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核革命論と二極安定論(更新)

2021年04月21日 | 研究活動
日本国際政治学会の機関誌『国際政治』第203号(2021年3月)に、拙稿「国際システムを安定させるものは何か―核革命論と二極安定論の競合ー」が掲載されました。



本号は、国際政治における核兵器についての特集号です。私は、上記の拙稿において、昔から広く知られている国際政治理論である「核革命論」(核兵器を保有する大国同士は、核による報復を恐れて武力行使のインセンティブを劇的に低下させる結果、大戦争が起こりにくくなったこと)と「二極安定論」(世界に2つの大国が存在している状態が「平和」を導くこと)の相対的妥当性について、キューバ危機の事例により定性的方法である「過程追跡(process tracing)」法を使って検証しています。その結果、前者のほうが後者よりも、国際システムを安定させる効果が高いと結論づけました。

既存の先行研究では、核革命論と二極安定論の優劣をつけることは出来ないといわれていました。こうした主張を展開するのが、ジョン・ミアシャイマー氏(シカゴ大学)です。かれは名著『大国政治の悲劇』(〔奥山真司訳〕五月書房、2007年〔原著2001年〕)おいて、以下のように論じています。

「核兵器は平和秩序を保つ強力な力となるのであり、1945年から1990年までヨーロッパで大国間戦争が行われなかった大きな理由の1つとなる...。ところが、『二極構造』と『核兵器』が、この長く安定した期間を生み出すにあたってどのように貢献していたのかを特定することは不可能である」(同書、459-460ページ)。

確かに、かれの提唱する攻撃的リアリズムの理論は、主に国際構造(アナーキー〔無政府状態〕やパワーの分布)から、大国が攻撃的な軍事力を持ち、他の大国の「意図」を完全には知ることは出来ないとの前提条件のもと、大国間政治の結果を演繹するものであるため、この理論で構造と核兵器の大国行動に対する因果効果を比較考量することは、論理的に不可能です。なぜなら、国家の意思決定が「ブラック・ボックス」として扱われているからです。しかしながら、国家を「ホワイト・ボックス」化して、その指導者たちが、どのような外的要因に影響されて、それをどのように評価・判断して、特定の行動に至ったのかを明らかにすれば、二極構造と核兵器それぞれの意思決定者への因果効果に相対的な重みを付けることが可能になります。わたしは、上記の拙稿で、そのような分析を行った結果、二極安定論より核革命の因果メカニズムの方が、アメリカやソ連の行動に合致していることを観察したのです。

他方、核革命論に対する反論もあります。核革命論の主な「パズル」(合点がいかない問題)は、核兵器の「影」の下においても、大国間の地政学的な安全保障をめぐる熾烈な競争が依然として続いていることです。私は拙稿において、このパズルには踏み込んだ分析ができませんでしたが、キアー・リーバー氏(ジョージタウン大学)やダリル・プレス氏(ダートマス大学)といった著名な米国の政治学者が、この残された研究課題について、以下の文献で正面から挑んでいます。たとえば、「コンピュータ革命」の進展は、隠匿している報復のため(=抑止のため)の核兵器の場所を特定したり、対兵力攻撃能力を著しく向上させるため、これらが相まって相手の核戦力の無力化を可能にするかもしれません。その結果、相互抑止の基盤となる非脆弱な核戦力の保持は難しくなります。つまり、核兵器国の攻撃的な行動を抑制する「核革命」の効果は薄れてしまうということです。



国際システムの安定に与える核兵器の影響について関心がある方は、拙稿ならびに上記の研究書に目を通していただければと思います。


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