電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

陳昌鉉『海峡を渡るバイオリン』を読む

2008年02月28日 05時54分32秒 | -ノンフィクション
書店で何の気なしに手に取った、河出文庫『海峡を渡るバイオリン』を、もう夢中で読みました。いやー、すごいです。一人のバイオリン製作者の人生。戦前に、貧しさのために来日し、終戦を日本で迎えた、在日韓国人の陳昌鉉さんからの、鬼塚忠さんと岡山徹さんによる聞き書きです。

第一弦、故郷である梨川村での、家族との生活が回想されます。特に、家に下宿をした日本人の相川先生からバイオリンの手ほどきを受けたあたりは、戦前の日本の植民地政策の現実を指摘しながらも、懐かしくおだやかな回想として印象的です。やがて、貧しさから逃れるために、母と別れて日本に旅立ちます。日本での生活も容易ではなく、特に中学で英語を少し学んでいたために、終戦後の横浜で米兵相手に輪タクで生活をしながら、明治大学の夜間部に通います。たまたま聴いた糸川英夫博士の講演会で、バイオリンの神秘に触れ、バイオリン製作を志します。
第二弦、バイオリン製作を志したものの、国籍ゆえに弟子入りはかなわず、鈴木バイオリンの工場があった長野県の木曽福島にたどりつきます。そこで、建設会社で人夫仕事をしながら生計を立て、丸太小屋で、はじめは機械で作られた製品を手本に、みようみまねでバイオリンを作り始めます。母と妹が経験しなければならなかった朝鮮戦争の実態も描かれ、少年兵の公開処刑の様子などは、なんとも無残な話です。しかし、陳昌鉉さんの結婚のエピソードはたいへんほほえましく、読んでいても、思わずほほが緩みます。
第三弦、自作のバイオリンを篠崎弘嗣先生に買ってもらい、さらに東京に出るよう助言されて、夫婦で東京に転居します。無名で安いけれども音がいいバイオリンで芸大に合格する若者もでてくるようになり、バイオリン製作の技術も次第に深まりますが、相変わらず生活は苦しく、半島に残った母と妹の運命も不運続きでした。特に、妹の夫となった軍人は、「命の恩人」なんて、聞いてあきれます。
第四弦、職人としての腕が深まり、名演奏家たちとの縁もできて、母と妹との再会を果たしますが、そこでスパイ容疑でひどい取調べを受けたりします。アメリカ建国二百周年を祝う、第二回国際バイオリン・ビオラ・チェロ製作コンクールに招待され、六部門中五部門で金メダルを受賞、文字通り東洋のストラディバリとよばれるほどになります。母の墓に受賞を報告したとき、楽器を持ち込んで演奏できない税関の対応も、当時の韓国の国情なのでしょうか。それにしてもエネルギッシュな人生、「芸に諦念と雑念は禁物」という言葉に、あくなき向上心の秘密を見たように思いました。

この本は、以前単行本で出ていたのだそうですが、残念ながらまったく気づきませんでした。文庫本になって、ようやく知った次第。漫画や映画にもなり、今は英語の教科書にも取り上げられているのだとか。遅いよ、自分(^o^;)>poripori
しかし、いい本を読みました。音楽好き、弦楽器に興味のある方は、たぶん面白く読めることと思います。

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2 コメント

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音楽にかける鬼のような心 (balaine)
2008-02-28 21:18:44
この方のことは、あまり良く知りませんでした。映画も存じませんでした。SMAPの草薙剛さんがハングルが得意な事を生かして、陳昌鉉役を演じたテレビドラマで知りました。美しく、切なく、激しい人生。
「必ず名器を作るという信念でこの道を選んだわけではない。面白いと思ったことをやる以上、人生を棒に振ってもかまわないという気持ちだった。」
ご本人の言葉です。テレビドラマでは、確かストラディバリウスだったと思いますが、「ニス」に秘密があると思った陳氏は持ち主の目を盗んでバイオリンを舌でペロッとなめるなど、あくなき探究心を持っている方です。現在78才でしょうか。ご存命のうちにお会いできるならお会いしてみたい方です。
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balaine さん、 (narkejp)
2008-02-28 21:34:03
開院前のお忙しい時期に、コメントをありがとうございます。銘器を舌でぺろりとなめる話は、この本にも何度か出てきました。ほんとに音楽にかける鬼のような激しい情熱ですね。テレビドラマにもなっていたのですか。それも全く知りませんでした(^_^;)>poripori
この聞き書きのテープ起こしをした職人さんが、涙が出て困ったというエピソード、ほんとです。おもわずうるうるしてしまいました(^_^;)>poripori
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