠が多い。大小さまざま、かたちのバリエーションも多彩に、おそらく何百という燈籠が立ち並んでいる。本殿に向かう石段脇にある燈籠には、太い文字がくねくねとのたうつように書かれている。このうまいのか下手なのか判断に窮するような個性的な筆跡は、池大雅のものだそうだ。ぼくは不意に、岡本太郎の字を思い出してしまった。

 うまいか下手かわからないといえば、大雅の絵もまたそうだろう。ただ、眺めているうちに何となく楽しい気分にさせられてしまうことは、たしかである。


〔池大雅の筆跡が刻まれた石燈籠〕

 ほかにも変わった燈籠はある。大阪の小間物問屋が寄進したらしい燈籠は、ひとつの基壇から2本(?)の燈籠が生えているという、見たこともない姿をしている。しかも不可解なことには、火袋と呼ばれる燈明をともす囲いの部分が、片方にしかない。つぶれてしまったのか、それとも最初からこうだったのか、いったいどっちなのだろう?


〔見れば見るほど不思議な双子の石燈籠〕

 燈籠の形状は、寄進者の出身地や時代によってもさまざまに変化するが、鳥の姿をかたどった屋根というのは時代の流行というわけではなく、個人の突発的なアイディアだという気がする。船のかたちをした「住吉万葉歌碑」と、なかなかいい勝負である。いつごろ寄進されたものなのか調べるのを忘れたが、古いものであるのはまちがいない。


〔愛らしい鳥のかたちをした燈籠の屋根〕

 屋根といえば、境内にある電話ボックスは切妻屋根にとがった千木をもち、神社さながらにデザインされている。これも誰かの気の利いたアイディアにちがいないが、利用する側としては緊張して肩が凝ってしまうかもしれない。


〔「住吉造(?)」の電話ボックス〕

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 参道の脇には、絵馬堂がある。屋根があるだけで壁のない、風がびゅうびゅう吹きすぎるような建物だ。梁に掛けられた絵馬には、古びて判読不能になっているのもあれば、生新しい色彩を維持しているのもある。そんななかで、一隻の軍艦を写実的に描いた絵馬がひときわ眼をひいた。

 額縁には「輝く武勲を残したるも ソロモン海々戦において ついに海底深く眠る」、寄進者は「元 乗組員一同」と書かれている。後から調べてみると、昭和17年8月10日、重巡洋艦・加古は米軍の魚雷3発を受けて沈没、34名が死亡したとあった。


〔絵馬に描かれた「軍艦 加古」〕

 もともと海の神様である住吉大社だから、このような絵馬が奉納されることもあるのだろう。後日わかったことだが、あの香川の金刀比羅宮の絵馬堂にも、軍艦の写真や絵画が奉納されているらしい。「追い手に帆かけてシュラシュシュシュ」という陽気な歌からは想像しがたい、こんぴらさんの意外な一面である。

                    ***

 ぼくはまことに邪道な参詣者にはちがいないが、お参り目的でないからこそ見えてくる住吉大社のさまざまな側面に驚き、また考えさせられもした。地形が変わり、海はここから遠く離れてしまったが、人々の信仰は時代をはるかに超え、いつまでも途絶えることはない。

(了)

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