碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
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書評本: 『吉原まんだら~色街の女帝が駆け抜けた戦後』ほか

2015年05月29日 | 書評した本たち



「週刊新潮」に書いた書評は、“吉原の女帝”をめぐるノンフィクションなどです。

いやあ、いろんな人生があるもんですねえ、って当たり前か。


<ノンフィクション>

清泉 亮 『吉原まんだら~色街の女帝が駆け抜けた戦後』 

徳間書店 1944円

ノンフィクションを読む楽しみとは何だろう。理屈抜きで言えば、「知らなかったことを知る」醍醐味ではないだろうか。しかも社会問題や事件などの真相もさることながら、人間の面白さに勝るものはない。「こんな人がいたのか」、「こんな人生があるのか」という驚きと共に、人間や社会に対する既成概念を覆される快感があるからだ。

本書の主人公は、「おきち」こと高麗(こま)きちという女性だ。93歳になるおきちの別名は“吉原の女帝”。赤線時代からの吉原を知る生き証人である。戦後の70年間、キャバレーからソープランドまで、男たちの欲望に応える様々な商売を手がけてきた。もちろん、これまでメディアには一切登場していない。

現在も吉原の街で暮らすおきちは得体の知れない著者を「フーテン」と呼び、なぜか例外的に自宅への出入りを許す。以来4年間、雑談のような、取材のような不思議な会話を続けてきた。徐々に明らかになるのは、亭主の思いつきから、いきなり「女郎屋」の経営者になった女性の波乱万丈の半生だ。

そこには法律や権力とのせめぎ合いだけでなく、吉原という場所ならではのサバイバル、さらに店を取り仕切る苦労があった。「人殺しを使えるようじゃなきゃ、やってらんねーんだよ」という口癖にもリアリティがある。今もなお、一介の老人にすぎないはずの彼女の元には、代議士や地元有力者、銀座のママまでが相談に訪れる。著者はそんなおきちに、人間的魅力と経営者的才覚を見るのだ。

本書ではもう一人、日本最大のソープランドチェーンを率いる鈴木正雄会長の人物像も描かれる。“ソープの帝王”が語る戦後は、まさに「こんな人生があるのか」の連続だ。著者はおきちや鈴木から話を聞くと同時に、吉原の歴史や風俗に関する膨大な資料を再構成し、的確に挿入していく。それが本書に私家版・遊郭文化史とも言うべき独特の奥行きを与えている。


<十行本棚>

野村宏平 『乱歩ワールド大全』

洋泉社  1620円

全作品をキャラクター、トリック、設定などから多角的に精査している。怪人、美女といったキーワードで浮かび上がる乱歩ワールドの住人たち。また変身願望、覗き趣味、自己愛から見た作家・乱歩。研究家というより“乱歩狂”と呼ぶべき著者の労作である。


内田樹:編 『日本の反知性主義』
晶文社 1728円

社会に広がる反知性主義と反教養主義を論じよう。そんな編者の呼びかけに集結したのは『永続敗戦論』の白井聡、『愛と暴力の戦後とその後』の赤坂真理、『路地裏の資本主義』の平川克美など9人。この国を危うくする政策が支持される背景には何があるのか。

(週刊新潮 2015.05.28号)