Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

いちご泥棒?

2016-05-30 09:37:25 | 日記

 先日の花泥棒の話ではないですが、家にもいちご泥棒が出没するようです。

以前植えたイチゴの苗が、もう十数年絶えたようでいながら絶えずにあちらこちらの鉢に残り、気が付くと実を着けていました。

何故気が付くかというと、その赤い実のおかげです。どんなに小さくても赤い色に気付くと、それは苺とピンときます。

同じように、誰かも苺の実りに気づくのでしょう。

私は今年2回気付いて、明日あたり食べごろと思っていると、ふいと翌日、翌々日には無くなってしまうのです。

もちろん、母かなと聞いてみました。が、何となく予感した通り母ではなく、家の誰でもないのでした。

「鳥かしらね」

私はそう言ってみましたが、それには理由があります。

道路から何メートルも入った家の傍、鉢が重なって並んでいる緑の中、赤い色は目立つとはいえ、手入れしていない小さな実、わざわざ人の家の駐車場に入り込んでまで、他人は食べようと思うかしら?

しかも大来に面した場所、夜間や早朝でも相当傍若無人か知恵や精神に異常のある人でもない限り、こんな大胆で卑小な行動はとれないのではないかしらと思ったからです。

 私にしても、そんなちっぽけな実の紛失を記事にして、それこそケチ臭いと思われるでしょう。

が、子供と同じで、家に成った実を取って食べるのが好きな母に、摘ませてやると喜ぶだろうと思って目を付けたのに、その思惑が外れ肩透かしを2回食わされたのです。先日書いた花泥棒の記事とリンクしてしまったのでした。

 世の中はよくできているものです。取ってくる神あれば取られる神あり、神は植物になりますが、どこかで沈む気持ちあればこちらでも思惑の外れることあり、なのでしょうね。

何となく関連しているような気がするのも不思議なものです。ネコでしょうか

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今日は運動会

2016-05-28 13:12:44 | 日記

 地域の小学校の運動会、という事で、午前、母は敬老席のテントで見学すると喜んで出かけたようです。

2、3日前の話では、お茶など出るかなと期待していましたが、さあて¨と、私は思ったものです。どうも雰囲気的に昨今お茶など出ることはないのではないか、そう思ったからでした。

昼帰ってくると、母はぶつくさと、午後はいかないというので、私はそれはよかったとほっとしたものです。グランドで何を話していたのか、最近の教育は…など母は言っていたので、『教育者でもないのに』と、さぞやひんしゅくムードをかったことだろうと溜息でした。

口に出してぶつくさ言ったんじゃないの、というと、いいえ、傍の人と話していただけ。とは言うのですが、地声の大きい母の事、聞こえない人はいなかったんじゃないかしらと、当然学校の先生方の耳にも入っていただろうと、更にげんなり。

何かにつけて家にとってはマイナスだろうと思うと、どうしてよいやらと困ってしまいます。

 こんな母の事、黙っていられずに家に進言に来た人は少なからずです。

に限らず誰彼地域親戚本人にだって、口は禍の元、母の実家にだって、その親戚にだってどれだけ迷惑になってきたことか、と、今日は曇り空に思う事です。また出かけたようですね。嫌だわお手上げ。

 

 

 

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困っていること

2016-05-21 10:18:26 | 日記

何でも、注意したことを忘れてしまう母に、

困っていること!第一である。

 最近も、帰宅すると玄関に花の一輪挿しが置いてあった。

家にはない花なので、母が誰かにもらって来たのかなと思う。そう思う内にも、何やら胸騒ぎ、がという感じ。

その後帰宅した母に、玄関の花どうしたの?と聞くと、

「近所のお寺に沢山咲いていたから、お寺のだし取っていいと思って取ってきた。」

という答え。

途端に気分が下降、沈むというより、何かにめり込んでしまった気分に陥った私でした。

 やっぱりね、今に始まったことではないような気がする私。

思い出してみると、幼少の頃から何かあると近所のお寺で遊んできなさい、お寺でどうのと、やたらお寺に縁付けられてきた私というか、縁付けようとしていた母だったなぁと、認知症になる頃からの母の言動が思い当たるのでした。

どうも、母自身が寺に縁付きたい人だったのだなぁと思うのです。

 近年も、近所の寺に花が沢山咲いているから、おまえ見に行っておいでとか、見に来て欲しいって、というのですが、私はほとんど行ったことはなく、行く気にもならないでいたのですが、幼少の頃は母のいう事をよく聞いて、ほとんど毎日、一日にも何度となく行ったくらい頻繁に遊びに行ったものでした。

 幼い頃は近所に遊び相手の子供も多く、皆で連れだってこの寺へ遊びに行ったものでしたが、いつしか皆行かなくなり、誘うと

「お寺や、お墓って気味悪くない?」

といわれて、子供心にもそうかもと思ったものでした。

それが自然かなと当時も感じていました。

そんな私が寺での遊び通いを止めなかったのは、やはり親の言うことに素直に、という父の教えを守ったせいだと思います。

母のいう事に素直に、寺で遊んできなさい、行ってきます。こんな感じでした。

それでも、小学校へ上がる頃には忙しくなり、2日、3日、と足は遠のいて行ったものです。

 さて、そんな話はさておいて、母の花泥棒には困ったことでした。

「お寺さんでも、花は取って来てはダメよ。」

というと

「そんな物かねえ」などと空々しく言うので、

呆れるというより、認知症のせいかな?と、病気のせいにしてしまいたいくらいでした。(それではすむまい

だって、過去を鑑みれば、父が亡くなってからは、何故か母が盛んに寺に行っていたという事が明るみになってきたのでした。

しかも、墓所をうろついていたらしく、墓所で工事中に母と話したからと、石屋さんから墓の立て直しの話を受けたり、

母自身から、本堂の前の階段で近所の誰それとよく話し込むと聞いたり、

頻繁に近所の寺と母がクローズアップされてくるという事がままあったのでした。

 今度は花ね、どこをうろついてきたのやら、寺の中から裏から周囲迄、いったいなんでこんなに寺が気になるのやら。そう思ってみたのですが、寺に限らず近くの公園、観光所、その他施設、母の話は絶え間ないのでした。

万遍なく家の周囲、地域をうろついているのでしょう。

 注意しても忘れてしまうし守らない。こんな母のいう事を、

『親のいう事には素直に、親の言葉と茄子の花は千に一つの無駄もない』

と教えた父が、最後には私と不仲だったというのも当たり前かなと、これを書いていて思ったことでした。

普通の家の花じゃない、お寺さんの花よ、と母はいうけど、ダメです!泥棒です!

花泥棒は罪が深いというし、お寺でも(この感覚も理解できないんだけど)花泥棒はやめてね!

 

 

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そうねえ

2016-05-19 10:31:09 | 日記

 父が亡くなってから2、3年、結構前になりますが、母がふと

「お父さんの顔覚えてる?」

と聞くので、

「覚えてるけど」もちろん

というと、

「そう、お母さん全然お父さんの顔を思いだせなくて、どんな顔だったかねぇ」

などと言うので、

ええーとびっくり!

ボケたせいという訳でもなく、父の若い頃の顔も思いだせないらしい。

そんな母の様子にやや好意的に

「おかあさん、お父さんの横にいつもいたから、顔が見えなくて覚えてないのよ、私は正面からよく見ていたから。」

など、母と私の父との位置の取り加減の違いを理由に上げてみたものの、やっぱり不自然と唖然としたものです。

 その後、思いだしたのが両親の結婚写真、父はそれなりにやや緊張したような面持ちで正面を向いて映っていたのですが、母ときたら目線を落として父から顔を背け風という写り加減でした。写真は1枚でもないのでしょうが。

その後もあの写真と同様父から顔を背けてきたのかなと、長年連れ添った夫婦というのも様々なことだと感じ入りました。

私など、性格の不一致、即離婚!に近い感じで10年ほどで離婚してしまいましたが、記憶力が良いのか、いまだに顔を思いだせるというのが内心嫌なものです。

60年ほど連れ添った両親なのに、そんな物なのかと、不仲であった父に同情してしまいました。

離婚すればよかったのに、ともすれば実家に帰りたいという母に「実家に帰れ!」と怒鳴りたくなりますが、いつも心の内の声で留めています。

 さて、今日こんな事を書きだしたのは、そろそろ父の日フェアーで、黄色いバラの花束など、父を思いだす機会が増えたせいでしょう。今朝もふと父の事を思いだして

「段々寂しくなりますよ。」

の親戚の方の葬儀での言葉を思い起こしてみました。

『そうかな、そうだろうかと』寂しさの具合をいつも推し量ってみるのです。

この言葉を思いだすと何時もそうなのですが、父を慕う寂しさがそう増したとは感じないのでした。

父の顔を思いだせない母、寂しさが募らない私、母娘だねえといわれそうですが、似て居たくない私です。

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今年の祭礼

2016-05-04 07:08:58 | 日記

 

 
今年の祭礼

 5月 今日は五月晴れです。昨日は祭礼でした。そのせいではないのですが、このページにアクセスしない内に、2、3日過ごしてしまいました。やはり、世界的なOS...
 

今年の祭礼は、とても久しぶりにお宮まで参拝に出かけたものです。

ずいぶん閑散とした露天を眺めながら、ぐるぐる回ってみました。もしかすると、夏の夜店の頃の方が繁盛しているのではないかと思う露店の並びようでした。

昔は山車の回る道沿いにも露店が並び、家の前にも店を出させて欲しいと来る人がいたものです。

私の覚えている限りでは、お面売りや風車を売る商いの人でした。

沿道にも人の囲いが3重になって、山車が通る頃には人垣は4重にも5重にもなって、見物客が押し合いへし合いしたものでした。

小さな私には人の垣根から車を見ることができず、家の2階から親戚や友達などと山を眺め、山に乗っている知った子にお菓子など投げたものでした。

のんびり動く車に、離れていてもお菓子が届く、そんな時代があったものです。

 現在は道沿いに玄関が大きく面積を占めてしまい、どう頑張っても家の2階から山の中の子にお菓子を届けるという芸当は、相当難しいようです。野球のピッチャーでもかなり難しいでしょうね。飴玉やキャラメルの箱、チョコレートなどなど。球と感覚が違うでしょうし、重さも違う、子供には尚更難しいというものです。

思いだせば、友達のお母さんから頼まれて、お菓子を投げたこともありましたね。お祭りの日は子供がはしゃぐ日だったものです。親も共に花を持たせてやろうと一緒に励んだのでしょう。

 今年の祭りは、昨年に比べると見物客が増したように思いました。残念なことに事故があったようです。早めの切り上げとなったようです。人伝に聞き、翌日の新聞で記事を読み、大変な事とお気の毒に思い、怪我をされた方にお大事にとお見舞いを申し上げずにいられません。

 どこの祭りでも、ぽつぽつ怪我や事故の話を聞きます。安全に行われるよう願っています。連休でさえ、車の事故が多いので外出が心配です。昨日は子も外出先でマナーの悪い車に出会い、とても嫌な気分だったと愚痴をこぼしていました。母などは風邪をひいてしまいました。私も過去に連休中の車の事故経験があります。まだあと2日ほど連休が残っていますから、共に平穏な気持ちで、安全と健康に気を付けたいものですね。 


 

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