Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

お定まりの言葉、2

2016-12-31 18:22:22 | 日記

 「えっ、お前如何してそこにはそうなの。」

電話の前で正座していた父は、急に背筋がしゃんとしたような、ピシャリと背中を打たれたような雰囲気で姿勢を正し、

顔だけをこちらに向けると、素っ頓狂に近い顔をして私を見つめました。

 だから、そこはいいの、即OKしていいから、私に取り次ぐ迄もないの。

向こうから連絡があったら即OKの返事をしてね。私の方は何時でもいいのだから、

向こうの気が変わらない内に早めによいとお返事してね。

そう私は父に話して置きました。

 父は信じられないという顔で、降って湧いたような私の態度の軟化に多分呆然としていたのだと思います。

社会人になって何年目か、2度目の会社で落ち着いて勤めていた頃です。

その頃は何人か、私が過去に出会っていた人達から父の所へ、電話または訪問して、

お付き合い、結婚等の打診が来ているようでした。

 「お前、○○という物を知っているか」とか、電話が掛かって来ているけど出るかとか、

付き合いたいと言っているけれど如何する、など日常の所作に紛れて聞かれたり、

直接掛かって来た受話器を持った父からそのまま聞かれる事がありました。

 そうねえ、知っている人とか、あまり、話した事が無い人だから、とか、如何とも、

そんな風に私自身曖昧であったり、付き合う気が無い場合は父にはっきりそうと伝えたり、

あれこれと父に聞かれればその都度、私は自身の考えを如何こうと話して来たのでした。

 只、最終判断は父の方でしていたようです。皆その後話の進展は無かったのですから、

父の方で体よく断ってしまったのでしょう。(私が断った以外は原因不明)

 そんなある日、私は居間に入ると、受話器を手に電話口に座っていた父に気が付来ました。

その時ふと、何時になくある人の名前を思い出し、父にその人の名前を言って、もしその人から電話が掛かって来たら、

結婚したいなどの連絡があった時にはと、上記の言葉を言って置いたのでした。

 「連絡があったらでいいのよ。」

と続けて私。

何か約束がしてあるのかと聞く父に、特に、そうでは無いけれどと私は答え、

気持ちがあれば連絡して来るでしょうから、来られるでしょうし、

そうしたら、即OKしておいてね。私はよいのだから。

その人唯1人だけはそうはっきりと、父に自分の意思表示をして置いたのでした。

 このように、いろいろな事があり、過去に何度となく異性に対しての拒絶の言葉を父に繰り返して来た私でさえ、

「娘十八番茶も出花」の頃には、ちゃんとそれなりに思う相手と出会えるものだという事です。

 今現在自分の半生を翻ってみても、

唯一無二と言える人に出会えた、誰しもそんな人に出会う時がちゃんと来るのだと思う事です。

私のように親その他等の障害が多いかもしれません、でも、皆さんもその時をにこやかに迎えられるようにと願っています。

 

 

 

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お定まりの言葉

2016-12-30 18:00:06 | 日記

 私にはお定まりの言葉があって、ついプッツンと切れると、抗議のように父に言ってしまう言葉がありました。

「暫くいいわ。」「会いたくないわ。」「見たくないわ。」

などなど、絶対何々したくないわと拒絶の言葉を並べる事です。

 中学校2年生の時もそうでした。

暫く男の子と話をしたくないわ、彼氏もいらない。

そう言った時、父はすかさず何時迄かと聞き返して来ましたが、

離婚直後に私が、もう絶対に私に結婚の話を持って来ないでね。

と言った時には、父は黙して語らず、今回は何時迄とは聞いて来ませんでした。

 そこで私はこの時返って拍子抜けしてしまいました。

暖簾に腕押しのような感じで、手応えが無い不思議な違和感という物を覚えたのです。

 確かに私は前者の時には、暫くって何時までだと問う父の素早さに面食らい、

何時迄と言っても答えられない、暫くは暫くよ、…ずーっとかもしれない。と答えたものです。

 その時には父がこんなに早く機敏に切り替えしてくるとは夢にも思いませんでした。

私が何か言う時には何時も無言であったり、そうさなぁとか、うーんとか、返答や反応が遅い父であったのに、

その時の驚く程の反応の速さが、私には返って意外であり、妙に気に止まる事となりました。

それで、1日2日程、自分が父に留意した点について考えていました。

 何故、父は驚き慌てたのか?

私が彼氏を作りたくないと言った事に、何故何時になく素早く反応したのか?

もしかすると、皆が盛んに私に男の子を紹介してくれるのは、父が皆に頼んでいるのではないか。

父の方が私に早くボーイフレンドを作って貰いたいのではないか。

父は家に遊びに来る男の子が欲しいのではないか。将来の息子の目当てが欲しいのではないか。

そんな風に考えてくると、私には父が大変身勝手な人だと思えてしょうがないのでした。

 私の感情なんか全然気にしていない。父の方が私のボーイフレンドというものを欲している。

そうなのかもしれない。そう思うと、私は段々むかむかと怒りが湧いて来るのでした。 

私に一言の相談もなく、私の感情や意向など全く無視しているのだと感じたのです。

 中2の時でこう思ったのですから、結婚後、離婚直後は尚更親子で険悪な状態であったと言わざるおえません。

それぞれに言い分はあったのです。

 父はよく言っていましたが、「何時までも、あると思うな親と金」は、

自分の体調が不安であったからなのでしょう。確かに体力的に堅固な人ではありませんでした。

例えそうでなくても、子に対する親の責任を思う時、

早めに子の将来の安定や保険のようなものとして、未来の息子、家を託せる男子を求めていたのかもしれません。

思えば父は、私に対して祖父母程には期待や信頼が無かったのかもしれません。

早めに私の将来を安定させようとしていたのですから。

 実際、高校の頃に父は直接私に、先生であったか職員室であったかで彼氏のお世話を頼んで来たんだ。

と言っていました。

この当時でさえ、まだ内心私はえーっと思い、期待というよりも困惑が先に立って父の話を聞いていました。

 『自然でいいのに、彼氏が出来たら出来た時で、そんな時でよいのに。』

そう思って、父が何だか無理難題を先生や私に突き付けていると感じたものです。

 そんな父の思惑とは逆に、一向に私に彼が出来なかったのは、やはり現実に無理があったせいでしょう。

何事も「急いては事を仕損じる」の良い見本のような物です。

父がせっかちであり(私にすると)、私がおっとりしていたという性格の違いが、

何につけてもお互いの人生の不協和音を生み出していたのかもしれません。

 

 

 

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ある程度の実りのある年でした

2016-12-30 17:52:01 | 日記
お題「2016年を振り返って一言」に参加中!

 今年1年を振り返ってみると、ある程度実りの有った年ではないかと思います。

母の体調不良に振り回された春。コツコツと頑張ってみた夏。ちょっと一息つけた秋。

そして今年の冬は、来年に向けて準備する季節となりました。

 振り返ってみると、ある程度の実りが有った年と言えるのではないかと思います。

来年に期待して、頑張ってみたいと思います。出店とか、移転をすると忙しくてブログも書けないかもしれません。

そう思うとちょっと残念です。

 

 

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お正月用のお花

2016-12-29 14:58:28 | 日記

 流石に、掃除にも疲れ、午前中は買い物に出かけてしまったのでした。

目に留まったのがお花。

お昼と晩のおかずの材料だけ買う予定でしたが、いの一番にお花を買ってしまいました。

お正月用の榊も買って、その後はあれこれと目につくものを買って、やはり買い物に出ると買ってしまいますね。

買い物の前に洗車して来たので、正月飾りを車に飾って、愛車の方はもうお正月準備が整いました。

 あー、この後手のかかる台所に突入です。でも、ある程度綺麗にしておかなければね。

出来る範囲で、出来る範囲で、そう思って気楽にしようと思うのですが、

ついついもう少し、そこここを綺麗にと思うと時間があっという間に過ぎてしまいます。

うん、行かねば。暖かなパソコン部屋とも暫しのお別れです。ずーっとかもしれません。

 ずーっとかもしれない。この言葉には覚えがります。かつて私が父に言った言葉です。

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今年もあと3日

2016-12-29 09:31:57 | 日記

 年末も押し詰まって来ました。

御節は頼んであるし、家の中の片付けや掃除で過ごせばよいのですが、

慌ただしいです。

昨夜ゆっくりと休めたかというとそうでもなく。寝ては夢、覚めては現というようなまんじりともしない晩でした。

 さて、起きてみての今朝は何も書く事が無いのです。

特に何も浮かばなかったし、夢現の中は混沌としてごった煮のよう、お正月用の煮物の鍋の中のようでした。

昔は治部煮などよく作った物でした。お雑煮にも利用したりしてバランスよく冬野菜を取り入れたものです。

鏡餅に昆布、よろこんぶですね。

黒豆、数の子、だし巻き、紅白なると、田づくり…、買い物に行くと目にします。

これらお正月用品が目につき出して年末新年の秒読み段階、押し詰まりを感じるのですが、

近年は宅配御節などがあるので案外のんきに過ごせるようになりました。

 以前は出来合いのおせち料理は豪華な品数の多い物を注文していましたが、食事回数が増すごとに食べ飽きてしまい、

しかも、時間が経つごとに何かしらの薬品、防腐剤だと思いますが、が鼻というより体調につき出してしまいます。

体調に違和感、軽い変調の兆しのような物を感じてしまいます。

1日で食べきれる量や品数で結構だと思うようになり、自然食品や添加物無添加が選択ポイントになりました。

 これには1月元旦から大手のお店が開いていて、

私達消費者にも多くの品物が購入できるという利便性が背景にあります。

無理に年末買わなくても、お正月に買えるから、急ぐ事も無いから、果ては、新年過ぎると安く買えるから、など。

クリスマス商品がもう赤札、そして売り場からはもう消えた頃でしょうか。

 家事が忙しくてお店まで行っていません。近年はネットショッピングもできる時代です。

家に籠っていて運動不足だからと、運動がてら売り場の商品を見て回る、そんな時代になったのかもしれません。

特に年配のご夫婦の良い暇つぶし、余暇の趣味なのかもしれません。品物を見て回るのは楽しいですからね。

写真の商品もよいけれど、実際に見て触れる楽しさも、私のように昔の人?には楽しい事かもしれません。

 

 

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