内と外

中性よりの人間から見える世界から
「境界線」の性質を探ります

精神病が治りました2

2020-01-31 20:41:27 | ビジネス境界線
収穫期がきた


それは毎日毎日
どうってことない日々の中で
次々に気づいて自分の理解が
進んでいく時期が訪れたと
言うことです


なだらかに続いたその時期も終わり

私はもともといた
現実世界に
ついに帰ってくることになりました


ことが起きてからほぼ2年


いじめられていると感じる恐怖
ミスをするのではないかという恐れ
自分が普通に仕事が出来ない
面倒な人間と思われているのではないか
という恐怖
自分が知っている秘密をもみ消すために
手を回されているのではないか
という恐怖


そんな恐怖と闘いながら
ひたすら
「私は治りました
もう何でも出来ます
と周りに嘘をつきながら
きっと恐怖がなくなることを信じて

プライドを我慢し
もとの職場で
初めての現場仕事
をただたんたんと毎日毎日
噛み締めながらこなすことで
リハビリをしてきたのです


リハビリで起こるこういう類いは
大変なものではありますが
自分が心を壊した時の
ストレスからすれば
心底「甘いぜ」と思える

不思議なもので
少しストレスでダウンすることも
たくさんあったけど
すこしづつすこしづつ
長く働けるようになり
感情も押さえられるようになってくる

すぐに自分がもとの大きさに
戻ってくる自信を
感覚的にわかっていたから
全然耐えられる



ただ
いつでもそばには
たった半年前まで存在していた
権力を持っていた自分が
記憶として存在していました

これがとても不思議な感覚

間違いなく自分なのに
間違いなく自分ではない


今の私は誰なんだ?


どうやってこんな仕事を
やってのけてきたのだろう



あの席に座り
部下に手伝って貰いながら
仲間に助けられながら
とてつもない変化に組織全体を
馴染ませていく役割
とても充実した毎日

そんなある日
突然起こった修羅場

全ての人間が戦闘態勢に入る戦場
疑いは疑いを呼び
サバイバルのためなら
誰も倫理なんて考えない


全ての元凶は
人間同士のけんかだった

その影響を
一番最初に
直に直接に
最も濃い形で
受け続けてしまう立場にいた自分
常に挟まれ
どんな選択もしても
自分の心に嘘をつく結果となる
そんな状況


一年以上続いた修羅場の中で
私の心は完全に崩壊したのです



そんな一人の全盛期と荒廃期を

あの席を間近で感じながら
仕事をすることで

自分であるのに
自分ではない

お前は誰なんだ?

今の私は私なのか?


こんな感覚と


「お前が正直うらやましい」
「お前みたいにまたなりたい」

そんなおかしな感覚も同時にある


そして何といっても
一番辛いのが
プライドでした

その「おまえ」は
もはや自分ではないのに
「今の私」は「おまえ」に憧れている


そうとにかく
誰と話しても
何の仕事をしても
誰と誰が話しているのを聞いても
「おまえ」がやっていた仕事を
誰かがやっているのを見ても


常に「今の私」は「おまえ」の私を
妬み
プライドを誇示し
いつかみていろよ
すぐに這い上がってみせる
何故かその自信がある

おまえというかつての自分の影が
あるから淡々と闘ってこれたのだな
と思いました
















生命について

2020-01-29 20:46:51 | ビジネス境界線
一つの生命を認識することは
正しいのでしょうか

生命を認識することは
生命を基準とした世界を
理想とする力を生み出します


正しいか間違っているかなんて
全くナンセンスなのですが

自分は命に対して肯定的な感覚を
持っているのですが

それを進めようとする自分に対して
少し疑問もあるのです


少し疑問があるという状態は
日常茶飯事なのですが
それをうまくバランスをとりたい
という言葉で逃げている節も
私にはあります


正しいか正しくないかを
はっきりさせないと進めないから
曖昧に逃げているのでしょう


私の生命認識肯定派と対立するのは

生命という認識は
特別なものではなく

石を石として認識する
右を右と認識する
という認識

昨日ここにおいたのに
何でないの あなたどこにやったの?
という認識

冤罪なのに
たくさんの人が有罪と考えたら
有罪が事実になる認識

嫌いだった食べ物が
あるときから好きな食べ物に変わる認識


どれも何の優劣もなく
人間の持っている特性による認識



これに執着することが
正しいか正しくないかなんて
ナンセンスなのです


なのに
頭はそれを考えてしまう


こうして悩みは生まれる



生命の問題だから特別と考える

人間の認識











世界は感情で出来ている

2020-01-24 22:21:31 | ビジネス境界線
私は人生で最も充実した期間に
これを学び

私は人生で最も充実していない期間で
実験をしています




小さな時から
世の中の仕組みに興味があり
人間社会の外から
ウォッチングしてきました


自分が社会に出たといっても
やっぱりウォッチングを
続けているのでした


よりたくさんの世の中を知る
仕事はそれを優先しました

この研究は
たくさんの異種多業の中小企業を
数字から
社長から
従業員から
味あわせて貰うことで
5年くらいで満たされました


もう次の欲求を押さえられず
仕事を変え
本当に企業の一部として潜り込み
骨の髄まで
味あわせて頂きました



幼い頃からの疑問
「人間社会はどうやって
出来ているんだろう」


その答えは
大事な人との出会いによって
とても自然に答えが出ました



人間社会の成り立ちのフレームワークを
手にいれた私は
「本当に大好きな人達」
という感覚を知り
人間に一歩近づきましたが


同じ場所環境で
「本当に嫌いな恐ろしい人達」
という感覚も
その後に知ることになりました



私にとっては
それだけが真実です


外からウォッチングしていた私は
とても賢かったのです
でも真実として感じられませんでした

始めて人間社会に参加して
権力を得て
人生で一番最高の幸せを感じた矢先

自分の師匠仲間領地を踏みにじられ
自分自身の生命も踏みにじられ

社会の構造的なヒミツを
知ってしまい
人間社会のもうひとつの
見えかたが自分を支配しました

でも


今になって思えば


どちらも
人間であったと
思えるくらいにはなりました


なにかとなにかを
対比させている状態は

何かの対比がなくなる時に
気づくようです



私はここで始めて
人間の仲間入りを少しだけ
できたようです

だから

とても
自分にとって特別な場所です



次はいよいよ
人間として生きてもいいのかも
しれないと思います





個人事業と会社の違いは何なのか

2020-01-23 22:26:09 | ビジネス境界線
節税のために法人なり

という類いの構造上の話ではありません


一人の人間が
組織を作れるか
組織を作れないか
その違いは何なのか

そういう類いです


一つの生命をもった組織を
作り出せるか


これが私なりの答えです


組織に生命を宿すことが出来るか
それだけだと思います


一人の人間も
一つの組織も
仕組みは全く同じ


組織も自らの死に直面すれば
精神病にもなる



生命を与えるための最も強力な方法は

自分という生命と同じ原理の組織を
作り出す
という方法


自分がパワーだから
そのままがその組織に反映される


こういう組織は
会社で言えば
同族ワンマンとか呼ばれ
毛嫌いされる傾向があるけども

とても組織の境界は
分かりやすく強固なものになる


こういうタイプの会社は
結局一人の生命レベルの状況に
とても左右されるという事です


私はこのタイプが好き


本来の組織というか
一人の人間から
組織をよく理解できるからです



だから一人の生命が衰えれば
その組織も生命として衰える

そんな組織がとても
分かりやすくて好きです

こんな純粋な組織を作るためには

自分自身と同じ構造を

組織に反映させなければなりません


自分の内側と外側を
本当によく理解する必要が
あるという事です


組織の内側が
自分の内側とあってないとと感じれば

組織の外側が
自分の外側とあっていないと感じれば

都度メンテナンス


一番大事なのは
自分の状態をよく理解しているか

これが基盤となります




組織に対するコミットメント

2020-01-23 21:43:30 | ビジネス境界線
何がこれを決めているかは

言わずもがな人間の心


内製と外注について観察し
どんなタイプの仕事が
外注に向いているかを
考察した記事を見ました


なかなか面白いなと思いましたが
考える仕事と
作業の仕事と
ここにポイントを置いていて
確かにそうだなとも思ったのですが


自分はちょっと違うなと思いました

組織に対してコミットできる人がいるか
そんな「人」の問題のような気がします




人に仕事をつけるのか
仕事に人をつけるのか

間違いなく経営に置いては
後者が正しいとされる世の中ですが


ここを疑ってみるのも面白い
すべての世界が変わってくる


人間から離れる最たるものは官僚制組織

人間に近い最たるものは家族組織

と感じます

仕事という役割を
質的にも量的にも
フィックスして考えるのか

無限大の創造力や共鳴力をもつ
人という一つの生命を
量的にも質的にも
フィックスして考えるのか

この違い




組織にコミットできる人材が
多ければ多いほど
考える仕事は生まれる

考える仕事が増えるほど
組織は加速化し
組織は自らの理想に近づくことができる

組織にコミットした人が増えるほど
作業の仕事は置き去りにされる
作業の世界で生きている人には
とても迷惑な話なんですが


でも
筋が通っている

だから
共鳴するパートナーを
寄せ付ける強力な力を放つ

絶対に潰れない


組織ってこれでいいのではないかと
思うのです


一人の人間として
組織を考えること



基準が人間から離れているものは
本質からずれていると感じます