1分で読める小さなお寺の法話集

子育て、人材育成に関する法話を実話と歴史から紐解いて書いております。

【住職の法話。考え方を少し変えるだけで、苦しい人生が、楽しい人生に】 釈尊誕生(花まつり、仏生会、降誕会、灌仏会)について、檀家の女の子(10歳)との会話。

2024-04-08 16:41:44 | 法話

【4月10日投稿分)


今年の4月7日(日)にわが寺では、お釈迦さんの誕生を祝う花まつり(仏生会、灌仏会)の法要が厳修されました。当日参拝の女の子(10歳)が「住職さん、お釈迦さまが生まれたは、4月8日なんでしょ。何故、金剛寺は今日(7日)、花まつりをするの」と。「今日、法要をしたから、君は、来れたんでしょ」「• • •、ああ、そういう事か」「そういう事だよ。日曜日だったら、子供達も社会人も来れるもんね。縁を大事にしたいから、わが寺では毎年、4月の第1日曜日に法要をしてるんだよ」と。


すると、この女の子が「ふーん、ところでさ、住職。お釈迦さまって、本当に4月の8日に生まれたの」と。「なんでよ」「だってさ、2500年も前の話なんでしょ。どうやって確認取れてるの」と。「君はいつも目の付け所が、他の子供達と違うよな。いやいや、実に面白い。本当かどうかなんて、拙僧も知らんわいな。誕生されて即、7歩歩いて『天上天下唯我独尊(命は尊い)』と言われたという話もあるが、馬じゃあるまいし、赤子が誕生即、歩けるはずもないし、言葉を喋るはずもない。後世の人達がそういう逸話を作り、お釈迦さんの尊さ(徳の高さ)を表現されたんだろうな」「じゃ、誕生を4月の8日としたは、何かしらの意味がある、という事なんだろうね」「恐らくは、そうだろうね」と。


続けて拙僧、この女の子に「キリストさんだって、そうだろ。12月25日を誕生日とした(クリスマス)は、当時の権力者の政治的目論見があって、欧州に根付いている有名な祭りに合わせた、という説があるもんね。お生まれになった場所は、エルサレムから南に約10キロにある町、ベツレヘムの小さな洞窟の中と言われているだろ。6月頃に誕生されたのではないか、と言われているもんね。お釈迦さんにしても、キリストさんにしても、こだわるところは、そこ(誕生日、誕生場所)じゃないよな。何せ、2000年以上前の事にて、確証が取れないから、論争にもならん。この世にお生まれになられた事が、重要な事なんだもんね。まあ、何せ、お釈迦さんは、花が咲いている時期に誕生されたは事実というから、日本の寺院では、2月から5月の間に、各々の事情で花まつりをされている様だよ」「ふーん、他にも何か、お釈迦さまの話を教えてよ」と、この女の子が。


対し拙僧「お釈迦さんは釈迦族(インドの小国)の王の息子として生まれてこられたんだが、ある日、生きる事の辛さ、老いていく事の辛さ、病気になる事の辛さ、死んでいく事の辛さ(生老病死の四苦八苦)、を目の当たりにして『これらを克服する手(策)は、何かないものか』と、家を出て(出家)6年間の山籠りを。しかしながら、それ(苦しい修行)では悟れず、山から降りて、尼連禅河で身を清め(沐浴)、身体を癒した後、菩提樹の木の下で瞑想し、縁起の法則を悟られた、と言われているんだよね」「縁起って、何よ」「この世の中は全て、縁によって成り立っているという事かな。その時、苦しい修行だけではあかん。苦しみと楽しみの真ん中、苦楽中道を歩むが最も大事である、という事も。つまり、こだわった、偏った考え方では、本当の悟りには行きつかん、という事だよな。勉強ばかりしてたら変化がないから、頭がボーッとして、はかどらんだろ」「確かに。思いっきり遊んでスッキリした後は、勉強に身が入る気がするわ」「そうだろ。新しい風を吹かせないと、マンネリになり、新発想は出てこんわな」と。


続けて拙僧「因みに、山籠りから下に降りて来られた時、お釈迦さんは激しい苦行生活のせいで、骨皮筋右衛門状態になってたんだと。それを癒してくれたが、村娘が作って与えてくれた乳粥だったそうだ。1970年代から1980年代に掛けて、CM ソングに使われた『スジャータ、スジャータ、白いひろがり、スジャータ』という心地良い曲があってね。コーヒーなどに使う商品『フレッシュミルク』のCM なんだが、その『スジャータ』が、お釈迦さんに乳粥をくれた女の子の名前なんだよ。ググってごらん、出てくるから」「へえ、そうなんだ。他にも何か、お釈迦さまの話をしてよ、住職」「欲しがるね、君」と拙僧。


対し、この女の子に「君は親から『仏の顔も三度まで、だからね』と怒られた事はあるかい」と問うと「何回もあるよ。『3回までは許すけど、4回目はないからね』と、ものゴッツ恐ろしい顔で」「そうなんだ。が、本来の意味は、違うんだよな。『仏』とは、お釈迦さんの事でね。釈迦族(小国)を滅ぼそうと、隣の国のコーサラ国が出陣を。その進軍途中の街道の枯れ木の下で、お釈迦さんが座禅を。それを見たコーサラの国王が『何故、そんなところで』と尋ねると『こんな枯れ木でも、私にとっては心身を癒してくれる存在なんです』と、お釈迦さんが。『枯れ木の下を選んだは、滅びゆく釈迦族の哀れを嘆いておられるのだな』と悟ったコーサラの国王は、兵を引いてくれたんだよね。これが3度繰り返された。4度目の出陣の時には、お釈迦さんは、もう、座らなかったんだよね」と。


すると女の子が「なんで」と。「逃れられない縁(運命)だと知っていたからだよ」と返すと「滅びる事が運命だと知ってたんなら、初めから、座らなきゃよかったじゃん」「そこが、それ、人情ってもんだろ。どうにもならんとわかっていても、何とか出来ないものかと、足掻く(あがく)事ってあるだろ。お釈迦さんも、親や子を持つ、1人の人間だもんな」「そう言われりゃ、そうか。釈迦族が滅ぼされた後は、どうなったの」「国は滅ぼされたんだが、釈迦族の国王(釈尊の父)は、命を助けられたんだそうだ。コーサラの国王は、仏教を深く敬っていた人だった、という事もあるんだろうね。お釈迦さんは、父親の晩年を献身的にお世話されたという事だよ」「普通の親子だった、という事か。お釈迦さまも人間だもんね」「そういう事だな。何か、君のため(教訓)になったかい、この一連の話」と尋ねると「住職がいつも法話の中で『縁という縁は全て、いったんは受け入れろ。それを超えたところに、その縁が自分にやってきた、本当の意味がわかる』と言ってる意味が、少しだけわかった様な気がする」と、この10歳の女の子が。


読者の皆様、凄いでしょ、この女の子。この様な子供が数人ですが、わが寺の檀家さんの中にはおるんですよね。親を見れば、子供がわかる様に、子供を見ても、やはり、親がわかります。そういう親子関係の子供達です。当に「躾(しつけ)は、するものじない。躾は、見せるもの」にて。または「親が作った家庭環境で、その親が育てる。親に似た子供が育つ確率が高いは、当然の事」ですよね。お釈迦さんがおっしゃられた「人間、生まれを問うな、育ちを問え」は、真理ですな。


下記で過去の法話を読む事が出来ます。


金剛寺ブログ    :https://blog.goo.ne.jp/junko-0808

金剛寺ツイッター  :https://twitter.com/kongouji093

金剛寺フェイスブック:https://www.facebook.com/天徳山-金剛寺-1543297575974719/

                   拙僧が持つグループ「出会うは運命、出会ってからは努力、最後は感謝」

金剛寺インスタグラム:https://www.instagram.com/tentokuzan_kongouji/?


【追伸】尚「法話が長い」と不快感を示されておられる方々には、大変心苦しく申し訳ないので、拙僧の法話が目に入らない様に『ブロック』をさせてもらっております。楽しみにされている方々もおられますので、ご理解頂きまして、それでどうか、ご容赦くださいませ。


次回の投稿法話は、4月15日になります。






最新の画像もっと見る

コメントを投稿