差塩と趣味の世界

故郷 福島差塩の想い出と徒然なる盆栽奮闘記

ハナショウブ

2021年05月31日 | うんちく・小ネタ

 庭のアヤメ科の仲間で開花最終バッター、花菖蒲も咲き出したのアップしてみた。昨夜蕾も膨らみ期待していた。今朝雨戸を開けるとぱっと開花した美しい姿が目に飛び込んできた。この花の花言葉にあるように当に「嬉しい知らせ」そのものである。ところで今年の花の色彩は薄いように見えるのだが、年によって変わるものだろうか。それとも白内障手術結果の感じなのだろうか、、、???。

 あちこちの菖蒲園祭りが行われる頃となった。集いの行事でも鑑賞会の企画をされているが緊急事態宣言延長となったので心配である。

 昨日は 11,012歩


火鉢

2021年05月30日 | うんちく・小ネタ

 エアコンなどなかった子供の頃は、暖を取るといえば囲炉裏を囲むか座敷では火鉢であった。火鉢は、当時どの家にも1つや2つあったものである。アップしたのは兄が昔使っていた火鉢で記念に引き取ったものである。さてさてどう活用するか。

 甥たちは、今兄宅の売却に伴い長い人生の歩みの中で使っていた家具、食器、衣類、蔵書、電化製品、絵画、趣味で集めた様々な品々と膨大な量を整理している。それらの多くは業者に引き取ってもらうという。それも高額なお金を払って、、。

 心配りの出来る優しい甥から「おじさん何か利用するものがあれば、使ってください」との語りかけがある。兄の思い出につながる品々すべて引き取りたい想いは山々なれどこちらもいずれ断捨離していかなければならない身であり致し方ない。

 昨日は 10,172歩


夕焼け雲

2021年05月29日 | うんちく・小ネタ

 昨夕変わった夕焼けが見えたので二階のベランダで撮ってみた。夕焼け空か夕焼け雲かはっきりしないような西の空の光景であり珍しい天体ショーであった。先日は曇り空で月蝕をお見せできなかったのその代わりのお詫びのショーか。

 いずれにしても見事な夕焼けを眺めているとノスタルジーを感じるのは何故だろう。子供の頃、朋の顔は赤く染まるほどの夕焼け空をよく眺めたものである。その朋の多くは旅立ってしまった。誕生日を迎えると四捨五入で卒寿への齢の積み重ねとなる。

 昨日甥から兄のアルバムを整理して珍しい写真(メールで)を送られてきた。祖父の長寿を祝い親戚や地域の方々を招いて宴を催している写真などである。当時学生だったので参加していなかったが、親戚縁者近隣の方々の繋がりを大切にする当時の人々の温かさを感じさせるものであった。連帯感、所属感などややもするとおろそかにする風潮がある今では、こうしたものは見られないだろうな。

 祖父は白寿前にして旅立った。

 昨日は 12,108歩


今年のブドウ棚

2021年05月28日 | うんちく・小ネタ

 狭い庭にあれもこれもと植栽し愉しんでいるが、アップしたのもその一つで剪定は、消毒は、などと試行錯誤し挑戦しているのがブドウである。ナイアガラ、紅伊豆、安芸クィーン、藤稔といろいろ植えているが皆房を育てている。今のところは消毒が旨くいったのか実も葉も食害されることなく青々として生き生きとしている。

 夏の収穫を夢見てそれぞれの木のご機嫌伺いながら日々診るのを愉しみにしている。

   =   =   =   =   =   =   =   =

  ホームに入居している兄の家屋売却されることとなり、庭の樹木も草花も剥ぎ取られ更地にされることとなった。兄の想いを少しでも残そうと間もなく咲くであろう花菖蒲を近くの公園で許可を受けて草花を栽培しているSさんと一緒に移植した。綺麗な花を咲かせてくれることを愉しみながらも、寂しさが込み上げてきた。

 昨日は 4,036歩


動物写真家

2021年05月27日 | うんちく・小ネタ

  庭の巣箱で子育てに懸命の姿を撮ろうと望遠レンズを装着して待つ。餌を運ぶ決定的瞬間を撮ろうとシャッターチャンスを待つ。動物写真家は、深山に分け入り撮るのだろうが、当方は居間に三脚を立てての好条件である。しばらく待つが、あっという間に巣箱に入るので度々のチャンスを逃す。やむなく給餌を終えて巣箱よりでるところを撮ることにする。アップしたのは、巣箱より頭を出し周りを警戒しつつ矢のように飛び去る姿を撮ったものである。

 じっと待つこと小一時間だったが、有名な動物写真家、星野道夫さんや岩合光昭さんの決定的瞬間を捉えての写真をみるとその陰で努力されている時間は何百倍にもなっているのだろうな、、、。

 昨日は 10,354歩

 


あれもこれもと捨てがたい

2021年05月26日 | うんちく・小ネタ

 花を見ながらサツキの剪定をしていると、あの枝もこの枝も捨てるのに忍びない。鉢数を減らそうという思いに反して、、。そんなわけで剪定枝を挿し木して殖し、数年がかりでアップしたような石附き盆栽を作ったのでアップしてみた。小さい木だがしっかりと蕾をつけてくれたのが嬉しい。

 シジュウカラ、宿主の思いやりを感じてきたのか庭に出ても警戒鳴きをしなくなった?いやそれどころではない旺盛な七つの子たち(七匹という意味でなくたくさんのということで記してみた)の食欲を満たすために忙しくしているためかも知れない。特に朝夕が忙しいようだ。せっせと給餌に勤しむ親鳥たちの姿を見て、どこかの育児放棄する人間の親たちに見せたいものある。

 昨日は 


故郷につながる、、

2021年05月25日 | うんちく・小ネタ

 故郷につながる植物をあれこれ庭に植えたり鉢植えで愉しんでいるが、アップした苗代グミもその一つである。摘まんで口に運んでは子供の頃を偲んでみる。

 グミに苗代という言葉がつくが、今や苗代など郷里に帰っても見ることが出来ない。育苗は専らビニールハウスの中で田植え機用に合わせてするようになったからである。

 子供の頃、苗代で育てた苗が雌をめぐって飛び交いあらそう争うカエルに荒らされるのでよく駆除のお手伝いをしたことを想い出す。夜かがり火を焚き見つけ次第、竿先に木綿針をつけ突き刺して駆除したものである。今思うと残酷なことをしたと思うが、倒される幼い苗を防ぐためには何匹駆除したかを競ったものである。真っ赤な実を眺めてそんなことを思いだした。

 昨日は 10,591歩


緑がこんなに美しいとは、、

2021年05月24日 | うんちく・小ネタ

 梅擬きなどと可哀想な名のウメモドキ、可愛い小さな花を咲かせていたのでアップしてみた。雌雄異株のこの木 アップしたのは雄花である。雌花に比べてなんと数の多いことか。

 ところで、里山公園の緑に包まれた小径を歩いていて木々や草原の緑が、こんなに美しいとはと感じる日々である。有り難いことに白内障手術の恩恵が、こんなにもあるとは、、。

 ワーズワースの詩「草原の輝き」眩しいほど明るい輝きは 今や私の眼前から永遠に消え去り ではなく完全に戻ってきたのである。この人工のレンズを我がものとしその力を存分に見出し愉しもう。

 昨日は 10,631歩


サツキ散髪前、散髪後?

2021年05月23日 | うんちく・小ネタ

 サツキの花も雨にたたられたこともあって花柄の整理に忙しい。その一つ、アップしたのは小輪の「星の輝き」である。花がらを摘み混み入った枝葉を整理した画像も入れて載せてみた。

 サツキの花後の整理に、来年の開花の様子を想像しながら一枝一枝に目を配り作業する。時には無心の行となりこれまた愉しである。今日もせっせとやろう!!

 白内障の手術後一ヶ月になり、昨日担当医に診察を受ける。すべて順調とのご託宣、安堵し気分も高揚し、鮮やかな新緑の美(白内障手術後鮮やかに見えるようになった)を眺めながらバスに乗らず6㎞を歩いて帰宅する。

 昨日は 13,278歩

 


可愛い雛たち

2021年05月22日 | うんちく・小ネタ

 シジュウカラの雛、裏庭の巣箱より巣立って行ったのは半月前ほどだったろうか。一方前庭の巣箱では、今朝見ると孵化して数日という羽毛も生えてなく裸のような雛たちがいたのでアップしてみた。

 遅まきながらの育雛に専念しているのは若い番であろうか。あちこち巣箱を探ししばらく使われなくなったものを見つけての(蛇に襲われて以来空き家になっていた)子育てであろうか。遅れての育児開始した理由を彼らに聞いてみたいものである。

 前にも記したが、普段は番で囀りながら小枝を飛び交っているシジュウカラも育児期間が全く鳴かない。餌やりも矢のように運び無言で飛び立っていく。巣のありかを気づかれまいとする彼らの知恵なのであろう。巣の作りも親の慈愛に満ちた心遣いが見ることが出来る。雛の肌に触れるところは羽毛のようなもの土台はコケ類であろうか。

 巣立つまでもう蓋を開けないから安心して子育てして、、、。庭を徘徊するにも気を遣うこの頃である。今年は、2つの巣箱とも営巣した。彼らにとって住宅難?それとも壊れかけている自然環境? 来年はもう一つ巣箱を掲げようか。

 昨日は 9,206歩