昨日は多摩センターにできた多摩美術大学美術館に宮崎進展-漂泊を見に行きました。
宮崎先生は今年御歳87歳になる、日本美術界の重鎮(そういう言われ方をすると、ご本人はいやがりますが)。
私が尊敬する恩師でもおります。
若い頃に先の大戦で中国に1年間出征し、その後4年間シベリアに抑留された体験をお持ちです。
過酷な体験が必ずしも芸術に貢献するとは限りませんが、
先生の作品には余人には描くことのできない世界があります。
帰国後の若い頃は日本全国を放浪し、旅芸人の一座を描いていましたが、
いつの日からか、シベリアでの体験が複雑にからんだ作品を発表するようになりました。
シベリア体験を誰かに話すことは未だにないようですが、
その随所に彼の地で見ただろう冬の光、声、しじまを絵の中に表現するようになったのです。
私が学生時代に見た絵は、哀しみや静かな叫び声が感じられましたが、
最近の作品はそれをも超越してきたようです。
先生の秘書をされてる方の話だと、毎日淡々と書かれてるんだとか。
赤松祐樹氏による講演会も聴きましたが、今まで整理されてなかった宮崎進作品の遍歴がわかって興味深かったですね。
展覧会は若い頃の作品を中心に、本人が撮影した写真など、画廊の個展ではお目にかかれない作品が中心でした。
余談ながら多摩センターは学生時代に教育実習をしたところ。
あまりの変化にびっくりしましたが、意外と住みやすそうな町になってました。
関係者の方と会食できたのも嬉しかったです。
宮崎先生は今年御歳87歳になる、日本美術界の重鎮(そういう言われ方をすると、ご本人はいやがりますが)。
私が尊敬する恩師でもおります。
若い頃に先の大戦で中国に1年間出征し、その後4年間シベリアに抑留された体験をお持ちです。
過酷な体験が必ずしも芸術に貢献するとは限りませんが、
先生の作品には余人には描くことのできない世界があります。
帰国後の若い頃は日本全国を放浪し、旅芸人の一座を描いていましたが、
いつの日からか、シベリアでの体験が複雑にからんだ作品を発表するようになりました。
シベリア体験を誰かに話すことは未だにないようですが、
その随所に彼の地で見ただろう冬の光、声、しじまを絵の中に表現するようになったのです。
私が学生時代に見た絵は、哀しみや静かな叫び声が感じられましたが、
最近の作品はそれをも超越してきたようです。
先生の秘書をされてる方の話だと、毎日淡々と書かれてるんだとか。
赤松祐樹氏による講演会も聴きましたが、今まで整理されてなかった宮崎進作品の遍歴がわかって興味深かったですね。
展覧会は若い頃の作品を中心に、本人が撮影した写真など、画廊の個展ではお目にかかれない作品が中心でした。
余談ながら多摩センターは学生時代に教育実習をしたところ。
あまりの変化にびっくりしましたが、意外と住みやすそうな町になってました。
関係者の方と会食できたのも嬉しかったです。
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