碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
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書評した本: 『Mr.トルネード 藤田哲也 世界の空を救った男』ほか

2017年08月01日 | 書評した本たち


「週刊新潮」に、以下の書評を寄稿しました。

勇気づけられる天才気象学者の軌跡
佐々木 健一 
『Mr.トルネード 藤田哲也 世界の空を救った男』

文藝春秋 1,944円

1997年6月、『天気に捧げた我が人生』という特番の制作で、オクラホマ大学を訪れた。当時、ここは竜巻研究の一大拠点。映画『ツイスター』のモデルにもなった、「トルネード・チェイサー」と呼ばれる研究チームが活動していた。彼らはドップラー・レーダーなどの機器を満載した車で命がけの観測を行う。そのデータは、気象庁が出す竜巻予報や避難勧告に生かされていた。

取材した佐々木嘉和名誉教授やジョス・ワーマン助教授との会話に、「F」という言葉が何度も出てきた。これは竜巻の強さを示す尺度で、F0からF5まである。たとえばF2は毎秒50~69メートルの風速で、列車脱線や大木倒壊が起きる規模だ。この「Fスケール」の生みの親がシカゴ大学の藤田哲也博士であり、Fは藤田の頭文字からきていた。

本書は、藤田哲也という天才気象学者の軌跡を追ったものだ。しかも「Mr.トルネード」とまで言われた竜巻研究の陰に隠れた、もう一つの偉大な功績にスポットを当てている。それは70年代に多発した飛行機事故の原因究明だ。着陸直前、突然コントロール不能に陥った事故の背景に、「ダウンバースト」という猛烈な下降気流があることを突きとめたのだ。その後、様々な対応策が講じられるようになり事故は激減していく。

「Fスケール」、そして「ダウンバースト」の藤田哲也。ノーベル賞級の人類への貢献であり、日本でその名が知られていてもおかしくない。しかし、なぜかほぼ無名だ。著者は彼の歩みを丹念に追い、「Mr.トルネード」が日本だけでなく、アメリカの学界においても微妙な位置にあったことを明らかにしていく。そこには、あまりに独創的な研究方法とユニーク過ぎる研究者の姿がある。

98年に藤田が没してから約20年。本書によって、ようやく正当な評価と共に実像が示された。あらためて、「こんな日本人がいた」事実に驚かされ、勇気づけられるのだ。



アンディ松本 
『勝新秘録 : わが師、わがオヤジ勝新太郎』

イースト・プレス 1,620円

俳優・勝新太郎はなぜ魅力的なのか。妥協を許さない演技。豪快にして繊細な人柄。そして男としての愛嬌かもしれない。著者は元マネージャー。『影武者』降板騒動や勝プロの倒産から私生活までを語っている。「プラマイゼロ」の人生観が、いかにも勝新らしい。


平川克美 
『「移行期的混乱」以後』

晶文社 1,728円

約7年前の『移行期的混乱――経済成長神話の終わり』では、社会運営の考え方自体が変化している現代を、パラダイムの移行による混乱期と位置づけていた。本書はその続編だ。人口と家族、日本人の家族観などを検証しながら、家族再生への道を探っている。

(週刊新潮 2017年7月27日号)