いか@ 筑豊境 寓 『看猫録』

Across a Death Valley with my own Distilled Resentment

鹿島神宮ハタヤ号

2007年06月11日 20時36分32秒 | 日本事情

週末、製造されて四半世紀になんなんとする昭和の車で出かける。つくばを離れた頃、強烈なこげのにおいが車内に漂う。最初は車の外がくさいのだろうくらいに思っていたら、しまいに前方ボンネットに煙を見た。あちゃー、こりゃやばいとびびるもどうすることもできずただ国道6号、水戸街道を南下した。

ガソリンスタンドに入る。見てもらう。実は、エンジンオイルを随分と交換していなので、エンジンが焼きついのかと内心ひやひや。まずはオイル交換を頼む。そして、点検も。

最近は筑波山麓でもガソリンスタンドの廃業のうわさをよく聞く。理由は有人タイプのガソリンスタンドは人、つまりは従業員が集まらないとのこと。最近の景気上向きの状況では、あの賃金であの暑い中、あるいは寒い中、ガソリンスタンドで働こうと思う人は少ないのである。したがって、無人タイプのガソリンスタンドが増えている。

おいらが駆け込んだ取手のガソリンスタンドは国道沿い、それも旧五街道沿いの一等地にあるスタンド。従業員も充実してそうな、はぶりのよさそうなスタンド。車を預けると待合室でまてとのこと。よくあるでしょう、ガソリンスタンドに。自動販売機なんか設置されていて、ソファーやバーカウンターぽいのがあって、新聞なんかがおいてある。そして、なぜかしらテレビが大音量で付けっぱなし。

点検、修理の1時間はかかると説明された。煙噴いたのだから、いたしかたない。待つことにした。その待合部屋を見渡すと、戦闘機の白黒写真が入った額縁がかざってある。近寄って見ると、中島飛行機製、陸軍二式戦闘機、『鹿島神宮ヤハタ号』とある。何なんだ!? 中島飛行機といえば、今煙をふいているおいらの昭和のスカイラインこそ中島飛行機残党の創った車ではないか!


結論すると、その写真の戦闘機は、陸軍二式戦闘機、『鹿島神宮ハタヤ号』という献納機なのであった。その説明書きには「父、幡八仙三郎が献納した戦闘機の写真」とのこと。つまりは御子息がこの額縁を作り掲げたらしい。この時点でおいらは、このガソリンスタンドのオーナーの御尊父は戦闘機を献納したのかいな、と思った。

そんで、うちに帰り、『鹿島神宮ハタヤ号』や幡八仙三郎、のキーワードでググッテ見ると、果たして、幡八仙三郎氏は、小川町の元町長であり、戦後航空自衛隊の百里基地を誘致した人物に他ならないとおいらは知った。

Google, 幡谷仙三郎 百里基地

Google; 鹿島神宮ハタヤ号

Google; 百里基地訴訟


http://www.ne.jp/asahi/aikokuki/aikokuki-top/Aikokuki_4000-4999.htmlから勝手に掲載。この4547番が、鹿島神宮ハタヤ号

それにしても、この幡谷仙三郎さんこそ一身にて二世を経た御仁である。なぜなら、帝国陸軍航空隊と航空自衛隊は同じ系譜には連鎖しないからである。

なぜなら、航空自衛隊こそルメイの徒に他ならないからである。

自衛隊は「日本軍」なんだろうか?素朴な疑問である。自衛隊を「米」衛隊と喝破したのは江藤淳である。たぶんあの時、情報保全隊の3週間の命の文書には、反自衛隊言説として記録されたのであろう。藁!

あるいは、幡谷仙三郎さんこそ、源田実さんやひろひとさんとシンクロする、一身にて二世を経た昭和・戦後の尊皇正統派なのかもしれない。



ルメイの徒の情宣局長
↑great communicator & 魂無き専門人=大和心なき、対米従属・世俗で幸せ・理屈ばっかり・口ばっかり・対米従属改憲派!

でも、F1操縦できるんだぞ! エラいんだぞ! ルメイ恩賜の銀時計組!


ルメイとマッカサーが『諸悪の根源』って絶対言えない、ルメイ恩賜の銀時計組!


煙の原因はエンジンルームではなく、ブレーキのシリンダーがいかれて、車輪を挟んでブレーキの働きをする「挟む」部分がこげていたと判明。応急処置をしてもらう。ありがとう。

レシートを見ると、そのガソリンスタンドは冨士菱石油株式会社とわかる。オーナーが幡谷さん。やっぱ、献納家のスタンドだったのだ。


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