ムーミンについて その3

「ムーミン谷の11月」
この、ムーミンシリーズの最終巻は破格の設定。
というのも、この作品には、ムーミン一家がでてこないのだ。
登場するのは、スナフキン、お話をつくるのが好きなちびっこホムサのトフト、フィリフヨンカ、ヘムレンさん、ミムラねえさん、スクルッタおじさん、などなど。
全員、一家のいないムーミン屋敷にやってきて、しばらくのあいだともに暮らす。

一緒に暮らしていると、当然、衝突したりいきちがったりする。
でも、それで、なにがどうなるというわけではない。
どうなるというわけではないけれど、たしかにある時間がたったのだという感触がある。
なんとなくはじまった共同生活は、なんとなく終わる。
もう充分ある時間をすごしたのだと登場人物たちは思い、読んでいるこちらもそれを了解する。

「ムーミンパパ海へいく」でやったことを、ムーミン一家以外の登場人物でやったのがこの作品といえるだろうか。
よくまあこんなことができるものだと感服。

本書で印象的なのは、スナフキンがとり乱す場面。
橋に立札をたてようとするヘムレンさんに、立札が大嫌いなスナフキンが食ってかかる。
テントから飛びだしてきて、「やめろ、すぐにやめろ」と怒鳴る。
ふだん悟りすましたような顔をしているスナフキンがとり乱すのは、ちょっと感動的だ。

ムーミン一家が舟に乗ってもどってくるところで、本書は幕。
ひょっとしたら、この話は、ムーミン一家が灯台の島で暮らしていたあいだの話なのかもしれない。
最後に、海から舟がやってくるというのは、シリーズの最後にふさわしい、美しい幕切れだ。

そして、いよいよ最終巻。
「小さなトロールと大きな洪水」
といっても、序文や、訳者あとがきや、解説によれば、この作品はヤンソンさんの処女作だそう。
つまり、ムーミンシリーズの最初の作品。

書きはじめられたのは、第2次大戦中の1939年の冬。
戦争中におとぎ話を書くのは気がひけたので、だれにも内緒でこっそり書いた。
はじめの1、2章だけ書きほったらかしにしていたものを、1945年、戦争が終わると思いだし、友人の提案を受け入れて挿絵をつけ、子ども向けの本として出版した――とのこと。

本書は日本で翻訳出版されたのは、ムーミンシリーズ中一番遅かった。
解説を書いている、フィンランド文学研究家の高橋静男さんによれば、翻訳をヤンソンさんに打診したところ、処女作は出来が悪いからといって、原本さえみせてくれなかったという。
ところが、1982年の夏、ヤンソンさんから原作のコピーが送られてくる。
そこには、このままで翻訳出版してもいい、ただしいずれ書き直すつもりだという添え書きが。

そこでまた様子見。
でも、けっきょく書き直されることはなく、本書は1992年に出版された。

さて、ストーリー。
冒頭、ムーミンとママが、家を建てるのにふさわしい、あたたかくて気持ちのいい場所をもとめて森をさまよっている。
パパはある日、ニョロニョロたちと一緒に旅にでてしまった。
途中、スニフと出会ったり、チューリップの花のなかに住む、輝く青い髪の毛をもつ少女、チューリッパと出会ったりして、ともに旅をする。

一行は、年をとった男のつくった遊園地を通り抜け、浜辺でライオンみたいな顔をしたアリジゴクとあらそい、パパに会えるのではないかとニョロニョロたちと一緒に海にでて、真っ赤な髪をした少年のいる島にたどり着く。
そこで、パパのいき先を聞き、南へ向かう。
そのうちに、大雨が降ってきて、なにもかも水びたしに。
すると、手紙の入ったビンが流れてきて、それは助けをもとめるパパの手紙で――。

後年の、途方もない完成度からくらべると、本書はだいぶ落ちる。
物語は一本調子だし、文章には粘りがなく、挿絵も稚拙。

でも、のちのシリーズと変わらないところも多々。
冒頭、ムーミンとママがたいした説明もなく、突然といっていい調子で森のなかをさまよっていることなどは、そのいい例だろう。
説明なしで登場人物を登場させ、しかも読者に読ませるという、ヤンソンさんの不思議な力は、この処女作から発揮されている。

そして、このときはまだ、2人にパパをさがす様子はみられない。
2人は、物語の途中からパパをさがしはじめる。
このプロットのゆるさも後年のシリーズと同様。
また、やけに自然災害が扱われるのも後年のシリーズをほうふつとさせる。

それから、のちのシリーズでもでてくるキャラクターが登場するのが楽しい。
ニョロニョロは、この最初の作品から登場していた。
しかも、ちゃんと深ぶかとおじぎをしている。
ニョロニョロは登場時から完成されたキャラクターだったのだ。

また、「ニョロニョロと一緒に旅立ってしまったパパ」のイメージは、のちの短編、「ニョロニョロのひみつ」につながるものだろう。
ヘルムも登場しているけれど、こちらは後年の絵とは似ても似つかない。

――というわけで。
シリーズすべてのメモをとってみた。

ムーミンの登場人物たちは一致団結することがない。
傾いた店を立て直したり、強豪校を破って全国大会に出場したり、敵をほろぼしたり、世界をすくったりしない。
ただただ、登場人物たちの交流がえがかれるだけだ。
それがこんなに面白い。
なにより、ちゃんと時間がたった感じがするところが素晴らしい。
読んでいると、女性が書いた作品だという感じがとてもする。

ちょうど、ことしはヤンソンさんの生誕100年に当たるそう。
それにちなんで、デパートでムーミン展なる催しが開かれていたので、いってみた。

展示されているのは、ほとんど白黒の挿絵の原画。
よくみると、紙を貼って修正した跡がうかがえるものもある。
また、いくつか習作が展示されている。
そんなのをみるのが楽しい。
それにしても、まあ大変な上手さだ。

挿絵なので、展示品はみな小さい。
会場はひとでいっぱいで、小さな挿絵を二重三重にひとがかこむ。
おかげで、ゆっくりみられない。

会場にはDVDの映像も流れていた。
ヤンソンさんがやたら大きな黒猫を抱いて、腰を振りながら踊っている。
この黒猫は、「小さなトロールと大きな洪水」に載せられていた写真でヤンソンさんが抱いている黒猫と、同じ猫だろうか。

会場の最後には、ムーミン谷のジオラマが。
物語の場面にあわせ、細部までよくつくりこんである。
大勢のお客がスマホをかかげて写真を撮っていた。

その先のグッズ売場が、また大変なひとごみ。
ムーミンが、こんなに人気があるとは知らなかった。
グッズの売り上げが見こめるからこそ、デパートは展覧会を催したのだろう。
少しだけ、端っこのほうをみてまわったら、ニョロニョロの形をしたトングをみつけた。
これはアイデアだ。

それにしても。
なぜ、フィンランドに旅行したときに、現地の美術館にいかなかったのか。
そしたら、もっとゆっくりみてまわれたろうに。
そればかりが悔やまれる。
まあ、ムーミンに興味をもったのが、旅行のあとだったのだから仕方がない。

グッズは買わなかったけれど、図録は購入。
正方形をした、白い瀟洒なできばえの本。
銀色に輝くポストカードが同封されていて、それは「ムーミンパパ海へいく」からとられた、ムーミンとモランが向かいあっている場面のものだった。
図録にはヤンソンさんの年譜があり、知りたかったムーミンシリーズの制作年が記されていた。
以下、必要なとろこだけ抜き書き。

1945(31歳)「小さなトロールと大きな洪水」刊行。
1946(32歳)「ムーミン谷の彗星」刊行。
1947(33歳)雑誌「現代」にコミック「ムーミントロールと世界の終わり」を連載(~1948)。
1948(34歳)「たのしいムーミン一家」刊行。
1950(36歳)「ムーミンパパの思い出」刊行。
1954(40歳)イギリスの日刊紙「イブニングニュース」でマンガ「ムーミントロール」連載開始。最初はトーベが、後に弟のラルスが執筆を担当。
1962(48歳)「ムーミン谷の仲間たち」刊行。
1965(51歳)小説「彫刻家の娘」刊行。以降小説も執筆する。
1970(56歳)最終作「ムーミン谷の十一月」刊行。

さて。
ムーミンシリーズは物語だけで終わりではない。
コミックスがあり、アニメがある。
それについても少し触れたい――。


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« ムーミンにつ... ムーミンにつ... »
 
コメント
 
コメントはありません。
コメントを投稿する
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。