地獄の群衆

「地獄の群衆」(ジャック・ヒギンズ/著 篠原勝/訳 河出書房新社 1987)
原題は、“Hell is Too Crowded”
原書の刊行は、1962年。
ハリー・パタースン名義で刊行されたとのこと。
タイトルの「地獄の群衆」は、「地獄は悪党でいっぱい」の意だと、これは訳者あとがきから。

舞台はロンドン。
主人公はマシュー・ブレイディ。
本書は、3人称マシュー視点。
身におぼえのない罪で逮捕されたマシューが、真犯人を追うという都会派サスペンスだ。

マシューは、アメリカ人の土木技師。
ロンドンで、ドイツ人で保母をしているキャティ・ホルトという女性を出会い、結婚を決意。
金を貯めるために、クェートのダム新設工事に参加。
10ヶ月はたらき、給料はキャティの口座に振りこんだ。

が、ロンドンにもどると、キャティは結婚するためにドイツにもどっていた。
その後、2日間飲んだくれて、霧のかすむ堤防地帯にいたところ、見知らぬ女に声をかけられる。
女の部屋にいき、だされたカクテルを飲み、意識を失う。

目をさますと、部屋は私服刑事でいっぱい。
売春婦だという例の女は惨殺されている。

けっきょくマシューは終身刑となり、マニンガム刑務所に入れられる。
入所して2週間目、マシューに面会者が訪れる。
以前、ブラジルのゼンベ・ダムで一緒にはたらいたハリー・ダニングの娘、アン・ダニング。
父が事故で亡くなり、形見の銀時計を渡しにきた、とアン。
あなたは、けっしてあんなことをするひとではない、と父はいっていました。
アンは売りだし中の女優で、現在、マニンガムのヒポドローム劇場で出演しているとのこと。

その日、刑務所増築の作業中、マシューは何者かに突きとばされ、危うく4階の足場から落ちそうになる。
さらに、翌日も似たような目に。

マシューをそんな目にあわせたのは、ジャンゴ・サットンという名前の強盗で服役しているジプシー。
マシューは、同房の古顔エヴァンズとともに、ジャンゴを締め上げる。
ジャンゴは、女房のウィルマに頼まれたという。
マシューを事故に遭わせたら500ポンド。
今週中なら250ポンド上乗せ。
一体だれが、なんのために自分を狙っているのか。

入所当初から脱獄を考えていたマシューは、エヴァンズの協力のもと、ぶじ脱獄に成功。
自分を狙っている黒幕をもとめて、探索を開始する――。

ヒギンズの初期作品は、なかなか話がはじまらないものが多いけれど、本書は冒頭からちゃんと話がはじまる。
話がはじまらないのは、辺境を舞台とした作品にかぎられるのかもしれない。
雰囲気をだそうとして、手間がかかってしまうのかも。
ロンドンをおもな舞台とした本書は、とどこおりなく話が進む。

いや、本書と同年に書かれた「復讐者の帰還」も、ある町のみを舞台にした、ストレートな物語だった。
ということは、最初期のヒギンズは平易な作風だったのかもしれない。
その後、舞台を辺境に設定し、だんだんとこじれていってしまったのかも。

本書の展開は、まことに真っ直ぐ。
ある人物を訪ね、その人物から別の人物の名前を聞き、こんどはその人物を訪ね―――のくり返し。
そのあいだに、何者かに襲われたりする。
おかげで読みやすいけれど、平板な印象は否めない。

このあと、脱獄したマシューは、ジャンゴの女房ウィルマが経営する酒場にでかける。
ウィルマを問いただすと、インド人で、「静かの寺院」といういかさま宗教を主宰している、ダスという男に示唆されたと聞かされる。

で、こんどはダスのもとへ。
先週、ロンドンからアントン・ハラスという名前のハンガリー人がやってきた。
この男が、マシュー殺害を頼んできた、とダス。

ハラスはだれに頼まれたのか。
ロンドンで、自然治療をいとなんでいるソームズ教授から。

寺院をでたあと、マシューは殺し屋に襲われるが、すぐそばのヒポドローム劇場の楽屋に逃げこむ。
ここで、アンと再会。
なんとか殺し屋を退散させ、アンの協力を得たマシューは、2人でともにロンドンへ――。

こんなことをくり返して、ついに黒幕の正体が判明する。
その黒幕は、それまで物語に登場していなかった人物。
ここで、はじめて名前が登場した、加虐趣味のある石油王という設定の人物だ。

この展開には、ちょっと驚いた。
いままで言及されたこともない人物が犯人だなんて。
そりゃ、本書はミステリではないけれど、それにしてもなあ。



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