昨日23日は秋分の日は本家の月御講でした。
我家は8月にあたり済ませていましたが、本家の行事も
私たち夫婦が動かないと進まない訳があります。
宗教の違いから、息子夫婦は仏教のことは応じません。
そんな中我家と一緒に月御講をお参りの場をつくればいいのですが
本家の面目もあり、気丈な義姉は自分の年齢から考えて最後の
月御講の宿をやろうとしました。
月御講が数年の間隔で当たるのにつけ、放送を依頼してお参りの人に
お知らせします。
沢山のお年寄りがお参りしてくださった過去と比べ、其の時代のかたがた
が居なくなり、義姉はお参りの人が少ないと格好が悪いと、会う人ごと
叉は電話でお参りに来てほしいとお願いしておりました。
有線放送を依頼しているにも関わらず心配なんでしょうか。
月御講のお寺様は、菩提寺とは違いお講寺となっています。
「何でそんなことを先祖のお寺様だけでも大変なのに!!」
の声が当然出ます。
姉の姿を見聞きしていると解らないでもない。
何のための宗教か? 見栄の場か? 七日講とは何かと義姉に聞いても
解らない「昔の人が行ってきた行事だから・・」
七日講と月御講は違うのか??との声も出る。
七日講の月御講ですと言ったら、そうなんかと・・
と私も七日講の内容を幾度聞いても解らない。
+++++++++++
今回は辞めたいと言ってきた家庭、老人家族、病人家族と毎回月御講を
する家が減ってきた。
そこで私も考えた、次何年後に回ってきたら信者同士で話し合い
何軒かで公民館を利用して、助け合ってお講を勤めようではないか。
叉は何人来られるか解らない接待は数が読めず今回も困ったので
放送も依頼せず家族だけで御勤めをすること。
そのように改善策を考えております。
巡り咲く紫苑に思うこと多き