てつりう美術随想録

美術に寄せる思いを随想で綴ります。「てつりう」は「テツ流」、ぼく自身の感受性に忠実に。

住吉っさんめぐり(2)

2008年01月20日 | 写真記
 住吉大社は、とにかく歴史が古い。古来風光明媚な海岸であり、万葉集にも詠まれるほどの名勝地だったこの地に、海の神を祀ったのがはじまりだそうだ。昔話で知られる「一寸法師」は住吉の神さんに祈願して授かった子供であるというし、『源氏物語』では光源氏もここに参拝している。例の反橋は淀君が寄進したものだといわれているし、松尾芭蕉もまたここを訪れて一句残している。これまで住吉っさんにお参りした人の数は、おそらく天文学的な数字になるにちがいない。

 だが、古いものばかりではないのだ。住吉大社には毎年いろんなものが奉納されている。漫画家のけらえいこは、自作のマンガ『あたしンち』を奉納したということを何かで読んだ。なぜそんなものを、と首をかしげたくもなるが、本人にそれなりの思いがあってのことだろう。

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 去年の暮れごろ、今井祝雄(のりお)という現代美術家の著書を読んで、彼が各地に残した立体造形やモニュメントに興味をもった。というのも、かつて新大阪駅の近くに勤めていたとき(今の職場に比べれば何て近いことだろう)、駅前の駐車場あたりに石を積み上げたような不思議な塔があるのに気づいていたが、それが今井の作品だということを知ったからである。

 『タイムストーンズ400』と名づけられたその作品は、大阪城築城400年を記念して1982年に立てられた(実は本物の石ではなく、型取りした樹脂である)。だが、てっぺんに乗せられるはずの最後のひとつの石は、あえて地面に残された。20年後の2002年、最後の石が積み上げられることによって、このモニュメントは完成する・・・そういうシナリオであった。

 ぼくはこのところ新大阪駅に出かける機会がないので実際に見てはいないが、塔の足もとに置かれた石は、おそらくいまだに置かれたままになっているはずである。着工から20年経つと、周囲の状況は一変していた。モニュメントの依頼主である地元の某クラブもメンツが変わり、作品の完成に反対する勢力が幅を利かせるなどもろもろの障害が立ちふさがり、『タイムズトーンズ400』はついに未完のまま放置されることになってしまった(このへんのいきさつは今井祝雄著「未完のモニュメント まちのアートは誰のもの?」に詳しい)。

 10代の若さで「具体美術協会」に参加し、「吉原治良(じろう)の最後の弟子」を自称する今井が、偶発的なハプニング性やパフォーマンスを重視する「具体」の精神から遠く離れ、20年という長いスパンで作品を構想しているのがぼくにはおもしろかった。

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 そんな今井の作品が住吉大社の境内にもあることを、同じ本のなかで知ったのだ。1991年に立てられた「住吉万葉歌碑」である。反橋の脇に、それはあった。

 歌碑というと縦長の石に何やら読みにくい文字を刻んだものを連想するが、これは古代の帆船を模した風変わりなかたちをしていて、ビジュアル的にもおもしろい。和歌の文字も万葉仮名などではなく、きっちりとした現代の活字で印字されていてルビまでふってあるし、万葉のころにはどこまで海岸線が迫っていたかを示す地図すらも描かれている。おそらく他に類例のない歌碑ではなかろうか。


〔古風な境内で異彩を放つ「住吉万葉歌碑」〕


〔しろうとにも優しい明解な碑文〕

 だが、それだけではなかった。側面の碑文には、やはり読みあやまりようのない活字で、次のようなことが書かれていたのである。少し長いが引用してみる。

《歌碑の台下に〈30世紀へのメッセージ〉を収納するタイムカプセルを埋蔵する。
これは、私たちが現代に生きた証を1000年後の人類に贈ろうとする貴重なメッセージであり、また、30世紀の人類に私たちが検証されるであろう重要な人間資料である。
世界が永久に平和であることを祈り、1000年後もこの歌碑が健在であることを願って、ここに多数応募者のメッセージを収納する。

開封 2991年5月15日》


 さらに主な収納物として、応募者から寄せられた文章や詩歌などのほかに万葉集の英訳、未来座談〈私たちが予想する30世紀〉といったものが収められている旨が記されていた。

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 実をいうと、ぼく自身も子供のころに、将来の夢だか何だかを書いてタイムカプセルに入れた覚えがある。おそらく、21世紀の自分に向けて、というようなテーマだったと思うのだが、いったいいつ開封されるのかは忘れてしまった(ひょっとしたらもうされているかもしれない)。だがそれにしても、〈30世紀へのメッセージ〉というのは群を抜いている。

 たかだか20年の歳月を股にかけた『タイムストーンズ400』ですらも未完に終わったのに、1000年後の人たちがはたして、当初の予定どおりにタイムカプセルを開封してくれるかどうか。ぼくの正直な気持ちをいってしまうと、2991年にはこの地球が存続しているかどうかさえあやしいものだと思っているのだが・・・。

 いずれにせよ、歌碑の下に1000年もの間埋められたメッセージが無事に掘り出されるのかどうか、たしかめられる人は誰もいない。

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