前回(→こちら)の続き。
行方尚史八段が王位戦の挑戦者に決まった。
ナメちゃんといえば、ポルノ作家で将棋気ちがいの団鬼六先生が、ことさらかわいがっていたことは有名な話。
19歳でプロデビューしたときは、団先生の連載に対局者として登場する、という大抜擢にあずかることになった。
が、ナメちゃんには悪いけど、メンバーを見た感じ、まだなんの実績もない新人が出るには、ちと早い印象も受ける。
なんたって、メンツはほとんどが羽生善治三冠王や郷田真隆王位(いずれも当時)といったタイトルホルダーか、女流の人気棋士だ。
そこにまだぺーぺーのの若造は、申し訳ないが、いかにも浮いているではないか。
これはもちろん団先生の意向。
先生がいうには、まだナメちゃんが奨励会の二段のときに、『将棋ジャーナル』に登板させ、
「東北の桃太郎vs鬼の指し込み五番勝負」
なる対決を掲載したことがあると。
指し込みとは、一番負けるごとに、勝った方が駒を落としていくというもので、要するに負けると、
「テメー、マジ弱いな。かわいそうだから、ハンディやるよ」
とばかりに、サッカーでいえば次から10人とか9人に人数を減らした相手と、試合をさせられるようなもの。
敗者には屈辱きわまりない、過酷なシステムなのだ。
団先生のもくろみとしては、もし初戦で勝てば、プロの卵でデビュー後大活躍間違いなしの行方に、香を落としてハンディ戦を戦うことになると。
よしんばそうなって、将来行方が名人にでもなったりすれば、これはもう升田幸三のような、
「名人に香を引いた男」
を名乗れるわけで、もう自慢してまわるから覚悟しとけよ。
開戦前からふかしまくっていたら、まずはそのノーハンディの平手戦を負けてしまった。
まあ、奨励会二段といえばほとんどプロと変わらない実力はあるから(将棋は四段からプロ)、それはしょうがない。
とはいえ、なんとそこから団先生は香落、飛車落、飛車香落、角落と、怒濤の5連敗。
そりゃ行方が強いとはいえ、団先生も一応はアマ六段の強豪。いくらなんでも、こりゃあんまりな負けっぷりである。
ふつうは、アマトップクラスなら、飛車落くらいならもうちょっと入るものだ。
この大惨敗に目が見えなくなった団先生は、やけくそになって二枚落という、さすがに負けるわけのない手合いで挑むがこれも「憤兵は散る」を地で行ってしまい圧敗。
これには、あまりのショックに
「今にして思えばあの時で将棋ジャーナルは店仕舞いにするべきだったと反省している」
すっかりしょげて、しかもかわいがっている奨励会三段陣からも、
「二枚落ちで負けるのはヒドすぎる」
笑われて、ダブルパンチ。
今回はそのリベンジをというのが、この鬼の五番勝負に羽生や中原と並んでの登場の経緯なわけだが、まあここまでお読みの方にはもうおわかりであろうけど、つまるところは、
「ワシのかわいい行方を、専門誌で大々的に取り上げたってくれえな」
という、親バカというか年齢的には孫バカというか、目に入れても痛くない行方少年が、プロになれたことがうれしくてしかたなかったんであろう。
まったく、かわいすぎる団先生である。
結局、この決戦はナメちゃんがぜん息の発作を起こしてしまい、代打として真田圭一四段が登板することに。
これに惜敗した団先生は、お見舞いの電話をナメちゃんにかけると、病院にかつぎこまれた彼は、そのことをなぐさめるどころか、駄目っすよと言うと、
「羽生先生に勝てても、真田さんや僕には先生、絶対勝てっこ、ねえっすよ」
かような「何とも憎たらしい事」を言ったそうである。仲良しか!
そんな先生のかわいがりっぷりは、先崎学八段も『週刊文春』のエッセイで描いておられる。
若手時代、まさにこの『鬼の五番勝負』に出場して、かなり厳しいことを書かれた先崎八段は、そのことがおもしろくなかったのか、
「行方のことも私のように手厳しく評論してくださいよ」
からんだところ、団先生は苦笑いをして、
「あれのことになると、客観的には書けんのや」
困ったように言ったという。これには先崎八段も
「ちょっぴりこれには嫉妬したものである」
そんな将棋と若手棋士、奨励会員を愛した団先生は、2年前にお亡くなりになった。
晩年は人工透析を受けながらも、王位時代の深浦康市九段など、旧知の棋士たちがタイトル戦で戦うのを、応援しに旅をするというのが楽しみだったそうだ。
そんな先生なれば、大舞台で戦う行方の姿を、きっと熱望したはずである。
それが、ほんの少しだけ遅くなってしまったのは、私のようなファンはもとより、ナメちゃん自身こそがきっと残念に思ったことだろう。
こうなった以上、先生の想いに報いるには、このチャンスを絶対にものにするしかあるまい。
もちろん、相手は「勝て」というにはあまりにきびしい最強の男だが、今の行方は違うというオーラは感じられる。
今のキミは強い。行方王位、いい響きではないか。ナメちゃん、ガンバ!
(続く→こちら)
※おまけ 行方尚史のもっとくわしい話については→コチラと→コチラから。