いか@ 筑豊境 寓 『看猫録』

Across a Death Valley with my own Distilled Resentment

東京サリン事件20年;当時オウム信者からもらったビラ

2015年03月20日 19時25分23秒 | 日本事情

2011年3月20日の愚記事より;

今日はオウム真理教による地下鉄サリン事件から16年目の日。今日のネタとして当時のオウムの新聞ビラの画像を載せるつもりでいた。それは16年前、大山山麓から都内に行ったときにJR駅前でオウム信者からもらったもの。

4年前の震災の時、一時行方不明であったオウムのビラが出て来たので、載せる。

このビラは東京地下鉄サリン事件の8日後の1995年3月28日夜にJR新宿駅で若いオウム真理教の女性信者から受け取ったもの。彼女は白い「オウム服」を着ていた。その時、おいら以外にビラを受けとった人を見なかった。山陰の山奥から東京に出て来たおいらはメディアでしか見たことがなかった白い「オウム服」のナマオウム信者を見て、心沸き立ったに違いない。

サリン事件から20年ということで、オウムも過去へと押しやられるのだろう。現在30歳以下の人、いやおそらく35歳以下の人は、オウム真理教の事件・騒動の意味を理解していない、理解できないのであろう。自分が意識を持つ前だから。これは、おいらが1970年頃の大学紛争や新左翼騒動の実感がないことと同じだ。おいらは、終日テレビで中継されていたという浅間山荘事件の記憶もない。もっとも札幌オリンピックの開会式の記憶はあるのだが。

オウム真理教も「歴史」となっていくのであるが、このオウム騒動は歴史認識にも貢献している。歴史というのはのちの出来事で解釈しなおされることがしばしばある。ある歴史的出来事がのちの歴史的出来事を経た経験で、再構成されのである。

 ■ 1952年の白鳥事件からみたオウム真理教治安騒乱事件

抽象的なもの言いとなったが、下記が事例である。その前に数週間前からおいらは1952年におきた白鳥事件についての詳細を少し知った(愚記事;白鳥事件の容疑者たちのその後;後藤篤志、『亡命者』、あるいは北極熊の行方)。白鳥事件とは、三菱重工爆破事件→浅間山荘事件→70年あたりの大学紛争→60年安保騒動、より昔の日本共産党が中核自衛隊だの山村工作隊だのを組織して非公然として武力闘争を志向していた時代の事件である。その中核自衛隊だの山村工作隊だのにいた人の3年前の発言;

この組織でのすべては自己判断の停止となにものかへの帰依から始まった。私は連合赤軍の諸兵士やオウムの信者諸君との帰依の対象が違うといってみずからを区別する気はない。大石進、「白鳥事件私記」、『シンポジウム・歴史としての白鳥事件』小樽商科大学、商学検討(2013), 64(2/3):3-95より:ネット上で見れます)

敗戦後間もない、日本共産党の中核自衛隊だの山村工作隊だの帰依の対象だったのだ。

なにより、現在、80歳を超えたであろう元日本共産党中核自衛隊員は自らの経験を「オウム」の物語で説明しているのである。

日本においてカルト集団はいつもあって、少なからずの青年たちが参加し、他人を傷つけ、社会を騒擾し、そして自分の人生を棒に振るのである。

【白鳥原則の復讐】

 さて、下記のビラにもあるように、オウム真理教の言い分は、冤罪であり、国家権力の陰謀・謀略説である。こんなことでオウムのビラは当時の日本人に説得力を持ったのだろうか!?と今の一八君は思うかもしれない。おいらは、答える。結構、ある意味、説得力を持ったのだよ、と。20年前の東京地下鉄サリン事件のおいらの周辺の気分は以前に書いた(2007/3/20の愚記事);

■ 今では信じられないかもしれないが、その日、あの毒ガス大量死をオウムのしわざと断言することに躊躇しな かった普通の人は、印象として1割以下。3割がオウムかな?という勢力。そして、一番の多数派は、誰がやったか?ということではなく、オウムなる新興宗教 団体を容疑者扱いしていいのか!?冤罪ではないのか!?ちゃんと、オウムの言い分を聞け!というものであった。これが3-4割かな。そもそもみんなオウム をよく知らない。

白鳥事件とその後の展開の話を知って、今、改めて考えるに、20世紀末まで日本は「白鳥原則」=疑わしきは(被告人/容疑者)の利益に!という風潮が社会を縛り付けていたのである。そして、「日本共産党の地方幹部である村上国治が、白鳥事件において「公安」警察を射殺した首謀者である」というのは警察のでっち上げであり、冤罪である。むしろ、白鳥警部を射殺したのは国家権力あるいは占領米軍であるという説である。流布していたのは松本清張だ。「日本の黒い霧」。国家権力のでっち上げの目的は日本共産党の撲滅である!、と松本清張は主張していたのだ。

そういう気分(国家権力が政治結社や宗教団体を謀略で壊滅する)が1990年代において、むしろ無意識に反政府的、もっと直截にいうと自民党が嫌いで米国も嫌いで現世で権力を握り損ねたある種の"インテリ"に信じられていたのだ。端的に言って松本清張の日本の黒い霧的社会観の持ち主たち。

 皮肉なことに、【白鳥原則の復讐】を受けたのが自由法曹団の坂本弁護士一家である。この事件は、警察により事件化されなかった。理由のひとつが、疑わしきは(被告人/容疑者)の利益に!【白鳥原則】である。物証により立証できる目途が立たなかったことと、組織犯罪への対応の難しさ。そして、その組織犯罪への対応の難しさは、「白鳥原則」=疑わしきは(被告人/容疑者)の利益に!に基づく警察捜査への牽制にある。



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