野口和彦(県女)のブログへようこそ

研究や教育等の記事を書いています。掲載内容は個人的見解であり、群馬県立女子大学の立場や意見を代表するものではありません。

アメリカの外交政策とリアリズム(更新)

2022年11月15日 | 研究活動
政治学者のスティーヴン・ウォルト氏(ハーバード大学)が、興味深いエッセーをアメリカの外交専門誌『フォーリン・ポリシー』に寄稿している。タイトルは「リアリストの世界だったなら、どうなっていただろうか」である。リアリストとは、国際関係をパワーと利益から読み解く学派の人たちの総称だ。そのリアリストの1人であるウォルト氏は、「リアリズムの予測は冷戦後の米国外交政策を支配してきたリベラルやネオコンの主張より明らかにマシだ」というのである。

NATO拡大への後悔
第1に、ロシアのウクライナ侵攻は起こらなかった可能性がある。なぜなら、リアリストがワシントンの外交政策立案者であったならば、NATOを東方に拡大しないので、ロシアとアメリカや西欧諸国の関係、ひいてはロシアとウクライナの関係は異なっていただろうからだ。今では忘れられがちだが、冷戦後、ロシアとヨーロッパ諸国は「平和のためのパートナーシップ」により協調的に共存していた。

アメリカ外交の賢人とうたわれたジョージ・ケナン氏が、NATO拡大はロシアとの関係を決定的に悪化させるので反対であり、「致命的な間違いだ」と強く主張していたのは有名である。ジョン・ミアシャイマー氏(シカゴ大学)も、ウクライナ危機が悪化する以前から、NATO拡大とウクライナへの軍事支援の行き着く先は、ウクライナにとって「いばらの道」になると反対していた。

NATO拡大を進めたビル・クリントン元大統領は、雑誌『アトランティック』でのインタビューで、「我々がロシアを無視し、敬意を払わず、孤立させようとしたという考えは間違いだ。確かに、NATOはロシアの反対にもかかわらず拡大したのだが、拡大はアメリカとロシアの関係以上ものだった」とやや言い訳がましく述懐した。クリントン政権の国防長官だったウィリアム・ペリー氏は、最近、アメリカは過ちを素直に認めるべきだと言っている。クリントン政権時に職を辞す覚悟でNATO拡大に反対したペリー氏は、アメリカがロシアを追い詰めたことは失策であり、ロシアのウクライナ侵攻の遠因になったと自戒を込めて告白している。少し長くなるが、彼の悔恨を以下に引用したい。

「私たちは、平和のためのパートナーシップと呼ばれる NATO プログラムを通じて、すべての東ヨーロッパ諸国との共同プログラムを開始した。平和のためのパートナーシップにより、ロシアやその他の東ヨーロッパ諸国は、NATO のメンバーになることなく、NATO と協力することができた…しかし、多くの東ヨーロッパ諸国が実際の NATO 加盟を熱望していたため、クリントン政権は NATO の拡大に関する議論を開始した。ロシアは提案された境界の変更に反対を表明したが、その見解は無視された。その結果、ロシアはNATOとの協力的なプログラムから撤退し始めたのだ…NATO の拡大に対するロシアの強い見解を無視したことは、西側諸国がロシアの懸念を真剣に受け止めていないという一般的なロシアの信念を強化した。実際、西側諸国の多くは、ロシアを冷戦の敗者としてしか見ておらず、私たちの尊敬に値しないと考えていたのだ」。

にもかかわらず、クリントン政権でNATO東方拡大が決定されたのは、東欧にルーツを持つ「民主主義の擁護者」といわれたマドレーン・オルブライト国務長官の影響が強かったと言われている。リベラル派の彼女は、NATOによるユーゴ空爆を主導するとともに、この軍事同盟の拡大に尽力したのだ。当時、NATOの東方拡大はロシアを刺激するという一定の懸念がアメリカ議会に存在していた。こうした懸念に対して、彼女は、東ヨーロッパ諸国がNATOに加盟しなければ、これらの国家は軍事力を強化したりロシアに対抗する軍事的取り決めが結んだりして、かえってロシアとの緊張を高めることになると主張した。したがって、オルブライト氏の論理では、NATOを東方に拡大したほうが、ヨーロッパは安定するのみならず、ロシアを脅かさずに済むということになる。こうした彼女の主張はワシントンで勝利を収めた結果、NATOは東方に拡大したのである。しかしながら、そもそもロシアの前身であるソ連を仮想敵とするNATOがロシアに向かって拡大すれば、ロシアが必然的に脅威に感じるのは自明ではないだろうか。NATO研究者の金子譲氏は、オルブライト氏の「NATOは軍事同盟であって、社交クラブではない」という発言を引きながら、NATO東方拡大により「冷戦の終焉やCFE条約の調印によって減退した筈のNATOとの緊張が高まることも必至であった」と当時の論文で述べており、卓見といえるだろう。

NATO拡大とロシアのウクライナ侵攻の因果関係については、それを肯定するリアリストと否定するリベラルとの間で、今後も研究と論争が続くことだろう。ここではウクライナ危機が先鋭化した2014年の「マイダン革命」を取材した『ガーディアン』誌の当時の記事を紹介したい。

「ウクライナにおいて…レーガン時代以降初めて、アメリカは世界を戦争に巻き込むと脅している。東欧とバルカン半島がNATOの軍事拠点となり、ロシアと国境を接する最後の『緩衝国家』であるウクライナは、アメリカとEU(ヨーロッパ共同体)により放たれたファシストの力により引き裂かれようとしている」。

アメリカ政府が親露派のヤヌコビッチ大統領の失脚にどのように関与していたのか、詳細はいまだに明らかにされていないが、これがプーチン大統領を「クリミア併合」へと駆り立てた可能性は否定できないだろう。その後、紆余曲折を経て、ロシアはウクライナが西側に取り込まれることを「レッド・ライン(超えてはならない1線)」とみなし、NATO拡大を阻むためにウクライナに侵攻したとリアリストや一部のロシア研究者は主張している(下斗米伸夫『プーチン戦争の論理』集英社、2022年、55頁)。

不要だったイラク戦争とアフガニスタン戦争
第2に、リアリストはアメリカによるイラク侵攻に「不必要な戦争」であるとして反対であった。その主な理由は、サダム・フセインのイラクは湾岸地域で覇権を打ち立てるほどの力はないので封じ込められること、イラクへの軍事侵攻と強引な民主化はアメリカの国益ではないことだ。しかしながら、「軍事力を行使してでもアメリカのように世界を変える」と意気込む「ネオコン」が中枢を占めるブッシュ政権は、イラク戦争を始めた。その結果は、約200兆円の戦争関連の費用約27-30万人の死者と今も続く政情不安だ。

第3に、アメリカはアフガニスタンに深入りすることはなかった。9.11同時多発テロのインパクトを考えると、アメリカはアルカイダを匿ったタリバン政権への何らの「報復措置」を発動しただろうが、死者約24万人、約231兆円を費やすアフガンの平定作戦を20年間も続けることには、間違いなくならなかっただろう。全てがアフガニスタン戦争に起因するわけではないが、アフガニスタンの状況は戦争前より悪化している。アフガニスタン人の苦境を戦前と戦後で比較すると、食糧不足は62%から92%、5歳以下の栄養不良は9%から50%、貧困率は80%から97%にいずれも増えている。

悪化したリビアの人道危機
第4に、リビア人道危機の悲劇も起きなかっただろう。オバマ政権が「人道的介入」の名のもとに軍事介入した結果の惨状は、アラン・クーパーマン氏(テキサス大学)が、このように批判している。

「NATOが軍事介入するまでには、リビア内戦はすでに終わりに近づいていた。しかし、軍事介入で流れは大きく変化した。カダフィ政権が倒れた後も紛争が続き、少なくとも1万人近くが犠牲になった。今から考えれば、オバマ政権のリビア介入は惨めな失敗だった。民主化が進展しなかっただけでなく、リビアは破綻国家と化してしまった。暴力による犠牲者数、人権侵害の件数は数倍に増えた。テロとの戦いを容易にするのではなく、いまやリビアは、アルカイダやイスラム国(ISISの)関連組織の聖域と化している」と。

こうした反実仮想から言えることは、冷戦後のアメリカの歴代政権の外交政策は、リベラル派の介入主義に立脚しており、リアリストの政策提言を受け入れていれば失うことのなかった人命を犠牲にして、世界をますます危険にしたということだ。

リアリストの和平提案
ロシア・ウクライナ戦争でも、ワシントンやキーウはリアリストの助言に耳を貸そうとしていない(時々、ベルリンやパリから、リアリストのような提案が聞かれるが、大きな発言力にはなっていない)。この戦争でリアリストは一貫して和平交渉による戦争の終結を主張している。元国務長官のヘンリー・キッシンジャー氏は、「時のムード」に流され、欧州におけるロシアのパワーの地位を忘れることは西側にとって「致命的」だ。ロシアは4世紀以上「欧州の本質的部分」であったし「長期的関係を見失ってはならない」と、スイスのダボス会議で警告した。

アンドリュー・ラーサム氏(マカレスター大学)は「取引をする時だ。プーチンに『退路』(孫子)を提供して、彼が(長期にわたり禍根を残すような)ロシアの屈辱感を増幅させることなく戦争を終わらせるよう導くのである」と主張している。

こうしたリアリストの処方箋は、よくウクライナを無視した大国重視の非道徳的な意見だと批判されるが、そうではない。ケネス・ウォルツ氏が指摘するように「大国に焦点をあてるということは、小国を見落とすことではない。小国の命運をについてしるためには、大国に注目することが必要なの」だ(『国際政治の理論』勁草書房、2010年〔原著1979年〕、95頁)。




こうした和平の提案は、ウクライナの土地を犠牲にして、ロシアに利益を与える非道徳的なものだと批判されがちだ。確かに、ウクライナにとっては、ロシアがクリミアを含む全占領地から撤退することが最良の結果だろう。ゼレンスキー大統領は11月18日、ロシアとの「停戦協定」案は事態を悪化させるだけであり、「ロシアは今、力を取り戻すための休息として停戦を求めている。このような休息は事態を悪化させるだけだ。真の永続的な平和は、ロシアの侵略を完全打破することによってのみ実現する」と訴えている。

しかしながら、ウクライナのロシアに対する完全勝利には疑問符がついている。アメリカの軍のトップである、マーク―・ミリー統合参謀本部議長は、11月16日、ロシア軍をクリミアなどを含むウクライナ全土から撤退させることを意味する「ウクライナの軍事的勝利が近く起きる確率は高くない」と述べている。同時に、彼は「ロシアが撤退するという政治的解決策が存在する可能性はある」とも示唆している。

多方面から批判されているミアシャイマー氏ほど、ウクライナの独立と主権の維持を気にしていた政治学者はいないだろう。「ウクライナはロシアが牙をむいてきたときの保険として核兵器を放棄すべきでない」との彼の助言は、その時は孤立無援の主張だったが、今ではウクライナ政府関係者から、これに同意する後悔の発言が聞かれている。

戦争長期化の無視できないコスト
戦争が長期化すれば、ウクライナのみならず支援国にも悪影響を及ぼす。第1に、戦争の予期せぬエスカレーションは、ウクライナや西側に甚大な損害を与えるだろう。前出のミリー氏は、ロシア軍とウクライナ軍の死傷者が、既に、それぞれ約10万人に達しているとの推計を示している。さらに、ウクライナ難民は1500-3000万人、民間人の死者は4万人とも言われている。ミリー氏は、第一次世界大戦では早い段階で交渉が拒否されたため人的被害が拡大し、死傷者がさらに増えたことを前提として、「交渉の機会が訪れ、和平の実現が可能なら機会をつかむべきだ」と主張している。

戦略や戦争の研究で必ずと言ってよいほど引用される、クラウゼヴィッツの「戦争の霧」にも注意が必要である。すなわち、「戦争は不確実性を本領とする。軍事的行動の基礎を成すところのものの四分の三は、多かれ少なかれ不確実性という煙霧に包まれている」のだ(『戦争論(上)』岩波書店、1968年〔原著1832年〕、91-92頁)。ロシア軍からのミサイルを迎撃するために発射されたウクライナ軍のミサイルが、誤ってポーランドに落下してしまい、複数の民間人の犠牲者がでた。この事故が示唆することは重大である。ラジャン・メノン氏(ニューヨーク市立大学)とダン・デペリス氏は、こう警鐘を鳴らしている。

「ポーランドで起きたことは、戦争とは本質的に予測不可能なものであり、戦争を起こす側が想定しているよりも、はるかに制御が困難であることを私たちに思い起こさせる。戦争はエスカレートし、銃が発射されたときには戦闘地域でなかった場所にも広がり、想像を絶する経済的影響をもたらすことがある。戦争が長引けば長引くほど、『予期せぬ結果』の法則が働く可能性が高くなる。ウクライナでの戦争は、これを完璧に物語っている」。

要するに、ロシアとNATO諸国が衝突を望んでいなくても、意図せざる結果として「第三次世界大戦」は起こり得るのだ。最悪の結果は、ウクライナでの戦争が核兵器の応酬に発展することである。これはウクライナだけでなく世界全体にとっても不幸である。

第2に、戦争の長期化はウクライナのロシアに対するバーゲニングの立場を悪化させる恐れがあるす。そうなると、ウクライナは今よりも不利な条件で停戦や終戦に応じざるを得なくなるかもしれない。こうした懸念は、『ワシントン・ポスト』誌のコラムニストであるカトリーナ・ヒュベル氏の主張に表れている。彼女は「外交にチャンスを与える時だろう…アメリカやNATOはウクライナ側に立っているが、支援の継続は無制限ではない。ロシアに対する制裁措置はヨーロッパに残酷な不況をもたらすことになった。生活費の高騰を理由にした怒りのデモが欧州各地で起きており、国民の反発が強まっている」と、西側のウクライナ支援の持続性に懸念を示している。

ウクライナへ最大のサポートをしているアメリカの支援総額は、既にとてつもないレベルに達している。アメリカのウクライナ支援の総額は1,055億ドル(約16兆円)に達する見込みであり、現在の支出率(月68億ドル≒1兆円)では、来年の5月頃までしか持たない。その時点で、戦争が終結するか、膠着状態で決着しない限り、米政権は追加資金を要求する必要があるだろうということだ。アメリカは世界第一位の経済大国であるが、これほど高額な援助をウクライナにどれほどの期間にわたり提供できるかは、350兆円もの財政赤字を抱え、今後インフレに悩まされるだろうことを考慮すれば、不透明なところがある。

手本とすべきヨーロッパ協調
多くのリアリストがモデルにする平和のメカニズムは、19世紀前半のヨーロッパ協調である。この時期は近代国際政治において、相対的に最も平和であった。これに尽力したカースルレーやメッテルニヒは、自分たちが絶対的な平和を求めると他国の平和を脅かしてしまうパラドックスをよく理解していた。かれらは、ヒトラーのナチス・ドイツと同等の平和の破壊者とされるナポレオンのフランスに対して、徹底的に罰して弱体化するのではなく、「寛大な」和平を結んで、大国協調システムに組み込むという外交的な離れ業を成し遂げたのだ。



近代国際システムにおいて、最も平和の時期を構築した「ヨーロッパ協調」は、キッシンジャー氏が強調する「正統性」のある国際秩序であった。彼の以下の警句は、ロシア・ウクライナ戦争の終わり方を考えるうえで、参考にすべき含意があるといえる。

「どんな国際問題の解決の場も、ある国が、自分自身に対して抱いている姿と、他の諸国が、その国に対して抱いている姿とを調整する過程を意味する…一国にとっての絶対的な安全は、他のすべての国にとっては、絶対的な不安を意味するがゆえに、そのような安全は”正統性”にもとづいた解決の一つとしては達成できない…すべての主要大国によって受け入れられている枠組みをもつ秩序というものは”正統性”があるのである。一国でもその枠組みを抑圧的と考えるような秩序は”革命的”秩序なのである…結局、フランスが、ヨーロッパ問題に参加することになったのである。なぜならば、ヨーロッパ問題はフランス抜きにしては解決できないからだった」『回復された世界平和』268ー274頁)。

ロシア・ウクライナ戦争は、いつか終了する。欧米やウクライナが絶対的な安全保障を追求すれば、ロシアを戦略的に不安にする。ロシアに屈辱的な講和を押しつければ、それは将来にプーチンより過激なポピュリスト政治指導者の台頭を促しかねない。そうなるとヨーロッパは長い将来にわたり、戦争の危険が常に付きまとう不安定な状態が続くことになる。その危険を最も深刻に受けるのがウクライナであることは、言うまでもないだろう。くわえて、ロシアという「大国」が消滅しない限り、ヨーロッパの安全保障がロシア抜きにしては解決できない現実は、どれほどロシアを嫌悪しようとも事実として残るのだ。

第一次世界大戦の和平でドイツに戦争責任を押し付けて、同国を徹底的に弱体化するとともに多額の賠償金を科すベルサイユ条約を受け入れさせたことは、ドイツ国民に屈辱感を与え、過激なヒトラー政権を誕生させる温床になったとよくいわれる。パリ講和会議の一員であった経済学者のジョン・メイナード・ケインズ氏は、こうした懲罰的講和はドイツの遺恨を招くと反対した。しかし、彼の警告は無視された。もちろん、ドイツにおけるヒトラーの台頭は単純にベルサイユ講和には結びつけられないとの反論もある。歴史学の大家であるマーガレット・マクミラン氏(オックスフォード大学)は、ケインズ氏の主張を批判して、「ヒトラーが権力を掌握すると、ドイツは公然と賠償金をキャンセルした…大恐慌がなかったら、(ドイツの)侵略そして戦争への地滑りは起こらなかったかもしれない。悪い歴史…が教える教訓は、あまりに単純であるか、単に間違っているかのどちらかである…私たちは、ヒトラーとナチスがヨーロッパの最も強力な国家の一つを掌握しなかったら、世界がどれほど違っていたかをということを自問するだけでいい」と注意を促している(『誘惑する歴史—誤用・濫用・利用の実例—』えにし書房、2014年〔原著2009年〕、39ー40頁)

このように第一次世界大戦の講和を唯一の歴史の教訓とするわけにはいかないが、ただ1つだけ確実にいえることは、ウクライナ戦争後のヨーロッパの平和は、ロシア抜きでは構築できないということである。それでは、リアリストが考えるロシア・ウクライナ戦争の「和平」とは、どのようなものであろうか。再度、ウォルト氏の主張を引用して、この記事を締めくくりたい。

「この戦争は、主人公たちが当初の目的をすべて達成することはできず、理想的とはいえない結果を受け入れなければならないことを理解するまで、コストがかさむ膠着状態に陥る可能性が高い。ロシアは、ウクライナを従順な衛星国にすることはできないし、モスクワを中心とした『ユーラシア帝国』も手に入れられないだろう。ウクライナはクリミアを取り戻すことも、NATOに完全加盟をすることもできないだろう。アメリカは、他の国家をNATOに加盟させることをいつかは諦めなければならないだろう。しかし、真の策略は、当事者が永続的に共存し、機会を見て覆そうとしないような解決を考案することだろう。これは非常に困難な課題であり、賢明な人々が、そのような合意がどのようなものであるかをより早く理解し始めれば、もっとよいだろう」。

※このブログ記事は、『毎日新聞』政治プレミアに掲載された「リベラルではなくリアリストならウクライナ戦争は防げた」に加筆したものである。

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What Strategy Should We Use to Contain China?

2022年11月09日 | 研究活動
A Professor of International Relations at Gunma Prefectural Women’s University
NOGUCHI, Kazuhiko

In recent strategic studies, China is now the main actor. Rising China has grown into a superpower that threatens the position of the United States. After the end of the Cold War and the collapse of the Soviet Union, the United States became the sole superpower in the international system. For the first time since the birth of modern nation-states, a unipolar system emerged. However, the unipolar system did not last long. As China became more powerful as an emerging superpower, the world is shifting back to a bipolar system, just as it did during the Cold War. How should the United States and Japan deal with China in this period of international structural change?

In addressing these problems of grand strategies, a number of important research books have been published to serve as references. The main books among them are The Strategy of Denial (Yale University Press, 2021) by Mr. Elbridge Colby, former Deputy Assistant Secretary of Defense in the Trump administration; Getting China Wrong (Polity, 2022) by Dr. Aaron Friedberg (Princeton University); Danger Zone (W. W. Norton, 2022) by Dr. Hal Brands (Johns Hopkins University) and Dr. Michael Beckley (Tufts University). The last book will be published next month in a Japanese translation by strategist/geopolitical researcher Dr. Masashi Okuyama.

A "Denial Strategy" to Prevent China's Regional Hegemony
Colby's "denial Strategy" advocates forming an anti-China coalition to prevent China from establishing regional hegemony in Asia. The United States plays the main role in this balancing coalition because China's expansion in the Western Pacific would surely threaten the vital national interests of the United States, thus it has a good strategic reason to counter China. This is almost the same as the containment policy recommendations for China advocated by realists such as Dr. John Mearsheimer (University of Chicago) and Dr. Stephen Walt (Harvard University).



Mearsheimer points out the usefulness of a strategy to contain China as follows.

"The optimal strategy for dealing with a rising China is containment. It calls for the United States to concentrate on keeping Beijing from using its military forces to conquer territory and more generally expand its influence in Asia. Toward that end, American policymakers would seek to form a balancing coalitions with as many of China's neighbors as possible...Containment is essentially a defensive strategy, since it does not call for starting wars against China. In fact, containment is an alternative to war with a rising China" (Tragedy of Great Power Politics, W. W. Norton, 2014, pp. 384-385).

Walt also argues that.

"The United States would maintain a significant military presence in Asia (primary air and naval forces) and continue to build cooperative security partnerships with its current Asian allies...maintaining the U.S. military presence in Asia also lays the foundation for a future effort to contain China, in the event that China's rising power eventually leads to a more ambitious attempt to establish a hegemonic positions in East Asia...the United States has no need to occupy or dominate these regions; it just needs to ensure that no other state (China) is able to do so (in Asia)" (Taming American Power, W. W. Norton, 2005, pp. 241-242).

Thus, containment is a strategy to deny the opportunity for China to establish regional hegemony. Please note that containment is a defensive strategy. It prevents China from making its territorial conquests in Asia a fait accompli; it does not intervene in China's domestic politics to overthrow the Communist regime or to democratize the country. In Colby's view, if China annexes Taiwan, it could then easily bring the Philippines under its control and isolate Japan. If this were to happen, China would expand its power in the Western Pacific and threaten the security of the U.S., so the invasion of Taiwan should be prevented as a springboard for such an expansion. To this end, Colby argues that the best strategy is for the U.S., Japan, Australia, and other Asian countries to cooperate in reminding China that an invasion of Taiwan would be too costly and to use a strategy of denial deterrence to prevent a war from starting.

Failure of Engagement Strategies with China
Friedberg's book, Getting China Wrong, argues how successive U.S. administrations in the post-Cold War era have been wrong in their engagement policies in the hope that China would democratize. He concludes, like the realists, that by favoring China, the U.S. has turned it into a huge rival country that threatens its own national interests, contrary to its expectations.



In his words, "Instead of a liberal and cooperative partner, China has become an increasingly wealthy and powerful competitor, repressive at home and aggressive abroad... successive US administrations sought to promote 'engagement' : ever-deepening commercial, diplomatic, scientific, educational, and cultural ties between China and West … By welcoming Beijing into the US-dominated, post-Cold War international system, American policy-makers hoped to persuade China's leaders that their interests lay in preserving the existing order... Finally, far from becoming a satisfied supporter of the international status quo, Beijing is now pursuing openly revisionist aims...engagement failed because its architects and advocates got China wrong" (Getting China Wrong, pp. 1-3).

The criticism by Mearsheimer is also harsh, as follows. Namely, "Engagement may have been the worst strategic blunder any country has made in recent history: there is no comparable example of a great power actively fostering the rise of a peer competitor. And it is now too late to do much about it."

In short, the U.S. engagement policy toward China has been a disaster that has helped China grow into a powerful revisionist power. To correct this mistake and get China right in the future, he argues, we must adopt a policy of containing a rising China, pulling Russia away from China, and imposing costs on its aggressive behavior. "The old Washington consensus in favor of engagement has finally broken down, giving rise to 'growing calls ...to contain China'...The immediate task confronting US and allied strategists is therefore to sore up the regional military balance, bolstering deterrence and reducing the likelihood that, even in a crisis, China's leaders could reasonably conclude that they stood to gain by using of force" (Getting China Wrong, pp. 147, 187).

Perhaps the significant difference between Colby's and Friedberg's analyses is that the former looks exclusively to China's moves toward regional hegemony as the source of the U.S.-China conflict, while the latter adds "the CCP's Leninist"(Getting China Wrong, pp. 174) to its ambition.

The "Danger Zone" Strategy.
Brands and Beckley, The Danger Zone, presents a somewhat different view of China than the two books mentioned above. That is, China's power is at its peak now and will decline in the future due to demographic changes and other factors. Since a declining superpower increases the motivation for "preventive war," the coming decade or so has been "dangerous," and the U.S. and its allies should prevent China from starting a war against Taiwan with a skillful "danger zone" strategy. To that end, they argue, democracies such as the United States and Japan should unite to prevent China from invading Taiwan.



The Taiwan contingency is also a major issue for Japan's security. The most serious challenge Japan faces is that China would use nuclear blackmail to prevent Japan from intervening in a Taiwan contingency. To this conundrum, Brands and Beckley boldly state a clear countermeasure. As discussed below, the U.S. would have options of attacking China's military assets with nuclear weapons to deter China from using nuclear weapons or threats in a punitive manner.

They also hope that if the unity of the world's democratic powers continues over the long term, China will eventually crumble and succumb. At the same time, in the medium or short term, they recommend a double containment of China in Asia and Russia in Europe. These conclusions are a hybrid of Brands' research analyzing the success of the containment strategy against the Soviet Union and Beckley's unique examination of the peculiarities of American power. In What Good Is Grand Strategy (Cornell University Press, 2014), Brands spoke highly of the containment strategy initiated by the Truman administration and the Reagan administration's strategy against the Soviet Union. In Unrivaled (Cornell University Press, 2018), Beckley analyzed that American power has unique advantages over other countries and will continue to do so.

As these research books suggest, it is certain that the U.S. is shifting to a strategy of containment against China, and preventing a Chinese invasion of Taiwan is surely the biggest strategic challenge in the near future. In any dispute over Taiwan, China will try to create a fait accompli within days or weeks. Therefore, the U.S. needs to dramatically strengthen deterrence and undermine Beijing's confidence in its ability to successfully conquer Taiwan. As Michelle Flournoy (Center for a New American Security) and Michael Brown (Stanford University) point out, "Time is running out for defending Taiwan."

The Cost of a Denial Strategy
As for the best strategy against China, Colby's proposal for a "denial strategy" seemed to me to be the most realistic. The gist of his proposed strategy is as follows.

"The United States cannot handle all of the world’s potential conflicts on its own, and certainly not simultaneously. It should concentrate on Asia and enable Europe to bolster its own defenses against the threat from Russia. And it is Germany that has to play the central role."

The problem with a denial deterrence strategy is that it is costly. First, to prevent China from launching an invasion abroad, allies such as the U.S. and Japan would have to deploy a conventional force large enough to clearly convince China that the cost of winning the war would be too great to justify it. Colby argues that this requires Japan to spend 3% of its GDP on defense to strengthen its military power. Japan is seriously short of forces. A senior Self-Defense Forces officer has stated, "If there is an emergency in the Nansei Islands, we would not last more than a few days [with our current forces]."

Second, it is unwise to bring democratic ideology into a containment strategy against China because it will alienate important nations such as Saudi Arabia, a major power in the Middle East, and Singapore, which faces the Strait of Malacca, a choke point in the region. Brands points out that "a war in which the U.S. leads a large coalition of democracies is probably one that China cannot win," but in order to counter China, we should gather many allies, not just democracies.

Third, since the unipolar era is over, the scarce strategic resources of the U.S. must be devoted to containment as a priority. In this regard, one researcher has critically stated, "the root cause of the so-called pivot to Asia’s failure is Washington’s continued belief that American power and interests are global and universal. If U.S. decisionmakers truly seek to reorient American strategic priorities, they need a clear hierarchy of the nation’s interests and obligations."

The dual containment of Russia and China overestimates American power. The U.S. does not have the capacity for a two-front military operation to fight Russia and China simultaneously. The shortage of ammunition in the U.S. military confirms this. Mark Cancian (Center for Strategic and International Studies) warned, "The United States has given Ukraine dozens of different munitions and weapon systems. In most instances, the amounts given to Ukraine are relatively small compared to U.S. inventories and production capabilities. However, some U.S. inventories are reaching the minimum levels needed for war plans and training. The key judgment for both munitions and weapons is how much risk the United States is willing to accept." If this weakening of supply capabilities continues, U.S. military capabilities will be severely impaired, and as a result, the U.S. will have difficulty containing China, which is much more powerful than Russia. In fact, the threat from Russia can be adequately addressed by the European nations alone. Russia's military budget is just one-fifth of NATO's, excluding the US, and just 6% of NATO's total. The delusions of Russophobia and liberal hegemony must be abandoned.

The Problem of Extended Deterrence in the Containment Strategy Against China
The challenge that still weighs heavily in the construction of a grand strategy will be China's nuclear threats against Japan and Taiwan. There is no clear answer to the classic question of extended deterrence (the nuclear umbrella): "Will Washington protect Tokyo and Taipei at the risk of New York? Colby is rather optimistic about this issue. He believes that the competition for resolve between the U.S. and China over Taiwan is not necessarily in China's favor because "China is exceedingly unlikely to invite its own destruction, given that this would mean the loss of everything it values-and the United States can see that." (The Strategy of Denial, p. 93). However, because the stakes in Taiwan are asymmetric between China and the United States, the threat against China tends to be "cheap talk." For China, control of Taiwan concerns its "core interests." For the United States, on the other hand, Taiwan is a question of belonging to a political entity thousands of kilometers away from the U.S. mainland. The balance of interests over Taiwan is favorable to China and unfavorable to the US. This imbalance of interests could undermine the U.S. threat of deterring China in its defense of Taiwan.

Brands and Beckley argue that the U.S. should go one step further and pursue a low-yield nuclear counterforce strategy against China.

"Although the United States would obviously prefer to keep a war over Taiwan non-nuclear, it needs to have the limited nuclear options-the ability to use low-yield weapons against ports, airfields, fleets, and other military targets-that would allow it to credibly respond credibly to, and thereby deter, Chinese nuclear threats" (Danger Zone, p. 185).

The question is whether the U.S. will really have such a commitment to the deterrence of punishment. Mr. Doug Bandow (The Cato Institute) doubts this. He says, "Taiwan, to be sure, is a valued friend. But is it worth nuclear war?... The American people have little reason to fight over the fate of the island. It is a humanitarian and human-rights issue, and a majority of Americans support providing aid if it is attacked by China. However, they do not want to go to war on behalf of Taiwan. They have no reason to risk Los Angeles for Taipei...The island is of no intrinsic value to America’s defense." The same logic may apply to the Japan-China dispute over the Senkaku Islands.

In a pioneering study in Japan on U.S.-China relations entitled The U.S.-China Strategic Relations (Chikura Shobo, 2018), there is concern about Japan becoming "peripheral" if the United States accepts Chinese regional hegemony, but the above intellectual's analysis should dispel that worry. Rather, the question is likely to be what is "military power that Japan can strategically utilize" (ibid., p. 326), as pointed out by Dr. Tetsuya Umemoto (University of Shizuoka), and how to pursue it. In this context, the question of whether or not Japan go nuclear seems unavoidable.

Whether the U.S. will protect Japan even at the risk of nuclear retaliation from China depends on its national interests. It is a question of the credibility of the nuclear umbrella. Therefore, if the U.S. and Japan share nuclear weapons, it is likely to be more effective in dissuading China from invading Japan. This is because in nuclear sharing, the Self-Defense Forces (SDF), not the U.S. troops, would be in charge of delivering nuclear bombs, thus lowering the hurdle for the use of nuclear weapons. Of course, there is strong opposition to this nuclear sharing, but the counterarguments are contradictory and illogic.

Dr. Yoko Iwama (National Graduate Institute for Policy Studies) argues, "even under the scheme of nuclear sharing...even if Japan wanted to use nuclear weapons to defend its national interest, it is inconceivable that the US would easily go along.” In short, the U.S. will not allow the use of nuclear weapons for Japan's national interest. On the other hand, she also says, "The relationship of trust which makes the US nuclear umbrella work when the need arises and enables the US to help Japan when Japan needs help is the essence of the deterrence provided under the Japan-US alliance." In other words, the U.S. would be willing to help Japan at its own expense in extended deterrence. In the case of nuclear sharing, the US is unwilling to pay the cost for Japan's national interests, while in the case of extended deterrence, the Americans are prepared to give enormous amounts of their lives for Japan's national interests. One wonders why the US is suddenly willing to make sacrifices when it comes to extended deterrence. Is such a thing really possible?

The national interests of Japan and the US are not identical. The U.S. will pay a significant cost if it tries to protect Japan. To resolve this strategic dilemma, the above-mentioned Walt suggests the suspension of extended deterrence and the nuclear armament of Japan. He says, "While a U.S. halt to nuclear assurances might encourage some states to go nuclear themselves, it does not mean that a Japanese or German nuclear capability would be an obviously terrible outcome from a purely American point of view." In the end, it seems that what the Chinese challenge and the Taiwan contingency pose to the Japanese people is our "responsibility" and "resolve" for constructing a new security strategy.

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どのような戦略で中国に対峙すればよいのか

2022年11月08日 | 研究活動
近年の戦略研究において、中国は今や主役の座を占めています。台頭する中国は、アメリカの地位を脅かす大国にまで成長しました。冷戦後、ソ連が崩壊して、アメリカは国際システムにおける唯一の大国になりました。近代国家が誕生して以後、初めて単極システムが誕生したのです。しかしながら、単極体制は長くは続きませんでした。新興大国として中国が力をつけるにしたがい、世界は冷戦期のように、再び二極システムに移行しつつあります。このような国際構造の変革期において、アメリカや日本は、どのように中国と向き合えばよいのでしょうか。

こうした大戦略の問題に取り組むにあたり、参考にするべく重要な研究書が次々と出版されました。それらの代表的なものが、トランプ政権の元国防次官補代理だったエルブリッジ・コルビー氏による『拒否戦略』(イェール大学出版局、2021年)、アーロン・フリードバーグ氏(プリンストン大学)による『中国を取り違えてしまったこと』(ポリティ出版、2022年)、ハル・ブランズ氏(ジョンズ・ホプキンス大学)とマイケル・ベックリー氏(タフツ大学)による『危険地帯』(W. W. ノートン、2022年)です。最後の本は、戦略・地政学研究者の奥山真司氏による邦訳が来月に出版されます。

中国の地域覇権を阻止する「拒否戦略」
コルビー著『拒否戦略』は、中国がアジアで地域覇権を確立することはアメリカの死活的な国益に反するので、反中国連合を組み、それを防ぐことを提唱しています。これはジョン・ミアシャイマー氏(シカゴ大学)やスティーヴン・ウォルト氏(ハーバード大学)らリアリストが提唱する中国への封じ込め政策の提言とほぼ同じです。



ミアシャイマー氏は、中国を封じ込める戦略の有用性を以下のように指摘しています。

「台頭する中国を扱う最適な戦略は封じ込めだ。これは北京が軍事力を使ってアジアで領土を征服したり、より普遍的には影響力を拡大したりするのを防ぐことにアメリカが集中することを要請する。この目的に向かって、アメリカの政策立案者は、出来る限り多くの中国の隣国に対抗連合を形成するよう求めることになるだろう…封じ込めは本質的に防御戦略である。なぜならば、それは中国と戦争を始めることを要請していないからだ。実際、封じ込めは台頭する中国との戦争に代替するものなのである」(Tragedy of Great Power Politics, W. W. Norton, 2014、384-385頁)。

ウォルト氏もこう主張しています。

「アメリカはアジアで大規模な軍事プレゼンスを維持し、現在のアジアにある同盟国と引き続き安全保障面での相互関係を継続しなければならない…中国が大発展して東アジアで覇権的な位置を狙い始めた際に、アジアでのプレゼンスはアメリカが中国を封じ込めるための『足場』になる…アメリカが…他の国によって(アジアを)支配されるのを防げばよいのだ」(『米国世界戦略の核心』奥山真司訳、五月書房、2008年、350頁)。

このように封じ込めは、中国が覇権を打ち立てるのを拒否する戦略なのです。これは中国がアジアでの領土征服の既成事実化を防ぐものであり、中国の内政に介入して、共産党政権の転覆や民主化を目指すものではありません。コルビー氏の見立てによれば、中国が台湾を併合すれば、次にフィリピンを支配下に入れるのが容易になり、日本を孤立させることもできます。そうなると中国は一気に西太平洋に勢力を拡大してアメリカの安全保障を脅かすことになるので、その踏み台となる台湾侵攻を阻止すべきということです。そのためにはアメリカと日本、オーストラリアといった国家が協力して、中国に台湾侵攻は高くつくことを思い知らせることで、戦争を起こさせない拒否的抑止の戦略が最適であるとコルビー氏は主張しています。

対中エンゲージメント戦略の失敗
フリードバーグ著『中国を取り違えてしまったこと』は、冷戦後のアメリカの歴代政権が、中国は民主化するだろうと期待してエンゲージメント政策をとってきたことが、いかに間違っていたかを論証するものです。彼もリアリストと同様、アメリカは中国を優遇することにより、その期待に反して、自らの国益を脅かす巨大なライバルにしてしまったと結論づけています。

彼の言葉を借りれば、「中国は、自由で協力的なパートナーになる代わりに、ますます豊かで強力な競争相手となり、国内では抑圧的になり、海外では攻撃的になってきた…アメリカの歴代政権は、中国と商業的、外交的、科学的、教育的、文化的なつながりを深める『エンゲージメント』の促進を追求した…北京がアメリカの支配する冷戦後の国際システムに入ることを歓迎することで、アメリカの政策立案者は、中国の指導者が既存の秩序を維持することに利益を見出すよう促せると望んだ…最終的に、北京は、国際的現状維持の満足する支持者になるどころか、今やあからさまな現状打破目的を追求している…エンゲージメントは失敗した。なぜならば、そのアーキテクチャーや擁護者が中国を取り違えたからだ」(Getting China Wrong、1-3頁)。

ミアシャイマー氏による批判も、以下のように手厳しいものになっています。すなわち、「対中エンゲージメント政策は、近代史上、最悪の戦略的失敗だったかもしれない。超大国が自らと肩を並べるライバルの台頭を、これほど積極的に推進した先例はない。いまや、大がかりな対抗策をとろうにも手遅れだ」ということです。

要するに、アメリカが実行してきた対中エンゲージメント政策は、中国を強大な現状打破国に成長させることを助けてしまった大失敗だったのです。この間違いを訂正して、今後、中国を正しく扱うには、台頭する中国に対抗する政策をとるべきであり、ロシアを中国から引き離し、同国の現状打破行動にはコストを課す姿勢で臨むことだと、彼は次のように主張しています。「エンゲージメントを擁護する古いワシントンのコンセンサスは最終的に崩壊したのであり、『中国を封じ込めることへの…要請が増大』している…したがって、アメリカと同盟国の戦略家が直面する喫緊の任務は、地域の軍事バランスにテコ入れをして、抑止を強化し、たとえ危機になっても、中国の指導者が武力行使による利得のために立ち上がると合理的に結論づけられる可能性を減らす」ということです(Getting China Wrong、147、187頁)。



コルビー氏とフリードバーグ氏の分析の大きな違いは、米中対立の源泉について、前者がもっぱら中国の地域覇権への動きに見るのに対して、後者は、それに加えて中国共産党の「レーニン主義的イデオロギー」を加味していることでしょう(Getting China Wrong、174頁)。

「危険地帯」戦略
ブランズ氏とベックリー氏『危険地帯』は、上記の2冊とは、やや異なる中国観を提示しています。すなわち、中国のパワーは今がピークであり、今後は人口動態の変化などにより衰退していく。衰退する大国は「予防戦争」の動機を高めるので、この10年くらいが「危険」であり、アメリカと同盟国は、巧みな戦略で中国が台湾に対して戦争を始めることを阻止するべきだということです。その目的のために、アメリカと日本といった民主主義国は結束して、中国の台湾侵攻を阻止するべきだと彼らは主張しています。

日本の安全保障にとって台湾有事は大きな問題です。その際、日本が直面する深刻な課題は、中国が日本の台湾有事への介入を阻止するべく、核恫喝を行うことです。この難問について、ブランズ氏とベックリー氏は明確な対抗策を大胆に述べています。後述するように、アメリカが核兵器で中国の軍事アセットを攻撃するオプションを持つことで、中国の核使用や恫喝を懲罰的に抑止するのです。



また、彼らは、世界の民主主義勢力の結束が長期的に続けば、中国は最終的に瓦解して屈することになることにも期待しています。同時に、中短期的には、アジア方面で中国、ヨーロッパ方面でロシアを二重に封じ込めることも提言しています。こうした結論は、ブランズ氏の対ソ封じ込め戦略の成功を分析した研究成果とベックリー氏のアメリカのパワーの特異性を明らかにしたユニークな考察のハイブリッドと言えるでしょう。ブランズ氏は『大戦略の何が良いのか』(コーネル大学出版局、2014年)で、トルーマン政権が始めた封じ込め戦略とレーガン政権の対ソ戦略を高く評価していました。ベックリー氏は『無敵』(コーネル大学出版局、2018年)において、アメリカのパワーは他国に対して独自の優位性を持っているので、それは今後も継続すると分析していました。

これらの研究書が示唆するように、アメリカが対中封じ込め戦略に移行していることは確実であり、中国の台湾侵攻を阻止することが、近い将来の最大の戦略的課題であるのは間違いありません。台湾をめぐる紛争では、中国は数日の内に既成事実を作ろうとするでしょう。したがって、アメリカは抑止を劇的に強化して、台湾征服を成功させる能力への北京の自信を掘り崩す必要があるのです。ミッシェル・フロノイ氏(新アメリカ安全保障センター)とマイケル・ブラウン氏(スタンフォード大学)が指摘するように「台湾防衛のために時間は切れ始めているのです」

拒否戦略にかかるコスト
中国に対する最適な戦略については、コルビー氏の「拒否戦略」の提言が最も現実的であるように、私は思いました。彼が提唱する戦略の骨子は、以下になります。

「アメリカは世界中のあらゆる潜在的紛争に対処できないし、同時には確実に無理である。アメリカはアジアとりわけ中国の覇権阻止と台湾の防衛に集中すべきで、ロシアからの脅威へは、欧州が自らの防衛を強化できるようにすべきであり、ここで中心的役割を果たすのはドイツになる」。

拒否的な抑止戦略の問題は、コストがかさむことです。第1に、中国が国外への侵攻に走ることを防ぐには、戦争で勝利するには犠牲が大きくて割に合わないと明確に納得させるだけの大規模な通常戦力を、アメリカや日本といった同盟国は展開しなければなりません。コルビー氏は、そのために日本はGDP比で3%の防衛費を支出して軍備を強化する必要があると主張しています。我が国の戦力不足は深刻です。ある自衛隊幹部は「南西諸島で有事があれば(現有戦力では)数日も持たない」と明かしています。

第2に、中国に対する封じ込め戦略に民主主義イデオロギーを持ち込むのは、中東の主要国であるサウジアラビアやチョークポイントであるマラッカ海峡の臨むシンガポールといった重要な国家を遠ざけてしまうので賢明ではありません。ブランズ氏は「アメリカが大規模な民主主義国の連合の先頭に立って戦う戦争は、おそらく中国が勝てないものだ」と指摘しますが、中国に対抗するには、民主国に限らず多くの味方を集めるべきでしょう。

第3に、単極時代は終わったので、アメリカの限られた戦略資源を優先的に中国封じ込めに投入する必要があります。この点について、ある研究者は「いわゆるアジアへの軸足移動の失敗の根本原因は、アメリカのパワーがグローバルで普遍的だとするワシントンの継続的な信念である。アメリカの意思決定者がアメリカの戦略的優先順位を本当に求めるのなら、国家の利益と義務の明確な階層が必要である」と批判的にコメントしています。

ロシアと中国の二重封じ込めは、アメリカのパワーを過大評価しています。アメリカにはロシアと中国と同時に闘う二正面作戦の能力はありません。アメリカ軍の弾薬不足は、このことを裏づけています。マーク・カンシアン氏(戦略国際問題研究所)は、「アメリカは何種類もの弾薬や兵器システムをウクライナに数多く提供してきた。ほとんどのケースでは、アメリカの貯蔵と生産能力からすれば、ウクライナに供与された量は相対的に少ない。しかし、いくつかの兵器の在庫は戦争計画や訓練に必要な最小限レベルに達している」と警鐘を鳴らしています。このような補給能力の弱体化が続けば、米軍の継戦能力は著しく損なわれる結果、アメリカは、ロシアよりはるかに強大な中国を封じ込めることが困難になるでしょう。ロシアの脅威にはヨーロッパ諸国だけで十分に対処できます。ロシアの軍事予算は、アメリカを除くNATOのちょうど5分の1であり、NATO全体のちょうど6%にすぎません。ロシア恐怖症とリベラル覇権主義の妄想は捨てられるべきです。

対中戦略における拡大抑止の問題
大戦略の構築において依然として重くのしかかる課題は、中国による日本や台湾への核兵器による威嚇でしょう。「ワシントンがニューヨークを危険にさらしてまでして、東京や台北を守るのか」という拡大抑止(核の傘)の古典的な問いには、明確な答えがありません。コルビー氏は、この問題に楽観的です。彼は、台湾をめぐる米中間の決意の競争は中国が有利とは限らない。なぜならば、中国は自国を破壊に導きたいとは決して思わないからだと判断しています(The Strategy of Denial、93頁)。しかしながら、中国とアメリカでは台湾に賭けるものが非対称なので、その威嚇は「チープ・トーク」になりがちです。中国にとって、台湾の支配は「核心的利益」にかかわります。他方、アメリカにとって台湾は、本土から何千キロも離れた政治主体の帰属問題です。台湾をめぐる利益のバランスは、中国にとって有利であり、アメリカにとって不利です。こうした利益の不均衡は、アメリカの台湾防衛にかかわる中国への抑止の威嚇を弱めかねません。

ブランズ氏とベックリー氏は、一歩踏み込んで、中国への低威力の核による対兵力戦略をとるべきだと以下のように主張しています。

「アメリカが台湾をめぐる戦争を核兵器を使わない状態に保ちたいのは明らかであるが、限定的な核オプション、すなわち、港湾、空軍基地、艦隊や他の軍事標的に対して低威力の核兵器を使う能力を持つことが必要である。これらは中国の核の脅しに対してアメリカが信頼性を持って対応することを可能にし、ひいては抑止することになるであろう」(Danger Zone、185頁)。

問題は、はたしてアメリカが、こうした懲罰的抑止のコミットメントを持つかどうか、ということです。保守派のダグ・バンドウ氏(ケイトー研究所)は、このことに否定的です。彼は「台湾は確かに価値のある友人だ。だが、核戦争に値するのか…アメリカ人がこの島の運命をめぐって戦う理由はない…台北のためにロサンゼルスを(中国からの核攻撃の)危険にさらす理由はない…この島には、アメリカの防衛に対する本質的価値はないのだ」と主張しています。同じロジックは、尖閣諸島をめぐる日中紛争にも当てはまるかもしれません。

米中関係に関する我が国での先駆的研究である、梅本哲也『米中戦略関係』(千倉書房、2018年)では、アメリカが中国の地域覇権を受容する場合の日本の「周辺」化が懸念されていますが、上記の識者の分析は、その心配を払拭するものでしょう。むしろ、梅本哲也氏(静岡県立大学)が指摘する「我が国が戦略的に活用可能な軍事力」(同書、326頁)とは何であり、それをどう追求するかが問われそうです。その際、核軍備の是非は、避けて通れないように思われます。

アメリカが中国からの核報復のリスクを冒しても日本を守るかは、その国益に左右されます。核の傘の信頼性の問題です。そこでアメリカと日本が核兵器を共有すれば、中国の侵攻を思いとどまらせる、より高い効果に期待できそうです。なぜなら、核共有において核爆弾を運搬する任務は米軍ではなく自衛隊になるので、その分だけ核使用のハードルが下がるからです。もちろん、この核共有には根強い反対論がありますが、その論拠はハッキリしません。

岩間陽子氏(政策研究大学院大学)は、「たとえ核共有しても…日本の国益のために使いたいと思っても、米国がそう簡単に認めることはあり得ない」と主張しています。要するに、アメリカは日本の国益のための核使用を許さないのです。その一方で、彼女はこうも言っています。「必要になれば米国の核の傘が機能し、日本が必要とした時に米国が助けてくれる信頼関係こそが、日米同盟の持つ抑止力である」。つまり、アメリカは自らの犠牲を厭わず、日本を助けるだろうということです。核共有の場合は、アメリカは日本の国益のためにコストを払いたがらない一方で、拡大抑止の場合は、日本の国益のためにアメリカ人は膨大な命を捧げる覚悟を持つということです。なぜアメリカは拡大抑止になると、急に犠牲を厭わなくなるのか不思議です。そんなことは本当にあり得るのでしょうか。

日本とアメリカの国益は同一ではありません。アメリカは日本を守ろうとすれば、かなりのコストを払うことになります。この戦略的ジレンマの解消するために、前出のウォルト氏は拡大抑止の停止と日本の核武装を示唆しています。「アメリカが核の保障を止めることは、いくつかの国家に自分自身の核武装を促すかもしれないが、日本やドイツの核保有は、純粋にアメリカの視点からすれば、明らかに恐ろしい結果になるということではない」ということです。結局、中国の挑戦と台湾有事が日本人に突き付けているものは、新しい安全保障戦略への我々の「負担」と「覚悟」ということになりそうです。

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