564)抗がん剤の新薬の半数以上は延命効果が証明されていない

図:2009年から2013年の期間に欧州医薬品庁(European Medicines Agency:EMA)が承認したがん治療薬は48製剤、68適応であった。承認時点で生存期間の有意な延長が認められたのは24/68適応(35%)で、その延長期間は1.0~5.8ヵ月(中央値2.7ヵ月)であった。承認時点でQOLの改善が認められたのは、7/68適応(10%)であった。承認時点で全生存期間の延長の証拠がなかった44適応のうち、市販後の臨床試験で全生存期間延長が確認されたのは3適応(7%)、QOLに対する有益性が報告されたのは5適応(11%)であった。承認後中央値で5.4年(3.3~8.1年)追跡した結果、全生存期間または生活の質(QOL)の有意な改善が示されたのは35適応(51%)で、残りの33適応(49%)は有効性が不明なままであった。生存期間に関して有益性が認められた23適応のうち、欧州腫瘍学会の臨床利益スケール(the European Society for Medical Oncology Magnitude of Clinical Benefit Scale ;ESMO-MCBS)で臨床的に意味がある有益性があると判定されたのは11/23適応(48%)であった。つまり、承認された68適応のうち臨床的に意味のある生存期間の延長は11適応(16%)しか無かった。(出典:BMJ. 2017; 359: j4530.)

564)抗がん剤の新薬の半数以上は延命効果が証明されていない 

【米国食品医薬品局(FDA)承認の抗がん剤の半数以上は臨床的有益性がない】
進行がんで手術も放射線治療も適応外になると抗がん剤しかありません。多くの人は抗がん剤に救いを求めます。抗がん剤治療で延命すると思っています。しかし、延命効果が証明されていない抗がん剤が多く使われていることが指摘されています。
国が認めた治療にメリットが無いと言われると、多くの人は信じないかもしれません。しかし、それは事実なのです。
米国では医薬品の承認は食品医薬品局(Food and Drug Administration; FDA)が行っています。
FDA において新薬の承認審査を主に担当するCenter for Drug Evaluation and Research(医薬品の評価と研究のためのセンター)のミッションは、「米国人が安全で有効な医薬品を確実に利用可能にし、国民の健康福祉を増進・保護する」こととなっています。
FDAによる新薬承認のハードルは日本に比べてかなり高く、臨床的なエビデンス(証拠)が十分になければ承認されないと一般的には考えられています。しかし、抗がん剤の場合は事情が異なるようです。
FADが承認している抗がん剤の多くが十分な臨床的有益性が認められないという報告があります。

Clinical benefit, price and approval characteristics of FDA-approved new drugs for treating advanced solid cancer, 2000-2015. (進行した固形がん治療のためのFDA承認の新薬の臨床的利益、価格、承認特性、2000-2015)Ann Oncol. 2017 May 1;28(5):1111-1116.

【要旨】
研究の背景:抗がん剤の価格は急騰している。進行した固形腫瘍を治療するための新薬の臨床的利点を、米国食品医薬品局(FDA)の承認を得た時点で評価し、薬の価格と臨床効果の関連性を探ることを目的とした。
材料と方法:2000年から2015年の間にFDAによって承認された進行した固形がんを治療するための新しい抗がん剤および生物製剤をすべて含めて検討した。
医薬品の臨床的利点は、米国臨床腫瘍学会の臨床価値枠組み(the American Society of Clinical Oncology Value Framework ; ASCO-VF)の2016年更新版および欧州腫瘍学会の臨床利益スケール(the European Society for Medical Oncology Magnitude of Clinical Benefit Scale ;ESMO-MCBS)を用いて、主要な臨床試験のFDA医学的レビューに基づいてグレード化した。
薬物の特性および承認は、公的に入手可能なFDA文書から得られ、価格は、米国メディケア、米国退役軍人健康管理および英国市場システムによって評価された。
結果: 2000年から2015年までの間に、FDAは進行した固形がんの治療のための51個の新薬を承認した。 そのうち37個の薬物(73%)の価値を評価することができた。ESMO-MCBSの指標では、5個(14%)がグレード1(最低)、9個(24%)がグレード2、10個(27%)がグレード3、11個(30%)がグレード4、2個(5%)がグレード 5(最高)と評価された。したがって、13の薬物(35%)は有意な臨床的有益性を示した(スケールレベル4および5)。
ASCO-VF(3.4-67の範囲を有する)による評価では、薬物評価の中央値は37(20-52)であった。臨床的利益と薬価との間には相関が見られなかった(P = 0.9)。 薬物および承認の特徴は、臨床的利益と有意に関連していなかった。
結論: FDAが最近認可した新しい抗がん剤の多くは、現在の評価スケールで測定されたように、高い臨床的利益をもたらさなかった。 薬物価格と社会および患者の利益との間には関係は認めなかった。

抗がん剤の有効性を評価する指標として、「生存期間の延長」と「生活の質(QOL)の改善」の両方が重要です。
ある抗がん剤治療で生存期間が3ヶ月延長しても、副作用が強く、苦しんでの3ヶ月延長(苦しむ期間は抗がん剤治療期間全体なのでもっと長い)では、臨床的に意味のある有益性があるとは評価できません。
副作用が少なく、1年間の生存期間の延長が得られる治療であれば、臨床的有益性はかなり高いと評価できます。
費用も評価の対象になります。平均生存期間が6ヶ月から8ヶ月に2ヶ月延長するときに8ヶ月間の薬剤費が2000万円だとしたら、私は受ける気がしません。(日本の場合は、国民皆保険制度と高額療養費制度などによって、1ヶ月に何百万円もする抗がん剤治療でも自己負担は数万円ですむので、気兼ねなく高額な新薬が使用されています。)
このように、抗がん剤の有益性の評価は、生存期間の延長の程度や副作用やQOLの改善度や費用などを総合的に検討する必要があります。
この目的で、米国臨床腫瘍学会(the American Society of Clinical Oncology; ASCO)欧州腫瘍学会(the European Society for Medical Oncology;ESMO)は、がん治療の臨床的利益を定量化するための枠組み(Value Framework;VF)臨床利益スケール(Magnitude of Clinical Benefit Scale;MCBS)を作成しています。
この論文では、米国臨床腫瘍学会の臨床価値枠組み(the American Society of Clinical Oncology Value Framework ; ASCO-VF)の2016年更新版および欧州腫瘍学会の臨床利益スケール(the European Society for Medical Oncology Magnitude of Clinical Benefit Scale ;ESMO-MCBS)で、FDAが2000年から2015年の間に承認した抗がん剤を臨床的有益性の観点から分析しています。
ASCO-VFとESMO-MCBSはいずれも生存率改善や毒性やQOLを定量化し、ASCO-VFでは130点満点のスコアで、ESMO-MCBSでは5段階のグレードで評価しています。
その結果、ESMO-MCBSではグレード評価では、評価できた37個の抗がん剤のうち有意な臨床的有益性(スケールレベル4および5)が認められたのは13個(35%)で残りの65%の薬は有意な臨床的有益性があるとは評価されないという結果でした
また、臨床的利益と薬価との間には相関が見られないことも明らかになっています。高い薬が効くわけでも無いということで、臨床的に有益でないのに極めて高価な薬剤が承認されていることを示しています。
この論文はフランスと米国の疫学や統計学が専門の研究グループからの報告です。
以下の論文は米国からの報告です。筆頭著者は米国国立がん研究所(National Cancer Institute)に所属し、FDAを批判しています。

Cancer Drugs Approved on the Basis of a Surrogate End Point and Subsequent Overall Survival: An Analysis of 5 Years of US Food and Drug Administration Approvals(代用エンドポイントを根拠に承認されたがん治療薬とその後の全生存期間:米国食品医薬品局の5年間の承認薬の解析) JAMA Intern Med. 2015;175(12):1992-1994.

【論文内容の抜粋】
抗がん剤の最近の承認の多くは、奏効率や無増悪生存期間などの代用エンドポイントに基づいて行われている。
承認が代用エンドポイントに基づいている場合は、その後の臨床試験によって全生存期間の延長を確認することが望まれており、それは義務でもある。
一つの例として、転移性乳がん患者の無増悪生存期間に基づいて迅速承認を受けたベバシズマブ(商品名アバスチン)がある。その後の試験では、全生存期間の延長は認められず、重大な毒性が認められたため、承認が取り消された。
2009年の連邦政府監査院(Government Accountability Office)の報告書は、代用エンドポイントで承認された医薬品の市販後調査の実施を強制していないことに対して米国食品医薬品局(FDA)を批判した
実施が要求された400以上の市販後調査の中で、約30%が未決定、進行中、遅延、または数年後に終了であったが、FDAは製品を市場から取り除く権限を行使しなかった。
これらの理由から、我々は、どれくらいの数のがん治療薬が代用エンドポイントに基づいて承認されているか、これらの薬のその後の試験が報告されているか、それらの薬物が全生存期間を改善しているかを調べた。
方法:2008年1月1日から2012年12月31日まで、FDAによるすべての承認薬を検討した。承認された経路(迅速承認と通常の承認)および代用エンドポイント(奏功率または無増悪生存期間)に使用について特定した。この公表された報告の調査は、治験審査委員会(Institutional Review Board)の承認が免除された。代用エンドポイントに基づいて承認されたすべての医薬品について、2015年8月22日の時点で、Google Scholarを使用して公開された文献を体系的に検索し、全生存期間に関する効果の報告を特定した。
結果:検索期間内に54個のがん治療薬の承認が確認され、代用エンドポイントに基づいて承認されたのは36個の薬剤(67%)であった。15の迅速承認では全てが代用エンドポイントに基づき、通常の承認では、39個中21個(54%)が代用エンドポイントに基づいて承認されていた。
代用エンドポイントに基づいて承認された36個の薬剤のうち、19個(53%)は奏功率(腫瘍体積の縮小)が主要エンドポイントとして使用され、36個中17個(47%)は無増悪生存期間あるいは無再発生存期間が主要エンドポイントとして使用されていた。
中央値4.4年の追跡期間で、5個の薬(迅速承認15個中1個、通常の承認21個中4個)がその後のランダム化臨床試験で全生存期間を改善することが示された。18個の薬剤(迅速承認15個中6個、通常承認21個中12個)は、全生存期間の延長を示すことができず、13の薬物は全生存期間に対する効果が不明であった。
考察:調査期間の間に、承認された抗がん剤54個のうち、代用エンドポイントに基づいて承認されたのは36個(67%)であった。数年間の追跡調査で、代用エンドポイントに基づいて承認された36個のうち31個(86%)(承認された54の薬剤の57%)は生存期間を延長する効果がなかったか、不明であった。
これらの結果は、承認された抗がん剤の多くが生存期間の延長を証明できていないことを示している
2008年以来、FDAはこれまで以上に多くの薬剤を承認しており、抗がん剤は代用エンドポイントに基づいて承認しているが、この代用エンドポイントは全生存期間との相関が低い。
我々の結果は、FDAが生存期間を延長しない高価で毒性の高い多くの薬物を承認している可能性があることを示唆している。 したがって、市販後の臨床試験の実施は非常に重要である。 

米国では抗がん剤治療の費用の平均は1ヶ月あたり約1万ドル(112万円)と言われており、抗がん剤治療による延命期間の平均は42日と言われています。
この10年間にFDAは50以上の抗がん剤を承認していますが、臨床試験で全生存期間の延長を証明して承認された薬は一部で、多く(74%)は奏功率(腫瘍の縮小率)や無増悪生存期間といった代用エンドポイント(surrogate endpoint)で効果を示して承認されています。
しかし、奏功率および無増悪生存期間と全生存期間との相関は低いことが明らかになっています。つまり、奏功率が高くても延命効果が無いことが多く、無増悪生存期間は延びても全生存期間は延びないことは多くあると言うことです。
腫瘍が一時的に縮小して、増悪しない期間が延長しても、抗がん剤の毒性による副作用によって、最終的には全生存期間は同じくらいという結果になっているということです。抗がん剤を使うと、一時的にはがん細胞の増殖は抑えられますが、薬剤耐性の悪性度の高いがん細胞が残るので、増殖しだすと抗がん剤を使わなかった場合より増殖が早いという理由もあります。
そして、FDAは製薬会社に承認後に生存期間の延長を証明する臨床試験を行うことを義務づけていないことが問題だと言っています
米国食品医薬品局(FDA)が承認した薬は間違いないというFDAへの信頼は抗がん剤に関しては間違いのようです。

【欧州医薬品庁(EMA)が承認した抗がん剤の半分以上は生存と生活の質の改善に有益性を示していない

以下はイギリスの新聞のthe Guardianのウェブ記事(10月5日)の日本語訳です。

タイトル:
『新しいがん治療薬の半分以上は生存と健康に何の利益も示さない』
Over half of new cancer drugs 'show no benefits' for survival or wellbeing

リード:
イギリス医学雑誌(British Medical Journal)に発表された研究によると、2009年から2013年に承認された48のがん治療薬のうち、57%はほとんど有益性が認められず、有益性が認められた場合でもそれは臨床的に意味の無いレベルであることが明らかになった。

本文:
最近市場に出回ったほとんどの抗がん剤は、患者の生存または幸福を促進するという証拠はほとんど出ていないことが、研究で明らかになった。
2009年から2013年にかけて、欧州医薬品庁(European Medicines Agency)は48種類のがん治療薬を承認し、68の異なる適応の治療薬として使用されている。
しかし、薬物に関連する臨床試験を調べたこの研究では、承認された68適応のほぼ3分の2は、生存期間を延長することを示す決定的証拠が承認時に得られていなかった。
生活の質(QOL)の改善が示されたわずか10%であった。 全体の57%の使用は、生存または生活の質の面で利点を示さなかった。
研究チームは、その状況が経過とともに改善するかどうかを調査した。
英国医学雑誌(British Medical Journal)に掲載された論文の共著者で、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの保健政策科の助教授のフセイン・ナシ(Huseyin Naci)氏は、「すでに市場で発売されている薬は、 患者の人生を改善したり延長することを示す証拠が実際に存在するのかどうかを知りたかったのです。」
研究チームは、薬が市販されて3〜8年のフォローアップ期間の後の解析で、承認された用途の49%が生存または生活の質の改善の明確な証拠が得られていないことを明らかにした。 生存期間の延長が示された場合でも、ほぼ半分は臨床的に無意味なレベルの延長であったと研究グループは述べている。
「われわれが非常に驚いたのは、臨床試験の主要な評価項目として全生存期間や生活の質を検討していないことです。その代わりに、生存利益を予測する可能性のある間接的なマーカー、例えばレントゲン検査や血液検査などで検討していました。 」とナシ氏は述べた。
さらに彼は、「いったん医薬品が市場に投入されると、製薬会社は長期的な臨床試験に投資して全生存期間の改善を実証することが求められています。 しかし残念なことに、これらの臨床試験は必ずしも実施されているわけではありません。」と述べた。
ナシ氏は、この事実は患者が憂慮すべきということを意味するわけではないと言っている。 「この事実を誰も警告していないことが非常に重要だと思う」と述べた。
オックスフォード大学のエビデンスに基づいた医療の専門家であるカール・ヘネガン(Carl Heneghan)教授は、生存に基づいた薬物評価の欠如が問題であると述べ、がん治療薬の評価にはより厳密なアプローチを求めた。
「なぜ、承認された薬の半数が、臨床的に意味のあるメリットを示す証拠を提示していないのに承認されたのか、理解に苦しむ」と語った。
しかし、がん研究所の個別化腫瘍学のウィネッテ・ファン・デル・グラフ(Winette van der Graaf)教授は、全生存期間以外の評価項目を検討している小規模な研究に基づいた意思決定は、新しい治療法が患者に迅速に提供されることを確実にする上で重要であると述べた。
「稀ながんに関する私の研究分野では、ここで求められている証拠のレベルは非常に入手困難であり、これらの患者は新しい治療法へのアクセスを非常に困難にするだろう」と彼女は述べている。 生存期間の延長を直接評価する大規模な臨床試験は莫大な費用と時間がかかることを付け加えた。
「理想的には、治験責任医師がバランスのとれた意思決定を行えるようにするために、治療失敗の早期のマーカーの測定も試みるべきです。」
英国がん研究(Cancer Research UK)の政策担当ディレクターのエマ・グリーンウッド(Emma Greenwood)は、英国国立医療技術評価機構(National Institute for Health and Care Excellence; NICE)がどの薬を患者に提供できるかを決定する重要な役割を果たした英国の状況をこの研究は必ずしも反映していないと警告した。
「この研究では、実生活の状況で薬がどのように働くかを理解するために、臨床試験のデータの上に、患者からの現実の証拠を使用することの重要性を強調しています。私たちはすでに英国における抗がん剤基金(the cancer drugs fund)を通じてこれが達成できるように動き始めています。抗がん剤基金では、患者は有望な新薬にアクセスすることができ、有効性に関するより多くのデータが収集されています。」

英国国立医療技術評価機構(National Institute for Health and Care Excellence;NICE)は医療技術の評価、臨床ガイドラインの作成、公衆衛生増進のためのガイドライン作成を行う英国の機関です。
医薬品を含む医療技術の評価に「費用対効果」を導入し、標準的な治療や処方を提言するガイダンスを発行しています。費用対効果が低い医療の使用を拒否することによって医療費の高騰を抑えています。
このNICEガイダンスが費用対効果などを理由に使用を制限した抗がん剤等を対象として助成する公的基金が「Cancer Drugs Fund(抗がん剤基金)」で、毎年数百億円の支払を行っています。このような仕組みで、有望な新しい抗がん剤への早期アクセスを実現しつつ、費用対効果が低い治療の使用を制限しているようです。
ただし現実問題として、承認された抗がん剤および適応のほぼ3分の2が、生存期間を延長することを示す決定的証拠が承認時に得られていなかったという事実が重要です。この記事の元になった論文が以下です。

Availability of evidence of benefits on overall survival and quality of life of cancer drugs approved by European Medicines Agency: retrospective cohort study of drug approvals 2009-13(欧州医薬品庁によって承認された抗がん剤の全生存期間および生活の質に関する有効性の証拠の入手可能性:2009年から20013年の薬物承認の後ろ向きコホート研究)BMJ. 2017; 359: j4530.

【要旨】
目的:欧州で承認されたがん治療薬の全生存期間および生活の質(QOL)に関するデータの入手可能性を明らかにする。
試験デザイン:後ろ向きコホート研究
設定:2009年から2013年までの欧州医薬品庁(EMA)によるがん治療薬の承認に関する公的に入手可能な規制および科学的報告書。
主なアウトカム指標:試験デザイン(無作為化、クロスオーバー、盲検化)、対照薬、エンドポイントに応じたがん治療薬の中心的試験および市販後臨床試験。 承認時および市販後に評価された全生存または生活の質に対する有効性の利用可能性および規模。 がん治療薬の報告された利益の臨床的価値を評価するために欧州臨床腫瘍学会の臨床効果尺度(European Society for Medical Oncology Magnitude of Clinical Benefit Scale;ESMO-MCBS)を使用。
結果:2009年から2013年の期間に欧州医薬品庁(EMA)が承認したがん治療薬は48製剤、68適応であった。このうち8適応(12%)は、治験薬だけの単群試験に基づいて承認されていた。
承認時点で生存期間の有意な延長が認められたのは、24/68適応(35%)で、その延長期間は1.0~5.8ヵ月(中央値2.7ヵ月)であった。また、承認時点でQOLの改善が認められたのは、7/68適応(10%)であった。
承認時点で全生存期間の延長の証拠がなかった44適応のうち、市販後の臨床試験で全生存期間延長のエビデンスが確認されたのは3適応(7%)、QOLに対する有益性が報告されたのは5適応(11%)であった。
また、欧州医薬品庁が承認した68適応について、承認後中央値で5.4年(3.3~8.1年)追跡した結果、全生存期間または生活の質(QOL)の有意な改善が示されたのは35適応(51%)に過ぎず、残りの33適応(49%)は不明なままであった。
また、生存期間に関して有益性が認められた23適応のうち、ESMO-MCBSスケールで臨床的に意味があると判定されたのは半数未満(11/23適応、48%)であった。
結論:2009〜13年の欧州医薬品庁(EMA)によって承認されたがん治療薬の体系的評価は、ほとんどの医薬品が生存または生活の質に関する利益の証拠なしに市場に参入したことを示している。市販後最低でも3.3年後に、これらの薬剤ががん患者の生存を延長したり生活の質を改善したという決定的な証拠はまだ無い。既存の治療法やプラセボに比べて生存期間の延長がみられた場合でも、それらは多くの場合極めて限界的であった。

この論文の結果はトップの図にまとめています。
この論文では2009年から2013年に欧州医薬品庁(European Medicines Agency)が承認したがん治療薬(48製剤、68適応)にうち、承認時に全生存期間の有意な延長が示されていたのは35%(24/68適応)で、その延長期間は1.0~5.8ヵ月(中央値2.7ヵ月)でした。
承認時点で全生存期間の延長が証明されていなかった44適応のうち、市販後の臨床試験で全生存期間の延長の証拠を確認されたのは3適応(7%)、QOLに対する有益性が確認されたのは5適応(11%)でした。
承認後中央値5.4年で臨床的に意味のある全生存期間の延長が確認されたのは半数だったということです。
無再発生存期間などの代用エンドポイントの結果で市販された薬で、市販後の追跡調査や臨床試験などで生存期間や生活の質の改善において有効性が証明されたものは極めて少数でした。
既存の治療薬やプラセボと比べて生存期間の延長を認めたものでも、そのメリットはわずかであり、臨床的に意味のある有効性は半数以下(11/23, 48%)でした。
つまり、欧州で最近承認された抗がん剤の約半数は何のメリットも示さないという結論です。臨床的に意味のある有効性が証明されたのは68適応のうち11適応(16%)ということです。
この論文の結論の最後の文章は以下のように記述されています。

臨床的に意味のある有益性がない高価な医薬品が承認され、公的資金で運用されている医療システムで支払われると、個々の患者に害が生じ、重要な社会資源が無駄になり、正当で適切な費用の医療の提供が損なわれる。
(When expensive drugs that lack clinically meaningful benefits are approved and paid for within publicly funded healthcare systems, individual patients can be harmed, important societal resources wasted, and the delivery of equitable and affordable care undermined.)

この論文に対してBritish Medical Journalの編集部は論説(Editorial)を載せています。以下はその抜粋です。

Editorials(論説):
Do cancer drugs improve survival or quality of life?(抗がん剤は生存率や生活の質を向上させるのか?)BMJ. 2017 Oct 4;359:j4528.   

私たちの壊れた(機能不全の)規制制度によれば、あなたは知る必要は無いのです。

抗がん剤の開発や承認後において、生存率や生活の質における有効性はいつ実証されるべきか?
一部の人々は、これらの有効性は市販される前にはっきりと証明すべきだと主張している。
私を含めて他の者は、治療法の選択肢の少ない末期がんを含むいくつかの適応症については、代替の指標(例えば、腫瘍縮小や無増悪生存)に基づいて仮に承認を受け、全生存期間や生活の質(QOL)の評価は市販後に行えば良いと考えている。
しかし、最近の2つの研究によると、これは正当化できないかもしれない。
2008年から2012年の間に米国食品医薬品局(FDA)が承認したがん治療薬のうち、生存率の向上または生活の質の改善の証拠が無いものが67%(36/54)であった。
十分な証拠がなく承認された36の抗がん剤のうち、市販されてからの中央値4.4年の経過ののちに、既存の薬やプラセボと比較して生存率の改善が認められたものは5つ(14%)に過ぎなかった

Davisらによる報告はこのような現実をさらに補強している。
すなわち、2009年から2013年にかけて欧州医薬品庁(European Medicines Agency)によって承認されたがん治療薬の研究では、57%(39/68)が 市販された時点で生存率や生活の質の改善を示す証拠が無かった。
市販後の中央値5.9年間の経過ののち、生存率や生活の質の改善が証明されたのは39個のうちの6個(15%)であった
さらに3つの事実が、現在の規制環境を特徴づけている。
第一に、薬物が生存期間を延長しても、その利益はしばしば僅かである
Fojoらの報告によれば、固形腫瘍に使用されている71の薬物による生存期間の延長の中央値はわずか2.1ヶ月であった。Davisらの報告も同様な結果であった。 生存率を改善した23の薬物のうち、11(48%)は、欧州腫瘍学会(the European Society of Medical Oncology)によって定められた「臨床的に意味のある利益」の定義に達しなかった。
第2に、がん治療薬のわずかな利益も、平均的な患者集団より若年で合併症の少ない患者において実施される試験で認められるだけである。 患者全体を対象にすると、抗がん剤のメリットとデメリットの微妙なバランスの中で、わずかな利益は完全に消滅する可能性がある。
最後に、薬物承認のために使用される代用評価法の多くは、生存との関連性が低い。 代用指標と生存との相関の強さはテストされていない。
これは、FDAの通常の承認経路と迅速承認ルートに当てはまる。 特に、通常のルートで承認された薬は、有効性と安全性を確認するための市販後の試験が十分に行われていない。
私たちはがん治療薬を迅速に承認しているが、患者の生存を改善する十分な証拠を得て市場に参入する抗がん剤はほとんど無い。 利益が認められた場合でも、その利益はわずかであるため、異なる病状の患者集団を対象にした場合、その利益は失われる可能性がある。
承認済みの抗がん剤の多くは、信頼性が不十分な代用エンドポイントに基づいており、市販後の研究では、患者中心のエンドポイントでこれらの薬剤の有効性および安全性が確認されることはめったに無い。
これに加えて、がん治療薬の費用の平均は年間100,000ドル(75,000ポンド、85,000ユーロ)を超えている。
結論は医薬品承認の規制制度が機能不全に陥っていると言える。
米国では、この壊れたシステムは、確実な毒性を有し、利益が不確実ながん治療薬に対して莫大な支出を行っていることを意味する。 米国のメディケアプログラムでは、FDAの承認を得た薬品の代金は、価格交渉なしに法的に支払う必要がある。
ヨーロッパでは、NICE(National Institute for Health and Care Excellence; 英国国立医療技術評価機構)のような機関は、高コストでわずかな利益しか提供しない償還薬を除外している。 彼らの意思決定は、政治的な精査と国民の批判を受け続けている。規制が緩やかなため、支払いをする者が絶えず監視する必要がある。
何ができるのか?
抗がん剤の承認には、患者中心の有効性を評価する厳格な無作為化臨床試験が行われるべきである。
非ランダム化試験や代用エンドポイントの使用は除外しないが、もし代用エンドポイントを使用した場合は、患者中心のエンドポイントを評価する市販後調査を開始し、完了させ、その結果を報告する必要がある。その患者レベルのデータは共有する必要がある。
医療技術評価プログラムは生存のモデル化された測定値を拒絶すべきである。
この生存のモデル化された測定値の使用を認めると、生存期間を評価する臨床試験を行わず、モデル化された試験に頼る動機(インセンティブ)を意図せずに与えるかもしれない。
がん治療薬の費用と毒性は、生存期間や生活の質の改善が合理的に期待できる場合にのみ許容できる。Davisらの研究では、この重要な評価基準にはるかに足りない可能性があることを示唆している。

この論説に「がん治療薬のわずかな利益も、平均的な患者集団より若年で合併症の少ない患者において実施される試験で認められるだけである。 患者全体を対象にすると、抗がん剤のメリットとデメリットの微妙なバランスの中で、わずかな利益は完全に消滅する可能性がある。」とあります。
これは「臨床試験の参加者は患者を代表していない」ということです。
『悪の製薬:製薬業界と新薬開発がわたしたちにしていること』ベン・ゴールドエイカー著(忠平美幸、増子久美 訳;青土社2015年)という書籍には規制機関と製薬業界の癒着、治験結果の改ざんと隠蔽、研究論文の捏造など製薬業界の闇の部分が詳述されています。
この書籍の第4章(あくどい臨床試験)に以下のような記述があります(抜粋)

サブタイトル:
異常なほど完璧な「理想的な」患者を対象として薬を検証する

臨床試験の患者のほとんどは、医者が日常的に診療する本物の患者とは大違いだ。このような「理想的な」患者は、治りやすく、薬の有益性や、高価な新薬の費用対効果を、実際より良く見せる役割を担うのだから。
現実の世界の患者は複雑である。様々な内科的疾患を抱えていたり、様々な種類の薬を服用していたりして、その全てが予測不能な影響を及ぼしあっている。
しかし、私たちが現実の環境で判断を下すときに頼みとする臨床試験の大多数は、患者の代表とは言えないような、異常なほど理想的な患者を使って薬を検証しているのだ。患者はたいがい若く、診断された病気は完全に一つで、それ以外に健康問題はほとんどない、といった具合。
症例を代表するとは言えないこのような患者で試験した結果は、本当に通常の患者に適用できるのか?
最終的に分かるのは、患者集団が異なれば、薬への反応も異なるということだ。
理想的な集団での試験は、治療薬の効果が誇張される場合があり、また、たとえばそこにはない効果を見いだすことにもなる。たまに、ひどく運が悪ければ、異なる集団で試したとき、リスクと効果のバランスが完全に逆転してしまうことさえある。

副作用の強い抗がん剤は年齢が若く体力がある人には、副作用によるデメリットよりがん縮小のメリットが勝る可能性はありますが、高齢だったり体力が低下している場合は、副作用のデメリットが勝る可能性が高くなります。したがって、理想的な患者集団で2ヶ月くらいの延命が証明されても、いろんな問題を抱えた患者全体を対象にすると、ほとんど意味のある効果は得られていないということです。

【無増悪生存期間と全生存期間の相関は低い】
新薬の承認を得るためには、臨床試験で有効性と安全性を証明する必要があります。有効性の証明において、抗がん剤の場合は、生存期間の延長生活の質(QOL)の改善が必要です。
しかし、生存期間の延長を確認するためには時間がかかるので、新薬の承認を迅速化するために、「生存期間の延長」を推測できる代用エンドポイントを使って評価し、この代用エンドポイントで有効性が証明されれば承認するということが行われています。
臨床試験によって治療の有効性を評価する項目をエンドポイント(endpoint)と言います。
抗がん剤の臨床試験で本来求めたいアウトカム(治療的介入による結果)は、死亡率の低下や生活の質(QOL)の向上などであり、これらの評価項目は、真のエンドポイント(true endpoint)と呼ばれます。
しかし、それらを治験の期間内で評価することは難しいため、一般には、短期間で評価できる代用エンドポイント(surrogate endpoint)が採用されます。
Surrogateは代理や代用や代替という意味です。
代用エンドポイントは、治療行為に対する評価を短期間で行うための評価項目です。それ自体では臨床上の利益とならなくても、治療上のアウトカムを合理的に予測しうる場合には、プライマリーエンドポイント(主要評価項目)として用いることができます。
がん治療薬の臨床試験の場合、死亡率の低下やQOLの向上が本来求めたいエンドポイント(真のエンドポイント)ですが、短期間で評価するために、奏功率(腫瘍の縮小率)や、増悪や再発が認められるまでの期間(無増悪再発期間、無再発生存期間)などが、代用エンドポイント(サロゲートエンドポイント)として使われています。
代用エンドポイントの結果で有効性が証明されても、真のエンドポイントである死亡率の低下(全生存期間の延長)が証明されている訳ではありません
前述のように、米国やヨーロッパで承認されたがん治療の新薬の半分くらいが代用エンドポイントの結果で承認されています。これは承認時に全存期間の延長や生活の質の改善が証明されていない抗がん剤が半分を占めることを意味します。
これが市販後に、生存や生活の質の改善が証明されれば問題はありませんが、実際は、代用エンドポイントの結果で承認された薬の多くが、生存や生活の質を改善するエビデンスが得られていないことが明らかになったと言うのが、前述の2つの論文の結論です。
2つともつい最近の論文なので、それまで「抗がん剤治療はメリットがある」と考えていた人々にとってはショッキングな話ではあります。
これは代用エンドポイントとして使用されている無増悪生存期間の延長が必ずしも全生存期間の延長を推定できないという原因が大きいようです。
無増悪生存期間と全生存期間の相関が低いことは多くの研究で指摘されています。以下のような報告があります。

The Strength of Association Between Surrogate End Points and Survival in Oncology: A Systematic Review of Trial-Level Meta-analyses.(腫瘍学における代用エンドポイントと生存の間の相関の強さ:臨床試験のメタ解析の系統的レビュー)JAMA Intern Med. 2015;175(8):1389-1398.

【要旨】
重要性:がん治療薬の臨床試験において代用エンドポインドがしばしば用いられ、この臨床試験の結果に基づいて米国食品医薬品局(FDA)は薬を承認し、全米総合がんネットワークガイドラインが作成される。したがって、代用エンドポイントと全生存期間との間に強い相関が存在することが重要である。
目的:臨床腫瘍学における代用エンドポイントと全生存期間との間の関連性を定量化する無作為化臨床試験のメタ解析を同定し、評価すること。代用エンドポイントを改善する治療法が真のエンドポイントである全生存期間を延長することを確かめることが代用エンドポイントを検証する最も強力な証拠になることが広く考えられている。
エビデンスの収集: 2014年12月26日にGoogle ScholarとMEDLINEを使って検索を行った。MEDLINEでは、(regressionまたは correlation)と surrogate とend point (またはendpoint)および(oncologyまたはcancer)で検索された。 Google scholarでは、(regressionまたはcorrelation)とsurrogate end point(またはendpoint)とoverall survivalとtrial levelで検索した。以前のレビューで特定された論文に加えて、さらに108件の抄録と62件の論文が解析された。
結果:我々は、36の論文から、代用エンドポイントと全生存期間との間の特異的相関を65件見いだした。 代用エンドポイントは、術前化学療法、術後化学療法、局所進行性および転移性の設定で検討されていた。 36の論文に含まれている最も一般的な情報源は、論文の系統的レビュー(10/36; 28%)と出版された論文と学会抄録(14/36;39%)であった。
4件のメタ解析(11%)は入手が容易な試験結果を使用しており、臨床試験登録を調査することで未公開試験の結果を解析に含めたメタ解析は5件(14%)のみであった。 これら5件の論文のうち、684件の試験のうちの352件(51.1%)を解析に含めた。 報告された相関の半分以上(34/65; 52%)が低強度(r≦0.7)であった。 約1/4(16/65; 25%)が中強度(r> 0.7〜r <0.85)であり、65例中15例(23%)が生存率と高い相関を示した(r≧0.85)。
結論と妥当性:がん領域の臨床試験における代用エンドポイントは全生存期間と低い相関しか認めなかった。がんの臨床試験における代用エンドポイントの使用を支持する証拠は限られている

無増悪生存期間と全生存期間の相関はがんの種類によっても異なるようです。

Use of meta-analysis for the validation of surrogate endpoints and biomarkers in cancer trials.(がんの臨床試験における代用のエンドポイントおよびバイオマーカーの検証のためのメタ解析の使用)Cancer J. 2009 Sep-Oct;15(5):421-5.

この論文の結論は、「無増悪生存期間(progression-free survival)は進行した結腸直腸がんと卵巣がんでは代用エンドポイントとして利用できるが、乳がんと前立腺がんでは代用エンドポイントとして使用できない」となっています。
転移のある乳がんでは、奏功率の高い抗がん剤治療のメリットが無いことが多く指摘されています
例えば、米国臨床腫瘍学会(ASCO)のホームページに記載されているChoosing Wisely campaign(「賢い選択を」キャンペーン)の「やってはいけない10のリスト」の7番目には以下のような記述があります。

転移性乳がんの患者に対して、腫瘍に関連する症状を緩和するために早急に腫瘍を縮小させる必要がある場合以外は、多剤併用の抗がん剤治療を行ってはいけない。
転移のある進行乳がん患者に複数の抗がん剤を使用すれば、単剤で治療した場合と比べて腫瘍の増大速度を多少は遅くできるかもしれないが、多剤併用の抗がん剤治療が生存期間を延長するエビデンスは無い
複数の抗がん剤を併用すると副作用が強くなるため、臨床的な利益はむしろ悪化する。

つまり、進行した乳がんの場合は、奏功率や無増悪生存期間の改善は全生存期間延長と関連しないことが多いようです
実際に、進行した乳がんの治療薬で無増悪生存期間を主要エンドポイントとして承認された抗がん剤では、全生存期間の延長が証明されていないものが多くあります。
ベバシズマブ(Bevacizumab;アバスチン)は無増悪生存期間の延長が認められて承認されましたが、全生存期間の延長が証明されなかったため、FDAは承認を取り消しています。(日本はまだ使っています)
2007年に転移性乳がんに対するベバシズマブとパクリタキセルとの併用で、無増悪生存期間の5.5カ月延長は臨床的に価値があるとみなされて承認されました。しかしその後の臨床試験試験では、無増悪生存期間も全生存期間もどちらも延長を示すデータが示されなかったため、FDAは転移性乳がんへの適応を2011年に取り消されています。
2012年にFDAはエベロリムス(Everolimus:アフィニトール)を転移性乳がんへの使用を承認しましたが、2014年に、臨床試験の追跡調査で生存期間の有意な延長が認められなかったことが明らかになっています。
2015年に新規CDK4/6阻害剤のpalbociclibが、転移性乳がん患者の無増悪生存期間の有意な延長が確認されたので、迅速承認されましたが、これも全生存期間を有意に延長する効果は証明されていません。しかし、この2つは市場に残っています。
無増悪生存を臨床試験のエンドポイントとして用いることの妥当性に関して激しい議論が行われています。
無増悪生存期間(progression-free survival:PFS)は、治療中および治療後に疾患の悪化なく生存する期間の長さのことです。一般的には、無増悪生存期間が延びれば、全生存期間も延びるはずですが、必ずしもそうで無いことが明らかになっています。
無増悪生存期間が統計的有意に延長したのに全生存期間は延長しない例は抗がん剤の臨床試験では多数確認されています
その理由は、抗がん剤には強い副作用があるので、がんが増殖を開始するまでの期間が延びても、副作用によって寿命が短縮するので、全生存期間は延びないことが多いのです。
あるいは、抗がん剤使用によって薬剤耐性の悪性度の高いがん細胞が生き残るので、一旦増殖しだすと、抗がん剤を使用しなかった場合より増殖速度が早くなる可能性もあります。
製薬企業のインセンティブは利益であり、利益を増やすには開発中の新薬をできるだけ早く市場に出す必要があります。特許には期限があるからです。時計の針は特許権の期限切れに向かって刻々と進んでいます。特許が切れれば莫大な利益は得られなくなります。
特許権の存続期間は原則として特許出願日から20年で、通常は臨床試験を開始する前に出願するので、臨床試験が終了して薬として認可される頃には特許は10年程度しか残っていません。したがって、臨床試験をできるだけ短縮する必要があります。
生存期間の延長を証明するのには時間がかかるので、奏功率(腫瘍の縮小)や無増悪生存期間が代用の指標として使用され、規制機関(FDA)も新薬を迅速に承認するために、代用エンドポイントで良いとしています
迅速な承認を求めて圧力をかけているいるのは製薬企業だけでなく、がん患者からの要求もあります。
したがって、FDAの新薬の承認数は年々増えているそうです。FDAの実績は、毎年にどれだけの薬を承認したかで評価されてきたと言われています。
そのような事情が重なって、生存期間を延ばせないのに、無増悪生存期間の延長を示して、多くの抗がん剤が承認されているという状況になっているようです。

【日本はメリットの少ない抗がん剤の使用が多い】

日本では、国民皆保険制度高額療養費制度などによって、1ヶ月に何百万円もする抗がん剤治療でも自己負担は数万円ですむので、気兼ねなく高額な新薬が使用されています。
医者も、新しく開発された高額な薬をどんどん使うのが患者のためだと考え、高額な抗がん剤を多く使うのが最善だと考えています。
抗がん剤に関しては「効く、効かない」という議論が最も重要ですが、「費用対効果」の観点からの議論も重要です。苦しい副作用を伴った数ヶ月の延命のために数百万円(場合によっては数千万円)の医療費を使うことが本当に意味あるのか疑問です。

医療の費用対効果を評価する指標にQALY(質調整生存率、Quality-adjusted Life Year)があります。これは「生活の質を調整した生存年」のことで「生活の質 x 生存年数」で決められます。生活の質についてはEQ-5Dという5項目からなる患者さんへのアンケート結果を数値化したものを使います。

生活の質を低下させずに1年間延命すれば1QALYになります。生活の質が半分になっても2年間延命すれば1QALYになります。
英国の保険制度では、QALY(生活の質を落とさずに1年間延命)あたり2万~3万ポンド(最近の為替レートで300~450万円程度)を目安にして、それ以上の高額な(費用対効果が悪い)医薬品は保険で償還しないというルールがあります。
例えば、抗がん治療で生活の質が半分になって6ヶ月の延命効果がある薬の場合、QALYは0.25であるため、この治療全体の薬剤費が7500ポンド(約112万円)を超えると保険で償還されないことになります。
このようなルールは患者さんが新薬の恩恵を得られないという問題がありますが、医療費高騰を避けるためには、仕方ないという考えです。

そのため、日本で普通に使われているような分子標的薬が、英国ではかなりの数の薬が保険償還が承認されていません。使いたければ自費で使うしかありません。
日本では医療費の高騰が問題になっていますが、国民皆保険制度と高額療養費制度があるために、日本では治療の費用対効果について医者も患者さんも真剣に考えないことが一番の原因のように思います。 

【製薬企業が無駄で過剰な診療を促進している】

「標準治療」や「保険診療」というと、有効性のエビデンス(証拠)が確立されている治療法だと多くの人は思います。しかし、がんや糖尿病やうつの治療など多くの医療分野において、本当にそうなのかと疑ってみる余地は大いにあります。

無駄な治療や過剰な治療(検査も含めて)の存在や、従来の薬と効果にあまり差がないのに高額な新薬を使う傾向があるなど、標準治療や保険診療には問題点が多くあります。

その最大の原因は、医療の世界が製薬産業に牛耳られているという構図にあります。
利益を求める製薬産業は、医師たちを学会ぐるみで取り込み、高額で過剰な医療に誘導しています。
 
日本における最近の全抗がん剤の売り上げは1兆円に近いと言われています。抗がん剤だけでなく、抗がん剤使用に伴う悪心(吐き気)や嘔吐や白血球減少などの副作用に対する薬も売り上げが増えています。がん患者は増えているので、がん治療のマーケットは増大しています。この成長市場で売り上げを伸ばそうと製薬会社は薬を巧みに売り込んでいます。
特許がある間に最大の利益を確保したい製薬企業は、臨床試験を短期間に完了するために治験結果の改ざんや隠蔽、研究論文の捏造も行います。販売を促進するために医者や学会を取り込みます。
医師や研究者や医療機関には、講演料や原稿料や治験の協力費などの名目で製薬業界から多額の資金が流れ込んでいます。製薬産業の言いなりになって、高額な医薬品を何の躊躇もなく使う傾向が強いのが日本のがん治療の現状です。

学会というのは、学術研究の進展•連絡などを目的として研究者を中心に運営される団体です。がんや糖尿病や精神疾患など専門家が集まって個々の学会が設立されます。学会は研究成果を発表し議論することによって、標準的な治療法を確立し広める最大の役割を担っています。
しかし、学会やそれに所属する医師たちは製薬企業に取り込まれて、製薬産業が意図する方向で標準治療を確立し、広めています。つまり、製薬産業の利権のために、医師が利用され、過剰診療が発生していると言われています。

このことは多くの医師が気づいていますが、その問題を口に出して言うのは少数です。医師も恩恵を被るので、状況を積極的に変えることはありません。最近になって、製薬企業と大学病院の医師たちの癒着による「論文捏造」の事件が明るみになって、製薬産業の利権追求がいかに医療を歪めているかが世間に知られるようになってきました。しかし、これは氷山の一角であり、多くの領域で過剰診療や高額な薬の無駄な使用が行われています。
例えば、健康診断での血圧や脂質の正常値は下がり続けています。正常値の基準を厳しくすれば、健康診断で異常と判断される人の数が増えます。その結果、再検査や治療が増え、医師や製薬会社は儲けることができます。
医師が治療を提供する際に患者の利益を優先していると多くの患者は信じているかもしれません。しかし少なくとも、製薬企業は利益を追求しています。学会や医師が製薬企業の思惑に従っている現状が問題です。

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