138)漢方薬のアダプトゲン作用

図:体に対して毒性が無く、様々なストレスに対する非特異的な抵抗力を高め、生体機能の異常を正常化する効果をもった物質を「アダプトゲン」という。アダプトゲン作用ももった生薬として高麗人参・黄耆・霊芝・五味子・冬虫夏草・紅景天・エゾウコギ(刺五加)などがあり、これらはがんの漢方治療で使用される頻度が高い。

138)漢方薬のアダプトゲン作用

【アダプトゲンとは】
アダプトゲン(adaptogen)という言葉は、中国医学(漢方)やアーユルヴェーダなどの伝統医療や、ハーブや薬草を使う自然療法において、様々なストレスに対する体の適応能力や抵抗力を高める効果がある薬草や薬草由来成分を指す用語として使用されています。
「adapt」というのは「適応(順応)させる;適応(順応)する」という意味で、「-gen」は「を生じるもの;生じたもの」という意味です。したがって、アダプトゲン(adaptogen)というのは「
適応促進薬」とか「環境適応源」という意味合いになり、「体の適応能力を高める物質」のことを指す用語です。
体には、過労などの身体的な負担、不安や心配事などの精神的な負担、感染症や外傷や有害物質などの生体に害を及ぼす外因など、様々なストレスが加わっており、これらのストレスに適応できなくなると病気を発症します。
したがって、これらの様々なストレスに対する適応力や抵抗能力を高めることは、多くの病気の予防や治療に有効です。
アダプトゲンのような薬効や概念は中国医学では4000年以上前から認識されていました。すなわち、生体エネルギーである「気」を高める「
補気薬」は、体力や免疫力や治癒力を高めて、病気に対する適応能力や抵抗力を高めて、病気を治す目的で使用されています。
補気薬の代表が高麗人参と黄耆です。
様々なストレスに対する適応能力や抵抗力を高める薬という概念が近代医学で認識されるようになったのは1940年代です。当時のロシアでは、体内で「非特異的抵抗性」を生じさせる物質の研究が始まりました。その理由の一つは、シベリアのような極寒の地で軍隊の力を高めるために、兵士の運動能力や適応能力を高める方法が研究されたためです。
1947年にNikolai Lazarevは、「
身体的、化学的、生物学的な様々なストレスに対する体の抵抗力を高める物質」をadaptogenと定義しました。
1958年には、ロシアの薬理学者
ブレクマン(Israel I. Brekhman)教授は、adaptogenが満たす条件として、
1)
生体にとって無害である、2)各種の要因(物理的、化学的、生物学的な要因など)による生体ストレスに対する適応能力や抵抗力を高める、3)異常を起こした体を正常化させる、の3点を挙げています。
すなわち、アダプトゲンというのは、体力や抵抗力を高める滋養強壮効果があり、内分泌系や免疫系の働きを正常化あるいは高め、体に備わった恒常性維持機能を活性化する効果をもったものと言えます。そして、体に備わった治癒力や恒常性維持機能を高めることによって体調の不良や病気を治すことができます。
このような都合の良い効能を一つの物質に求めることは困難であり、複数の成分を含有する薬草や生薬などから見つかっています。
アダプトゲン作用のある生薬はハーブとして、高麗人参、黄耆、霊芝、党参、エゾウコギ(シベリア人参)、五味子、冬虫夏草、何首烏、紅景天、ラジオラ・ロゼア、マカなどが報告されています。

【がん治療におけるアダプトゲン作用をもつ生薬の役割】
がん治療においては、手術や抗がん剤や放射線などの治療によって多大な身体的ダメージを受け、さらに、不安や心配などによる精神的ストレスの負担が増えるので、心身の適応能力や抵抗力を高めるアダプトゲンは役に立ちます。
がんの漢方治療で使用される機会の多いアダプトゲン効果の強い生薬として以下のようなものがあります。

1)
高麗人参(こうらいにんじん)
高麗人参(Panax ginseng)やアメリカ人参やシベリア人参などのウコギ科に属する植物は、薬用植物の中でも最も古くから尊重されてきました。
中国では4000年以上も前から、高麗人参を病気の治療に盛んに用いています。
虚弱体質の胃腸疾患に用いられる漢方製剤には人参が配合されたものが多く、消化吸収機能を賦活化し、種々のストレスに対する生体の非特異的抵抗性を強くする効果があります。
強壮、精神安定、精神賦活作用、老化防止あるいは延命効果など健康保持の目的に使用されています。
運動能力や精神活動を高めることは、1950年代から60年代に行なわれたブレクマン教授らの実験で証明されています。すなわち、ニンジンエキスを投与した兵士は、プラセボ(偽薬)を投与された兵士よりも早く走り、ニンジンエキスを投与された通信士は、プラセボを投与された通信士よりも、有意に早く文章を伝え、しかも間違いが少なかったという結果が出されています。
マウスを遊泳させて溺れるまでの時間を測定して耐久性を比較する実験では、ニンジンエキスの投与によって疲労するまでの時間が用量依存的に明らかな増加を示しました。ある研究では、運動の30分前にニンジンを投与したマウスでは、プラセボ群と比べて疲労するまでの時間が183%長かったという結果が得られています。
学名のPanaxは、ギリシャ語のPan(すべて)+akos(治療)からきていて、万能薬という意味です。洋の東西を問わず、古来からの多くの書物に、極めて多くの効能が並べられています。
主要成分はニンジンサポニンであるジンセノサイド(ginsenoside)類をはじめ、セスキテルペンなどの精油成分、多糖体、アミノ酸、ヌクレオシドなどです。
薬理学的研究においても、抗ストレス・抗疲労作用、男性ホルモン増強作用、代謝促進作用、放射線障害回復促進作用、免疫賦活作用、細胞寿命延長作用、抗腫瘍作用など多くの作用が報告されています。
各種の悪性腫瘍によって引き起こされる貧血・気力減退・食欲不振・手術などによる身体衰弱や栄養状態の改善にも有効です。
化学療法による造血組織障害を防止し、免疫機能低下を抑制し、がん細胞の増殖や転移を抑制する効果も報告されています。
放射線による副作用を軽減する効果も報告されています。

2)
黄耆(おうぎ)
黄耆(おうぎ:Radix Astragali)はマメ科のキバナオウギおよびナイモウオウギの根で、病気全般に対する抵抗力を高める効果があり、高麗人参と並んで補気薬の代表です。
皮膚の毛細血管拡張作用があり、体表の新陳代謝や血液循環を促進し、皮膚の栄養状態を改善し、皮膚の創傷や潰瘍の治癒を促進する効果もあります。細胞の代謝機能を増強し、再生肝におけるDNA合成を促進するなどの作用も報告されています。
多糖類成分にインターフェロン誘起作用など免疫機能増強作用が報告されており、抗がん剤治療と併用して、副作用を軽減し、抗腫瘍効果を高めることが多くの臨床試験で確かめられています。
高麗人参と黄耆を含む方剤を参耆剤(じんぎざい)といい体力や免疫力を高める漢方処方の基本となっています。

3)
霊芝(れいし)
霊芝(れいし)は中国各地や日本に分布するサルノコシカケ科の担子菌類のマンネンタケ(Ganoderma lucidum)などの子実体(胞子形成のためにつくる傘状の部分)です。クヌギなどの広葉樹の根部に生え、傘は腎臓形または半円形をしており、紫褐色で漆状の光沢があり、木質状の硬いキノコです。
約2千年前に中国でまとめられた薬物学書「神農本草経」には「
命を養う延命の霊薬」として記載されており、それ以来、様々な薬効が信じられ、多くの病気の治療に用いられてきました。
かつては入手困難なために非常に高価でしたが、近年は日本や中国や韓国などで人工栽培されるようになって、健康食品や民間薬として広く利用されています。
薬理作用として血圧降下、利尿、血流改善、抗菌、精神安定、肝保護作用などが報告され、体力低下や胃腸虚弱、呼吸器疾患や肝疾患など多くの病気の治療に使用されています。
霊芝の効能を裏付けようとさまざまな基礎研究が世界で行われており、培養細胞や実験動物を用いた研究では免疫増強作用や抗がん作用などが報告されています。抗がん剤や放射線治療の副作用を緩和し、生存率を高めるという動物実験の報告もあります。
キノコに含まれる
ベータ・グルカンという多糖成分には、マクロファージやリンパ球やナチュラルキラー細胞の活性を高め、インターフェロンガンマなどの抗腫瘍性のサイトカインの産生を高めることによって、がん組織を縮小させることが、多くの動物実験などで示されています。
さらに、霊芝に含まれる
トリテルペノイドにはがん細胞のシグナル伝達に作用して、増殖の抑制や細胞死(アポトーシス)誘導などの効果があることが報告されています。がん細胞の増殖を促進する核内転写因子のNF-κBの活性を阻害する作用なども報告されています

4)
五味子(ごみし)
五味子(ごみし)(Schisandrae Fructus)はマツブサ科のチョウセンゴミシ(Schisandra chinesis)の成熟果実を乾燥したものです。
神農本草経の上品に収載される生薬で、口が渇く・水分を欲する・元気がない・疲れやすい・咳や喘息・腰や膝がだるく無力などの症状に用いられ、漢方薬の中でも重要な生薬の一つです。
「乾いた果実をなめると塩からく、果肉を食べると酸っぱい味があって甘く、種子を噛み砕くと苦くて辛い味がする。」と著されるように、塩 からさ,酸っぱさ,甘さ,苦さ,辛さの5種類の味を備えていることから「五味子」と名付けられました。
五味子は咳を鎮める効果があり、喘息,風邪、その他多くの呼吸器疾患に使用され、小青竜湯や清肺湯などに配合されています。また、滋養強壮の効果も有し、不眠や胃腸虚弱を改善するため、人参養栄湯や清暑益気湯などにも配合されています。
体力や持久力を高め、疲労の回復を促進する効果も知られており、健康茶としても利用されています。運動能力や精神活動を高める効果も報告されています。
動物実験では、様々な肝臓毒から肝臓を保護し、肝臓機能を高め、肝細胞の再生を促進することが示されています。1980年代、五味子の肝機能改善や肝細胞保護作用、肝炎の治療に対する効果が盛んに研究されました。その結果、五味子の活性成分であるシザンドリン(Schizandrin)やゴミシンA(gomisin A)には、肝細胞障害を防ぎ、肝細胞の再生や修復を促進し、正常の肝細胞の機能を促進する効果が確かめられました。
以上のことから、がん治療においても、抗がん剤や手術や放射線治療に伴う体力低下や肝臓障害の予防や回復の促進に効果が期待できます。さらに最近の研究では、五味子の成分のシザンドリンに、がん細胞の抗がん剤に対する抵抗性(多剤耐性)を減弱させる効果があることを、米国のスタンフォード大学医学部の内科の腫瘍部門の研究グループが報告しています。(Cancer ChemotherPharmacol. 62: 1015-1026, 2008)

5)
冬虫夏草(とうちゅうかそう)
ガの幼虫に生えたキノコの一種です。このキノコはバッカクキン科のフユムシタツクサタケ(冬虫夏草菌)と呼ばれる菌類で、とくにコウモリガ科の昆虫の幼虫に寄生します。養分を昆虫などから得て寄生生活をし、とりついた昆虫などの体内で、菌糸の固まりである菌核をかたちづくり、やがて虫の体を突き破って、キノコ(子実体)を生じます。学名をCordyceps sinensisといいます。
日本では、1993年の世界陸上大会での中国女子中距離選手(いわゆる「馬軍団」)の大活躍がきっかけに話題となり、冬虫夏草の驚くべき効果が広く一般に知られるようになりました。免疫力を高め、造血作用や血流改善作用によって体力を増強し、疲労回復の促進などの効果が知られており、動物実験などで抗腫瘍効果も多く報告されています。
ラットに冬虫夏草の水エキスを、体重1kgあたり200mg服用させるとクッパ‐細胞(肝臓にいるマクロファージの一種)の貪食能を高めることや、肺がん細胞やメラノーマ細胞を植え付けたマウスの実験でがん細胞の肝臓への転移を抑制することなどの結果が報告されています。
放射線治療による骨髄や消化管のダメージを緩和する効果も報告されています。マウスに致死量の全身放射線照射を行う動物実験で、冬虫夏草の熱水抽出エキスを経口投与すると、放射線照射による骨髄や消化管粘膜のダメージを軽減し、死亡するまでの日数を延長させる効果があることが報告されています。(Radiat. Res. 166:900-907, 2006)
また、冬虫夏草の熱水抽出エキスが培養したがん細胞にアポトーシス(プログラム細胞死)を誘導することが報告されており、がん細胞にアポトーシスを引き起こす成分も冬虫夏草から多数見つかっています。

6)
紅景天(こうけいてん)
中国吉林省長白山周辺の2000m付近の高山に分布しているベンケイソウ科の紅景天(Rhodiola sachalinensis)の根茎を用います。
滋養強壮、抗疲労、身体耐久力向上、生殖機能改善、鎮静、抗炎症、抗酸化、免疫増強などの効果が報告されていて、最近では、抗老化作用や抗がん作用が注目されています。
同じロジオラ科でロシアのシベリア山岳高地で採取される
ロジオラ・ロゼアは強力なアダプトゲン作用から北の人参(Nordic Ginseng)と呼ばれ、紅景天と同様の滋養強壮や抗老化、抗がん作用が報告されています。
紅景天もロジオラ・ロゼアも、激しい自然環境(極寒、低酸素、少雨、強い太陽光線)に順応し、進化してきた植物で、自らを防御するために植物が生産した成分が、人間にもアダプトゲン作用を示すと考えられています。

7)
エゾウコギ(刺五加、シベリアニンジン)
北海道、朝鮮半島、中国北部、シベリアに分布するウコギ科の落葉低木のエゾウコギ(刺五加:Acanthopanax senticosus)の根および根茎です。シベリアニンジンとも呼ばれます。
アダプトゲンの研究を精力的に行なったロシアのブレクマン教授は高麗人参を使ってアダプトゲンの研究に着手しました。ヒトを対象として試験で高麗人参のアダプトゲン作用が確認されると、ブレクマン教授は高麗人参の代用品を探し始めました、その当時、高麗人参は高価で入手が困難だったからです。ロシア原産のウコギ科の植物の研究が実施され、その結果、シベリアニンジンには、ストレスや疲労や疾患に対する非特異的抵抗力を向上させるアダプトゲン作用が確認されました。
1960年代、旧ソ連の保健省はエゾウコギの根の液状エキスを強壮薬として認可し、高麗人参よりも強壮効果が高いと発表しています。

上記のようなアダプトゲン作用をもった生薬も単独で用いると薬効に偏りがあり、効果も十分に発揮できません
。複数のアダプトゲンを組み合わせた漢方薬は、アダプトゲン効果を高めることができます
健康増進や抗老化の目的では、アダプトゲンの組み合わせだけでも十分に目的を達成できます。しかし、がん治療の場合は、さらに効果を高めるために工夫が必要です。
すなわち、
がんの進行状況や症状に応じて、胃腸の状態を良くする健脾薬、血液循環を良くする駆お血薬、炎症やがん細胞の増殖を抑える作用や解毒機能を高める作用をもつ清熱解毒薬などを併用すると、さらに症状や体調の改善効果が高まり、抵抗力と抗がん作用を増強することができます
(文責:福田一典)

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