行方尚史ジャンキーズ その2

2013年06月02日 | 将棋・雑談

 前回(→こちら)の続き。

 行方尚史八段王位戦の挑戦者に決まった。

 ナメちゃんといえば、ポルノ作家で将棋気ちがいの団鬼六先生が、ことさらかわいがっていたことは有名な話。

 19歳でプロデビューしたときは、団先生の連載に対局者として登場する、という大抜擢にあずかることになった。

 が、ナメちゃんには悪いけど、メンバーを見た感じ、まだなんの実績もない新人が出るには、ちと早い印象も受ける。

 なんたって、メンツはほとんどが羽生善治三冠王郷田真隆王位(いずれも当時)といったタイトルホルダーか、女流の人気棋士だ。

 そこにまだぺーぺーのの若造は、申し訳ないが、いかにも浮いているではないか。

 これはもちろん団先生の意向。

 先生がいうには、まだナメちゃんが奨励会の二段のときに、『将棋ジャーナル』に登板させ、

 「東北の桃太郎vs鬼の指し込み五番勝負

 なる対決を掲載したことがあると。

 指し込みとは、一番負けるごとに、勝った方が駒を落としていくというもので、要するに負けると、

 「テメー、マジ弱いな。かわいそうだから、ハンディやるよ」

 とばかりに、サッカーでいえば次から10人とか9人に人数を減らした相手と、試合をさせられるようなもの。

 敗者には屈辱きわまりない、過酷なシステムなのだ。

 団先生のもくろみとしては、もし初戦で勝てば、プロの卵でデビュー後大活躍間違いなしの行方に、香を落としてハンディ戦を戦うことになると。

 よしんばそうなって、将来行方が名人にでもなったりすれば、これはもう升田幸三のような、



 「名人に香を引いた男」



 を名乗れるわけで、もう自慢してまわるから覚悟しとけよ。

 開戦前からふかしまくっていたら、まずはそのノーハンディの平手戦負けてしまった。

 まあ、奨励会二段といえばほとんどプロと変わらない実力はあるから(将棋は四段からプロ)、それはしょうがない。

 とはいえ、なんとそこから団先生は香落飛車落飛車香落角落と、怒濤の5連敗

 そりゃ行方が強いとはいえ、団先生も一応はアマ六段の強豪。いくらなんでも、こりゃあんまりな負けっぷりである。

 ふつうは、アマトップクラスなら、飛車落くらいならもうちょっと入るものだ。

 この大惨敗に目が見えなくなった団先生は、やけくそになって二枚落という、さすがに負けるわけのない手合いで挑むがこれも「憤兵は散る」を地で行ってしまい圧敗

 これには、あまりのショックに


 「今にして思えばあの時で将棋ジャーナルは店仕舞いにするべきだったと反省している」


 すっかりしょげて、しかもかわいがっている奨励会三段陣からも、

 

 「二枚落ちで負けるのはヒドすぎる」

 

 笑われて、ダブルパンチ。

 今回はそのリベンジをというのが、この鬼の五番勝負に羽生や中原と並んでの登場の経緯なわけだが、まあここまでお読みの方にはもうおわかりであろうけど、つまるところは、



 「ワシのかわいい行方を、専門誌で大々的に取り上げたってくれえな」



 という、親バカというか年齢的には孫バカというか、目に入れても痛くない行方少年が、プロになれたことがうれしくてしかたなかったんであろう。

 まったく、かわいすぎる団先生である。

 結局、この決戦はナメちゃんがぜん息の発作を起こしてしまい、代打として真田圭一四段が登板することに。

 これに惜敗した団先生は、お見舞いの電話をナメちゃんにかけると、病院にかつぎこまれた彼は、そのことをなぐさめるどころか、駄目っすよと言うと、


 「羽生先生に勝てても、真田さんや僕には先生、絶対勝てっこ、ねえっすよ」



 かような「何とも憎たらしい事」を言ったそうである。仲良しか!

 そんな先生のかわいがりっぷりは、先崎学八段も『週刊文春』のエッセイで描いておられる。

 若手時代、まさにこの『鬼の五番勝負』に出場して、かなり厳しいことを書かれた先崎八段は、そのことがおもしろくなかったのか、



 「行方のことも私のように手厳しく評論してくださいよ」



 からんだところ、団先生は苦笑いをして、


 「あれのことになると、客観的には書けんのや」


 困ったように言ったという。これには先崎八段も



 「ちょっぴりこれには嫉妬したものである」



 そんな将棋と若手棋士、奨励会員を愛した団先生は、2年前にお亡くなりになった。

 晩年は人工透析を受けながらも、王位時代の深浦康市九段など、旧知の棋士たちがタイトル戦で戦うのを、応援しにをするというのが楽しみだったそうだ。

 そんな先生なれば、大舞台で戦う行方の姿を、きっと熱望したはずである。

 それが、ほんの少しだけ遅くなってしまったのは、私のようなファンはもとより、ナメちゃん自身こそがきっと残念に思ったことだろう。

 こうなった以上、先生の想いに報いるには、このチャンスを絶対にものにするしかあるまい。

 もちろん、相手は「勝て」というにはあまりにきびしい最強の男だが、今の行方は違うというオーラは感じられる。

 今のキミは強い。行方王位、いい響きではないか。ナメちゃん、ガンバ!


 (続く→こちら
 


 ※おまけ 行方尚史のもっとくわしい話については→コチラと→コチラから。



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