とりあえず、カラオケに行って2曲歌ってきた。本当に良い曲だ。
■「マーメイドメロディーぴちぴちピッチ」第1期OP1:「太陽の楽園 ~Promised Land ~」

(フルバージョン)
(OP動画)
『ありふれた物語を はてしない未来に変えて』
『きっといろんな夢 かなえていくから』
「ぴっち」を素敵に言い表した一句。
誰もが第1話を見たときに、「これはダメだ」と思った。
それが放送終了から数年たっても愛される番組になるなんて。
『悲しみの雨が続く そんな日も泳ぎ続ける』
『きっと胸の奥で信じてきたんだ 自分を』
一見、能天気に見える人魚さんたちも、故国を滅ぼされ仲間を連れ去られ、苦難の日々を送っています。
だからこそ、息抜きの時には全力で羽目を外してるんです。
視聴者視点では、羽目を外しまくってる大問題シーンばっかり映るのが困ったものですけど。
『あの日の気持ちを忘れないで』
『希望の鐘が響く 運命の扉開いて きっと辿り付ける 最後の楽園』
人魚さんたちはブレないんですよね。
「国民は自分たちを逃がすために犠牲になった」ことを忘れず、「負けたら全てが終わる」自覚を持ち、「平和になったら海に還る」という前提を常に意識する。
遊び倒してても、ふとしたときに見せるシリアスな表情や言動は、なんだかんだで一国を背負う者だと思います。
特に波音さんとか、ギャップが激しいだけに、特に。
(まぁ、るちあさんだけは危機感皆無なのですけど、最終的には成長するんで見逃してあげてください)
■「マーメイドメロディーぴちぴちピッチ」第1期OP2:「Rainbow Notes♪」

(フルバージョン)
(OP動画)
「ぴっち」が最も「ぴっち」らしかったと好評の、第2期3クール~4クールのOPです。
幾多の放送事故、作画ミス、脈絡のないストーリー展開そしてお歌と、目を離すことのできない急展開。
番組が普通に始まって普通に終わると思うな。「カオス」とはこういうことを言う。
放送事故すら演出と受け止め、大歓迎する「ぴっち」の強さはこの時に育まれた。
『未来の私が道に迷ったとき 素直な自分を信じてあげたいな』
『忘れてたものがきっと 見えてくる』
「ぴっち」とは直接関係ない思い出ですが、この曲を聴くとカンボジアに旅行したときのことを思い出します。
全く関係ないのだけど、何故か旅行中、延々と頭の中をエンドレスリピートしてた。
アンコールワットを眺めながら、「ぴっち」に苦しめられたあの日が懐かしい。
『七色のプリズムから七つの光 受け止めて』
『生きてる きっとそれだけで 愛を知ってる』
『あの夏の珊瑚礁も 岬を巡る鳥たちも 大好き…!』
このOPに切り替わった時には既に秋。
だからこそ「あの夏の珊瑚礁」がいい具合に響きます。
第3クールはBBSとの激闘編。平和だったかつてを想い、人魚さんたちは戦います。ぴちぴちボイスで。
『幸せになれる人は 幸せをずっと信じてる』
『特別なエールじゃなく いつもの君の声が好き』
「ぴっち」的に言えば、るちあさんの海斗くんとの関係がそんな感じですね。
当初、海斗くんの中の「憧れのマーメイド」の幻影に悩み、背伸び&お澄まししてマーメイド姿で誘惑しまくったりもした彼女ですが、第3クール以降はそんなことをせず真っ向勝負に切り替えました。
るちあさんのことなので、単に難しいことが全部頭から忘却されただけにも思えますが。
『毎日生まれて消えていく想いを大切にして』
『服を着替えて 君を迎えに行くよ』
「ぴっち」を直接連想するわけではないですが、深読みしたくなる歌詞ですね。
服を着替えて迎えに行くのは誰なのか。
必死に考えた結果、人魚コスプレして誘惑に出るるちあさんの想像しかできなかった私は、人魚さんに謝るべきだと思った。
…いえ、本当に好きなんですよ、どちらのOPも。
「悲しみの雨が続く そんな日も泳ぎ続ける」「ありふれた物語を」や「未来の私が」「あの夏の珊瑚礁」「特別なエールじゃなくて」「服を着替えて」の他、引用した箇所が特にお気に入り。
動画も生き生きとしていて、「ぴっち」の良さが詰まってる。
こういう記事を書いて、せめて明るく見送りたいと思ったけど、無理そうです。
今も、泣きながらキーボード叩いてる。
■「仮面ライダー響」
■ミュージカル「美少女戦士セーラームーン」
私が「響」を見る原動力になったのは神戸さんの出演でした。
改めて見ても、いい味出してるなぁ。
セーラームーンを演じられていたというのは今回の件で初めて知りました。
「マイメロ」OPの黒木マリナさんの先輩に当たるわけだ。
こうして見ると、色々な所で色々な人とつながってる。
それだけに神戸さんの早すぎる死が残念でなりません。
素晴らしい番組をありがとうございました。
■「マーメイドメロディーぴちぴちピッチ」第1期OP1:「太陽の楽園 ~Promised Land ~」




(フルバージョン)
(OP動画)
『ありふれた物語を はてしない未来に変えて』
『きっといろんな夢 かなえていくから』
「ぴっち」を素敵に言い表した一句。
誰もが第1話を見たときに、「これはダメだ」と思った。
それが放送終了から数年たっても愛される番組になるなんて。
『悲しみの雨が続く そんな日も泳ぎ続ける』
『きっと胸の奥で信じてきたんだ 自分を』
一見、能天気に見える人魚さんたちも、故国を滅ぼされ仲間を連れ去られ、苦難の日々を送っています。
だからこそ、息抜きの時には全力で羽目を外してるんです。
視聴者視点では、羽目を外しまくってる大問題シーンばっかり映るのが困ったものですけど。
『あの日の気持ちを忘れないで』
『希望の鐘が響く 運命の扉開いて きっと辿り付ける 最後の楽園』
人魚さんたちはブレないんですよね。
「国民は自分たちを逃がすために犠牲になった」ことを忘れず、「負けたら全てが終わる」自覚を持ち、「平和になったら海に還る」という前提を常に意識する。
遊び倒してても、ふとしたときに見せるシリアスな表情や言動は、なんだかんだで一国を背負う者だと思います。
特に波音さんとか、ギャップが激しいだけに、特に。
(まぁ、るちあさんだけは危機感皆無なのですけど、最終的には成長するんで見逃してあげてください)
■「マーメイドメロディーぴちぴちピッチ」第1期OP2:「Rainbow Notes♪」




(フルバージョン)
(OP動画)
「ぴっち」が最も「ぴっち」らしかったと好評の、第2期3クール~4クールのOPです。
幾多の放送事故、作画ミス、脈絡のないストーリー展開そしてお歌と、目を離すことのできない急展開。
番組が普通に始まって普通に終わると思うな。「カオス」とはこういうことを言う。
放送事故すら演出と受け止め、大歓迎する「ぴっち」の強さはこの時に育まれた。
『未来の私が道に迷ったとき 素直な自分を信じてあげたいな』
『忘れてたものがきっと 見えてくる』
「ぴっち」とは直接関係ない思い出ですが、この曲を聴くとカンボジアに旅行したときのことを思い出します。
全く関係ないのだけど、何故か旅行中、延々と頭の中をエンドレスリピートしてた。
アンコールワットを眺めながら、「ぴっち」に苦しめられたあの日が懐かしい。
『七色のプリズムから七つの光 受け止めて』
『生きてる きっとそれだけで 愛を知ってる』
『あの夏の珊瑚礁も 岬を巡る鳥たちも 大好き…!』
このOPに切り替わった時には既に秋。
だからこそ「あの夏の珊瑚礁」がいい具合に響きます。
第3クールはBBSとの激闘編。平和だったかつてを想い、人魚さんたちは戦います。ぴちぴちボイスで。
『幸せになれる人は 幸せをずっと信じてる』
『特別なエールじゃなく いつもの君の声が好き』
「ぴっち」的に言えば、るちあさんの海斗くんとの関係がそんな感じですね。
当初、海斗くんの中の「憧れのマーメイド」の幻影に悩み、背伸び&お澄まししてマーメイド姿で誘惑しまくったりもした彼女ですが、第3クール以降はそんなことをせず真っ向勝負に切り替えました。
るちあさんのことなので、単に難しいことが全部頭から忘却されただけにも思えますが。
『毎日生まれて消えていく想いを大切にして』
『服を着替えて 君を迎えに行くよ』
「ぴっち」を直接連想するわけではないですが、深読みしたくなる歌詞ですね。
服を着替えて迎えに行くのは誰なのか。
必死に考えた結果、人魚コスプレして誘惑に出るるちあさんの想像しかできなかった私は、人魚さんに謝るべきだと思った。
…いえ、本当に好きなんですよ、どちらのOPも。
「悲しみの雨が続く そんな日も泳ぎ続ける」「ありふれた物語を」や「未来の私が」「あの夏の珊瑚礁」「特別なエールじゃなくて」「服を着替えて」の他、引用した箇所が特にお気に入り。
動画も生き生きとしていて、「ぴっち」の良さが詰まってる。
こういう記事を書いて、せめて明るく見送りたいと思ったけど、無理そうです。
今も、泣きながらキーボード叩いてる。
■「仮面ライダー響」
■ミュージカル「美少女戦士セーラームーン」
私が「響」を見る原動力になったのは神戸さんの出演でした。
改めて見ても、いい味出してるなぁ。
セーラームーンを演じられていたというのは今回の件で初めて知りました。
「マイメロ」OPの黒木マリナさんの先輩に当たるわけだ。
こうして見ると、色々な所で色々な人とつながってる。
それだけに神戸さんの早すぎる死が残念でなりません。
素晴らしい番組をありがとうございました。
断じて自殺ではないなんて付け加えてる
http://blog.livedoor.jp/jeao/archives/2008-09.html#20080905
少なくとも、部外者である私たちが無神経に詮索してよいことではないでしょうね。
まぁ放送がない地域でそういった要望があるのは理解できます。
大切な人の訃報記事に、そういった無関係のコメントを書き込む神経は理解できませんが。