113)開腹手術後の腸閉塞を予防する大建中湯

図:大建中湯は人参・山椒・乾姜・膠飴から構成され、消化管の運動を調節することによって、腹部手術後の腸閉塞(イレウス)の予防や治療に有効であることが報告されている。


113)開腹手術後の腸閉塞を予防する大建中湯


【手術後の腸閉塞(イレウス)とは】
腸閉塞[英語ではileus(イレウス)]とは、腸管の内容物が通過障害を起こした状態です。
いろいろな原因で起こりますが、がんの場合は、大腸がんによる腸管内からの閉塞や、卵巣がんやがん性腹膜炎による外部からの圧迫によって起こります。さらに胃腸の切除など腹部臓器の手術後には、
腸管の癒着による通過障害や、腸管の運動麻痺が原因となって起こります。
がんによる閉塞や癒着によって起こる腸閉塞を
機械的イレウスといい、閉塞の原因を外科的に取り除く(がんの切除、癒着の剥離)かバイパス手術や人工肛門などによって通過障害を解決する必要があります。
腸管の運動麻痺によって起こる腸閉塞は
機能的イレウスと言い、麻痺した腸管の運動を刺激する薬を使って治療します。
がんの手術では広範囲の腸管の切除やリンパ節の廓清が行われるため、癒着による機械的な腸閉塞や、神経のダメージによる麻痺性の腸閉塞が起こりやすいのが特徴です。
開腹手術後の麻痺性イレウスの治療に漢方薬の
大建中湯(だいけんちゅうとう)が有効であることが報告されています。
癒着による腸閉塞の場合でも、保存的治療(イレウスチューブ挿入による排液・排ガスなど)に大建中湯を併用すると、
腹部膨満や吐き気などの症状の改善や、手術の必要性を減らし、腸閉塞の再発を予防できることが報告されています


【大建中湯とは】
大建中湯(だいけんちゅうとう)人参(にんじん)・山椒(さんしょう)・乾姜(かんきょう)・膠飴(こうい)より構成されます。
人参はウコギ科のオタネニンジンの根で、体力や抵抗力を高める補気薬の代表で、様々な臓器の働きを高めます。胃腸の運動や消化吸収機能を良くし、胃腸虚弱や消化不良を治す効果があります。
山椒はミカン科のサンショウの成熟果皮です。芳香性健胃薬・整腸薬として用い、辛味成分のサンショオールなどが腸管を刺激して働きを活発にし、腹部のガス停滞やそれに伴う腹痛を改善します。。
乾姜はショウガ科のショウガの根茎を湯通しし、もしくは蒸してから乾燥したものです。体を暖める作用が強く、身体の機能低下と低体温を回復させ、冷えによる各種の症状を改善します。腹部の冷えによる腹痛や下痢を改善します。
膠飴はイネ科の粳米、小麦の種子に麦芽を加えて糖化させた飴です。成分としてマルトース(麦芽糖)やデキストリンなどが含まれます。胃腸虚弱や冷えに伴う腹痛を緩和する効果があります。
このような腹部の冷えや胃腸虚弱を良くする生薬の組み合わせによって作られる大建中湯は、
体力が低下して、手足や腹部が冷え、腹痛や腹部膨満感や吐き気や嘔吐を訴える状態に古くから使用されています
このような症状は腸閉塞の症状とも似ているため、外科手術後のイレウスなどに使ってみると、実際に効果があることが確かめられました。


【手術後の腸管運動に対する大建中湯の効果】
大建中湯の特徴は、腸蠕動が過度に亢進している場合には腸管運動を抑え、腸がマヒしている場合には蠕動運動を刺激するというように、腸管運動のバランスを良くすることによってイレウスを治す点です。このため、腸管運動の低下による麻痺性イレウスでも、癒着によって腸蠕動が亢進している場合(癒着性単純性イレウス)でも効果があります。
癒着性イレウスに対する保存的治療の場合に大建中湯を投与すると、腹部膨満感や吐き気や嘔吐の症状が改善したという報告や、手術への移行率が低かったという報告があります。
腹部の手術を行うと手術後数日間は腸の運動が麻痺しています。この時、聴診器で腹部を聴診しても腸が動いている時に聞こえるグル音は聞こえません。グル音の大きさで腸の動きの回復程度を知ることができ、ガス(おなら)が出ると腸の動きは大丈夫だと判断され、食事を開始する判断基準の一つになります。
この手術後の排ガス出現時期を指標に大建中湯の効果を検討すると、
大建中湯の投与によって腹部手術後の排ガス出現時期が早まる結果が得られています。その結果、腹部手術による入院日数も短縮できることが報告されています。
腸閉塞を繰り返すような患者が大建中湯の服用によって腸閉塞の再発が防げる効果が報告されています
回復手術後に腸を早く動かして腸閉塞を予防する目的で大建中湯の予防的投与も多くの病院で行われています。術後早期からの大建中湯の服用によって食事の再開が早まるという報告もあります。
開腹手術後に腸閉塞をきたした24例を対象に、大建中湯(TJ-100)を14日間1日15g投与したグループと、偽薬(プラセボ)を投与したグループに分けたランダム化比較試験がおこなわれています。大建中湯を投与されたグループはプラセボ群に比べて、腸閉塞を治療するために行われる手術の頻度が減少したという結果が得られています。(J Int Med Res. 30: 428-432, 2002)
大建中湯が開腹手術後の腸閉塞の発生や再発を予防し、手術の必要性を減らす効果があることが、その他の多くの研究者から報告されています。
腸閉塞の治療や予防効果だけでなく、腸を刺激して便秘を改善する効果もがん患者において有用です。大建中湯は小児科や精神科領域では便秘の治療に広く使用されています。
がん性疼痛の治療に使う
モルヒネは便秘の副作用が高い頻度で発生します。この頑固な便秘に対して酸化マグネシウムのような塩類下剤では効果が弱く、アローゼンや大黄などの刺激性下剤の投与では、長期連用により耐性や大腸に組織障害や機能障害を生じる可能性があります。
大建中湯はモルヒネにより生じた消化管運動障害を、鎮痛作用を阻害せずに改善することが、マウスを使った動物実験で確認されています
症例報告ですが、子宮頚がんの放射線治療による
放射線腸炎によって起こった腹部膨満・下痢・便秘・テネスムスなどの消化器症状が大建中湯で改善したという報告があります。
人参、山椒、乾姜はいずれも胃腸の運動を促進する効果があることが知られていますが、そのメカニズムはそれぞれ多彩です。平滑筋を刺激してアセチルコリンの分泌を促す作用、腸に分布する末梢神経を刺激する作用、消化管運動を促進する消化管ホルモンの分泌を促進する作用などが報告されています。腸管の血流を良くする効果も報告されています。
このような複数のメカニズムによる消化管運動の刺激が、腸閉塞に対する大建中湯の効果のメカニズムと考えられます。 
以上のように、
がん患者の手術や放射線治療や緩和治療において、消化管運動の異常によって起こる便秘や吐き気や腹痛に対して、大建中湯あるいはそれに使われる人参・山椒・乾姜・膠飴などを加えた煎じ薬は有効だと思います
(文責:福田一典)


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