因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

唐組 第67回公演『ビニールの城』

2021-05-24 | 舞台
*唐十郎作 久保井研+唐十郎演出 公式ブログはこちら 新宿・花園神社、神戸・湊川公園を終わって、20日まで長野市の城山公園ふれあい広場(1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11
 花園神社の初日は日延べとなり、さらに下北沢公演も近隣の飲食店から「騒音」を理由に公演中止に。しかし花園神社での追加公演が決まって盛況のうち終了、その後15年ぶりの神戸公演も無事に終わり、今週末の長野市の城山公園ふれあい広場で大千秋楽を迎える。どうか最後まで無事に、と願うのみである。

 今年1月に下北沢・駅前劇場で上演された『少女都市からの呼び声』の味わいは忘れがたく、いまだにその余韻が心身に残っている(blog通信)。それゆえ、2年ぶりの花園神社の紅テントが楽しみでもあり、懸念もあった。

 果たして観劇当夜、神社の木々の中にテントは建っていた。しかし観客は無意識に距離をとって散らばり、連れがあっても会話は少ない。やがて「これから整理番号順にお並びいただきます」と、堂々たる声と節回しで一声を発したのは、昨年入団の松本遼平だ。実は唐組公演で最も心躍る瞬間であり、観客誘導にここまでの迫力は…と思いつつ、「待ってました」「こうでなくちゃ」と嬉しくなるのである。

 感染防止対策に関わる手間や労苦、ストレスはいかばかりかと想像するが、劇団員はみな落ち着いた口調と動作で入場前の手指消毒や検温を進めている。テント内では全原徳和が舞台正面に立ち、観客誘導を一人で行っている。全体の様子を見ながら、観客一人ひとりを手際よく、的確な場所へ自然に案内する手並みは見事だ。ふと気がつくと、全原は客席中央通路から静かに歩み去ろうとしている。そろそろ始まるな。程なく座長代行の久保井研が客席前方から静かな口調で挨拶をして開幕。この一連の流れ、絶妙なタイミングとホスピタリティは、かつての賑々しさが無くなった代わりに、開幕前の心身を鎮め、背筋を伸ばして舞台に臨む備えをさせてくれる。
 
 公演チラシを読み直してみる。久保井研の「飯を喰うように芝居をやる」には、本作初演からこの1年半のあいだに激変した日常生活において、リアルにビニール膜越し、パソコンやスマホの画面越しに言葉を交わす今のわたしたちの様相、迷走する社会を直視し、「こんな最中に芝居を打って何になるのか」、かつて唐十郎が芝居の力を信じる覚悟をもってこの世と闘ってきたような、その覚悟があるのかと自問しつつ、唐が「どんな時も、俺たちは飯を喰うように芝居をやる」という言葉の意味を考えていると結ぶ。
 また今野裕一は「唐戯曲の魅力再見~久保井演出の衝撃」と題し、演劇の基本である言葉から入っていくことの重要性、久保井演出で唐の代表作を上演する意味、そして唐組の可能性についてわかりやすく、かつ熱意と期待を込めて記している。2016年秋の『夜壺』公演関連イベントとして行われた唐作品朗読ワークショップを思い起こす。講師を務めた久保井は、戯曲を読み込む作業の繰り返しによって、参加者に唐作品の面白さや魅力に気づけること、実際の舞台がいっそう楽しめることを説いた。その手並みは「こんなにじっくり読んでいて、稽古は間に合うのだろうか」と考えてしまうほど丁寧で誠実であり、この積み重ねあっての唐組の舞台なのだと納得できたのであった。

 換気のため、テントの両サイドは幕を取り、葦簀を立て掛けてある。おもての騒音はまことに容赦なく、しかし俳優は動じることはない。「騒音に負けない熱演」というより、むしろ静かなのである。人形の言葉を語るうちに、自分自身の心が危うくなった元腹話術師朝顔(稲荷卓央)は相棒だった人形の夕一を探して浅草をさまよい、巡りついたバーで電気ブランを呷る。そこにやってくるビニ本のモデル・モモ(藤井由紀)と、人形と同じ名を持つ仮初めの夫夕一(久保井研)を交えて展開する悲恋物語は久保井演出のひとつの到達点と同時に、10年後、20年後に出会う唐作品への夢を掻き立てるものであった。

 カーテンコールにおいて、客席から絞り出すような声で稲荷!、藤井!、久保井!と叫ぶ年配の男性があり、歌舞伎座では禁止されている大向うを久びさに聞くことができた。終演後のテントはやはり静かである。言葉を交わさず、もちろん酒も飲まず、心を一人で抱えて帰路に着くことに、淋しさではなくむしろ喜びを覚え始めていると気づく。これも唐十郎の劇世界から与えられた新しい贈り物であろう。
 
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