因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

劇団パラドックス定数 第49項『諜報員』

2024-03-17 | 舞台
*野木萌葱作・演出 公式サイトはこちら 東京芸術劇場シアターイースト (1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11,12,13,14,15,16,17,18,19,20,21,22,23,24,25,26,27,28,29,30,31)17日終了
 ドイツ人の父とロシア人の母のあいだに生まれ、ドイツのジャーナリストとして日本へ入国したリヒャルト・ゾルゲの正体はソビエト連邦の諜報員で、その任務は日本の国内施策、外交政策を探ることであった。いわゆる「ゾルゲ事件」(Wikipedia)を題材に、ゾルゲとの関わりを疑われた4人の男たちと、彼等を取り調べる2人の警官の攻防が描かれる。実際の事件と劇作家の妄想が絡み合い、虚実ない交ぜの劇世界が繰り広げられる。

 題材からして野木萌葱、パラドックス定数の魅力満載と前のめりになるほど期待して観劇に臨んだのだが、前日のダブルヘッダー(1,2)の充実から気が緩んだのか、残念ながら緊張を保つことができなかった。よって今回の記事は上演台本を読み進めながら、不完全な観劇の印象を補い、自分の脳内で劇世界を構築を試みるものとなる。

 歴史的事実や事件を取り扱った演劇公演では、事前に用語や時代背景などの解説が配布されることが少なくないが、パラドックス定数ではB4二つ折りの当日リーフレットのみ、記されているのは配役とスタッフ、野木の挨拶文のみである。配役表も役名と俳優名だけであり、登場人物の役柄などの情報は一切記されていない。観客はほとんど丸腰で観劇に臨むことになる。

 ある日突然頭に袋を被せられ、連行された4人の男たち。互いに名前も仕事も知らない。一人ずつ別室に呼ばれ、刑事らしき二人の男たちからリヒャルト・ゾルゲが逮捕されたこと、彼とその周辺について知っていることを話せと迫られる。4人のなかに、「向こう側」つまり体制側から潜入捜査している者があったり、刑事側にも特高への対抗意識があったりなど、一筋縄ではいかない。

 物語は時系列ではなく、冒頭から1年前、3年前、5年前の場面が挿入され、しかもそこには、ゾルゲらしき人物、尾崎秀実らしき人物が登場し、それを演じるのは連行された4人を演じる俳優である。重層的な構造である。そこに俳優が複数役を兼ねることによって劇的感興がいよいよ深まる。しかし、この場面がいつのものか、場所はどこか、具体的で正確な情報は目の前の舞台からは得られず、何となく「過去のことらしい」「別の場所のようだ」と、いわば半信半疑的な感覚で観続けることになる。舞台のホリゾントに「1年前」などという字幕は出てこない。このような観客への親切心は野暮なのだろう。

 観客に作品をより確かに理解し、味わってほしいという願いから、事前にさまざまな情報を提供し、観劇の「下地」作りを助けるのが一般的であろうが、パラドックス定数の場合、敢えて疑問や迷い、不安のなかに観客をいざなうのだ。題材に対する知識や考察はもちろんだが、それ以上に作り手に負けない妄想力も必要と思われた。

 確と意識を以て今回の舞台を受け止められなかったのはほんとうに残念だが、せめて上演台本を読み直し、妄想力を鍛えておきたい。パラドックス定数の次回作は2025年『ズベズダ~荒野より宙へ~』で、またしてもロシア(というよりソ連)関連とのこと。心して。
コメント    この記事についてブログを書く
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 共同制作『カタブイ、1995』 | トップ | 三月大歌舞伎 昼の部「寺子... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

舞台」カテゴリの最新記事