地獄の底まで受けまくれ! 永瀬拓矢劇場へようこそ その2

2012年12月02日 | 将棋・名局
 前回の続き。
 
 「受け将棋萌え」の私が注目する、永瀬拓矢五段新人王戦加古川清流戦で優勝してブレイクした。
 
 この永瀬の受けというのがすごい。
 
 同じ受けにしても山崎隆之のように、形が乱れてから剛腕を発揮するタイプや、木村一基のように、相手の攻め駒を責めるなど様々だが、永瀬のそれは恐怖の受けつぶし
 
 かつて無敵の王者として棋界に君臨した大山康晴名人は、その受けの力で戦力を根こそぎにして、相手のをへし折る勝ち方を披露していたが、永瀬はまちがいなく大山の後継者。
 
 勝又清和六段
 
 

 「怪物」
 
 「とにかく異質の将棋」

 

 
 と語り深浦康市九段
 
 

 「彼の受けの壁を突破するのは大変」

 
 
 被害報告もあがっており、ある若手棋士も、
 
 

 「三段リーグで指したけど、受けまくられて完封された。竜を二枚自陣に引きつけて、駒を全部取られそうになって、盤をひっくり返そうかと思うくらい腹が立った」

 
 
 どうであろう、この言葉。
 
 うっかり差をつけられると、そこに待っているのは恐怖の「根絶やし」である。
 
 その「永瀬の受け」の恐ろしさを世にしらしめたのが、『将棋世界』誌における、ある企画。
 
 
 「里見香奈 試練の三番勝負」
 
 
 女流トップの里見香奈二冠と強豪棋士を戦わせるというもので、そこに一番手として登場した永瀬拓矢。
 
 そこでのこの男の指し回しが、とんでもないものだったのだ。
 
 戦型は、里見得意の石田流。
 
 ちょっと気づきにくい手筋を見せて、突破口を開いた里見が、序盤で少しリードを奪う。
 
 
     機敏な里見の仕掛け
 
 
 
 
 ここは里見がさすがのセンスを見せたが、そこで離されないのが、プロの腕力。
 
 差を広げるチャンスボールをひとつ逃すと、すかさずとがめた永瀬が盛り返し、形勢は逆転模様となる。
 
 で、いったんリードを奪ってからの、永瀬の指し手が問題である。
 
 再逆転をねらって、あの手この手とアヤをつける里見に、永瀬は受ける、受ける、受ける
 
 と金を寄ってあせらせる。ジリ貧を怖れて動いてきたところ、自陣にを打つ、を打つ、下段を打つ。
 
 受ける、受ける、受けまくる。
 
 
 
 
   この香打ちから地獄の始まり
 
 
 
 
   受け将棋といえば自陣飛車
 
 
 
 
 
 
    しっかりと面倒を見る
 
 
 
 
 
    友達をなくす金打ち
 
 
 
 気がつけば永瀬陣は、金銀6枚で守られた堅陣と化していた。
 
 一方、里見は飛車の大駒三枚を持ちながら、まったく敵陣を突き崩すことができない。
 
 そこからも永瀬は、端を攻められれば丁寧に対処していく。
 
 敵の攻め駒を責める、自陣にもぐりこんだを追い払う、と金を中段にじりじりと引く。
 
 里見陣には目もくれず、ひたすらに攻めを切れさせようとする。
 
 そうして、すべての手段を封じられ、まったく動かす駒がなくなった里見は、投了するしかなくなった。
 
 最終の図面は、ひどい大差になっていた。
 
 
 
   めまいを起こす投了図
 
 
 
 まだ里見には手つかずの美濃囲いと、3枚の大駒が健在で、指し手だけならあと数十手は続けられそうだが、やってもみじめになるだけである。
 
 まさに「全駒」(全部の駒を取られて完封負けすること)。いくらなんでも、こりゃあんまりだ。
 
 何度見ても、血も涙もない、冷たい投了図である。これが永瀬流の「かわいがり」か。
 
 こんなペンペン草も生えない「根絶やし」を目指してくる永瀬将棋が、果たしてプロの世界でも通用するのかというのは、大きな注目だった。
 
 その答えはといえば、
 
 「プロはそんなに甘くはない」。
 
 永瀬の将棋は強かったが、本番になると相手も名うてのくせ者ぞろいであり、あの手この手で守備の網をかいくぐり、永瀬玉に襲いかかる。
 
 デビューして数ヶ月、永瀬は思うようには勝てない日々が続いた。
 
 ところが、プロの洗礼を受けたはずの永瀬が、突如勝ち始める。
 
 きっかけは、棋風のシフトチェンジ
 
 これまで受け一辺倒だったのを、柔軟に攻撃型に変えたのだ。
 
 ふつうは、棋風の改造というのは難しく、完成するまではけっこうな「授業料」を払うはめになるものだが、若者というのは伸びしろがあり、それに試さなかっただけで、もともと攻めも強かったのだろう。
 
 このあっさりとの路線変更は見事に当たり、永瀬は18連勝の「連勝賞」を受賞。
 
 加えて、新人王戦と加古川清流戦でダブルの栄冠に輝くこととなり、強豪ひしめく若手の中で、大きな存在感を示すことになった。
 
 こうして一皮むけた永瀬であったが、私としては少々さみしいところもあった。
 
 なんといっても受け好きの私は、永瀬のその鬼のディフェンスに注目していたのである。
 
 それを勝てるとはいえ、攻め将棋になってしまうとは、それでは他の若手棋士と変わらないではないか。
 
 ところがどっこい、永瀬の受けの血は攻めによって、単純に上書きされたわけではなかったのである。
 
 
 
 
 

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