AKB48 チームBのファンより

鈴木紫帆里さんを中心にAKB48 チームB について語るサイトです。

『恋を語る詩人になれなくて』とペンネームの秘密。(ときめき研究家)

2009-12-16 22:12:24 | ときめき研究家
アイドルの楽曲の多くは「ときめき」を歌っている。
いつか定量的に計測しようと思っているが、感覚的には2割くらいの曲に「ときめき」という言葉が使われているのではないか。
直接その言葉を使用していなくても、失恋の歌などを除けば、恋や青春のときめきがテーマと言っていいだろう。

一方、私がアイドルのパフォーマンスから受ける感動も「ときめき」だと考えている。
歌が上手いとか、ダンスがうまいとか、そういう感動もあるが、それだけではアイドルである必要はない。
アイドルならではの感動として「ときめき」が不可欠な要素だと思うのだ。

すなわち、アイドルとは「ときめきを歌い、ときめきを与える」存在である。
アイドルのパフォーマンスは、そういう「ときめき」の二重構造になっている。

アイドルから与えられる「ときめき」を、何とかして言葉で表現し、記録として残したいと試行錯誤している。しかし、それは極めて困難だ。
表現できるのは、「ときめき」の周辺、あるいは足跡だけだ。
「ときめき」の実体は、言葉にしようとすると、するりとすり抜けてしまう。

そういった、「ときめき」の不確かさ、「ときめき」を表現することの難しさを歌った曲がある。

中山忍『負けないで勇気』。「どんな言葉も映せないときめき 心の鈴で響かせてたのに」。
石川秀美『めざめ』。「ときめきって何処から来るの?不思議な贈り物 心の叫び声を口にしたいけれど 涙に変わってしまいそうよ」。

こうした曲は、何と「ときめき」の三重構造になっているのだ。
一昨日の記事で紹介されていた『恋を語る詩人になれなくて』も、私の研究素材に当然加えられるべき曲のようだ。

「恋を語る詩人になれなくて ときめきはときめきのまま とにかく離れられない」。
表現できなくても構わない。ときめきはときめきのまま、心に留めておけばいい。
そう教えてくれているようだ。

名古屋は遠いが、ぜひ一度、生で鑑賞してみたいものだ。
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 山口百恵  岩佐美咲 片山... | トップ | 岩佐美咲 黒歴史 (ナッキー) »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

ときめき研究家」カテゴリの最新記事