一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画 『きみの友だち』 ……最近、空を見上げて雲を見たことがありますか……

2008年11月13日 | 映画
山を歩くことと同じくらい、町を歩くことも好きである。
大都会よりも、地方都市。
街よりも町。
クラシック音楽が好きで、時々コンサートに出かける。
有名な演奏家は、大都市でしかやらないし、チケット代も高く、入手困難。
私の場合は新人の演奏家専門。
毎年年末に「日本音楽コンクール」の模様がNHKで放送される。
そこで有望な新人をチェックしておいて、佐賀県及び近県に来た時に、聴きに行くのだ。
新人の場合、よく地方の小さな町までやってくるし、チケット代も安く、入手も容易だ。
コンサート当日、開演が夕方でも、私はその町に朝から出かける。
その日一日、その町の住人になったつもりで、町を歩き回るのだ。
これがなかなか楽しい。
観光名所なんかは行かない。
駅、図書館、役場、書店、市場、学校、公園、住宅、神社、寺などを見ながら、とにかくぶらぶら歩き回るのだ。
疲れると、喫茶店や大衆食堂に入る。
コーヒーを飲んだり、食事をしたりする。
その町の人たちの会話に耳を傾けたり、時には会話に加わったりもする。
夕方、コンサートが始まる頃には、すっかり町の住民になった気分。
演奏を心ゆくまで楽しみ、すっかり暗くなった頃に会場の外に出ると、もうその町に何十年も住んでいるような錯覚に陥る。
車ではなく電車やバスで来たときは、その後、場末の居酒屋で酒を飲んだりもする。
そんな小さな旅を時々している。
山も好きだが、町も好きなのである。

映画も、地方都市でロケした作品に好感を持つ。
というか、好きである。
例えば、長崎でロケした作品『いつか読書をする日』や『解夏』。
佐世保でロケした『永遠の1/2』や『69 sixty nine』。
その町を知っていればなおのこと、映画の中でも町の住人になったような気分で見ることができる。
その幸福感は、旅の出た時と同じ幸福感である。

今日(11月13日)、『きみの友だち』という映画を見に行った。
この映画は、山梨県の甲府でロケした作品だ。
同じ甲府でロケした作品に『幸福な食卓』がある。
昨年1月に公開された作品で、なかなかの佳作であった。
『幸福な食卓』も地方都市の風景をうまく取り入れていて、町の住人になったような気分で見ることができた。
そこで、同じ甲府でロケされた『きみの友だち』にも、大いに期待して出かけたという訳だ。
このような地方都市でロケされた作品を見に行くことは、私の場合、旅に出かけるに等しい行為だ。
実にウキウキする。
ワクワク、ドキドキする。

20歳の恵美(石橋杏奈)は、フリースクールで子供たちに絵を教えている。
そこへ取材に訪れた駆け出しのジャーナリスト中原(福士誠治)は、恵美の「友だち」について話を聞くことになる――。


交通事故の後遺症がきっかけで、まわりに壁を作って生きてきた恵美。
幼い頃から体が弱く、学校を休みがちなおっとりした由香(北浦愛)。
クラスで浮いてしまいがちな二人は、ある日を境にかけがえのない絆を深めていく。
そんな二人を取りまくのは、自分より彼氏を優先する親友に悩む同学年のハナ(吉高由里子)、恵美の弟・ブン(森田直幸)のクラスメート三好君(木村耕二)、恋心を抱く琴乃(華恵)に振り向いてもらえない佐藤先輩(柄本時生)……それぞれが迷いながらも毎日を過ごしていく中、由香の体調は日に日に悪化していく――。(ストーリーはパンフレットより引用し構成)

原作は、重松清の長篇小説『きみの友だち』。
この小説には10のエピソードが書かれているが、映画では、その中からいくつかのエピソードをからませて、恵美と由香を主軸に描く青春群像劇となっている。


恵美と由香が友だちになったキッカケは、
「歩く速度が同じ」ということ。
交通事故の後遺症で松葉杖の恵美、腎臓病で幼い頃から体が弱い由香。
二人の歩く速度は、クラスの皆よりも当然遅い。
ゆっくりゆっくり歩く、恵美と由香。
「歩く速度が同じ」……だから友だちになれた……深い言葉です。


この他にも、この映画には、胸がキュンとなるような言葉が多かった。
クラスメートのハナから、
「いつも和泉(恵美)さんと二人だけで寂しくない? 友だちってたくさんいた方が楽しいでしょ」と聞かれた時、由香はこう答える。
「ううん、私は恵美ちゃんとたくさんいた方がいい」

自分より彼氏を優先する親友に悩むハナは心因性の視力障害に陥るが、そのハナが恵美に意地悪な質問をした時、恵美はその言葉をやわらかく受けとめ、空を見つめ、次の言葉をハナに贈る。
「あの雲、花井さんにあげる」


この作品では、実にうまく「雲」が活かされている。
恵美と由香が友だちになった頃、由香は時々懐かしそうに空に浮かぶ「もこもこ雲」を見上げる。
病院生活が長かった由香は、お友達の部屋に描かれていた「もこもこ雲」を見ながら、ずっと友だちが欲しいと思っていたのだ。
だから「もこもこ雲」が大好きなのだ。
中学生になり、由香の13歳の誕生日に、恵美は自分で描いた「もこもこ雲」の絵をプレゼントする。
だが日々由香の症状は悪化し……

大人になった恵美は、「もこもこ雲」の写真を撮るようになる。
フリースクールの子供たちが卒業する時、自分が撮影した雲の写真の中から生徒が気に入ったものを一枚ずつプレゼントしているのだ。

「雲ひとつない空って、なんかノッペラボウ」
「雲があるだけで、空に表情が出る」
「雲があるから雨も降らすことができる」


劇中使用されている雲の写真は、福岡県出身の写真家・原田奈々さんのものである。
写真を見ていたら、私もなんだか雲の写真が撮りたくなってきた。


この作品の主人公・恵美を演じるのは、石橋杏奈。
1992年福岡県生まれ。現在16歳。
映画を撮影した時は、14歳だったという。
14歳から20歳までを演じているのだが、20歳の恵美が見事。
20歳の雰囲気が出ているし、とても14歳には見えない。
2006年第31回ホリプロタレントスカウトキャラバンでグランプリを受賞した逸材。
本作は、映画初出演にして初主演の記念すべき作品である。

由香を演じるのは、北浦愛。
1992年東京生まれ。
2004年の話題作『誰も知らない』の長女・京子役で衝撃の映画デビュー。
本作でも素晴らしい演技を見せている。

その他、吉高由里子、福士誠治、柄本明、田口トモロヲ、宮崎美子などが脇を固める。


私のブログでも以前紹介した華恵(←クリック)も生徒役で出ている。
出番は少ないが、しっかりした演技で、文章力だけではなく、演技力もあるところを見せている。

この映画は、実に不思議な作品である。
抜群に面白いストーリーがあるわけではない。
超人気の俳優が出ているというわけでもない。
巨額の予算を投じて作った作品というわけでもない。
大きな動きがある作品でもない。
芸術作品なんてものでもない。
正直、セールスポイントを挙げにくい作品である。
主張が少なく、静かな、静かな映画なのだ。
それでいて、見終わった後、何かが心にジワリと染みてくる作品なのだ。
そして、映画館を出て歩き出した時、幸福感に包まれていることを実感させられる稀有な作品なのだ。

あくまでも私個人の意見だが、今年見た映画では、一番好きな作品である。

映画『きみの友だち』はシアター・シエマにて上映中(11月8日~11月21日)

コメント (4)    この記事についてブログを書く
« 黒岳 ……ひとつとなりの山で静... | トップ | ……落ち葉のコンチェルト…… 古... »

4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (リー)
2008-11-14 11:24:23
「雲に乗りたい♪」と思う今日この頃です。
時々草の上に寝転がって空を見ます。
雲って、静止しているように見えるけど、じぃーと見てると、けっこう速く動いてますよね。
返信する
雲にのりたい (タク)
2008-11-14 21:40:17
リーさんへ

>「雲に乗りたい♪」と思う今日この頃です。

昔、黛ジュンさんが歌った「雲にのりたい」という曲があります。
せつない曲調の歌で、けっこう好きな歌でした。

http://jp.youtube.com/watch?v=EBA4cX0WhjI

えっ、ご存じない
失礼しました

>時々草の上に寝転がって空を見ます。
>雲って、静止しているように見えるけど、じぃーと見てると、けっこう速く動いてますよね。

徒歩日本縦断した時、夜はシュラフにくるまってよく星空を見てました。
ずっと見ていると、流れ星をたくさん見ました。
たまにしか夜空を見ないから流れ星って珍しいけど、ずっと見ていると、流れ星はけっこうたくさん見つけられました。
昼間の空も、ずっと見ていると、意外な発見があります。
本当に「雲」は、けっこう速く動きますね。
私もよく里山の山頂で寝転がってます。
返信する
廣木隆一監督 (テル)
2008-11-16 03:50:06
廣木隆一監督は引きのカメラがイイですね。
短いカット割りをしないところも…。

この作品を観て自分の14歳の頃を思い出した人も多いのではないでしょうか…。
返信する
懐かしさ (タク)
2008-11-17 00:15:54
テルさんへ

>廣木隆一監督は引きのカメラがイイですね。
>短いカット割りをしないところも…。

本当に遠景が多かったですね。
そのことによって、何だか現実と過去を行き来する不思議な映像が生まれていますね。
やたらとアップが多い現代、引きのカメラは実に魅力的です。
懐かしさも感じますね。

>この作品を観て自分の14歳の頃を思い出した人も多いのではないでしょうか…。

この作品を見た誰もが、この作品に登場する誰かに自分を投影して見ているような気がします。
この作品の中にずっと浸っていたいような気分でした。
返信する