国際情勢の分析と予測

地政学・歴史・地理・経済などの切り口から国際情勢を分析・予測

北極地政学と倉前盛通氏の「新新ハートランド理論」から見た内モンゴルの砂漠化問題の重要性

2007年04月08日 | 中国
領土“紛争”過熱 温暖化のとばっちり…カナダとデンマーク 無人島 氷解け、権益の島に  2007年4月7日 産経新聞



 地球温暖化で北極の氷が溶けるとの予測が出るなか、カナダとデンマークの間で、極北の無人島をめぐる領有権争いが過熱してきた。デンマーク領グリーランドとカナダ領エルズミア島を隔てる幅40キロほどの海峡の中ほどに位置するハンス島。近い将来、この海峡の氷が溶けて北米と欧州、アジアなどを結ぶ「北極航路」の要衝に一変すると、この小さな島をめぐって資源探査や漁業権といった国益が生じる可能性がでてきたためだ。両国は穏当な解決を目指して大きな外交問題に発展してはいなかったが、新たに持ち上がってきたのが地球温暖化の急速な進展予測だ。「気候変動に関する政府間パネル」は今年2月には、今世紀末までに最大6・4度の気温上昇予測を発表。米航空宇宙局は今月、2004年~05年に北極海の多年氷が14%減少したとのデータを公表した。米国学会誌には、2040年夏に北極の氷はほぼ消滅するとの試算も掲載され、北極海をタンカーなどが行き交うことがにわかに現実味を帯びてきた。北極海を挟んで米大陸とユーラシア大陸は対岸にあり、航路が開かれるメリットは計り知れない。北極海への入り口にあるハンス島は地政学的に極めて重要性を位置を占めることになる。新航路ができれば温暖化の恩恵といえるが、一方で同島海域の石油などの資源探査や漁業問題なども絡み、同島をめぐる領有権争いが激しくなれば、それは温暖化のとばっちりといえそうだ。






G7に産油国代表が参加へ=「オイルマネー」で意見交換 2007年4月7日 時事通信

 13日にワシントンで開かれる先進7カ国財務相・中央銀行総裁会議(G7)に、サウジアラビアなどの産油国の代表が参加することが6日、明らかになった。産油国代表はG7討議終了後の夕食会に合流し、G7各国代表らと世界の金融市場に還流するオイルマネーなどについて意見交換する予定だ。
 最近のG7では、その時々の国際情勢を踏まえて、新興市場国など先進7カ国以外の国や地域の代表を招いて個別問題について意見交換を行っている。今回参加するのは、サウジとアラブ首長国連邦(UAE)、ロシアの3カ国。産油国との意見交換は昨年開かれたワシントンG7以来1年ぶりとなる。 






武士道の哀しみ: 憂国読書録 『悪の論理』 倉前盛通著 日本工業新聞社 2006年06月07日
例えば、戦後アメリカ地理学者のハンス・W・ワイガードによって立てられた「極中心論」では、米ソを最短距離で結ぶ北極海の重要性が主張され、それまでなんら注目されていなかった北極海が、米ソ対立の中心地としてにわかに顕在化し、「北極地中海」という言葉が生まれた。

 さらに、イギリスの地理学者マッキンダーによって新たに提唱された「新ハートランド論」によってその理論は補強された。すなわち、従来の「ハートランド(文明の中心地、ハートランドを制すものは世界島を制し、世界島を制すものは世界を制す)論」では、北極海に面したユーラシア大陸の中央部がハートランドに該当したが、「新ハートランド論」では北極海を囲むユーラシア大陸北部、アメリカ大陸北部に領域が拡大したのである。これによってますます北極海の重要性が高まったのである。





●北極地政学  「地政学と国際戦略」 浦野起央著 三和書籍 P272-273

そこでは、乾燥ベルト地帯という発想も生まれた。北極を中心として北半球を取り巻いている乾燥ベルト地帯の北部は、将来の工業化社会にとり有利であろうと言う見解(新ハートランド)である。あるいは、モンゴル砂漠が河北省の渤海湾に接していることから、黄海、東シナ海、太平洋、メキシコ・テキサス乾燥地まで線を引けば、その北部は日本、韓国、東北三省を含めて新新ハートランドであると、倉前盛通は指摘した。それも、マッキンダーの修正(北極を中心としたヨーロッパ、ロシア、シベリア、米国東部を指したもの)の再修正と言うことになる。





●ケッペンの気候区分図。乾燥地帯を示すBSとBWの気候地域が北アフリカからアラビア半島、イラン、中央アジア、モンゴル高原を経て北京市北方及び黄河下流地域に達している。また、北米大陸ではメキシコ北部を横断するように乾燥地帯が分布しており、メキシコと米国を分ける自然境界となっている。











●上段はG8を中心とする勝ち組国家(先進国)群の新ハートランド。下段は、勝ち組国家と負け組国家の中間地帯として設定されるメキシコ+キューバ、アラブ+トルコ+ペルシャ地域、チベット+モンゴル+満州+朝鮮地域、台湾+上海+華南沿海地域、アセアン地域。この他、中南米や南アフリカは中間地域に入るかもしれない。







待避禁止!: 中国:黄砂と砂漠化・・北京まであと70キロ?



資源争奪戦-1:栢洲世策考廠 - AOLダイアリー




砂漠化する内モンゴル自治区の蒙古族のアイデンティティー



華北平原の水不足が引き起こす周辺国との水争い  地表水比率の低い地域は大量の地下水汲み上げを行っていると思われる。





モンゴル人からみた沙漠化   -日本の緑化運動とも関連づけて-
楊 海英(やん はいいん) 静岡大学人文学部社会学科文化人類学講座

 今日、地球上の各地で沙漠化の問題がクローズアップされている。なかでも、中国・内モンゴル地域の沙漠化については、日本でも注目されている。では、沙漠化をもたらした原因は一体何であろうか。今後、人々は沙漠という存在といかに接するべきかをモンゴルの視点から考えてみたい。

1.沙漠化をもたらしたのは遊牧民ではなく、農耕民である

 モンゴルなど北・中央アジアの遊牧民はウマ、ウシ、ラクダ、ヒツジとヤギの五畜を放牧し、その乳と肉を生活・生産資源としてきた。彼らは季節ごとに異なる放牧地を有し、そのあいだの移動をくりかえす。元来、万里の長城以北の地域は降水量が少なく、農耕に適さぬだけでなく、ある一カ所での長期間放牧にも耐えられない環境であった。遊牧民の定期的な、規則正しい移動は、厳しい自然環境を合理的に利用するために発達してきた技術である。換言すれば、移動によって「過放牧」という破壊的な結末を避けることができたのである。

 「草原を天の賜物」とみなし、人間が土地を私有化したり、過度に加工したりする行為は忌み避けるべきだ、と遊牧民は考える。沙漠化の原因のひとつとして、植物の伐採があげられてきた。一般的に遊牧民は伐採をおこなわない。森林地帯の人々は枯れた枝しか拾わない。ゴビ草原の住民は家畜の糞を燃料とする。私の故郷オルドス地域は沙漠性草原で、そこには沙嵩という植物が生長する。冬のあいだ、大地が凍りついたときのみ、植生の濃密なところをえらんで、若干、枯れかけたものを切る。モンゴル人はこの作業を「植物に風を通す」と表現し、一種の園芸に近い行動である。実際、翌年の生長ぶりは前年よりも良くなる。

 ここで歴史を回顧してみよう。
 オルドス地域は黄河の南に位置することから河套、河南地とも呼ばれていた。中国の漢族側からの名称である。戦略的に重要な場所であったため、有史以来、遊牧民と農耕民との争奪の地でありつづけた。漢族側がときどきこの地を占領すると、城池をきずき、屯田をすすめた。現在のオルドス地域には40を越える古城の跡が各地に残る。

 興味深い現象がある。
 歴代王朝の屯田地の中心地だった古城の周囲はほとんど例外なく塩田化している。灌漑によって地中の塩分が上昇し結晶した塩がさらに草原に散って利用できなくなっている。このような荒れはてた古城とその周囲をモンゴル人は「黒い廃墟」と呼ぶ。農耕民と対照的なのは、モンゴル人は早くから乾燥地での開墾がもたらす環境破壊に気づいていた。たとえば、清朝末期に政府がオルドス地域へ大規模な入植と開墾を押しすすめたとき、モンゴル族は抵抗運動を展開した。そのとき、農耕を受け入れられない理由のひとつに、開墾による塩田化をあげていた。その主張は古文書のかたちでヨーロッパの宣教師たちに収集されている。

 私自身の経験を紹介しよう。
 1966年から1976年までつづいた文化大革命期のことである。遊牧民はすべて定住を強制されていた。我が家は身分上「労働人民を搾取した悪い階級」と断定されたため、家畜放牧の権利を奪われ、農業労働を命じられていた。多数の農民が我が家の周辺に押しかけて草原を開墾しはじめたのは1970年のことである。灌漑はなく天水に頼る農業だった。最初の年だけ収穫があった。翌1971年からは収穫が減少し、ついに1974年には政府も我が家近辺での開墾を中止せざるをえなかった。

 一度開墾され、やがて捨てられた草原にはところどころハンホクという家畜も食べない毒草だけが生長したが、大半は何もない「本当の沙漠」に化していた。我が家の周囲にふたたび牧草が生えてきたのは、1990年に入ってからのことで、緑がもどるまで10年間以上待たなければならなかった。もっとも、我が家の周辺は偶然にも成功した方で、開墾されてから、二度と緑にもどれない地域の方が多い。
 以上、私自身の調査と経験からいえば、沙漠化をひきおこしたのは農耕民であって、本来の住民である遊牧民はむしろ環境に優しい生活を営んできたのである。


2.いままでの沙漠研究の問題点と緑化運動
<中略>

3.将来への展望

 清朝末期に政府が「移民実辺」政策をうちだしたとき、モンゴル族は塩田化を理由に反対したことはすでに述べた。しかし、モンゴル族の主張は一度も受け入れられなかった。清朝が崩壊し、中華民国に入ると、政府は漢族農民の入植を奨励し、軍隊による屯田もおこなった。この時期、内モンゴル東部と中部に勢力をはっていた日本軍政権も農業活動に従事するようにモンゴル人を勧誘した。

 社会主義中国が1949年に成立すると、政府は歴史上のどの王朝よりも徹底的に遊牧民の定住化をすすめた。組織的に漢族農民を移住させるのみならず、もとからの住民モンゴル人をも人民公社というコミュニティに編入し、定住化政策を強行した。異民族を自らの生活形態に改造し、次第に同化させるという点では、いまの中華人民共和国は歴代王朝よりも成功しているといえよう。

 沙漠化の拡大という環境破壊の面でも、現在の中華人民共和国の50年のあいだの変化は、歴代王朝の累積よりも激しいのではなかろうか。例をあげてみよう。現在70-80代の老人によると、かつてのオルドス地域には沙漠性草原のいたるところに無数の水溜まりや湖、小川があったという。1960年代まで、一般のモンゴル人は井戸を掘ることはしなかった。家畜も人間も湖や河の水でじゅうぶん足りていたからである。人民公社と文化大革命を経た現在、湖や河は姿を消し、普通の井戸よりも十数メートルも深く、電気ポンプ式井戸ではないと生活できないような地域も現れるようになった。地下水位の変化を物語っている。

 1960年代までのオルドス地域には、オオカミやガゼルなどの野生動物が生息し、子どもだった私がひとりで放牧にでかけるのが怖かったぐらいだった。1970年代に入ってから人口増加にともない次第に絶滅においこまれた。

 中華人民共和国が積極的に漢族農民の入植をすすめた結果、オルドス地域をはじめ、内モンゴル各地に無数の漢人村落が形成された。漢族はどこへ移動しても農業中心の生活を営む。乾燥地域での営農は環境を破壊しただけでなく、異なる生活を送ってきたモンゴル族とのあいだで、衝突も増えるようになった。

 遊牧民を定住させる為政者側には、農業=文明化という発想が根底にある。沙漠化など自然環境の変化を考えるならば、遊牧すなわち野蛮という偏見を放棄しないかぎり、根本的な改善策は導きだされないにちがいない。無視できないのは、日本人研究者も農業的な出自を有し、遊牧生活にほとんど関心をはらわなかったということである。農業国だった日本出身の研究者たちは、どこかで中国の漢族と同様な考え方をもっているのではないか。北・中央アジアの広大な、厳しい自然環境のなかで、遊牧という生活形態が人類の一部を養ってきたことを評価し、遊牧文明に対する再認識をしなければならない。

 内モンゴル地域での沙漠化が食い止められないもうひとつの人的原因は、政府の政策が安定しないことに原因があろう。内モンゴル自治区の指導者が替わるたび、政策も変化する。牧畜や植林を重視する指導者がたまに現れても、数年後には中止されたりして、成果が実らないのが現実である。いままでに何度もあったことである。

 歴史を鑑み、とくに20世紀後半50年をふりかえることにより、われわれは将来へ向けてひとつの結論を出したい。内モンゴルにおいて農業を中止し、牧畜に重点を置くであろう。牧畜でも定住放牧ではなく、移動遊牧という原点にもどらなければ、沙漠化を防止する方策はない。遊牧こそ、沙漠化問題を解決する唯一の道である。






【私のコメント】
 太陽活動の活発化により最近地球は温暖化しており、近い将来に北極海の海氷が減少ないし消滅するという説がある。現在は海氷に閉ざされた北極海で通常の船舶による航行がある程度可能になるならば、欧州・シベリア・ロシア極東と北米の間に存在する北極海は大量の物資を積んだ貨物船が行き交う最も重要な地中海になるだろう。東洋と西洋の間の海上貿易を従来独占してきた地中海~インド洋航路は北極海にその貨物のかなりの部分を奪われると想像される。北極海の島を巡るカナダとデンマークの間の領土紛争はこのような地政学的重要性により浮上してきたのだろう。

 国連安保理の常任理事国による世界支配システムが第二次大戦の連合国の有力五カ国から形成されたように、米国の世界覇権消滅後の世界支配システムは既にその姿を現している筈である。それは、1975年にフランス大統領ヴァレリー・ジスカール・デスタンが主要先進6ヶ国の首脳をフランス・ランブイエに招待して開催し、翌年からカナダを、1991年からロシアを参加させて合計8カ国となった主要国首脳会議(G8)であると想像する。ロシアは1998年から首脳会議の正式メンバーだが、経済力が大きくないために蔵相会議では正式メンバーではない(従ってG7)という。今年の蔵相会議ではG7に加えロシア・サウジ・UAEが参加することが注目される。これは、ロシアだけでなくサウジとUAEもその資源の富裕さを武器にして新たな世界支配システムの支配者集団に参加することを意味するのかもしれない。

 来るべき世界支配システムでは、世界人口の急増による天然資源の需要増加と資源の枯渇による供給低下が最大の焦点になると思われる。シナ亜大陸(中国+朝鮮半島)・インド亜大陸(インド+パキスタン+バングラデシュ+ネパール)は合計で30億人程度の人口を有しており、両地域全体が先進国化して日本や西欧諸国並みに天然資源を消費することは不可能である。そこで、天然資源を利用して豊かな生活を送れる相対的に人口の少ない勝ち組国家と、過剰人口を抱えて天然資源を十分利用できず貧しい生活を送る負け組国家に世界が二分されることが想像される。これは二十世紀後半の「南北問題」の継続という意味合いもある。単純に考えれば、この「勝ち組国家」の中核はG8であり、その全てが北半球の大陸では中緯度乾燥地帯の北側の「北極海を挟む欧州・シベリアと北米からなる新ハートランド」に位置している。EU・ロシアの南部国境と米国南部国境が勝ち組と負け組の陸上国境になると想像される。

ただ、中緯度乾燥地帯は中東に代表される天然資源の宝庫であるだけでなく、農耕に適さないために人口が少ないという特徴があり、勝ち組国家グループとしては資源確保の目的で彼らを仲間に入れる可能性が考えられる。その場合は、北半球勝ち組国家の南部国境はサハラ砂漠南部、パキスタン南西部~北西部の砂漠地帯、パミール高原、チベット高原、ゴビ砂漠あたりになるのだろう。そして、面積の割に人口の多い熱帯アフリカ、インド亜大陸の農耕地帯やシナ本土の農耕地帯の多くは負け組地帯に分類されて飢餓・内戦などの悲惨な運命を辿ることになるのかもしれない。

サハラ砂漠や中近東・中央アジアの砂漠は植生が少なく空からの監視が容易であり、これらの人口過剰負け組地帯から勝ち組地帯への難民流入を防止することは比較的容易であると想像される。その様な観点から見ると、米国とロシアが1979年以降にアフガニスタンやイラク、チェチェンなどの砂漠地帯で戦争の経験を積んでいるのは、来るべき世界支配システムでの紛争の焦点がこれらの地域であることを指している可能性もあるだろう。また、現在のアフガニスタンでの戦争がパキスタン北西部・南西部のペルシャ系民族居住地域の分離独立の引き金になろうとしている点からは、パキスタンの一部を含めたペルシャ系非農耕民族の大国家が中近東に建国されて、インダス川流域農耕地帯以東の人口稠密なインド亜大陸農耕地帯との境界線が勝ち組地域と負け組地域の境界になる可能性が考えられる。

アメリカが「テロ支援国家」に指定しているのは、イラク・イラン・北朝鮮・シリア・リビア・スーダン・キューバの七カ国であるが、これらはいずれも北半球中緯度乾燥帯南縁付近に位置しており、これらの地域の間接支配や国境の引き直しが「テロ支援国家」指定の隠された目的なのかもしれない。そして、冷戦が茶番であったのと同様に米国の「テロ支援国家」被指定国は実は米国と親密な関係にあり、この茶番劇を他人事と思い込んで眺めているブラックアフリカやインド亜大陸、シナ本土などの南側の地域が真の敗者なのかもしれない。

倉前盛通はモンゴルの乾燥地帯が河北省の渤海湾に接していることに注目し、黄海、東シナ海、太平洋に引いた延長線の北側の日本、朝鮮半島、満州が新新ハートランドになり得ると主張している。山東省北西部から河北省・河南省・山西省にかけての地域はケッペンの気候区分図で見ると湿潤気候(冷帯)と半乾燥気候(草原地帯)が複雑に入り組んでいる。気温・降水量の統計を見るとこれらの地域の多くは半乾燥気候との境界水準に近い湿潤気候であり、本来ならば森林が発達して然るべき地域である。楊海英氏の言うとおり、これらの地域で砂漠化が問題となっているのは明らかに内モンゴルを含めた半乾燥地帯の耕地化や過剰な放牧などが原因である。そして、これらの地域が砂漠化し農業が困難になると、満州東部・朝鮮半島・ロシア極東などの湿潤地域と華中・華南の湿潤地域の間が砂漠・黄海で隔てられ、勝ち組地域の新新ハートランドが負け組地域のシナ大陸本土からの密入国者を防ぐことがより容易になると思われる。このような観点から見ると、内モンゴルや満州西部の人々は将来勝ち組地域に入ることを目的に、過剰放牧や草原の農地化を実行して砂漠化を推進し、北京の郊外まで既に到達している移動砂丘が北京を飲み込んで黄海沿岸に達する日を心待ちにしているのではないかとすら想像される。そして、日本は表向きは内モンゴルの砂漠化を憂慮して緑化運動に協力しているが、本音ではロシアをシナ本土から防衛するコストを削減する手段として内モンゴルの砂漠化推進運動に協力しており、その成果を評価する目的で緑化運動に協力しているのかもしれない。

私は韓国と日本の歴史問題や竹島問題などを巡る対立、イスタンブール・キプロス・アルメニア・クルド人を巡るトルコと欧州の対立に注目し、韓国やトルコは将来負け組地域に含まれるのではないかと従来考えてきた。しかし、倉前盛通氏の新新ハートランド理論からは韓国・トルコは共に勝ち組地域に含まれることになる。両国の政治家は現在欧州や日本との歴史的対立を煽っており、その後に自国を致命的敗北に導くと想像されるが、その敗北と引き替えに両国は冷戦時代だけでなく21世紀も勝ち組地域に留まるというシナリオに基づいた茶番劇なのかもしれない。21世紀も日本は韓国を友好国として生きてゆかねばならないというのは実に暗澹たる未来予想だが、そのような場合も想定しておくことは必要だろう。

なお、東南アジアは中国やインドと比べて相対的に人口が少なく、水資源も豊富であることからオセアニアと共に勝ち組に参加できる可能性もあるが、その場合は中国・インドとの陸上国境を越えて域内に流入するであろう難民を防ぐ方法が問題になるだろう。場合によっては、中国やインドからの難民流出を阻止するための最前線地域として、勝ち組地域と負け組地域の中間的存在に位置づけられるのかもしれない。また、日本の対中政策を考えると、シナ本土のうち上海近郊から福建省・広東省・広西壮族自治区などの沿岸地域は東南アジアと同様の勝ち組地域or中間的地域に編入される可能性があると思われる。
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5 コメント

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Unknown (Unknown)
2007-04-08 04:49:27
太陽黒点の動きと経済サイクル
http://www.teamrenzan.com/archives/writer/nagai/post_238.html

近くアレが会議で決定
Unknown (韓流一直線)
2007-04-08 22:57:02
最近ジャパンハンドラーズがM資金を
話題にしだしましたが、
米のアジア撤退が確実なったからでしょうか。
この手の話題が盛り上がってくるでしょうね。
Unknown (Unknown)
2007-04-09 05:24:38
123 :江田島 :03/09/27 19:09 ID:zhuX6KMH

この度、江田島孔明の筆名で、添付の本(環太平洋連合)を電子出版することにしま
した。

簡単に言えば、地政学(地理的条件を考察する国際政治学)の観点から、「アメリ
カ、ヨーロッパ、アジア」あるいは「資本主義国、共産主義国」というような従来の
枠組みではなく、世界を「ランドパワー(陸軍国)、シーパワー(海軍国)」という
枠組みで見直してみると、いろいろと目からウロコが落ちまくりますよという本で
す。

たとえば、ランドパワーとシーパワーが激突する最前線を「リムランド」と呼び、日
本やイギリスはそこに位置するのですが、戦後のアメリカのユーラシア大陸への関与
における指導理論となったのがこの「リムランド理論」だ。
つまり、アメリカ(シーパワー)がすでに日本とイギリスを制していたことが、ソ連
(ランドパワー)との冷戦に勝利した最大の要因だったというわけです。
(もっとも、基本的なシステムにおいて、シーパワーはランドパワーに優るというの
が本書の主張です。)


ご一読いただければ幸甚です。下記サイトでダウンロードできます。

http://www.boon-gate.com/12/

覗いてやって下さい。
Unknown (黒社会500万人)
2007-04-22 07:12:11
いた。2002年にカジノ利権が分割されてラスベガスの会社が乗り込んで来たわけだが、これも理由が判るよね。スタンレー・ホー潰しだ。イルミナティとかロックフェラーとかロスチャイルドとか、そういう解説は誰かがやってくれるだろうが、ちょっと前にフルフォードが言っていた黒社会500万人が立ちあがった、という話にも繋がるかも知れない。六カ国協議という部隊の裏では、アジアの裏社会が全力をあげてアメリカに決戦を挑んでいるわけだ。
揚子江上流のチベット人居住地域の環境破壊 (princeofwales1941)
2007-05-04 16:51:36
●長江水源が枯渇状態 大紀元日本 2007年5月3日

中国長江の水源は深刻に枯渇している。氷山と雪山が減少し続けると同時に、砂漠化も深刻に進み、自然環境が著しく悪化しているという。このような情況の中、中国当局は北部地域の水不足を解決するための「南水北調」(※)プロジェクトを推進しているが、西部ルートの工程では、長江の日々悪化している水資源がさらに打撃を受けるとの憂慮する声が専門家から上がっている。

 シンガポール「聯合早報」の報道によると、南水北調プロジェクトの西部ルートは、長江上流の水を黄河に引くもので、長江上流の通天河、支流の通天河と支流の雅礱江、大渡河の上流地域にダムが建設される。ダムの地点は海抜2900メートルから4000メートルで、長江と黄河の分水嶺であるバヤンカラ山脈にトンネルを掘り、黄河に水を引く。

  中国の著名な環境保護活動家である楊勇氏は、昨年夏から今年の春にかけての180日間、長江の水源及び流域において総行程2万キロに及ぶ調査を実施した。

 楊氏は20年前、長江漂流探検隊の主力隊員だった。同氏によると、20年前に見た長江の水源と比較して、今日の長江水源の自然条件は、驚くほど悪化しているという。今回の長江水源調査で発見した最新の状況を中共中央の担当責任者に報告する考えだ。

  楊氏は独立した立場を取っているため政府と円滑に意思疎通するルートがなく、たとえ意見を述べても、特定の利益や政策に抵触するために、往々にして無視される。しかし、それでも、長江の保護のために奔走し、呼びかけを行うつもりであるという。

 また「長江の水源は哀れなまでに枯渇している。夏季においては、広大な河床の中に細々とした水流があるだけで、その周りは大きな砂漠に包囲されている。また、多くの場所で永続的な断流が発生しており、死湖を形成している。死湖はゆっくりと塩水に変わっていき、それに伴い、これらの場所もゆっくりと死んでいく」と指摘した。

 揚氏によると、長江の水源地区にある一部の都市は、水不足のために退去しており、川沿いの町は、既に死の町となっているという。また、新都市も水不足の困難に直面している。しかし、これだけ悲惨な状況となっている長江の水源に、更に7つの水力発電所が建設されるという。

 実際のところ、落成した発電所の多くは、水不足のために休眠状態となっている。長江水源の氷河が後退し、砂漠が拡大している状況の下で南水北調プロジェクトの西部ルートを進めれば、既に脆弱となっている長江水源の生態系に壊滅的な災難をもたらし、ひいては長江下流の安全を脅かすことになる。

 揚氏と長江漂流探検隊は20年前、長江の水源に一つの記念碑を立てた。昨年、水源を訪れると、現在の水源が、記念碑の場所から300メートル後退していることが分かった。長江上流の通天河において、彼らは2日間水を見ることはなかった。掘り起こした雪が融けた後に残ったものは、半分が黄砂であった。

 揚氏は「万源の流れである長江がここまで悪化しているとは、人々には想像しがたいことだ」と述べた。

 (※)「南水北調」プロジェクト…「南部の豊富な淡水資源を北部の水不足の地区に引く」という中国史上最大の水利プロジェクト。2002年12月に朱・前首相が着工を宣言。東部、中部、西部の3ルートを3期に分け、2050年に完成する予定。
http://jp.epochtimes.com/jp/2007/05/html/d13774.html



【私のコメント】
揚子江上流地域は四川省西部・青海省・チベット自治区などに含まれ、主にチベット人が居住してきた山岳地域である。太陽活動の活発化によるこの地域での氷河の減少は東アジア・南アジアでの夏期の季節風を強化する効果が考えられるが、その一方で揚子江や黄河などの河川への雪解け水の流入が減少し乾期の渇水が悪化することも考えられる。また、新たに入植した中国人が木材を伐採して森林を破壊することの影響もあるかもしれない。

近い将来に、内モンゴル地域だけでなく、四川省西部などのチベット人居住地区でも環境悪化により漢民族が本土に脱出する様な事態が起きるかもしれない。それは、第二次大戦時に大陸から本土に日本人が引き上げたこと、あるいは東方移民のドイツ人が本土に引き上げたことに似ている様に思える。現在の中国政府は第二次世界大戦の日本の戦略やソ連崩壊戦略を見習って、環境破壊の推進により共産中国を自己崩壊させようとしているようにも思える。

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