61) 細胞保護作用をもつ柴胡剤

図:ミシマサイコ(三島柴胡)は、山野に自生するセリ科の多年草で、夏から秋に小さな黄色の花が多数咲く。「ミシマ」は静岡県の三島地方で産出していたことに由来する。根が薬用に使用され、抗炎症作用や細胞保護作用が知られている。

61) 細胞保護作用をもつ柴胡剤

【柴胡(サイコ)とは】
サイコ(柴胡;Bupleuri Radix)はセリ科のミシマサイコ(Bupleurum falcatum)の根です。ミシマサイコの名前は、静岡県の三島に集荷されていた伊豆地方の柴胡の品質が優れていたためにそう呼ばれるようになりました。
サイコに含まれる
サイコサポニンには、解熱、抗炎症、抗アレルギー、肝障害改善、抗潰瘍、抗ストレス作用などの効能があることが報告されています。柴胡が主体の漢方薬を柴胡剤と言います。
漢方では、遷延化した慢性炎症や感染症に用いられ、長引いた風邪やウイルス性肝炎などに使用される
小柴胡湯(しょうさいことう)が有名です。また、抑うつ・緊張状態を緩解してストレスを緩和し、自律神経系を調整して諸機能を円滑にする目的でも用います。更年期障害で使用される加味逍遥散(かみしょうようさん)や小児の神経症に用いる抑肝散(よくかんさん)などは、サイコの抗ストレス作用や自律神経調節作用が利用されています。

【柴苓湯とは】
柴苓湯(さいれいとう)は柴胡,黄ごん,半夏,人参,甘草,大棗,生姜,桂皮,猪苓,茯苓,沢瀉,蒼朮の12種類の生薬からなる漢方薬です。
この12種類の生薬は、抗炎症作用があって遷延した感染症に使用される
小柴胡湯(しょうさいことう)に含まれる柴胡,黄ごん,半夏,人参,甘草,大棗,生姜と、利水作用のよってむくみを軽減する効果がある五苓散(ごれいさん)に含まれる桂皮,猪苓,茯苓,沢瀉,蒼朮を組み合わせたものです。
つまり、小柴胡湯と五苓散の合方で、重複するものがないので、2つの漢方薬がそのまま加えられた形になっています。
柴苓湯は慢性肝炎や腎臓病の浮腫に使用されます。また、柴苓湯にはステロイド作用増強効果があり、ステロイド依存性の多くの疾患で、ステロイドの減量を目的として頻用されています。
例えば、リュウマチ患者に対して、関節腫脹の改善や、ステロイド剤の副作用としての浮腫を軽減する目的で柴苓湯の投与が行われています。また、腎炎やネフローゼ症候群では副腎皮質ホルモン剤と本方を併用することによって、副腎皮質ホルモン剤の減量に成功したり、再燃を減少させることがあることが報告されています。

【柴苓湯と抗がん剤との併用】
抗がん剤は正常細胞を障害して、腎臓や肝臓や消化管などの臓器障害を引き起こすことがあります。
このような副作用に対して細胞保護作用や抗炎症作用を有する柴胡(さいこ)を含む漢方薬の有効性が報告されています
腎炎やネフロ-ゼ症候群などの腎疾患に使われる
柴苓湯(さいれいとう)が、シスプラチンの腎障害に対して予防・改善効果があることが報告されています。シスプラチンは腫瘍の縮小効果の高い抗がん剤ですが、腎障害や吐き気などの副作用によって使用が制限されることがあります。
一方、柴苓湯には抗炎症作用・活性酸素の消去や生成抑制などの抗酸化作用・細胞膜の安定化などによる細胞保護作用・血小板凝集の抑制・腎血流改善・利尿作用などの薬理作用が報告されており、薬剤による腎障害を予防・改善する効果が動物実験で示されています。
そこでシスプラチンの腎臓障害に対する柴苓湯の効果が臨床例で検討されました。その結果、柴苓湯がシスプラチンの腎障害を改善することが証明され、嘔気や嘔吐などの消化器症状に対しても有効という報告がなされています。
柴苓湯の使用目標(証)である悪心・嘔吐・尿量減少・浮腫・蛋白尿・食欲不振は、シスプラチンの副作用症状と類似しています
もともと柴苓湯はむくみを伴う炎症性疾患に応用され、腎炎、慢性肝炎、潰瘍性大腸炎、滲出性中耳炎、慢性関節リュウマチなどの治療に効果が報告されています。
抗がん剤の副作用緩和の目的での使用は、腎臓や肝臓の細胞障害を保護する作用がヒントになって試されていますが、実際に使用して効果があるようです。

抗がん剤の種類によって発生する副作用の症状は異なりますが、それぞれの症状に合わせた漢方薬を用いると個々の抗がん剤の副作用に対して有効に対処できる例は他にもあります。例えば、パクリタキセル(商品名:タキソール)の副作用の関節痛・筋肉痛・しびれに、関節痛や筋肉痛に使用される
芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)や桂枝加朮附湯(けいしかじゅつぶとう)や、しびれに使う牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)の有用性も報告されています。(58話参照)

このように、証(症状)に合わせた漢方治療が抗がん剤の副作用症状の改善に役立つことがありますが、
細胞保護作用をもった西洋薬がないので、柴苓湯のような細胞保護作用をもった漢方薬は抗がん剤の副作用緩和の治療に有用だと思います。(文責:福田一典)


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