169)代替医療のトリック

図:「Trick or Treatment?(邦訳タイトル:代替医療のトリック)」という本は、厳密な臨床試験の結果を元に代替医療を検証し、多くの代替医療の効果はプラセボ効果と同等か、場合によっては危険であることを述べて、多くの代替医療を否定する内容である。代替医療を「ただ信じる」のではなく「有効性を示す科学的根拠がいかに大切か」「プラセボ効果だけでは代替医療の意味が無い」ことを論理的に解説していて非常にためになる

169)代替医療のトリック

英国のノンフィクション作家のサイモン・シン(Simon Singh)と英エクスター大学の代替医療分野の教授のエツアート・エルンスト(Edzart Ernst)が2008年に出版した「Trick or Treatment? 」という本が日本語に翻訳され新潮出版から「代替医療のトリック」(訳:青木薫)というタイトルで今年1月に出版されました。
この本では、多種多様な代替医療に科学の目を向けて、その有効性を検証しています。
代替医療」というのは、先進国の大学の医学部で教育され世界的に広く認められている通常医療(標準治療)以外の医療を指します。漢方薬や鍼灸治療のような伝統医学や、様々な民間療法、ホメオパシー、カイロプラクティック、アロマテラピー、霊的療法、サプリメントなどを使った医療で、それらは数え上げれば100以上は簡単にリストアップできるくらい様々な治療法があります。
しかし、代替医療に含まれる治療法は玉石混淆であり、全く効果がないものや、ほとんどいかさまのようなものもあります。病気を良くするどころか悪化させるものもあります。科学的根拠があるものは少数であり、科学的(あるいは常識的)に納得(あるいは理解)できないものも多いのが実情です。
この本の中では代替医療を、「
主流派の医師の大半が受け入れていない治療法」と定義しています。
多くの代替医療を、最も質の高い臨床試験であるランダム化二重盲検試験の結果をもとに考察し、「
代替医療の基礎となるメカニズムは現代医学の知識では捉えられない」「科学の観点からすると、代替医療は生物学的に効果があるとはかんがえにくい」と結論しています。

たとえば、鍼治療は、世界保健機関(WHO)のレポートなどで、多くの疾患に対して有効性が認められることが報告されていますが、最近の臨床試験などをもとに鍼治療については以下のようにまとめています。
「鍼治療については、いくつかのタイプの痛みや吐き気には効果があるという、わずかな科学的根拠が得られているのみ。それらの症状に効いた場合でも、効き目は長く続かない。通常医療の治療と比べて費用がかかり、効果は小さいとみて間違いない。この治療法の主な効果はおそらく、痛みや吐き気に対するプラセボ効果である。それ以外のすべての病気に対して、鍼はプラセボを上まわる効果はない」と述べています。


プラセボ(プラシーボ, placebo)というのは「偽薬」という意味で、偽の薬であっても薬を飲んだという暗示によって治癒効果が現われることを「プラセボ効果」といいます。
プラセボ効果は、薬に対する期待感や、治療を受ける安心感、医師に対する信頼感などによって高くなり、さらに値段が高いほどプラセボ効果が高くなることも報告されています。(109話参照
プラセボ効果だけでも30%とか40%もの人の症状が改善することが知られています。このようなプラセボ効果の存在は心理効果や暗示作用が、体の治癒力に強く影響することを意味しているのです。

ホメオパシー(Homeopathy)は同種療法や同毒療法などと訳されます。ある症状を持つ人に、もし健康な人間に与えたらその症状と似た症状を起こす物質を、極めて薄く希釈して与えることによって、症状を軽減したり治したりする治療法です。ホメオパシーにつかう液体(レメディ)には理論的には有効成分が入っていないことは明白で、ホメオパシーが有効であるという根拠は科学的に証明されていません。全く効果のない偽医療という批判がある一方、イギリス、ドイツ、フランスでは健康保険の適用が認められている治療法です。
この本の著者らは、ホメオパシーについては、多くのページを割いて考察していますが、その結論は以下のようになっています。
「これまでに何百件という臨床試験が行われてきたが、どの病気に対しても、ホメオパシーを支持するような、有意の、ないし説得力のある科学的根拠はひとつも得られていない。逆に、ホメオパシー・レメディには全く効果がないことを示す科学的根拠なら多数ある。普通、ホメオパシー・レメディには有効成分の分子は一個も含まれていないことを思えば、効果がなくとも驚くにはあたらない。」最後には、「いかさま療法と言われてもしかたが無いだろう」と言っています。

ハーブ治療については、ホメオパシーとは違ってハーブには実際に有効成分が含まれ、現代医薬も薬草の成分から見つかったものが多いので、その薬効については、かなり認めています。臨床試験で有効性が示されたものもありますが、有効性が証明されなかったものがある点と、副作用に関する問題点を言及しています。ハーブを使ったサプリメントに関して、誇大に宣伝されていることを指摘しています。

伝統中国医学(Traditional Chinese Medicine)に関しては短く触れています。「中国伝統医学で用いられる個々の薬草の一部に薬理学的効果があることは間違いない。しかし一方で一部の薬草には毒性があり、他の処方薬と相互作用するものもある。このように中国伝統医学は評価が難しい。伝統中国医学の治療法の中には、なんらかの病気に有効なものもあるが、プラセボ以上の効果は認めないものもある。」とまとめています。
この本の著者らは、多くの代替医療の有効性を否定していますが、ハーブ治療や伝統中国医学に関しては、ある程度の効果を認めています。しかし、著者らの立場上、問題点を多くあげています。
ハーブと伝統中国医学に関しては、他の薬との相互作用や副作用の問題と、誇大に評価されている点を指摘しています。
この問題は、漢方治療を専門に行っている医師は十分に認識していて、この本で紹介されている内容も、一般的に言われていることです。イギリス人の著者らは漢方についてはあまり情報をもっていないのかもしれません。一部の生薬や薬草の毒性や他の医薬品との相互作用は、十分な知識と経験をもった医師や薬剤師の指導のもとに治療をすれば、問題は解決できます。

この本の冒頭では、「
科学は知識を生み、意見は無知を生む」というヒポクラテスの言葉を紹介し、「治療法が効くかどうかを判断するためには、意見ではなく科学を用いるべきだ」という点を強調しています。
ヒポクラテスは約2400年前のギリシャの医者で、原始的な医学から迷信や呪術を切り離し、科学的な医学を発展させ、その業績から「医学の父」、「医聖」とよばれています。
「科学は、真実について客観的なコンセンサスを得るために、実験や観察を行い、実地に試し、意見を戦わせ、真剣に話し合う。一度結論に達してからでさえ、もしや間違いがありはしないかと、自分が言ったことまでもほじくり返して調べ直す。
それとは対象的に、意見は主観的で対立し、正しいか間違っているかのよらず、もっとも宣伝のうまい者の意見が広まることになりがちだ。」と著者らは述べています。
著者らが強調するように、代替医療の世界では、科学的根拠よりも、宣伝が優先される傾向にあります。それが通用するのは、患者さんを含めた国民全体が、医学知識や科学的手法やトリックに無知で、なにも批判せずに人の意見を簡単に受け入れているからかもしれません。
代替医療は、賢く利用すれば、標準治療を補完し代替となることができることは確かです。しかし、
代替医療を選ぶときは、いつも批判的な態度でいることも大切です。
そのような観点から、この「代替医療のトリック」という本は非常に重要なことを教えてくれます。
(文責:福田一典)

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