田園都市の風景から

筑後地方を中心とした情報や、昭和時代の生活の記憶、その時々に思うことなどを綴っていきます。

吉野ヶ里 ウォーキングと蕎麦畑

2022年11月22日 | 吉野ヶ里

 10月も終わろうとする頃、吉野ヶ里歴史公園へ出かけました。この日は入園無料の日。秋の空気が爽やかで、ウォーキングには絶好の日和でした。東口ゲートから橋を渡って古代の世界へ足を踏み入れます。いつもの風景にいつもの写真です。

 吉野ヶ里は南北に長い丘陵地。まずは北の方へ歩き始めます。物見櫓がある南内郭そばを通り過ぎます。ここは支配者層が居住していたエリアです。

 北内郭を通り抜けます。ここには吉野ヶ里最大の建築物があり柵列も二重で、当時まつりごとが行われていた神聖な場所と考えられています。

 さらに歩くと北墳丘墓や祀堂があります。このあたりから北の方は吉野ヶ里遺跡の墓域になります。

 北墳丘墓には秋の空が広がっていました。

 北墳丘墓のすぐ近く。5月に紹介した発掘作業が行われていました。この日は一般公開しているようです。試掘では甕棺が出土していました。今月の報道によると、弥生から時代は下って、奈良時代ころの棹秤のおもりである青銅製の「権」が出土したそうです。発掘は2年かけて行われます。

 さらに北へ歩きます。

 数百メートルにわたる甕棺墓列。土饅頭が並んでいて、一部は開口状態で再現されています。ここから西へ大回りして遺跡の南へ戻ります。

 遺跡の外には赤蕎麦の畑が広がっています。

 蕎麦畑の広場では野外イベントが行われていました。

 

 以前来た時、赤い蕎麦の品種は高嶺ルビーだと聞きました

 蕎麦の花は観賞用ではありませんが、なかなかお洒落です。

 さらに南へ。広大な遊びの広場が見えます。私は外周の林の小道を歩きます。

 公園の西は遊びのゾーンなので家族連れが多いですね。

 森林浴とはいきませんが、こういう林を歩くのは気持ちがよい。

 大型遊具があるエリアです。野外炊事が出来る場所もあります。以前は孫たちを連れて時どき来ていました。すぐ横には原っぱが広がっています。

 遊びの原から東を遠望します。遺跡ゾーンの柵列が南北に延びています。

 遺跡ゾーンへ戻る途中。田んぼでは米の収穫が終わっていました。

 遺跡ゾーンの南へと戻ってきました。

 園路から横道に入って南のムラへ。ここには庶民が住んでいたと考えられています。

 ここは白い蕎麦畑です。以前は収穫体験が出来ましたが、今年はどうでしょうか。

 逆茂木が並ぶ環壕を抜けて現代へと戻ります。この日は1万歩以上の距離を歩きました。

 東口のメインゲートを出て帰途につきます。帰りの混雑を心配しましたが、車はスムーズに流れていました。

 秋も深まり、日課のようにあちこちを歩いています。といっても年相応の距離です。庭の草取りや木の剪定などの仕事もあるのですが、そちらは冬の声を聞いてからぼちぼち取り掛かろうかと思っています。この週末は校区振興会の頼まれ仕事もあるのでやれやれです。

 

 

 

 

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