サムイズダート・ロシア

めざせロシア式菜園生活!ダーチャごっことロシア&北海道のお話あれこれ

あけましておめでとうございます。

2013-01-01 | ヴァルシェブニキ・ドヴァラ


ヴォロネジのヴィタリーさんから K君経由で
新年メールが届きました!
ヴァルシェブニキのお兄さんグループ
左からヴラッド君、セーヴァ君、ミーシャ君、アンドレイ君。
みんなすっかり大人顔になってますねぇ。

ここのところあまりブログ更新できませんでしたが、
今年はもう少しペースアップしたいと思っております。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。
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ルーシのしらべ

2010-09-02 | ヴァルシェブニキ・ドヴァラ
今年の1日ロシアカフェ「スバボーダ」(10/3開催)では
「ルーシのしらべ」と題して、ロシアやウクライナなどの
さまざまな音やメロディをお届けいたします。

その一環として、開場12時から開演13時までの間、
ヴォロネジの子供音楽グループ「ヴァルシェブニキ・ドヴァラ」
(中庭の魔法使い)の音と映像をお楽しみいただく予定です。
「音」のほうは昨年の「スバボーダ」でも流しましたが、
「映像」は本邦初お披露目!
ただいまその編集作業にあたっておりますが、うーん、可愛い!

  

なかでもイチ押しの楽曲『イワン・クパーラ』は、
今回のカフェのテーマ「ルーシのしらべ」にドンピシャな1曲。
ロシアやウクライナに古くから伝わる夏至のお祭り、
イワン・クパーラでは、焚き火を囲んで歌い踊り、
未婚女性が花飾りを川に流して未来のだんなさまを占います。
そんな異教時代の祭りを光景を、スラブチックな旋律にのせて
美少年アイドルのヴラッドくんが歌います!
クッパッラ~♪のリフレインと、ヘイヘイ!の掛け声が
いやといっても耳に残ることうけあいの名曲ですよー!

この曲、そもそもは元歌手で今は作詞家のナタリアさんが、
10年以上前に自分で歌うつもりで詞を書いたのだそう。
なので女性目線の少し大人っぽい歌詞なのですが、
それを少年が歌う!というところがミソ。
カフェ会場では、この曲をまじえた特別限定サンプルCDや
一緒に歌える訳詞カードつきブックレットを販売いたします。
追って詳報をお伝えいたしますので、お楽しみに!
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Hello,Hello!

2010-01-15 | ヴァルシェブニキ・ドヴァラ

成長しましたねー。ヴァルシェブニキのヴラッド・クルツキフくん。
そしてついに出ました!ソロシングル『Hello,Hello(Алло)』
日本のアマゾンにも登場です。
諸情報はこちら、K君の発狂寸前ブログ(笑)をごらんください。
注:動画貼りまくりなので少々重いです。


1.English Dance Mix
2.DJ Mix
3.Russian Mix
4.Original English Version
5.Original Russian Version

*曲は「アロー」ただ1曲。
ミックス違いをまわしまくるタトゥー戦法!
歌詞カードつき限定盤も近々登場!…か?
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子供オスカー賞

2009-05-14 | ヴァルシェブニキ・ドヴァラ
ロシアに一時帰国していたS先生に久々にお会いすると
「あ!そういえば!」と思い出したようにおっしゃる。
「あなたがヴォロネジで会ってきたヴァルシェブニキ・ドヴァラ、
ハリウッドでオスカーをとったんですって!?」
はい、子供オスカーことヤングアーティスト賞のことですね。
「そうそう、スゴイじゃない!」
ええ、そうですよ。……と、ついつい保護者のような口調に(笑)。
それにしても、なんで今頃この話題??

子供音楽グループ、ヴァルシェブニキ・ドヴァラが、
かつてマイケル・ジャクソンも受賞したことのある
米国ヤングアーティスト賞の海外部門賞を受賞したのは一昨年のこと。
なぜか賞の主宰者に気に入られているらしく、昨年はVTRで、
今年は生ゲストとして授賞式に招待されたりしているので
そのことをロシア滞在中に聞きつけでもしたんだろうか??
……と思っていたら、その謎が判明。
ロシア第一チャンネルのニュースにとりあげられていたのだ。

こちらがその映像。

「エルサルバドルにもファンサイト、歌は日本語にも訳され…」って、
訳詞提供者としてはおもがゆいが、これではまるで
全世界で大人気~!と言わんばかりではないですか。
しかもNHK級の全国放送。
で、突然「オスカーなんてスゴイじゃない!」となったわけか。
さすがテレビの力は強い。願わくばもうひと押し……!!

*彼らのブックレットのお求めはこちらで。
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受賞の意味

2008-02-13 | ヴァルシェブニキ・ドヴァラ
ヴォロネジの子供音楽スタジオ「ヴァルシェブニキ・ドヴァラ」の
責任者ヴィタリーさんは、ロシア連邦文化功労者の称号についで、
またしても何やら権威ある賞を受賞。そのインタビューで彼は、
子供たちにまず教えるのは「忍耐」だと答えていた。
音楽を教えるのにまず忍耐!とは。

もちろん、音楽にせよスポーツにせよ学習にせよ、
反復訓練に耐えられる粘り強さが必要であることは言うまでもないが、
彼のいう忍耐の発揮どころというのは例えば、
ユーラシアを遠距離移動するツアーの強行スケジュールだったり、
吹きさらしの屋外ステージで暑さ寒さに耐えることだったり、
小さな楽屋に全員押し込められて万全の準備をすることだったり。
要するに、セミプロとしてステージに立つからには
子供といえどもガマンしなければならないことが多々あり、
かといってスターではないので、天狗になってはいけない、
というようなことを、日々の活動のなかで学ばせているらしいのだ。

これには唸った。
子供たちにおもねらない。甘やかさない。あえて苦労させる。
そういえば昨年春、彼らのコンサートに同行させてもらった時も、
どしゃぶりの雨の中での屋外公演、帰宅は深夜3時半という
10歳前後の子供たちにとってはきつい状況だったにもかかわらず、
子供たちは終始笑顔で充実感にあふれているように見えた。
帰りのバスのなか、ヴィタリーさんは、1曲だけソロを歌った
セルゲイくんという男の子にこう声をかけていた。
「セルゲイ、きょうの歌、よかったよ」
じつはソロの途中でマイクを落としてしまったセルゲイくん、
もともと無口な彼は、黙ったままうつむいて聞いていたけれど、
ヴィタリーさんの一言は、どれだけ彼を安堵させたことだろう。
失敗には一言も触れず、よいところをちゃんと誉める。
ただ耐えさせ、苦労させるだけでなく、努力は必ず評価される、
というところまできっちりフォローする。
そういう指導者もまた正しく評価され、
しかるべき賞を与えられる国、それがロシアだ。
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ロシア子供アンケート結果報告2

2007-09-02 | ヴァルシェブニキ・ドヴァラ
ロシアの底力は、子供のうちから育まれる!
「ロシア子供アンケート」結果報告つづき

●「将来の夢」
アンケート対象の子供たちは、音楽スタジオで歌やダンスのレッスンを受け、たびたびコンサートを開いたり、CDを出したりもしている、いわばタレント予備軍である。なので「将来、何になって何をしたいですか?」と尋ね、〝野望〟を語ってもらおうと思ったのだが、またしても意外な答えが返ってきた!
「歌手・女優・振付師になりたい」といった期待どおりの回答をくれたのは、全13人の半数に満たない6人。「先のことはまだわかりません」と子供らしい率直な答えをくれたのが2人。その他は「カメラマン」「法律家」「大学を出て英語とジャーナリズムにかかわりたい」「当面はダンスのキャリアを積んで、そのあと自分で起業したい(!)」などと実に堅実。さらに極めつけ、スタジオのトップシンガー、ヴラッドくんのお答えに至っては、「いい教育を受けたい」である。さすがオール5の優等生!

●取組み力とプレゼンテーション
アンケートを回収して最初に驚いたのは、きれいな字でしっかり書いてる子が多いこと。当初は、その場でちゃちゃっと書いてくれるもの思っていたのだが、多くの子がアンケート用紙を持ち帰り、自宅で記入してきてくれた。それも、ボールペンで一気に書いているところを見ると、下書きをしてから清書にのぞんだらしい。うち3人は、クリアケースに入れての提出。おそらくいつもそうやって宿題を提出しているんだろう。アンケートといえど、作文の宿題か何かのように真剣に書いてくれたのだ。
これらをロシア人教師に見せたところ、「文字もきれいだし、文法も正しく、文章も素晴らしい!」と大絶賛。やはりこの子たちは、「ふつうのロシアの子供」ではなく「できる子」たちなのか!?

●オールマイティは人の基礎!?
日本ではスポーツや芸術など一芸に秀でていれば、ほかの勉強はできなくても擁護される風潮があるけれど、このロシアの子供たちを見ていると、それは甘やかしなのではないかと思えてしまう。ひとつのことに打ち込める子は、得手不得手はあったとしても、何をやらせてもそれなりにできるのだ。なぜなら、「与えられた課題を与えられた期間内でやり遂げる」という能力が身についているから。努力して課題をクリアしたときの達成感を知っている子は、反復や継続が苦にならないばかりか、対象にくらいつくことを楽しくさえ思う。だから音楽活動も、算数のドリルも、アンケートの回答さえも、同じように楽しみながら真剣に取り組むのだろう。
軍隊式の詰め込み教育でもなく、節穴だらけのゆとり教育でもない。「学ぶ」ことの楽しさを教える教育、ひとわたりの基本を自分のものにするための教育の必要性を、図らずも痛感させられた調査結果でありました。
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ロシア子供アンケート結果報告

2007-08-16 | ヴァルシェブニキ・ドヴァラ
ヴォロネジの子供音楽スタジオ「ヴァルシェブニキ・ドヴァラ」を訪ねたときに、子供たちにアンケートを配ってみた。当初は、音楽雑誌によくある「独占!直筆プロフィール」くらいの軽いノリで用意していったのだが、回答を見てビックリ! ロシアの子供たちの特徴が実によく出ているので、一部紹介しながら分析してみよう。
【回収したアンケートは13票。男子8人、女子5人。年齢8歳~13歳】

●「家族」の大黒柱はママ?
「あなたの家族」という項を設け、家族構成を尋ねたところ、意外な事実が判明した。有効回答11人のうち11人全員が、「ママ、パパ」の順序で回答しているのだ。決して「パパ、ママ」の順ではないのである。
また、「あなたにとって大切な人は?」という質問に対しては、
両親…5人、ママ…3人、家族、おばあちゃん、恋人(!)…各1人、
という結果に(複数回答)。
もちろん「両親」「家族」には「パパ」も含まれているのだが、「パパ」を単独で挙げた子供は一人もいない。決してパパをないがしろにしてるわけではないのだが、ロシアの家族において、ママがいかに大きな存在であるか、子供たちがいかにママを尊敬しているかが見てとれて興味深い。同時に、「父、母」の順で書くのを当然のように思ってしまう日本の感覚の根拠が怪しくなってくる。

●「大切なもの」は「健康」と「幸せ」
「大切な人」とあわせて「あなたにとって大切なもの(こと)は?」という項目も設けてみた。大事にしている宝物、くらいの子供らしい回答を予想しての設問だったのだが、フタを開けてみたら、あなどってすいません!的な回答が…。以下、複数回答。
同数トップは「幸せ」と「健康」の各3票。それも、「家族や友人の健康と幸せ」とか「私だけではなく両親も経済的に安定して幸せでいられること」などと、自分以外の身近な人を思っての回答なのである。その他の回答も「私の人生」「人生を楽しむこと」「世界平和」「勉強」と実に優等生的。もちろん彼らは実際に優等生なのだが、それ以前の問題として、何か日本とは違う土壌を感じてしまう。

●「好きな学科」トップは「算数」
この子供たちは、日本でいえば小・中学生にあたるので、「好きな学科」を尋ねてみた。以下、回答の多い順(複数回答)。
1・「算数」……9人
2・「体育」……3人
  「ロシア語」…3人
4・「歴史」……2人
5・「情報学(IT)」「自然学(生物)」「英語」「文学」……各1人
なんと算数が堂々のトップ! しかも内訳は男子4人、女子5人。つまり回答してくれた男子の半数、女子にいたっては全員が「算数好き」なのだ。そもそもロシア人は、優秀な科学者や技術者を輩出し、理論的思考が得意な民族なのだろうが、「女の子まで!?」とビックリしていたら、ロシア女性にこう言われた。「あら、女の子は当然でしょ」。ちなみに「情報学」と答えたのも女の子。なるほど女の子のほうが現実的なので、本来はそうなのかもしれないが、日本ではなんとなく「女子は文系、男子は理数系」ととらえられがち。なんだかこの回答結果を見ていたら、ロシアの学校の授業というものを見学してみたくなってきた。

このつづきはまた次回。
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ザヴァリンカ

2007-07-02 | ヴァルシェブニキ・ドヴァラ
ザヴァリンカでターニャのために
弾くよ ねえバラライカ♪

ヴォロネジの子供音楽スタジオ『ヴァルシェブニキ』の歌のひとつに
『ザヴァリンカ』というとっても可愛くて哀愁たっぷりの歌がある。
なんだろう、ザヴァリンカ? 手持ちの辞書には出てなくて
最初はなんだかわからず、ロシア女性Sさんに聞いてみた。
「ああ、ザヴァ~リンカね!田舎家やダーチャにあるベンチのことよ。
石や木でつくられてて、壁にくっついてることもあるわね。
おばあちゃんたちがそこに座って、おしゃべりしてたりするの」

ほんとだ。検索したら「ザヴァリンカ」という名のウォッカに当たり、
そのラベルにはベンチに座るおばあちゃんが描かれていた。
そしてペテルブルク郊外のダーチャで、ついにホンモノ発見!!

ほんとにおばあちゃんが座ってる(笑)。
ザヴァリンカとおばあちゃんはセットなのか??
思うに「ベンチ」というより日本の「縁台」に近いのかも。
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さらばヴォロネジ

2007-06-11 | ヴァルシェブニキ・ドヴァラ
5月10日 朝8時、ホテルロビー集合。 
思いがけず、空港まで送ってくださるナタリアさんばかりか、
ヴィタリーさんと息子マクシムくんまで来てくれた。
おまけにヴォロネジのチョコレートのお土産まで…。
これは永久保存版!包みを開けることもできませぬ!

これからマクシムくんを保育園に送っていく、
というヴィタリーさんとはここでお別れ。本当にお世話になりました!
しかしなんという人だろう、この人は。
昨夜のコンサートから戻ったのは午前3時半。
ほとんど寝てないだろうし、今日はオクサーナちゃんを連れて
モンテネグロの音楽祭に向けて出発するはずなのに、保育園??
この人たちの前で日本の少子化の理由を語っても、どれもこれも
大人が楽をするための言い訳としか聞こえないだろうなー。
ちなみにヴィタリーさん、弱冠35歳である。

ナタリアさんの車で一路ヴォロネジの空港へ。
3日前の深夜に着いたときは、真っ暗でよくわからなかったが、
車窓には緑濃いのどかな光景が広がっていた。
郊外にはヴィタリーさんの両親が住むダーチャがあって、
夏になるとナタリアさんもマクシムくんを連れていくのだそうだ。
ナタリアさんとは一緒にいた時間が一番長かったので、
本当にいろんな話をした。仕事や育児の合い間を縫って、
最後までおつきあいいただき、ありがとうございました!
気持ちのいい時間をすごさせてくれた、
ヴォロネジのすべての人々に感謝!



再びサーブ2000に乗って、モスクワのドモジェドヴォ空港へ。
ここから、モスクワのホテルに戻るKくんとは別行動。
Oさんと共に、第二の使命の待つペテルブルクに飛ぶのだ。
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ウクライナ国境の町へ

2007-06-06 | ヴァルシェブニキ・ドヴァラ
コンサートに向かうバスの中で折り紙大会。
中央はトップソリストのヴラッドくん。カメラを向けると即、この笑顔!
*当ブログではズバリの顔写真は掲載いたしませんので、クリアな写真をたっぷり見たい方は、本国公認カピトシュカ・ブログへどうぞ!

5月9日午後2時半。
ナタリアさんの案内で、ヴォロネジ鉄道駅前へ。
すでにそこには、『ヴァルシェブニキ』の子らを乗せたバスが待機。
これから戦勝記念日のコンサートに向かう〝魔法使いたち〟と共に、
ウクライナ国境の町シェべキノを目指すのだ。
てっきり我々が最後の乗客かと思ったら、
「○○ちゃんのママがまだよ!」と遠足バスのようなノリである。

バスは町を抜け、郊外に出て、車窓にダーチャが見えてくる。
家の前にはニワトリやら羊やらブタやらが
好き勝手に走り回る、なんともアナーキーなダーチャ!!



でも残念ながら、道中の写真をほとんど撮っていない。
なぜなら出発して間もなく、女子組の12歳コンビ、
ダリアちゃんとオクサーナちゃんがやってきて、
ずっと英会話ごっこをしてたからである。
「英語学校に通っているので、英語でお話してもいいですか?」と、
隣の席にピトっと座ったダリアちゃん。
普通の学校以外に英語学校、加えてこの音楽スタジオの活動!
なんて学ぶことに意欲的なんだろう。

4時間をとうに過ぎて、バスは村に毛が生えたような小さな町へ。
どうやらここがシェべキノらしい。
会場となるのは、公民館みたいな建物前の広場。
トイレ休憩のあと、バスのなかでいっせいに準備が始まる。
衣裳に着替え、髪をつくり、女の子たちは軽くメイク。
次々に〝魔法使いたち〟ができあがっていく。

すると「あのね。本番の前に、私たち必ずすることがあるの。
教えてあげましょうか?」とダリアちゃん。
「こうやってお互いに顎をさわり合うの」とやってみせる。
日本ならさしずめみんなで手を重ねて「オー!」だけど、
ここでは子供たちが寄ってたかってお互いに顎をクチュクチュ。
なぜか我々もクチュクチュに加わって、一心同体の気分。

そしていよいよコンサート開始時刻が近づく。
バス中に響きわたる大声で、ヴィタリーさんが曲順を確認。
子供たちのスタンバイを横目で見ながら
先回りして屋外コンサート会場の最前列に陣取る。
ほどなくしていきなりコンサート開始。



…なんでしょう、これ。想像をはるかに上回る面白さ!
20人近い子供たちが入れ替わり立ち替わりする展開の早さ、
歌と踊りの緩急のつけ具合、合い間で煽るMCの絶妙のタイミング!
もちろん、もろもろの意味での洗練さにかけては、
大金と膨大な数のスタッフをつぎこんだ
日本のアイドルのステージにかなうよしもないが、
この子たちにはそんな後ろ盾はないのである。
おまけにきのう、部分的なリハをしただけで、
本番の会場では一度も通し稽古をしていないのに、
ぶっつけ本番でこの完成度の高さはどうよ??
振付けがアブナイ子も、自信たっぷりにごまかして
それなりに見せちゃってる。スゴイ舞台度胸だ。
音響や照明にしたって、一度もテストしてないのに、
(しかもロシアなのに・笑)なぜこうも舞台と同調してるのだ!

しかし、どうにもこうにも悩ましいのは、ステージ開始前から
無情にも降り始めた雨。ステージにはかろうじて屋根があるが、
観客はどんどん強くなる雨足にさらされて悲惨な状況。
ロシア人はビクともしないでノリまくっているが、
精密機器を抱えた日本人一行はたまらない!
そのうちに「ソ連のリリー・マルレーン」といわれる戦時歌謡
『青いプラトーク』のテクノ・ヴァージョンが始まると、
それまで子供らのつきそいだった会場のバブシュカたちが、
突如熱狂して歌いだした。ひえ~、なんなんだこりゃ!?
あ、そうか、戦勝記念日だったんだ。
なるほどツボをわきまえた選曲ですね。
以後、老若男女入り乱れての大盛り上がり大会。
すっかり暗くなった空に、シメの花火がぶちあがる…。

高揚感と満足感。久々に気持ちのいいものを見た。
バスに乗り込み、帰路につく。
そしてそれは、夢の子供たちとのお別れのとき…。
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戦勝記念パレード

2007-06-03 | ヴァルシェブニキ・ドヴァラ
          パレード行進が目指すはレーニン広場。
          ヴォロネジにはまだレーニンさんがいた!

5月9日。戦勝記念日。
『ヴァルシェブニキ』のコンサートに同行するのは午後からなので、
ナタリアさんがその前にパレード見学に連れて行ってくれるという。
のっけから飛ばしすぎのKくんは、電池切れ間近のヤバイ状態。
午後の部に備えて寝かせておき、Oさんと二人で出かける。

朝8時半。パレード開始は10時だというのに、
すでに目抜き通りの革命大通りは人ごみでごった返していた。
町のあちこちでバブシュカが花を売っていて、
道行く人々がそれを2本、3本と買っていく。
ナタリアさんもチューリップを手早く選んで購入。
これを無名戦士の墓に供えるのだという。
大通り沿いにはいくつか仮設ステージが設けられ、
子供たちや民族楽団が歌や踊りを披露している。
『ヴァルシェブニキ』の歌を歌っている子供グループもいて、
ナタリアさん、ちょっぴり誇らしげ。


こちら、グルジア少年少女舞踏団。
衣裳がめちゃくちゃかっこいい!



10時。無名戦士の墓の前で式典が行われ、パレードが始まる。
「先回りしましょ!」というナタリアさんに手をひかれて、
再び革命大通りに戻る。子供の姿がやけに多い。
花を手にして沿道にズラリと並んでる。
「退役軍人がきたら、子供たちが花を渡すのよ」とナタリアさん。
本当にそうだった。行進してくるパレードの列のなかに、
勲章を胸につけたご老人の姿を見つけると、
子供たちが駆け寄って次々に花を手渡すのだ。



なんなんだろう。これって。
これがソ連時代であれば、「戦争功労者を労う模範的少年達」
とでも安易にキャプションをつけてしまうのだろうけれど、
そういうこととはまったく次元が違う気がする。
戦争功労者だからというのではなく、
何かを成し遂げた人生の先輩たちを心から敬う
という教育が、この国ではなされているのだ。
そうとしか思えない。

この日、またしてもナタリアさんにお昼をごちそうになる。
おまけに、明日はホテルの支払日だというのに
まだ両替を済ませていなかった我々のために
休日に営業している両替所を見つけてくれたうえ、
両替所でのトラブルにも根気よく立ち会ってくれたりして、
本当に頭の下がる思いだ。
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魔法使いたちの宮殿

2007-06-01 | ヴァルシェブニキ・ドヴァラ
5月8日正午。ナタリアさんとホテルロビーにて待ち合わせ。
いよいよヴォロネジ本番。夢の子供たちと会える時がきた。
ナタリアさんは『ヴァルシェブニキ』の音楽監督ヴィタリーさんの
奥さんであり、元歌手。楽曲の歌詞を手がける作詞家でもあるが、
本業はインテリア雑誌のディレクターだ。
彼女とヴォロネジ大学の学生さんの案内で、市内観光へ。
…って、こんなことまでしてもらっていいのだろうか??

14時になったところで、学生さんは大学に帰っていき、
ナタリアさんの車で録音スタジオ「ブラックボックス」へ。



廃屋のような建物の奥に、薄明かりのともるスタジオ。
そこではヴィタリーさんとサウンドエンジニアのイーゴリさんが、
女子組トップのオクサーナ・ヴォイトヴィチの新曲『ドルフィン』
のレコーディング中。レコーディングといってもCDを出すわけではなく、
あしたのコンサート用。ロシアのステージは口パクが基本なのだ。
ガラス越しに見えるオクサーナは、想像していた以上にオトナ!



「ハハハハ~♪」と何度も自分で歌ってみせるヴィタリーさん。
それにくらいついていくオクサーナは、まだ12歳。
ワンフレーズ録音してはモニターで何度も確認。
「いいビブラートだ!」とようやくOKが出て、録音終了。

スタジオをあとにして、車でヴォロネジ鉄道駅前へ移動し、
ヴィタリーさんの幼馴染みが経営するレストラン「ヴォヤージュ」へ。
着いてびっくり!2階のVIPルームに通される。
ここでナタリアさんは息子マクシムくんの保育園お迎えのため、
一時中座。その間にヴィタリーさんにインタビューをしつつ、
ボルシチ、サラダ、川魚の料理などをごちそうになる。
またまたこんなによくしてもらっていいのだろうか!?

 美味~!

18時すぎ。ヴィタリーさんの車で「青少年会館」到着。
この場所はすでにネットで何度も見たことがある。


ここぞ『ヴァルシェブニキ』の本拠、
直訳すると「子供と青年の宮殿」である。

船の形を模した3階建ての建物内には、広い吹き抜けホールに面して
いくつもの部屋がある。クラシックからロシア民謡まで、
さまざまなジャンルの青少年音楽グループが、各部屋を使用。
そのうちの何部屋かが『ヴァルシェブニキ』の専用であり、
4歳から15歳まで、300人の子供たちが、
ヴォーカルや振付けを担当する11人の教師に学ぶ。

そこに登場したのは『ヴァルシェブニキ』の十数人の精鋭たち。
真っ赤なトレーナーを着て、ひときわ目をひくのは、
トップソリストのヴラッド・クルツキフくん。これはもう、
赤い服のせいとかじゃなく、生まれもったオーラのせいだ。
でも、写真や映像で見ていたより、はるかに幼くてちっちゃい!

そして、ボリショイ・ザル(大ホール)でリハーサルが始まる。
ホール後方の席からヴィタリーさんが指示を出す。
一列目は誰と誰、二列目は誰と誰……。
そうか。コンサートによってフォーメーションが違うのか。
慣れないポジションに立った子は、振付けもおぼつかない。
容赦なくヴィタリーさんからダメ出しが飛ぶ。
ヴィタリーさんは普段は物腰柔らかだけど、このときは別人。
でもひるまず、「ヴィタリー・イワノビッチ!」と
意見を出す子もいて、共にステージをつくっている感覚である。


このもようについては、Kくんのもうトマラナイ発狂寸前レポート
『中庭への道』
をご覧いただくとして……。

ここで書いておきたいのは、
客席でじっと見守っていた子供たちのパパやママの存在だ。
いわゆる「ステージママ」とはちょっと違う。
「保護者」としてそこにいるのがごく自然で当然な感がある。
後日、この「参観する父兄」の写真をロシア女性Sさんに見せたところ
「あたりまえでしょ!」と言われた。
「これは夜でしょ?子供には送り迎えが必要でしょ?
どうして日本では子供を夜ひとりで歩かせるの?信じられないわ!」
確かにこの日、リハーサルが終わったのは午後9時すぎ。
両親がタンボフという町に引っ越して、ヴォロネジ市内の親戚の家に
帰るというジェニスくんは、お迎えがないので
ヴィタリーさんがわざわざ車に乗せて送り届けていったっけ。
子供をちゃんと子供扱いして、大人たちで守る国。
ロシアの健全さにまたひとつ触れた。
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ヴィタリーさんへの道Ⅳ

2007-05-24 | ヴァルシェブニキ・ドヴァラ
《その4・結》大展開!!

5月5日
不安材料を抱えたままモスクワ入り。
ヴィタリーさんはたぶんまだドイツだろう。
7日に彼もやはりモスクワに来るらしいが、
会うのはヴォロネジと決めている。

5月6日
モスクワ在住のS.Rさんにヴィタリーさんの携帯に電話してもらう。
が、つながらないので、いざガルブシュキン・ドヴォル見学へ。
ここで彼らのCDを発見し、さらに彼らがコンサートを開いた
モバイル・プラザを見つけて能天気に舞い上がっていたところ、
ロシア時刻16時53分に着信あり。しまった、ヴィタリーさんだ!
その日は遅くまでアルバートで遊んでしまったので、
返信しそこねたまま就寝。

5月7日
朝、ホテルの部屋で深呼吸しながらスタンバイ。
早すぎると悪いので、赤の広場まで行って帰って、頃合を見計らって
10時半をまわったところでヴィタリーさんに電話す。
が、またもつながらない。このまま黒やぎさんと白やぎさんか!?
と思ったそのとき、携帯が鳴る。10時46分。
ネット配信のニュースで何度も聞いたことのある「あの声」と
ついに直接話す! 現地での詳しい日程を聞こうとしたが、
「今夜、空港に迎えに行くから!」というばかりで、
電波も悪くて会話が進まず。
「あとでロシア語堪能な友人に電話してもらいます!」
「ハラショー、待ってるよ」
は~、脱力。とにもかくにも初接触に成功!!

午後、S.Rさんのオフィスを訪ね、ネイティブの美しいロシア語で
ヴィタリーさんに連絡してもらう。15時12分。
ここでも彼は、迎えにいくから大丈夫、みたいなことを
言ってたようだが、S.Rさんは物腰柔らかななかにもきっぱりと
「彼女は事前に予定を知りたいのです」と言ってくださる。
そうか、ザラーニエという言葉を使えばよかったのか、
などとこの時点ではまだ冷静だったが、
このあと、とてつもない詳細が判明し、心臓が打ち震えることに。

8日午前10時から、録音スタジオ「ブラックボックス」にて
レコーディングあり。ナタリアが案内するので見学されたし。
午後6時から9時半まで青少年会館にてコンサートのリハーサル。
取材するのであればその前に。
さらに9日には、ヴォロネジから250㎞、ウクライナとの国境沿いの
ベルグラード近くの町で、午後8時からコンサートあり。
戻りは翌日の午前3時になるが、もし興味があれば
バスに一緒に乗って行くことも可能だがどうするか?

想像だにしなかった夢のようなスケジュール。
「もちろん行きます!!」と代表団3人、声をそろえて即答。

そして、その8時間後……。
ヴォロネジの空港に降り立った我々の視線の先には、
まぎれもないヴィタリーさんその人が、穏やかな笑顔で立っていた。
ヴィタリーさんへの道、8カ月。
「会いたい」と心から思った人には必ず会える。
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ヴィタリーさんへの道Ⅲ

2007-05-23 | ヴァルシェブニキ・ドヴァラ
《その3・転》歯がゆいやりとり

2月27日
モスクワ・ヴォロネジ・ペテルブルクの旅程案と予算案が出る。
高っ!! ロシアは今、超バブル。いたしかたない。

3月2日
早大研究室で会合ののち、I さん、Tさんと近くの喫茶店で旅程確認。
これまで現地でヴィタリーさんと直接コンタクトをとってくれていた
Tさんにヴィタリーさんの印象を聞く。
「とってもいい人!」とのこと。そうでしょうとも!

3月3日
コンサートと取材の具体的日程を問い合わせてもらう。

3月6日
返信がないので再度問合わせ。

3月20日
ヴィタリーさんとまだ連絡とれず。
I さんたちが留守にしていた間にペテルブルクにCDが届いており、
入れ違いでヴォロネジに戻ってしまったらしい。
なんと申し訳ないことを!
旅行会社にとりあえず東京・モスクワの往復航空券の予約を依頼。

3月21日
ペテルブルクに戻ったTさんから急きょ電話。何事か!?
ヴィタリーさんと今、話したところ、
8日のコンサートがなくなってしまったという。
7日にドイツから帰ってきて、8日から15日までヴォロネジにいる、
子供たちを集めて歌うところを見せてくれる、とのこと。
先方の受け入れ態勢は万全、とのことだが、
7日に取材、8日にコンサートを予定していたので旅程が狂う。
困った!! これじゃお目当てのソリストに会えないかも。

3月22日
ヴォロネジ取材を1日ズラして、5月8日・9日で決定。
ほかの国ならこんな変更は簡単にできるが、ロシアはそうはいかん。
幸い今回はバウチャー旅行ではなくヴィザ・サポートなので、
いっさいのホテルをまだ予約してなかったのが吉と出る。

3月23日
旅行会社より正式な日程表届く。

3月24日
ダーチャセミナーのあと旅行会社で打ち合わせ。
モスクワ・ヴォロネジ便を調べてもらう。
夜、ペテルブルクからメールあり。
再度ヴィタリーさんと連絡をとってくれ、以下の旅程が送られてくる。

5月7日 空港 又は鉄道駅 秘書のナタリアさん出迎え。
  8日 インタビュー
  9日 市内観光
  10日 ヴィタリーさんが空港まで送る。

ホテルはヴィタリーさんがとるのでパスポート情報を送れ、
最終旅程を決定せよ……とのこと。

「秘書のナタリアさん」とは、ヴィタリーさんの奥さんのことだろう。
しかし、送迎やホテル手配まで彼らにしてもらっていいのか!?

3月30日
「ヴィタリーさんにパスポート情報を送り、ヴォロネジの
ホテル予約を依頼した」とペテルブルクから回答あり。
同時に旅行確認書とバウチャーが添付されてくる。

4月2日
ヴィタリーさんはメールを読んでいないもようで、
ペテルブルクから再度パスポート情報をヴォロネジに送ってもらう。
この日、ロシア大使館領事部にてヴィザ申請。
「2週間後」ならタダだが、早くヴィザをとって安心したいので
5000円払って「1週間後」にあげてもらうことに。

4月3日
ペテルブルクより返信。
ヴィタリーさんに電話したところ、まだメールを見ていないとか。

4月10日
相変わらずヴィタリーさんは忙しく返事がもらえない、とペテルブルク。
「ヴォロネジのホテルは1泊3,000~4,000ルーブルになるもよう。
空港でのアテンド、ヴォロネジの取材、観光はヴィタリーが
確約しましたので問題ないと思います」とも。

ここで前々から引っかかっていたことを尋ねる。
>「観光」というのは、どなたかが案内してくださるのでしょうか?
「ヴィタリーさんです」、と即返信あり。マジかよ。

4月11日
ロシア大使館領事部にてヴィザ取得。
ペテルブルクから現地手配分の見積書送られてくる。

4月13日
旅行会社にてチケット一式受取り。これでもうキャンセルはできない。

4月19日
取材詳細確認を依頼。が、ペテルブルクで展示会が始まってしまい、
駐在員とその後、ぷっつりと連絡がとれなくなる。

4月25日
急にヴォロネジでもう1件用事ができたため、日程の詳細確認のため
ナタリアさんに直接ロシア語メール送る。
が、やはり返信なし……。なんのためのメールなんだ。

4月30日
出発日が迫っているのに、どこのホテルに泊まるのか?
取材はいつどこでするのか?などなど詳細がわからず、焦る。
ペテルブルクに問い合わせると、
「今日ドイツにいるヴィタリーさんと連絡がつき、予定通りの日程でOK
ということになりました。唯、ロシア人なので“全てOK”というだけで
ご質問の内容にお答えできる回答を得られませんでした」とのこと。

なにを~!? こうなったら出たとこ勝負でいくしかない。
……つづく。
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ヴィタリーさんへの道Ⅱ

2007-05-22 | ヴァルシェブニキ・ドヴァラ
《その2・承》つながる!

2007年1月3日
ペテルブルク駐在のI さんに新年のご挨拶ついでに、
ヴァルシェブニキ・ドヴァラに取材できないかと打診。
即、手配OKの返事。ホントかなぁ??半信半疑。

1月13日
「ヴィタリーに電話したところ、いつでも来て下さいとのことでした」
とペテルブルクからメールあり。えっ、マジで!?
「CDはヴォロネジからサンクトに代引きで送ってくれるとのこと。
指定のCD名と枚数を書いて下さい。2月帰国時に持ち帰ります」とも。
CDの注文までしてくださっとは、ありがたい!
即、Kくんに連絡とり、シミュレーションして盛り上がる。
だが…。「いつでもどうぞ」はロシア流の物言い。
忙しい彼らに予定がないはずがない。それを聞き出さねば。

1月30日
ペテルブルクから旅程案が送られてくる。
この時点では、一方的に5月3日ヴォロネジ取材を予定。
並行して依頼していたペテルブルク園芸家協会ともコンタクトがとれ、
これ以降、ヴォロネジ&ペテルブルクの取材プランが
連動して進行することになる。

2月4日
ペテルブルク園芸家協会とI さんの協会が交流協定を結ぶことになり、
現地で展示会が開催される4月20日~27日に訪ロするプランが浮上。
正式調印を結ぶまではこの件はマル秘、とのこと。
したがって、連動していたヴォロネジ行きも伏せざるをえなくなる。

2月9日
ペテルブルクで展示会に参加したのちヴォロネジへ、という案を検討。
通訳が同行する場合、移動費もこちらで持たなければならないので、
なるべく安くあげるために、移動は列車20時間?
それともバスか?とネットで検索しまくりおおいに悩む。

2月10日
通訳費が高すぎるので、英語で取材できないか問い合わせたところ、
ペテルブルクからいきなりヴィタリーさんの連絡先が送られてくる。
途中で投げられても困るので、ちゃんと引継ぎしてくれるよう要請し、
こちらから英語で直接メールを送る旨を、
ヴィタリーさんに口頭で伝えておいてもらう。

一方、Kくんはこの日未明、子供スタジオ公式サイトの
オンライン・ミーティングでヴィタリーさんとの接触に成功!
ソリストのヴラッドくんの家系は千島列島出身で
日本に興味をもっている、などの貴重な情報を引き出す。
と同時に公式サイトのフォーラムにトピをたて、
日本のファンの存在をアピールしてくる。快挙!
以降、ブログにロシアはじめ海外からのアクセスが増える。

2月11日
ヴィタリーさんあてに取材依頼の英語メール送る。
が、待てど暮らせど、ナシのつぶて。
(あとで聞いたらロシア人は自分から用がない限り返信しないとか)

2月18日
返信が来ないので、ペテルブルク経由で同じ文面を転送してもらう。

2月20日
ペテルブルクから返信あり。
ヴィタリーさんと連絡がとれたが、こちらの希望日には
ドイツに行ってしまうので会えないことが判明。
ほら見たことか!
そのかわり5月8日にヴォロネジでコンサートがあるので、
それに合わせてきては?というのがヴィタリーさんの意見だそう。
となると、ペテルブルクの展示会から10日も間があいてしまう。
10日間も何をしてればいいのだ!?困った。

2月22日
帰国したI さんと、出版社で会う。
5月8日のコンサートを第一に考え、ペテルブルクの展示会はパスし、
園芸家協会には別途取材する線で旅程を詰めていたところ、
「私も行っていいですか?」と編集のOさんが同行を表明。あらま。

2月24日
ペテルブルクの調印式の件、極秘のお達しが解除されたので、
Kくんにこれまでの経緯を報告し、同行の意志を確認。
これにて「代表団」のメンバーがそろう。
……つづく。
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