『木綿のハンカチーフ』(太田裕美)は、言わずと知れた作詞家松本隆の出世作。恋人を田舎に残し上京する男と、田舎で健気に待つ女の掛け合いで進む歌で、時間の経過と共に男の心は離れて行く。
新幹線や飛行機、電子メールや携帯電話により、物理的な距離は恋人達の障害にならなくなった。でも、別々の時間を、別々の環境で生活している中で、心理的距離は、徐々に離れて行くのだろう。そしてそれは誰のせいでもないのだ。
「去る者日々に疎し」という諺まであるくらいで、これは時代を超えた真理なのだ。松本隆が発見した訳ではない。でも、彼があまりに鮮やかに描いたことで、地方在住の恋人達には絶望を、同じテーマで曲を作る作詞家には大きなプレッシャーを与えることとなった。これを「『木綿のハンカチーフ』の呪縛」と呼ぶ。
松本隆自身が、都会育ちなのに、このテーマへの思い入れが強く、何度も挑んでいるが、「『木綿のハンカチーフ』の呪縛」を解けたものはない。「去るもの日々に疎し」とわかってしまっては、その真理に抗って、人の気持ちを無理に繋ぎ止めることは、愚かだし、悲しすぎる。
『卒業』(斉藤由貴)に漂うのは深い諦観だ。「離れても電話するよと小指差し出して言うけど 守れそうにない約束はしない方がいい ごめんね」。なぜ彼女がそんなに悲観的になるのか、それは『木綿のハンカチーフ』を聴いたからに他ならない。
『ひとりぼっちは嫌い』(高橋美枝)では、男は「訪ねて来いと言ったきり あとはもうなしのつぶて」で、女も「汽車でなら2、3時間で着くけれど 私には無限に遠い」と尻込みしている。彼女もきっと『木綿のハンカチーフ』を聴いたのだ。
『制服』(松田聖子)では呪縛を乗り越える可能性を示す。「明日からは都会に行ってしまうあなた」に対し、女は「このままでいいの ただのクラスメイトだから」と割り切っている。離れて付き合い続けることなどできっこない。でも、思いがけず男から手渡された「雨に濡れたメモには東京での住所が」。この2人は、卒業前には付き合っていなかったので、これからはじまるという新鮮さが武器となる。しかし、時間の経過という悪魔は、それでも徐々に忍び寄るだろう。
男を信じて、ひたすら待つ女もいる。許瑛子作詞の『早春の駅』(小高恵美)は、「好きな人の夢が叶うことを女の子は願うの」、「もしも躓いたら私の胸帰って来ていいのよ」と健気に見送る。彼の心が離れて行くかもしれないなどと、微塵も疑っていない。彼女は『木綿のハンカチーフ』を知らないのかもしれない。信じていて裏切られるのは、ショックも大きいだろう。
秋元康も、かつてこのテーマに挑んでいる。
『卒業』(菊池桃子)は、「四月が過ぎて都会へと旅立って行くあの人の 素敵な生き方うなずいた私」と、見送るだけ。「素敵な生き方」とは、就職か、進学かはわからない。「四月が過ぎて」旅立つというのはイレギュラーで、ミュージシャンやアーティスト系か、とりあえず都会に出て何かを探すのかもしれない。彼女は、『木綿のハンカチーフ』を当然聴いており、繋ぎ止めることなど初めから考えもしないで、過ぎ行く日を淡々と見送っている。
『約束』(高井麻巳子)は、お気に入りに提供しただけにに力作だ。「華やぐ都会の暮らしに慣れても変わらない」と言って上京した男からは、しかし短かすぎる別れの手紙が届く。女は健気に「新しい人を悲しませないで」、さらに「いつか愛にはぐれたら帰ってきて」と歌う。とどめは「最後に1つだけお願いを聞いて・・・・・・あなたはあの頃のままでいて」と来た。何て都合が良い女だろう。
「華やぐ都会」(「華やいだ街で君への贈り物探す」)、「最後に1つだけ」(「最後のわがまま 贈り物をねだるわ」)は、名曲に呼応しているのは言うまでもないが、結局、呪縛を解くには至っていない。
そして20年以上の時を経て、『春一番が吹く頃』。
「メールするなんて そんな言葉より ガールフレンドを作るなよ 神様に誓え」と、殊更に乱暴な言葉で迫るのは、無理だとわかっているから。真面目に「わかった、誓うよ」と言わせないため。そう、彼女も「守れそうもない約束はしない方がいい」と知っているのだ。
「残る日を数え寂しくなるより そばにいられるこの今を大切にしよう」。これが呪縛への最大限の抵抗だ。子供時代は放課後が長かったように、刹那主義は若さの特権であり、今を悔いなく過ごすことが、結果として二人の絆を強めることになるかもしれない。応援したくなる。
森雪之丞作詞の「卒業までの7ヶ月」(八木さおりのアルバム曲)は、似たコンセプトの曲だ。「夏のセーラー服を棚にしまったとき 気づいたの二度と着ないこと」という彼女は、その後の7ヶ月を男と悔いなく過ごそうと決め、その通りに過ごす。その結果、「離れ離れになる朝が来ても平気 誓い合うわ愛は引き裂かれないわ」という自信を得る。しかし、本当に呪縛から逃れられたかどうかは、誰も知らない。
(蛇足)
『春一番が吹く頃』の「コートなんか脱いで制服だけで」は、当然『春一番』(キャンディーズ)の「重いコート脱いで出かけませんか」の本歌取りでしょう。
新幹線や飛行機、電子メールや携帯電話により、物理的な距離は恋人達の障害にならなくなった。でも、別々の時間を、別々の環境で生活している中で、心理的距離は、徐々に離れて行くのだろう。そしてそれは誰のせいでもないのだ。
「去る者日々に疎し」という諺まであるくらいで、これは時代を超えた真理なのだ。松本隆が発見した訳ではない。でも、彼があまりに鮮やかに描いたことで、地方在住の恋人達には絶望を、同じテーマで曲を作る作詞家には大きなプレッシャーを与えることとなった。これを「『木綿のハンカチーフ』の呪縛」と呼ぶ。
松本隆自身が、都会育ちなのに、このテーマへの思い入れが強く、何度も挑んでいるが、「『木綿のハンカチーフ』の呪縛」を解けたものはない。「去るもの日々に疎し」とわかってしまっては、その真理に抗って、人の気持ちを無理に繋ぎ止めることは、愚かだし、悲しすぎる。
『卒業』(斉藤由貴)に漂うのは深い諦観だ。「離れても電話するよと小指差し出して言うけど 守れそうにない約束はしない方がいい ごめんね」。なぜ彼女がそんなに悲観的になるのか、それは『木綿のハンカチーフ』を聴いたからに他ならない。
『ひとりぼっちは嫌い』(高橋美枝)では、男は「訪ねて来いと言ったきり あとはもうなしのつぶて」で、女も「汽車でなら2、3時間で着くけれど 私には無限に遠い」と尻込みしている。彼女もきっと『木綿のハンカチーフ』を聴いたのだ。
『制服』(松田聖子)では呪縛を乗り越える可能性を示す。「明日からは都会に行ってしまうあなた」に対し、女は「このままでいいの ただのクラスメイトだから」と割り切っている。離れて付き合い続けることなどできっこない。でも、思いがけず男から手渡された「雨に濡れたメモには東京での住所が」。この2人は、卒業前には付き合っていなかったので、これからはじまるという新鮮さが武器となる。しかし、時間の経過という悪魔は、それでも徐々に忍び寄るだろう。
男を信じて、ひたすら待つ女もいる。許瑛子作詞の『早春の駅』(小高恵美)は、「好きな人の夢が叶うことを女の子は願うの」、「もしも躓いたら私の胸帰って来ていいのよ」と健気に見送る。彼の心が離れて行くかもしれないなどと、微塵も疑っていない。彼女は『木綿のハンカチーフ』を知らないのかもしれない。信じていて裏切られるのは、ショックも大きいだろう。
秋元康も、かつてこのテーマに挑んでいる。
『卒業』(菊池桃子)は、「四月が過ぎて都会へと旅立って行くあの人の 素敵な生き方うなずいた私」と、見送るだけ。「素敵な生き方」とは、就職か、進学かはわからない。「四月が過ぎて」旅立つというのはイレギュラーで、ミュージシャンやアーティスト系か、とりあえず都会に出て何かを探すのかもしれない。彼女は、『木綿のハンカチーフ』を当然聴いており、繋ぎ止めることなど初めから考えもしないで、過ぎ行く日を淡々と見送っている。
『約束』(高井麻巳子)は、お気に入りに提供しただけにに力作だ。「華やぐ都会の暮らしに慣れても変わらない」と言って上京した男からは、しかし短かすぎる別れの手紙が届く。女は健気に「新しい人を悲しませないで」、さらに「いつか愛にはぐれたら帰ってきて」と歌う。とどめは「最後に1つだけお願いを聞いて・・・・・・あなたはあの頃のままでいて」と来た。何て都合が良い女だろう。
「華やぐ都会」(「華やいだ街で君への贈り物探す」)、「最後に1つだけ」(「最後のわがまま 贈り物をねだるわ」)は、名曲に呼応しているのは言うまでもないが、結局、呪縛を解くには至っていない。
そして20年以上の時を経て、『春一番が吹く頃』。
「メールするなんて そんな言葉より ガールフレンドを作るなよ 神様に誓え」と、殊更に乱暴な言葉で迫るのは、無理だとわかっているから。真面目に「わかった、誓うよ」と言わせないため。そう、彼女も「守れそうもない約束はしない方がいい」と知っているのだ。
「残る日を数え寂しくなるより そばにいられるこの今を大切にしよう」。これが呪縛への最大限の抵抗だ。子供時代は放課後が長かったように、刹那主義は若さの特権であり、今を悔いなく過ごすことが、結果として二人の絆を強めることになるかもしれない。応援したくなる。
森雪之丞作詞の「卒業までの7ヶ月」(八木さおりのアルバム曲)は、似たコンセプトの曲だ。「夏のセーラー服を棚にしまったとき 気づいたの二度と着ないこと」という彼女は、その後の7ヶ月を男と悔いなく過ごそうと決め、その通りに過ごす。その結果、「離れ離れになる朝が来ても平気 誓い合うわ愛は引き裂かれないわ」という自信を得る。しかし、本当に呪縛から逃れられたかどうかは、誰も知らない。
(蛇足)
『春一番が吹く頃』の「コートなんか脱いで制服だけで」は、当然『春一番』(キャンディーズ)の「重いコート脱いで出かけませんか」の本歌取りでしょう。