悪魔と手を組め

「悪魔と手を組め」(ジャック・ヒギンズ/著 黒原敏行/訳 早川書房 2001)
原題は“Drink with the Devil”
原書の刊行は、1996年。

ショーン・ディロン・シリーズの第5作。
今回は、消えた金塊をめぐる物語。

本書は、前半と後半に分かれる。
前半は、本書の3分の1ほどで、強奪された金塊が消えるまで。
後半は、金塊のありかが判明し、その争奪戦がくり広げられる。

はじまりは、1985年、ベルファスト。
マーティン・キーオーと名乗る船員が、乱暴されそうになったキャサリン・ライアンを助けるところから。

キャサリンは、IRAに両親と妹を殺されている。
キャサリンの叔父、マイケル・ライアンは王党派の大物活動家。

キャサリンを助けたことから、キーオーはライアンにスカウトされる。
組織の人間をつかうと秘密がもれやすい。
仕事は、資金調達にかんすること。
イングランド西部の湖水地方にいき、5千万ポンドの金塊を積んだトラックを強奪するのだ。

ホテルにもどる途中、キーオーは電話ボックスから、IRA暫定派の参謀長、ジャック・バリーに連絡をとる。
キーオーは、じつはバリーの指示で潜入したIRAだった。
乱暴されかかったキャサリンを助けたのも、キーオーが仕組んだ芝居。

トラック強奪計画は1年ほど前、王党派軍事評議会が、危険すぎるとして放棄した計画。
それをライアンは単独で実行することにしたのだ。

ライアンとキャサリンとキーオーは、ロンドンへ。
ヒュー・ベルという主人が経営しているプロテスタント系のパブで、武器を調達したり、計画を詰めたり、トラックを積んでアルスターにもどる予定のアイリッシュ・ローズ号の船長と話したり、このろくでなしの船長をおどしたり。

3人は列車で湖水地方へ。
ライアンの従兄であるコリン・パワーは、イングランド人のメアリーと結婚。
メアリーの両親が亡くなり、農場を相続し、2人はこのフォリーズ・エンドにやってきた。
コリンは亡くなり、現在はメアリーと、親類の知恵遅れの子ベニーとの2人で、農場の仕事をこなしている。
この2人も、強奪計画の協力者。
成功すれば、報酬を受けとりアイルランドのダウン州にもどるのだ。

ここで、ろくでなしの船長に続き、第2の不安要素が。
ライアンは単独で行動していたのだが、それを王党派軍事評議会代表のリードにかぎつかれた。
リードは、パブの主人ヒュー・ベルと接触する。

さて、金塊はグラスゴーで荷揚げ。
食肉輸送トラックに偽装された車で湖水地方の海岸線を南下し、バロー-イン-ファーネスにいたる。
このルートで金塊がはこばれるようになったのは5年前から。
バローに新しい精錬所ができたためで、ここで金塊は溶かされ、小さな延べ棒になる。
このトラックを、途中で襲う。

で、当日。
強奪は成功。
金塊を乗せたトラックとともに、アイリッシュ・ローズ号に乗り、海上へ。
が、金塊を狙うろくでなしの船長とあらそったあげく、船はトラックとともにダウン州沖に沈んでしまう。

キーオー、ライアン、キャサリンはゴムボートで脱出。
けっきょく、強奪は失敗し、キーオーは去る。
しかし、ライアンはナヴィゲーターをもっており、沈没した船の位置を正確に知っていたのだった――。

というのが、本書の3分の1ぐらい。
このあと舞台は現代、1995年に。

10年で、ライアンとキャサリンの境遇は大きく変わってしまった。
2人はアメリカに渡り、銀行強盗を。
そのさい、ライアンは警官をひとり撃ち殺してしまい、25年の刑をくらう。
キャサリンは逃げのび、いまでは看護婦に。

狭心症の持病があるライアンは、比較的自由が許されるグリーン・ラピッズ刑務所に現在収容されている。
キャサリンは、近所の病院に勤務し、週に3度は面会にくる。

ライアンは狭心症の発作中、うわごとでアイリッシュ・ローズ号のことをもらしてしまう。
それを聞いていたのが、看護師の資格をもつためグリーン・ラピッズ刑務所で服役している、パオロ・サラモーネ。
シチリア・マフィアの一員で、やはり警官を殺し、25年の刑を受けている。

サラモーネは、ファミリーの弁護士ソラッツォに船と金塊のことを告げる。
ソラッツォが、この件を伯父のドン・アントニオに話す。
IRAとは以前武器の取り引きをしたことがあると、ドン・アントニオ。
ドン・アントニオはジャック・バリーと連絡をとり、共同で金塊を引き上げることに。

金塊を引き上げるには、船の位置が正確にわからなくてはいけない。
ソラッツォとその運転手兼ボディガードのモリは、キャサリンとライアンに接触。
2人を脱獄させることに。

ところで、ファーガスン准将やディロンたちは、この話にどうからんでくるのか。
最初にファミリーに金塊の話をしたサラモーネは、手柄をみとめられ、刑務所から早くでられる思っていた。
ところが、逆に命を狙われるはめに。
そこで、サラモーネは自分を逮捕したFBIのブレイク・ジョンソンに連絡をとる。
ジョンソンは現在、大統領のみに責任を負う情報機関〈地下室〉(ペイスメント)を率いている。
つまり、ファーガスン准将のアメリカ版。

当時5千万ポンドだった金塊は、現在の価値では1億ポンドを超える。
その金をIRAの資金とするわけにはいかない。
というわけで、ブレイク・ジョンソンを通じ、ファーガスン准将たちにこの件がまわってくることに――。

本書のプロットは、「雨の襲撃者」と、「非情の日」を混ぜたものだろう。
描写もセリフもプロットもキャラクターも、ヒギンズは無駄なくつかいまわす。

また、本書には直接本筋とかかわらない、ディロンが大活躍するエピソードがある。
前作、「闇の天使」で、ディロンがベイルートで活躍したのと同様の趣向。
今回は、アメリカ大統領訪問にさいし、サイモン・カーター――ファーガスン准将のライバル――率いる防諜局が作成した警備プランに不備があることを証明するため、テムズ川より議事堂のテラスへの侵入をこころみる。

このとき、テムズ川の専門家として協力を得たのが、密輸で稼いでいるギャングのハリー・ソルターと、その甥のビリー・ソルター。
ペイスメントを率いるブレイク・ジョンソンともども、以降のディロン・シリーズの常連となる。

それから。
マフィアとIRAによる金塊引き上げについて捜査をはじめたファーガスン准将たちは、IRAの動向をつかむため、なんとリーアム・デヴリンを訪れる。
デヴリンは、ことし85歳。
まだ車の運転はするものの、もう撃ちあいはできない。

デヴリンとディロンは、ほとんど同じキャラクターといっていい。
ディロンはデヴリンの弟子であり、のちに方向性のちがいから袂を分かつことになった。
デヴリンはディロンに会うとこういう。
「お前はおれの悪しき分身なんだ」

読者に指摘される前に登場人物にいわせることで、あらかじめ違和感が生じるのをふせいでいる。

また、ハンナ・バーンスタイン警部をみて、デヴリンはいう。
「おれが七十五歳でなかったら惚れているところだ」
それを聞いてディロンはこたえる。
「七十五歳? あんたはとんでもない嘘つきだな」

長く読んできた読者にとって、こういう会話はたいそう愉快なものだ。

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