波紋

一人の人間をめぐって様々な人間関係が引き起こす波紋の様子を描いている

   オショロコマのように生きた男  第15回

2011-07-30 10:16:00 | Weblog
宏には大きなショックだった。自分としては初めて自分自身を試すチャンスであったし、自分自身が他から見てどのように見られているかを知る機会でもあった。自分が信頼されていること、このことがこれからの自分の行き方にも関係してくることを
充分知る事ができる時でもあった。「奥田氏は私を信用してくれた。そして大金を融通してくれることさえ約束してくれたのだ。」その事実だけが収穫だった。しかしその信頼を裏切る結果となってしまった。
当然その責任は取らざるを得ない。奥田氏にそのことを伝えるために行かなければならないが、その足は重かった。
「先日は本当にわがままな当方の要求を聞いていただきありがとうございました。お蔭様で当社は助かるのですが、実は当方で
何とか資金を都合することができるようになりました。ご心配いただきながらお断りすることになり申し訳ないのですが、今回のお話はなかったこととさせてください。」「そうかい。まあ、都合がついたのならそれでよかったと思うけど、当社も大きなメリットになるので、今回の話は双方に良い話だと思っていたのだが、まあ、これからもよろしく」と鷹揚であった。
「私としては今回のことで専務には大変ご迷惑をかけました。そんなわけで今の会社を退社するつもりです。ですが、専務とはこれからもお付き合い願いたいので、よろしくお願いします。社長さんにもよろしくお詫びして置いてください。」それだけ言う事で精一杯だった。逃げるように会社を出ると、電車へ乗ると、どこへも寄る元気はなく、まっすぐ「ラナイ」へ向かった。
そこだけが慰められるところだからだった。
「今日は又半端な時間ですね。」店長が宏の姿を見てすぐやってきた。「今度私と一緒に店を見てくれる助手を頼みましたから紹介しますよ」と言いながら一人の女性を手招きした。いつもお運びをしている若い子と違い、落ち着いた雰囲気の女性だった。「久子と申します。よろしくお願いします。」と挨拶をする。「宏君とはここでは長くてね。友達だからよろしくね。」と
店長も気を使ってくれる。宏はいつものように無愛想に「勝手に来て勝手に飲んで帰るだけの客ですから、適当によろしく」と
愛想もなかった。しかし久子の宏の見る眼は違っていた。
二人の出会いはこうして何の共通点も接点もないようであったが、いつの間にか二人はつながる運命におかれていたようであり、半年後には結婚していたのである。

       思いつくままに

2011-07-28 09:46:23 | Weblog
一人暮らしをするようになって、何年かを過ごしてきた。サラリーマン生活や家庭生活から開放されたような自由さを味わい
これで何の拘束も義務もなく好きなようにできると言う、わがままが十分味わえると思った。事実そのとおりになったのだが、
その反面、「人恋しさ」のような感情も出てきた事も事実だ。
たまには自分の話したいことや聞きたいことを自由にして、楽しい時間を過ごしたいとも思う。しかしそんな勝手なことも言えないことは自分の責任でもあることも分かっている。そんな中でひとつ分かってきたことがある。
人との関わりの中で大切なことは、いろいろあるが、やはり一番大切なことは「愛」と言うことだと言うことではないかということだ。。それは
人間の成長の中で芽生え、育ち、実りあるものにならなければならないと思う。幼い時の愛は動物であれ、人であれ、
「可愛い」という感覚の中での愛で芽生えてくる。そして男女の成熟とともに愛情的感覚の世界に入る。結婚を契機にする
その前後はまさにその頂点かもしれない。他人同士でお互いに長所、欠点を持ちながらそれが充分認識できないまま、
「好きだ。」「愛してるわ」の中に埋没して消えてしまう。そして子供ができる。夫婦になったときからの盲目的に近い愛が
そのまま、こどもへの愛へと転化し、過保護のまま過ぎていく。
しかし、この愛情の流れはそのままでは終わらない。ここから大きな転換をしていくのだ。子どもは成長するほどに親の愛情を感じなくなり、逆に疎ましく思うほどになる。親の恩などというものはかつての道徳教育のなくなった現在ではよほどの家庭か、
環境で育たない限り、存在しないであろう。まして子どもたちが結婚し伴侶がつけばその影響は本来の子供の意識を変えることさえあるのだ。そんな中で、夫婦の愛情も結婚当初からはまったく違った形になっていることに気がつく。
そして、お互いが自分本位の感情の中で、相手を感じなくなっていくのだろう。
しかし、ここからが一番大事な時期に入ることを学ばなくてはならないと思う。元来、「愛」と言うものが本来無意識に感じている
甘いものでもなく、、すべてを包含するものではないことを知ることなのである。つまり「本当の愛」と言うものが、自分を犠牲にすることであり、報われることのないものであることを、身体から知るときに初めて「愛」と言うものの存在価値を本当に知るときなのだと言うことである。
そして心の平安を得ることができる。「信仰、希望、愛、この三つはいつまでも残る。その中で一番大いなるものは愛である。」

  オショロコマのように生きた男   第14回

2011-07-26 09:35:06 | Weblog
事務所に居た常川、岩本、池田が怪訝そうな顔で見合わせている。彼らも社内の様子が落ち着かないことは分かっていたが、余計な口を出すのを遠慮していたのだ。仕事は結構忙しく電話もかかってくる、中には「今度の品物はいつ入るのか」と客から
せっつかれて「勘弁してください。一生懸命作っていますから」と謝っているものも居る。それぞれが木梨や野間の顔色を
見ながら落ち着かないで居るようだ。
二人は応接室に入った。「この間の話だけど、何かいい考えが出たかね。」宏は先日の話で自信ができていたので落ち着いていた。「私の信頼する客の役員と話をつけました。一千万円ほどの融資をつけてもらえます。」木梨は一瞬驚きの表情を浮かべた。信じられない顔で「本当か、大丈夫なのか」と念を押す。「私を信用してもらうしかありませんけど」という。
しかし、木梨はその後何も言わないで考え込んでいる。宏は「じやあ、その話を頼むよ」と言われると期待していたが、そうでもないのか。しばらく話しにくいのか、黙っている。「野間君、実は私もあるユーザーの専務と話をして、金を援助してもらうことを約束してきたんだ。ただし、条件として限定価格と数量保証をさせられたがね」と言い出した。
宏はまったく予想していなかった話だ。いつの間にそんな話ができていたのか、そんならそうと話してもらっていれば、こんな話をしなかったのだ。市場の要求が厳しいときであったので、タイミングが良かったことは事実だ。できるだけ良い条件で原料が確保できれば、それは自社の利益につながることは事実だった。
宏の客先も、木梨の相手の専務も同じ事を考えていたに違いない。両方の言い分をたてることはできない。どちらかを選択せざるを得ないことになった。また、しばらく沈黙が続いた。「野間君、せっかくのいい話だが、申し訳ないが、断ってくれないか。」
なんと言っても社長である。使われている身として突っ張るわけには行かない。
「分かりました。お断りしてきます」ここまで来たら、争うつもりもなかった。言って見れば二人の疎通の悪さが原因である。ここは社長の顔を立てるしかない。しかし、どう断りの話をしたら良いか。あれほど自分を信頼して上へ話をして具体的な手配までしてもらっていて、いまさら断るにしても断りようが考えられない。
部屋を出てからも二人は入ったときと同じ深刻なままで、部屋の中は静まり返っていた。
翌日から宏の姿を会社で見ることはなかった。

   オショロコマのように生きた男  第13回

2011-07-23 10:29:34 | Weblog
特別当てがあったわけではない。ただ唯一話ができる人であることと彼が社内でも社長の信頼の厚い立場にあることであることだけが頼りだった。
「こんにちわ。いつもお世話になっています。お忙しいところを時間を取らせて申し訳ありません。今日は二人だけでちょっとご相談したいことがあるのでよろしくお願いします。」「なんだい、改まって、別に場所でもとって、飯でも食いながらでも良かったのに」いつものように親しげに話しかける様子で、機嫌の様子がわかった。「いや、今日はちょっと深刻な話で申し訳ないです。実はうちの会社の実情が余り楽ではなくなりまして、お宅の会社で少し援助をしてもらいたいと思い、その相談に来ました。」「それはどういうことかね。よくわからないが。」技術ではドクターと呼ばれ見識のある人ではあるが、世間には疎いところのある人で、戸惑いのようなものがあった。「つまりうちの製品を全量買い上げていただき、その代金の前払いをしてもらい、資金援助をしてもらいたいのです。」「うーん。そういうことか。なるほど、なんとなく分かるけど、俺の一存で引き受けるわけには行かないから、少し時間をほしい。社長に承認をもらって資金をどれくらい融通できるか聞いておくよ。」
話は簡単に終わった。宏は彼に本音で話したことを納得して、自信をつけた。
自分の計画して進めることが実現できることに優越感を持ち、これで木梨を牛耳ることができるとも思った。
数日後、電話があり、「野間君か。この間の話ね。社長に話したよ。俺は金の話は良く分からないが、社長は一千万ぐらいは融通出来るよといってくれたよ。ただし、原料の責任と仕事は頼むよと念を押されたがね」「ありがとうございました。おかげさまで助かります。一生懸命頑張りますので面倒見てください。」「今度の休みに箱根へ行くことにしているんだ。君も一緒にどうかね。」「お供いたします」早速催促が来たと宏は臍をかんだ。いつも悪い癖で、彼は時間が取れると温泉で豪遊する癖がある。それも一人ではない。何人かの女性を連れての遊びである。
人間何か癖があるものだが、この人は金のかかる人だなと心が痛んだが、ここはこの人のいうことを聞いてこの急場をしのがなくては心に決めていた。
木梨とはあの話以来余り顔をあわせることもなかったし、会っても、立ち話程度でゆっくり話す時間もないままにすごしていた。仕事は相変わらず忙しく、全員が動き回っていた。
「明日、少し時間が取れるかな。」木梨が声を掛けてきた。

       思いつくままに

2011-07-21 10:13:52 | Weblog

夏休みのシーズンがやってきた。この時期になると子どもよりも親のほうが落ち着かなくなり、「お昼の支度をどうしようかしら。めんどうくさいわ」などと、普段の給食の怠け癖が出てきたり、毎日子どもが騒ぐので、自分のことができないとか、居ないと心配でさびしいのにこんなときになると自分勝手になるのも不思議である。私はこの夏休みのときが来ると必ず思い出す記憶がある。小学校4年生の頃、東京の親を離れ、おばの横浜の田舎(座間)へ行ったのだが、東京では見られない小川で泥鰌や蛙を捕まえたり、いろいろな虫や昆虫を追いかけたりできたこと、隣の女の子がかわいくていつも一緒に居たことなどである。東京へ帰ることなどすっかり忘れていて母親に大目玉を食らったことがついこの間のように鮮明に思い出す。今の子供たちの夏休みの過ごし方は生活形態が違ってしまったので、どんな過ごし方をしているのか、見当もつかないが、大切なことは学校へ行っているときにできないことをこの夏休みの時間を利用して大いに時間を有効に使ってもらいたいと思う。単にどこかへ行ったとか、何かを見たとか、何かを食べたとかということだけではなく、大人になってからでも忘れないでずっと覚えていることのできるような、そして良い思い出の記念になるようなものを残してもらいたいと思う。台風6号の通過で少しばて気味であった身体が少し回復したのは本当に助かった。ちなみに去年の日記を見てみると去年の今頃は連日35度を越す猛暑の中を過ごしていたことがわかる。今年は32度と少なくても去年よりは少し低いのに身体への感じは去年より熱さを感じるということはそれだけ肉体的に体力が落ちていることだと思い知らされる。悲しいことだが、これが現実である。だとすればそれを自覚して対処していくしかない。そのためには少し怠け状態になっても睡眠、惰眠をとりながら身体を休めることと水分の補給に意識を持たなければと思う。知人の中には毎日2リットルの水を補給している人も居るが、これはなかなか真似ができない。せいぜい1リットルぐらいだが、それでも最低限の補給と思っている。ジムトレも頑張っているが、終わったあとの疲労感が昨年と違うのを感じる。これもあまり無理が利かなくなっている。庭に植えたカーテンネットに朝顔がつるを延ばして這い上がっている。ヨシズ代わりになってこれから朝顔の花を楽しむ事ができればと思う。

 

 


  オショロコマのように生きた男    第12回

2011-07-19 09:49:35 | Weblog

仕事は始まったが、穏やかな日はそんなには長く続かなかった。ある日宏は木梨に呼び込まれた。「ちょっと、二人だけで話したいのだが、私のところへ来てくれないか」財務を見ていた宏は会社の資金が窮屈になっていたことは何となく分っていた。経費のやりくりも楽ではなかった。「野間君、君も分っていると思うけど、今のままでは少し会社の経営は苦しくなりそうなんだ。私も検討はしているが、君の意見を聞きたいと思うんだが」確かに表面上は製品は売れ続けていて順調に見えていたが、同業他社との競合は一層激しくなり、ユーザーからの値下げ要求が強くなり、そのために収益が急激に落ちていたことは歴然としていたし、その事は分っていた。いろいろな物を買って、経費を無制限にしていた結果であることは事実であった。木梨の問いかけに宏はすぐに答えず、二人の間に暫く沈黙が続いた。「私にもちょっと考えがあるので、少し時間を下さい」とだけ答えた。元来二人で胸襟を開いて何でも話す中ではなかったこともあり、ここでもそれ以上の話にはならなかった。「そうか、じゃあ考えがまとまったら又話そう。私も出来ることを考えてやってみるよ。おやじに説明しなきゃあならないし」一人になると、宏は自分のデスクで腕組みをして、目を瞑った。様々な考えの中から一人の人物が浮かび上がった。それはユーザーの中の一社に入る人物でその会社の役員をしていた。その人とは最初から何となく話が合い、特別に二人だけで仕事以外のことまで話し合えるようになっていた。勿論専門が技術なので仕事上のことも相談を受けると宏は自分で出来ることは何でも協力していたのだが、そのうち、仕事以外の趣味の話や生活の話にまで発展していた。その中には金銭的に協力しなければならないことも出てきていた。宏は社長に内緒で援助することもあった。今回は次元の違う話に発展していた。これはこの人に個人的に相談するしかない。そしてその立場、権限で助けてもらうことを頼んでみるしかないだろう。ぼやけていた考えが次第に鮮明になると同時に自信も出てきた。しかし、今の段階で木梨にこの話をするつもりは無かった。石橋をたたいて渡る、これは宏の信条でも会った。ましてあまり信用を置いていない彼に話をするつもりは無かった。「今日は午後からT社へ行って,直帰するので会社へが帰らないから、途中又電話するよ」とだけ事務の女性に言うと会社を出た。


  オショロコマのように生きた男   第11回

2011-07-15 10:02:02 | Weblog

宏は店長が話しに来るのを待ちながら、今日の木梨の話を思い出していた。「あいつ、自分で自分のことどこまで分っていて仕事を始めようとしているのだろう。ひよっとしたらあいつ長男だからふらふらしている息子を親父が心配して何かさせなければと思い、親父が会社を興し、それを息子に託したのかもしれない。」そう考えれば納得がいく。もしそうなら彼と一緒に仕事をしながら彼をリードして自分の夢を生かしながら仕事が出来るかもしれないぞと漠然と考えていた。「ところでその後、その女性と何があったんですか。」後ろから店長の少し甲高い声がした。「ああ、デートの話ね。」現実に戻っていた。「いやあ、会社を辞めてぶらぶらしていた俺に友達から声がかかり仕事の手伝いを頼まれたのさ。その時、事務所に居たオバサンに声をかけられ今度一緒に食事でもしませんかと言われただけさ」「何だ。又ひっかかちゃいましたね。いつもそれなんだから」「ごめん、ごめん。そんなつもりは無かったけど何か期待しているようだからついそのきになっちゃってね。」二人は笑いあい、「じゃあ、また」と手を振った。そして全員が揃う日が来た。総勢工場の人たちを除いて、幹部が7人の所帯であったが、全員が若かった。自然にその若さがエネルギーになり、何となく元気が出てその気持ちがお互いの間に伝わっていた。そして新会社はそれぞれ持ち場に別れ動き始めたのである。確かにその工場で作られる原料はその時期タイムリーな製品のようであった。それは会社のオーナーでもあるドクター木梨の先見の明でもあった。その原料を基にして作られるマグネットは家電メーカーへ送られ、部品として装着され、最終製品として売られたからである。その需要は急激に増え、その品質はあまりうるさく言われず「とにかく数量を増やしてくれ、納期を早めてくれ、出来るだけ早く」それだけが要求だった。作れば作っただけ売れる。特需のような忙しさだった。、会社は忙しかったが、幹部の全員が同じ気持ちではなかった。生真面目な性格の人間はひたすら言われたことを一生懸命こなしていたが、全員がそうとは限らなかった。木梨はいつものように仕事の時間が過ぎると何時の間にかどこかに消えていた。そんな中宏は自分のペースで自分なりの計画を立て行動していた。傍から見ていると彼は何時も何か考えている所が見えた。それが何であり、何を目的にしているのか、誰にも分らなかったし、本人にも見えたいなかったのかもしれない。


思いつくままに

2011-07-13 09:26:45 | Weblog

若い時には一年のうち何回かは「ドキドキ」するようなことがあったり、「ワクワク」する気分に成ったりすることがあったような気がする。そしてその度に気分が高揚して、その時間は何もかも忘れるような気持ちになることが出来た。しかし年齢と共にその回数は減り、毎日が何の変化もない日のように思うようになって来た。このことは考えようによってはあまり良いことではないと思いつつ、ではどうすればよいかと言う行動も思いつかないままにあった。ある日「喜びを作る力」という言葉を聞くことがあった。毎日の生活の中で喜びがもてないのは喜びが無いから喜べないと言うことではないと言うのだ。しかし単純に考えて何らかの動機、機会、そんなきっかけがなければ笑うことも、楽しむことも出来ないことではないかと思ってしまう。例えば楽しいところへ行くとか、美味しいものを食べるとか、喜びを生み出す設計が出来ていて、そこでその喜びを味わうことが出来るし、楽しむことが出来る。だとすればその様な前提が無ければ人は喜ぶことは出来ないのだろうか。それではあまりにも惨めだし、毎日が無意味ではないだろうか。私の場合で言えばジムでトレーニングをして汗を流し、その後、ジャグジー付きの風呂にゆったりと入り、「今日も順調に身体を動かせたなあ」と静かに思いながら、何も考えずに体を伸ばしている時に本当に幸せと喜びを感じることが出来る。それは何物にも代えがたいものである。(最近身の周りで不幸な人の話が多かったことも影響しているかもしれない。)出来ることなら身の回りの人のことを思い浮かべ(よき隣り人)「今度会う機会があったらこんなはなしをしよう」「どんな話をしたら楽しく過ごせるかな」等と考えてみる。その気持ちは若いとき女性と話すときと同じような、つまり恋愛感情のようなものを感じることに似ている。その事が自分自身の中に変化を生み出すことになる。つまり自分自身の中で発電する形になることだ。そしてエネルギーを起こすのだ。TVを見ながらでも本を読みながらでも物を書きながらでも、思いつくことや考えられることを新しく生み出し、創りだすことを考えることだ。そのことが「喜びを創りだす力」の基になるのだと思う。ある学者が「世の中には虚学と言われるものと実学と言われるものがある。虚学とは学校を始めネット、辞典、資料、文献などから学んだことであり、実学とは人と人との触れ合い、語り合い、関わり合いの中から得るものだ」、また、「頭が良いということは他人の気持ちをどれくらい理解できるか、自分の思いをどれだけ伝えることが出来るか」を言うのだ。とありましたが、当にその通りだなあと考えさせられています。


   オショロコマのように生きた男   第10回

2011-07-11 13:21:29 | Weblog

宏は木梨の申し出を丁重に断った。彼がこの後どんな時間を過ごすのか見当がついていたからである。それは学生時代からの習慣になっていたし、癖のようなものだった。その日の気分ですかしたワインを片手に洋食の肉料理だったり、高級な寿司であったり、懐石だったり、こってりした中華だったりするが、そんなに量を食べるわけではない。ちょっとした格好付けのようなもので、それから時間を見計らって夜の店に顔を出すのだ。バーであったりクラブであったり、其処には好みの女性がいて、楽しい話をしながら酒を飲み、つまみを取り、そして好きな音楽を聴く。たまに興に乗ると自分も弾き語りをしたり歌ったりもするのだ。小さい時から好きなことをさせてもらえる環境で育ったことが、こんな習慣を身につけてしまったのだろう。それは仕事を始めても変わりは無かった。誰でも良い、そばに誰かがいればそれで落ち着くようである宏にはそんなことは全く関心のないことであった。だから木梨の誘いには何の未練も無く、関心も無かった。一人で帰ってくると、真っ直ぐ「ラナイ」へ向かう。店長がすばやく見つけると、「今日は何時も時間じゃあないですね。どこへ行ってたんですか。何か良いことでもあったんですか。」と聞いてくる。「まさかデートでもしてきたんじゃあないでしょうね。私より先に出し抜かないで下さいよ。」「いやあ、それがね。どうしても付き合ってくれとしつこく頼まれた女の子と千葉まで行くことになってね。言ってみればデートみたいなものかな。」「まさか。本当ですか。良かったじゃあないですか。」どうやら本気にしているらしい。「いや、それがね。」と本当のことを話そうとすると、店の子が顔を出し、「店長、お客さんが用事ですって」と呼ばれる。「ちょっと待っててください。すぐ来ますから、その話聞き捨てならないなあ。」二人は年齢の近いことで妙にうまが合い、長い付き合いのうちにお互いに何でも話せる中になっていた。いつものようにタバコをすい、コーヒーを飲みながら宏は今日の話を振り返っていた。「あいつのことだ。最初は良くても何時か破綻するかもしれない。あのまま、あんな仕事で満足しても我慢するとは思えない。まして成功することは考えられない。第一どう考えても彼に合う仕事とは思えない。」その事が一番気になっていた。どちらかと言うと芸能界に近い仕事が合うのではないかと木梨のキャラを羨ましく思い、自分には無い個性を認めているからでも会った。


  オショロコマのように生きた男   第9回

2011-07-08 10:35:49 | Weblog
翌日指定された場所へ出向くことになった。小さな掘っ立て小屋のような事務所があり
周りは薄赤く汚れていてとても事務所とは言えるようなものではなかった。入るとだだ広い部屋の片隅に応接セットが置いてあり、その横に事務机が幾つか並んでいた。人は誰もいなかった。「やあ、暫くだなあ。元気だったか」大きな声で木梨に声をかけられ「まあ、坐れよ」と言われたが、坐ると汚れそうなソファーの片隅にやっと坐って落ち着く。
そして辺りを見回すと床一面に赤い粉末のようなもので染まっている。「この赤い粉のようなものは何なんだ」と聞く。「これが金になるんだよ。」「そんな事言われても良く分らないけど」「いや、そのうちゆっくり話すよ。それより俺と一緒に仕事をしてくれるのかい」「急にそんな事言われても何をしていいのか。それに」と口ごもると「お前の聞きたいことは分ってるよ。待遇のことだろう。」黙っていると「お前には他の連中とは別に考えているんだ。俺の右腕として財務管理を中心に頼みたいと思っている。俺はそっちの方は全然ダメだけどお前得意だったよな。」あまり付き合いの無かった木梨が何故そんなことを言い出しのか、誰に何を聞いていたのか。確かに専門ではなかったが、一応学習していたし、嫌いではなかった。何時も頭の片隅には何時か自分の理想の会社を立ち上げ、自営の事業を展開してみたいと夢を見ないわけではなかった。しかし、そんなことは子供の夢のようなもので現実的には、何の根拠も無いものだった。
「自分は、君が期待しているようなことが出来るかどうか自信がないけど、勉強しながら出来ることは手伝うよ。今は仕事もないし」「そうか、ありがたい。今回集まった連中は主に学生時代の友達で、言ってみれば遊び友達みたいなものさ。でも一緒に仕事をしようということになって来てくれたので、始めることにしたんだ。よろしく頼むよ。」話せば育ちの良いボンボンの人の良さが出てきて宏は安心した。
それから仕事についての大雑把な内容について話を聞いたのだが、良く分らなかったし、
何となく不安な感じもあった。やはり木梨という人物に対する信用が潜在的にそう思わせたのかもしれなかった。しかし此処はとりあえずやってみよう、そのうち自分の思うような展開に持っていけるかもしれない。出来れば将来の夢につながるきっかけになれば面白いぞとそんな気もしたのだ。「何時から来てもらえるかな。」「家の中を整理して出来るだけ早く出れるようにするよ。又連絡するから」「どうだ、飯でも食っていかないか」そんな誘いの言葉を振り切るように事務所を出た。