メランコリア

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『ねじれた町』 眉村卓/著(角川文庫)

2017-05-30 10:42:00 | 
『ねじれた町』眉村卓/著(角川文庫)
眉村卓/著 カバー/木村光佑、本文イラスト/谷俊彦(昭和56年初版 昭和58年11版)


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[カバー裏のあらすじ]

そんな馬鹿な! 引っ越してきたQ市の迷い込んだ街角で行夫が見たのは、人力車に昔のポスト・・・、
周囲にあるのは何十年も過去に遡ったような光景だった。
それからこのQ市では、奇怪なことばかり起こった。
以前、行夫が出したハガキが、明治13年に投函されたことになっていたり、鬼・妖怪が出るという噂が広がったり・・・。
しかも奇怪なのは、この町の人々にとっては、それが日常茶飯事になっていることだった・・・。
狂ったこの町で、行夫たちが体験する恐怖の世界。眉村SFジュヴナイルの名作。


これも学生時代に読んだまま、うっすらとした記憶の中で読んだので
新たな気持ちでのめり込んだまま、時間も忘れて一気に読みきってしまった


あらすじ(ネタバレ注意
和田行夫は、銀行員の父がQ市の支店長になったため、引っ越してきた
古い城下町は、なんだか故郷にでも帰ってきたようで、すぐに馴染めそうだった

前の友人にハガキを出そうと、引越し当日、1人でポストを探しに歩き出すと
小麦色の肌の少女が乗る自転車とぶつかりそうになる

彼女にポストがどこか尋ねると、案内された場所には外灯もなく、人力車まで走っている
ポストも木でできた四角い箱のようなもので、不審に思いながらもハガキを入れる

「ひとりで帰れるでしょう?」と少女は行ってしまい、迷った挙句、声をあげた行夫の前には
警棒を持った男が現れたため、必死で逃げ、家で両親に話すが信じてもらえない

翌日、入学手続きのため、中学校に行くと、担任の山城から
ここは東京と比べても学力は劣らないし、必ずどこかの運動部にも入ってもらうと言われて気が滅入る

「たとえば、あの女子生徒は花巻千恵子といって、早くもバレーボールのレギュラー扱いです」

見ると、昨日、行夫を置き去りにした少女だった



クラスの席も行夫の後ろになる千恵子
自己紹介になると、みな自分の家柄がいかに由緒正しいかをことさら自慢するのに呆れる

千恵子
「このQ市では、何があっても、ビックリしちゃいけないのよ
 ここでは、いろんなことが起こるけど、誰も気にしないのよ」



その夜、小学校から剣道をしていたと自己紹介していた太刀川克己というクラスメイトが夜分に訪ねてきて
「父の顔をたてるためにも、家に来てくれ」と頼む

太刀川は、「時々、藁を本物の日本刀で切ると、切り口から血が出ることがある」と話す
「僕の家は、代々、藩の指南役だったからできるのさ」

克己が父に言われて持ってきたのは、明治時代、郵便業務をしていた曽祖父がずっと持っていたものだと渡す
それは、先日、行夫がポストに入れたハガキだったが、明治十三年と書き込まれ、劣化していた
「別の時代に迷い込むなど、ここじゃしょっちゅうあることだ」とハガキを返される


家に帰ると、行夫の父も頭を抱えていた
高校生が500万円もの大金を預けに来て、見るとニセ札
警察に届けると「一応、説諭だけはする」と問題にしてない始末だという


翌日、千恵子から「ここでは意思力がすべて作り出すの 意思力が強いほうが勝つのよ」と教えられる
このQ市は、常識の及ばない、ねじれた町なのだ

小学校の頃はトップグループだった成績がいつも中ぐらいから上がらないことに気づく
運動部にしても、みな小学校から本格的にやっているため、初心者の行夫には到底おいつけないレヴェル
最初の良い印象は、すっかり変わってしまう



父「10名近い行員が、来週の月曜日は“鬼の日”だから休ませてくれと言うんだ」

“鬼の日”にはQ市に鬼や妖怪が出るらしく、捕まった人は酷い目に遭う
Q市の人間は、3通りに分かれる
家から出ない者、戦う者、鬼を生み出す者
“鬼生み”のメンバーは、城跡に集まり呪文を唱えるらしい

翌日、千恵子からも“鬼の日”の話をされる
鬼を生む人たちは、日ごろから悩みや、恨みつらみのある人間がなる
「私が決めてあげる あなたは、私たちといっしょに鬼と戦うのよ」

山城先生が、授業の前に“鬼の日”のメンバーを確認する
「今年は去年よりも鬼の数が多そうだ」



千恵子と、太刀川は戦うメンバーに手を挙げ、迷う行夫を見て

千恵子「和田さんも、鬼と戦います」

山城「和田は、Q市に来て、まだ間がないんだ そんなことするわけがないだろう」

行夫はプライドに火がついて手を挙げる 「やります」

千恵子「詳しいことは当日教えるわ あなたは自信を持っていればいいのよ」


家に帰ると、父が山城先生から電話があったという
「鬼と戦うのは、武士の家の者が普通で、百姓や商人の家で戦うのは、よほどの勇気がある者に限られるそうだ」

行夫は諦めないと宣言する


“鬼の日”が世間にバレない理由は、その日には旅館に客を泊めず
取材に来た人間もいるが、鬼に会わず、写真を撮っても感光して証拠に残らないため


学校で山城から「本当に鬼と戦うのか? 途中で逃げ出すんじゃないだろうな」と言われ
「先生は、どうなさるんですか?」と聞き返すと、顔が青ざめる
後で千恵子に聞くと、先生は、昔、鬼と戦って酷い怪我をしたショックで、東京の大学に行ったと有名だという

なにか準備はないのか尋ねると、
克己「意思集中の力を蓄えておけばいいんだ」
千恵子「しばらく眠っておいたほうがいいわ どうせ徹夜になるし」


学校では、新参者の行夫が戦うメンバーに入ることについて議論していた

那須勝之進「俺は市の中で第一級の名門の人間だ 城代家老の家柄の者に文句をつけるのか?」
千恵子「出ましょう! 私たち3人でやればいいのよ」


最初に出てきたのは、顔だけの妖怪だった
千恵子が指を向けると、白い光が飛んだ
克己の緑色の光は、後ろの木を2、3本切り倒す

妖怪は行夫に向かってきた その時、心中でなにかが爆発した
妖怪の嘲笑は、Q市のあざけりの象徴だった

行夫はこの町に来てからの憎悪のいっさいを妖怪に投げつけ
妖怪は引き裂かれて消え去る

千恵子「大抵は、追い払うか、変型させる程度だけど、強い意志力と集中力のある人だけが破壊できる」

ヤラれた傷も集中して治してしまう千恵子




闇の町に、十数人の男たちが逃げてきて、頭上には大きな怪物たちが追っていた
千恵子の光は数が多く、妖怪の形が歪むくらいの効果だった
行夫は、この巨大な鬼も一気に消してしまい、それを男たちは「我々を、あんたのグループに入れてくれ」と頼む
「いいですよ」



翌日、行夫はすっかりヒーロー扱いとなり、「鬼倒しの英雄、バンザーイ!」とはやしたてられる一方
机の中には「我々は、よそ者をこの由緒在る町の英雄にするわけにはいかない 放課後、城跡に来い 那須」という手紙が入っている

山城先生までが難問をあてて、悪意に満ちた顔つきなため、行夫は神経を集中させて解いてみせる
「君は放課後、職員室へ来るんだ」

用事が重なってしまい、克己は先に城跡に行き、理由を話すという

山城
「君が英雄になるのは困るんだ 君は憎悪による強い意思力で破壊したのだろう
 このQ市は、非常に古い城下町で、家柄や身分などの階層秩序が生きているがゆえに町の良さが保たれている
 しかし近年は、新しい考え方を振り回す連中がいて、君を旗じるしとしてぶっ潰そうとしている
 君は報復を受けるだろう そうなる前にやめるのだ」

「僕はそんな話に従うわけにはいきません」

先生の意思力を跳ね返し、行夫は城跡へ向かう



そこには、那須らが生み出した百人以上の武士と克己が戦っていた
武士は目がうつろで、ただ相手を斬ろうという執念しかないのだ



行夫は那須に話しかけると、武士は凍りついたように静止した
那須「お前たちは、我々が呼び集めた家中の者たちに斬られるのだ」

それを離れた所から那須らが見せしめに呼び集めた何十人もの人たちが様子を伺っている

めちゃくちゃな戦いが始まり、行夫は腕を斬られ、傷口から血がドクドク流れている
千恵子「傷に思念を集中して!」 傷はふさがる
克己「こいつらは、家老級の人間でないと生み出せない奴らなんだ」
武士らは倒れても1分とたたないうちに、また切りかかってくる

ぼくは、そんな因習に負けやしないぞ! 20世紀の人間なんだ!
武士たちを追って、赤い光線を放つロボットが大勢出てきて、武士らを消し去ってゆく

駆け寄る両親 父は会社で賞賛されたり、嫌味を言われたり
母は、贈り物をもってこられたり、文句を言いにくる人たちもいて

母「どこか、よその土地へ引っ越しましょう!」

千恵子「和田さんは、あの人たちに対して責任があります」

見ると、見物していた町の人たちが「バンザイ!」と叫んでいた

千恵子
「あなたは今、この町の解放のシンボルなのよ
 私たちは、ずっと昔から、藩のため、町のためという口実で、どんなに辛い生き方を押しつけられてきたことか
 町政の発言力も、いつもひと握りの人々だけのものだった!


「歴史を見ても、暴徒の先頭に立った者は、落ち着くと同時に処刑されている
 この人はそれを知りながら、お前を煽り立てているんだ」

千恵子「急がないと、ここにいる人々は消されてしまうわ さ、号令を」


そこに山城先生を将校とした、明治時代の軍服の兵士たちがいっせい射撃してきた
「こいつらは国賊だ! 皆殺しにしろ!」

反対派は火のついた棒を手にし「燃やせ!」と息巻く



「お屋敷町へ行け!」

200人以上もの集団が入ると、誰も応戦に出てこない
「異次元へ放りこまれたんだ」

千恵子「前は今の世界につながっている過去だったけど、ここはそうじゃなさそう」

人々は「我々から奪い取ったもので作った家なんか、焼けりゃいいんだ!」と火をつける
そこに大雨が降って、火が消える

千恵子「ここは天変地異が起こったらしいわね 長居無用だわ」



大きな屋敷に雨宿りに入ると、まもなく大きな地震が起きる
「地震の後は津波にやられる! 城跡のほうへ逃げるんだ!」

行夫の父が「津波は遠浅の湾のような所で起きるから、ここは大丈夫だ」と言っても集団は止まらない


行った先には、Q城が建っていた
千恵子は、何かに憑かれたようになるが「なんでもないわ」
誰かが「ここには・・・何かが住みついている感じがする」
千恵子「ここでは念力がきかないの」

人々は混乱し「大体、あんたがいけないんだ!」と行夫を責め始める

行夫たちにも冷たい何かが巻きつき、人々は城に火をつける
千恵子、人々、行夫らは姿のない怪物にとりつかれて消えてゆく



気づくと、濃い霧の中にいて、武者や、百姓、壮士などが血を垂らしたりしてうろうろしている
その群衆の中に行夫自身もいて、なにか分からぬことを口走りながら、霧の奥に消えるのを見る
あたりは恨めしげな声でいっぱいだった

そこに千恵子が、影に両側から腕をつかまれて立っていた

ここは怨念の世界 人間の内部にあるものを集めた内的異次元というべきかもしれない
 中でも多いのは、Q藩、Q城を作るために殺され、犠牲になった人々の怨念なの
 私はここの使者 失敗しても、また生まれる赤ん坊に乗り換えて、恨みを晴らすまでやめないわ


 あなたは自分で気づいていないけど、恐ろしいほどの心理的エネルギーに恵まれているの
 だから転勤でいなくなる前に、利用したけどダメだった
 今となっては、怨念たちは、あなたがたを帰すつもりはないわ
 ここでは空腹も病気も死もないかわり、いつまでも彷徨わなくちゃならない」


行夫の脳裏にひらめき「その怨念とやらと話したい」と千恵子に通訳を頼む



怨念たちが恨みを晴らしさえしたらいいんだろう?
 だったら、Q市に対するすべての干渉を中止するんだ!
 あなたがたの霊気は、敵にも力を与えて、むしろ逆用され、町の古さを保つほうに動いている


 今のQ市に必要なのは、新しい考え方、新しい人々だ
 霊気がなくなれば、町を支配していた連中も、みんなただの人間になる
 そうすれば、他の町と同じように、時代の中で変わっていくはずだ

 昔のままのQ市を破壊しようとしているあなたがただって、やはり古いQ市のものなんだ!
 あなたがたが去らなければ、古いQ市は決してなくなりはしない」



気づくと、ほんものの地面に倒れていた行夫
他のみんなも帰れた

千恵子「もうどんな念力も通用しません」

人々は驚き、行夫は千恵子が使者だということだけ伏せて、事情を説明する

そこに古いQ市を守ろうとする人々がやって来る
「あれで懲りないなら、二度と帰れない所へ送りこんでやれ!」

けれども、彼らも念力が使えなくなり、行夫はそんな男たちがひどく憐れで、滑稽に思えた



千恵子は体調を崩して1ヶ月近く寝ていた

「山城先生は、Q市を出て東京へ行くそうよ 市全体が開放的になって
 古いQ市がどんどん失われていくのを見るのに耐えられないんだって

 古いからといってなんでも排斥するのはおかしい 古いものの中にもいいものがある
 古い良いものは、そう簡単になくならないって力説してたわ


「先生らしいな」

これからQ市は、当たり前の、どこにでもあるような町になるだろう
古いものにとらわれて、他のすべてを拒否し、時代に取り残されるよりは
人間が住む以上、時代につれて変貌していくのがほんとうではないか?

それでいいのだ、と、まだどこかふっきれないまま、行夫は胸のうちで繰り返す




【権田萬治解説 内容抜粋メモ】

幼い少年少女の夢を育むのは、純文学より、推理小説やSFなどのエンタテイメントではないかと思う

戦前の江戸川乱歩の「怪人二十面相」や「少年探偵団」、
海野十三の「地球盗難」「浮かぶ飛行島」、「太平洋魔城」
蘭郁二郎の「地底大陸」、「海底紳士」など


江戸川乱歩 少年探偵シリーズ

『少年少女昭和SF美術館 表紙でみるジュヴナイルSFの世界』(平凡社)

子どもの読み物と簡単に思われがちだが、優れた少年少女ものを書くのはとても難しいのである
時代を超えて生き続ける名作となると、もう至難の業だ

眉村作品のほとんどは、受験戦争に悩む現代の若い世代を主人公にした学園ものだ
現代のごくありふれた平凡な生活の中に起こる不思議な出来事を、
若い世代の目を通して描いているところに大きな特色がある

そして、読みやすいということ

石川喬司は「眉村卓 インサイダーSF」というエッセイの中で
手塚治虫と小松左京から「もしSF作家が直木賞をもらうとすれば、眉村卓あたりじゃないか」
と聞かされて少なからず驚いたと書いているが、2人とも眉村SFの分かりやすさをその理由に挙げていたという


最大の魅力は、若い世代の純粋さに訴える清潔な正義感と、優しい人間愛がどの作品にもみなぎっていることだろう
ここには明らかにリベラルな作者の世界観が反映している

本作は、萩原朔太郎の『猫町』や、安部公房の『燃えつきた地図』を思わせる導入部が魅力的
題名から思い出すのは、ハインラインの『ねじれた家』だが、中身はまったく違う


一体、鬼とは何か

馬場あき子の『鬼の研究』によれば、鬼という字が初めて日本の文献に現れるのは『出雲国風土記』で、
「昔或人、此処に山田をつくりて守りき。その時一つの鬼来りてたつくる人の男を食ひき」
と書かれているという

本作でも、眉村は、古いものにすがりつく者に対して
新しい世界を求める若者を対置させる立場を鮮明に打ち出している




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