Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

土筆(87)

2018-05-31 15:25:22 | 日記

   「恋の悩みですか?」

不意に母娘2人の頭上から声が降り掛かりました。『しめた!』と、この母は思います。

  「はい、この子が恋の病で、」

彼女はそう答えると、にこやかに側の障子窓から覗く婦人に目配せしました。窓辺の婦人は、ははぁんと合点すると内心呟きました、『お金になる話だわ。』。そう思うと、こちらもやはりにこやかに揉み手などして、「なら話を聞きましょうかね。」という塩梅で、女性2人は話しを始めました。

 「それで何処の誰に?」

と婦人は尋ねます。「話によっては一肌脱がない事も無いですよ。」と、彼女の方は恋の仲人の申し出など打診します。ところが、「あなたに脱いでもらう事も無いんです。」と、母は不愛想に素っ気なく答えました。婦人は勿論母の返事に驚きます。母の態度を如何いう事だろうかと怪しみますが、「私はほら、ここの住人で、ここに住んでいるくらいですから、ご近所には顔が利くんですよ。」と言うと、続けて、「何でも話してごらんなさい、悪い様にはしないから。」と相手の警戒心を解くように下手に出て優しく声を掛けました。

 「だから、あなたの裸なんか如何して私が見なければいけないんです。」

と、母は答え、なんだか本当に目くじらを立て始めました。「猫なで声を出してもそんな物見たくも無い。」そして声を荒げると、どうしてもと言うなら、と「お金でも頂けるというなら見ない事も無いですけどね。」と素っ気なく言うとそっぽを向きました。


土筆(86)

2018-05-31 09:07:39 | 日記

 こっちは子供、あっちは夫という意味でした。母では問題が解決しないと悟った私は、それ以降、何か問題が起こると真っ先に父に相談する事にしたのでした。何しろ私には、家の中に父しか頼る相手が居なかったのです。

 さて父は、不思議なくらいに私の言う事をふんふんと聞いてくれました。また、驚く事にその内容をよく理解すると、あれこれと相談に乗ってくれたのでした。私の様々な質問にも嫌がらずにその都度きちんと答えを出し、日々の問題を提示すると、父は話を聞いた後で母にあれこれと指図して使いに出すと、実際に幾つかの問題を解決してくれたのでした。この為私の父に対する信頼は絶大な物になり、この頃の私は全く父を尊敬していたのでした。

 しかし、母は父からその手の話を聞く事や、指示された内容を実行するのが酷く億劫であり、子供の為の諸事が日増しに増えて来た事が大変面倒でならないのでした。

『この子の話なら無視できるのに…』

母は夫経由で問題の解決を指図されると、自分自身が動かない訳にはいかなくなるという事に困っていました。何故ならその話の大半は揉め事であり、あちらこちらで実際に自分が相手と顔を突き合わせて嫌々話をしたり、また、自分が相手の前で直接頭を下げて頼んで来たりする事になるのでした。以前の様に自分が子供から直接話を聞いて、自分の所でその話を反故にしてしまった時の方が、今より余程楽な子育てだったのにと思うのでした。

 「昔を今にだわ。」

と、彼女は呟き溜め息を吐きました。『こんな子供の事なんて如何でもいい事なのに。』と母は考えるのでした。『子供の話を真面目に取り合うだなんて、あの人の気持ちが知れないわ。』加えて、『子供の話をする時の、あの人の話も分からない。』そんな風な様子で、彼女は彼女なりに酷く困っていたのでした。


ありません

2018-05-31 08:55:06 | 日記

 喫煙していないので、禁煙はした事がありません。

 亡くなった父は結構愛煙家でした。それで私は幼い頃から煙草の煙に慣れていました。が、花粉症が出てからは、煙草の煙だけでなく臭い等も駄目になってしまいました。その為、吸うどころか、臭いを嗅いでさえくしゃみ鼻水という有様です。世界的な禁煙は大歓迎でした。

 父にしても、結局、肺気腫で吸う事が出来無くなり、その後は20年程終生禁煙でした。高校時代から喫煙を始めた友人も現在吸っていないと聞いて、よく禁煙できたものだと感心していましたが、やはり肺気腫で止めたのだとか。皆、病気の悪化で禁煙しなければいけなくなる方が多いようです。流石に煙草は不健康の元ですね。


土筆(85)

2018-05-30 09:22:17 | 日記

 「お前何かあったんだろう。」

母は直ぐ家に帰ろうとせずに私に尋ねるのでした。「私も親だから分かる。」というと娘の顔を覗き込もうとします。別に何でもないと、私は涙を見られ無い様に顔を背けます。と、何時もはあ、そうとばかりにあっさりしている母が、今日のこの日に限って嫌にしつこく問いかけて来ます。

「お前やっぱりおかしいよ。」

そう言うと、しゃがみ込んで私の顔を覗き込み、頬の涙に気付くと、「泣いてるじゃ無いの。」何で泣いているの?泣くような何があったのかと尋ねて来ます。私は困ってしまいました。

 今までの例から行くと、私が母にこれこれと説明しても、「お前の言う事はよく分からない。」とか、「は、そんな事。」と取るに足らない、如何にも馬鹿らしいという粗略な応対か、時には無言のまま何処かへ消えてしまいそれっ切り、それでその後はと言うと、問題にした事には何も変化が起こらないという状態でした。

 それで私もそんな母に、何か問題が起きてそれを母に話しても全く解決になら無い、いやそれ以上に相手にもされ無い、答えを出して貰え無い、何も対応して貰え無いという無い無い尽くしに気付くと、その内腹が立って来て、母への打ち明け話は全くしない事に決め、最初から何も話さないという態度に方向転換していました。そんな態度に如何やら母は気付いたのでした。

 「今日でなくても、この頃お前おかしいよ。」

自分に何も話さなくなってしまった娘に、彼女も何だか様子がおかしいと気付くと、子供の変化が何だか気になるのでした。『前は煩いくらいによく喋って来たのに、全く無口になってしまって』こっちはこっちで楽でいいけど、反対にあっちが煩くなって、と心中ぼやきます。


土筆(84)

2018-05-28 10:35:04 | 日記

 答えを返して来なかった初めての相手が自分の親戚のお兄ちゃん、自分の従兄であれば尚更でした。この時私は世に出て初めて年上の人間、世間の人というものにはっきりとした失望感を得たのでした。

 『如何やら人間というものは当てにならないものの様だ。』私はそう感じながら、でも、と、一方で「人間、正直でなければいけない。」と何時も言う父の顔を思い出していました。もし父の言うように、人というものが皆正直に生きているものならば、人は当てにできるものだろう。嘘の無い信じられるものだ。と思えます。そして、親戚でもあのお兄ちゃんの方が他の人と違っていて変なんだろうか?と、そんな風にも考えてみるのでした。すると私には、先程従兄が太陽が誰かの物だと言った時の事が思い出されて来ました。

 『そうしてみると…』と、私はやはり従兄は変だと思うのでした。『あのお兄ちゃんの方が変なんじゃないかな。』私の考えはその方向へ転がるのでした。すると更に、私には先刻の従妹が漏らした言葉が甦って来ました。

「あの人、やっぱり変なんだわ。」

そう従姉が口にする言葉を聞いて、あの人とは従兄の事なのかと私が彼女に尋ねた時、彼女ははっきりそれが自分の兄だとは答えなかったけれど、それはやはりそうだったのだろうと私は思うのでした。『実際、私も今そう思ったんだから。』と私は彼女に共感すると、確りとした結論を出しました。

 そこでふと私は目の前の暗く沈んだ広場に気付きました。広場にはもう夜の帳が降り始めていました。『もう暗くなったんだ。』そしてこの場所には私1人しかいないんだ。私は背筋にぞっと来る寒い物を覚えると、震える足を踏みしめて、1歩、1歩、また1歩、と足を慣らす様にして駆け出すと、それっとばかりに施設の出口を目指しました。

 「…ちゃん」、声の場所には丁度門を入って来たばかりの母の姿が見えました。この時辺りの家の灯りが点り、それが道にいる私達の場所に迄差して来ました。漏れて来る電灯の明るさと、母の声と姿が、私にほっとした安堵感を与えました。私は体が暖かくなったのを感じました。そして何だか目に涙が溢れ、その事を母に気付かれない様に顔を背けると、目をパチパチと何度か瞬いたのでした。